トレーナーを理不尽な雨が襲う。
エイシンフラッシュ(プロローグ)
「ふぅ、ふぅ」
12月。キャリーバッグと地面が接触し、ガラガラと言うようなありきたりな音が道に響く。
URAファイナルズのような一大レースも、担当ウマ娘のトゥインクルシリーズも終わった頃、本格的な冬の寒さが日本を出迎えていた。
そんな冬のある日の朝。俺は駅へと向かい歩みを進めている。
右手にある腕時計に目を落としてみれば…。
えぇっと、9時まで後……40分か。大丈夫だ、全然間に合う。
…何をこんなに急いでいるかと言うと……今日は担当ウマ娘、エイシンフラッシュと温泉旅行に行く約束の日だからだ。
数日前、過去に運良く温泉旅行券を当てていたので、それを使おうとフラッシュから提案された。俺もフラッシュも予定が空いてる、狙い澄ましたようなタイミングだった。
出発日もやたら速く決められてしまい詳細を聞く暇も無かったよ…。
最初はフラッシュならファルコンとか、ゴールドシップとか、友達と一緒に行くのが定番だと思って渋っていたけど、フラッシュの3年間共に歩んできた自分らへの慰問だ、と言う文言に乗せられて今に至る。
あの時はフラッシュの文言に乗せられた、と自分の中で理由を見つけて納得していた。…実際は、フラッシュに誘われたのが嬉しかったのかもしれない。
ただまぁ、これっきりだ。いいな、俺よ。
フラッシュの事だから多分1時間前にはもう駅で待っているだろう。これ以上一人で待たせるのはいけないし、俺は歩みを速めた。
「おーーい、フラッシューー」
「!」
駅の改札口前にあるベンチに、少し落ち着かない様子の見慣れた存在がキャリーバッグを携えて座っていた。
予想していた通り、それなりに待っていた様子のフラッシュだ。
……いや、いつも通りじゃないな。髪はいつもより艶っとしてるし、服装もいつもの感じだけどかなりきっちりと着こなされている感じだった。
「おはようございます、トレーナーさん」
フラッシュは俺の存在に気付くと急いで立ち上がって会釈をしてくれた。
「おう、おはようフラッシュ」
俺も軽く右手をあげて挨拶を返す。
「ごめん、待った?」
「いえ…予定を思い返していた所だったので、むしろちょうどいいタイミングでしたよ」
「なら良かった」
「じゃ、ホームに入ろうか」
「はい」
フラッシュはキャリーバッグを引いて俺の隣に立つ。そして、ほぼ同じタイミングで改札口へと足を踏み出した。
ここから、キャリーバッグの音が二重に響くようになった。その二重に響く音が、何故か嬉しくて。
ホームに着いてみれば……12月と言うこともあってか人足はいつもより多いようで。家族連れやら、カップルやら、仲良し友人グループに……ウマ娘とトレーナーの組もちらほら見かけた。
「意外と……俺達以外にもいるんだな。ウマ娘とトレーナーの組」
「えぇ。だから言ったじゃないですか、別に変なことじゃありませんよと。ご心配なく、トレーナーさん」
「お、おう…」
隣にいるフラッシュは少し口角を吊り上げながら、横目で俺を見上げる。多分俺が渋った時の事を思い出してるな…。
その後、フラッシュと適当に駄弁って電車が来るのを待ち……電車に乗り、数時間揺られて温泉のある温泉街に着いた。
「よっしゃ、着いたぞフラッシュ!」
「急ぎ過ぎると人にぶつかってしまいますよ、トレーナーさん」
温泉街に到着し、電車から降りて駅を出ると都会のような喧騒と所狭しに並ぶ観光客や旅行客向けの店が俺達を出迎えた。
元から楽しみにしていたのもあるけど、風に乗って食べ物のいい匂いがこの場に充満しているため正直テンションが凄い上がってしまう。そのため思わず駅から小走りで駆け出してしまった。
「へへ、ごめんごめん。でもテンション上がんない?」
「……はい、確かに気分は上がる所です」
「さーてと。チェックインの時間までまだ結構空いてるよな?」
「はい、チェックインの予定時刻は15時ですから、まだ1時間以上あります」
「おっけーおっけー、じゃあ今からの予定は?」
「こちらをどうぞ」
「あ、どうも」
フラッシュはトレーニングの時みたいに予定表を作ってくれていたようだ。それを一回受け取り…。
「えー、どれどれ」
予定表の内容は……。
08:00 駅に到着。(トレーナーさんを待つ)
09:00 出発。
12:00〜13:00 到着。
トレーナーさんとの自由時間。
14:30 温泉旅館へ移動。
15:00 チェックイン。
と書かれていた。
うん、とてもわかりやすい。
「フラッシュの予定だとこっから自由時間だし、お昼をここで食べてブラブラするかな」
「そうしましょう」
「よし…じゃあ、美味そうな店さがすぞー!」
「フフ……はい」
そういう訳で。俺とフラッシュの温泉街巡りが始まった。
お昼ご飯は…。
「ラーメンうめ、うめ」
「急いで食べるとむせてしまいま」
「ごぶっ!?」
「…………」
フラッシュに介抱され…。
お昼ご飯を食べた後はクレープ屋を発見したりして。
「あれは…」
「お、クレープ屋じゃん」
「…………」
「…………」
「…買う、買っちゃう?」
「…はい」
美味しそうにクレープを食べるフラッシュを眺め…。
こんな感じでお腹がお互いに膨れた後は大きめのゲームセンターに向かい…。
「今日こそ決着を着けてやる…」
「トレーナーさん、あまり無理は…」
「止めるなフラッシュ、今日なら行ける気がするんだ」
「はあ…」
「何より今日は温泉パワーが俺に付いてる!」
「おら行くぞぉぉ!!」
「が、頑張ってください?」
一度も取れたことの無いクレーンゲームに挑戦し。
苦手なクレーンゲームに挑戦するも…。
「俺の二千えぇぇぇぇぇぇん!!」
「残念でしたね、トレーナーさん…」
結局、大量の百円玉を吸われてしまった。また駄目だっためガクリと肩を落とす。もうそろそろ10連敗になりそうだ…。
「またフラッシュのぬいぐるみ取れなかった……あぁちくしょう…」
「……………」
…そんな俺を哀れんでか、フラッシュは俺の右腕を両腕で強めに抱き締めてくれた。
「……フラッシュ?」
「ぬいぐるみが無くても、あなたには本物がいるじゃないですか」
「……だな! うん、やっぱぬいぐるみより本物だわ! あんなの紛い物だ紛い物、そうだそうだ」
「……フフフフフフ」
「……でさ、フラッシュ」
「?」
「フラッシュも一回やってみる?」
唐突な提案にフラッシュは目を何度か瞬かせ、耳もそれに釣られてパタパタと動いた。
「…私が、ですか」
「いつも俺が付き合わせてばっかだし」
「……そうですね、なら一回、だけ」
「おし、じゃあはい、百円」
財布から一枚百円を取り出し、手のひらに乗っけてフラッシュに差し出す。
「…いつかお返しします」
「いつも言ってるけど、百円位心配しなくていいよ」
「…では……失礼しますね」
フラッシュは百円を受け取り、カチャン、と投入口に百円を投入した。すると、クレーンゲームのピロピロと言うようなゲーム音が鳴り出して。
「ま、まずは…右に移動させて…」
「そうそう」
「次に、奥に…?」
「あってるあってる」
フラッシュはレバーを使いアームを移動させ……でかめのスマートファルコンの上に止めた。
「…狙いはファルコンか?」
「はい、ファルコンさんです」
「それで…」
「最後にレバーの隣のボタンを押すんだよ」
「これですか?」
「うん」
「じゃあ…それ…!」
パシッ、とアームの降下ボタンが押され、アームがファルコンのぬいぐるみに迫り……ぐわしと掴んだ。
「お、いい感じじゃん」
「…………」
アームによりファルコンが掴み上げられ、二人並んでファルコンの行方を見守る。
そして…。
ガコン!
ぬいぐるみは受け取り口に吸い込まれた。
「と、取れました!」
「い、一発でかよ…」
フラッシュは見事ファルコンのぬいぐるみをゲットした。
急いでフラッシュは受け取り口からぬいぐるみを取り出す。かなり喜んでいるようだ。
「わぁ、おっきいファルコンさん…」
そのぬいぐるみをフラッシュは嬉しそうに抱き抱え…。
「………」
「………」
「………トレーナーさん?」
「この…」
「?」
「この違いは何なんだぁ!?」
「えぇ…?」
このような形で楽しく時間を潰して行き…そろそろ旅館に行くのにいい時間になった頃。
「所でさ、フラッシュ」
「はい?」
「フラッシュって温泉旅館では何号室に泊まるんだ?」
「私は236号室ですね」
「はいはい、じゃあ俺は?」
「……………」
「急ぎだったからさ、フラッシュに聞くの忘れちゃった」
「……………」
「……フラッシュ?」
フラッシュは何故か口を噤んで目を忙しなく動かしている。すると…。
「!」
「それよりもトレーナーさん、見てください。あちらにくじ引き屋がありますよ」
「ん?」
フラッシュは俺の背後を指差した。そちらの方向を見ると…一回千円! ハズレ無し! と銘打たれたくじ引き屋があった。
「へぇ〜。くじ引き屋か。しかもハズレ無しと。…わざわざここに来て、引かないというのはむしろ無作法と言う物よ」
「よし! 引いて来る!」
「行ってらっしゃい、トレーナーさん」
「待ってて!」
「はい」
小走りでくじ引き屋に向かい、店主に千円をベットした。
結果は……。
「千円払って豚のペッタンボールってさぁ…」
「私はかわいいと思いますよ?」
「かわいいけどさぁ、これに千円の価値があるかって言うと…」
俺の千円は金色の豚のペッタンボールに変わった。
…何とも微妙だ。その気持ちをぶつけるように、ペッタンボールの脚をひっ掴んで投げて伸ばしてみる。……まぁ、形容してみるとびよよん、と言った具合で。よく伸びることよく伸びること。
ちょっとだけ楽しい。
「よく伸びる豚さんですね」
「フラッシュも遊ぶ?」
「はい」
フラッシュが両手を差し出し…。
「ほら」
その両手にボヨーンと豚のペッタンボールを乗せる。
「わぁ、柔らかい。それにひんやりしてて…」
「へへへ、フラッシュにとっては千円以上の価値があるかもなー」
「ですね…」
豚のペッタンボールについて色々話し、俺のクレーンゲームの弱さについても話したりしながら俺達は旅館へと歩みを進めた。
温泉街と今日泊まる旅館はそんなに離れておらず、ちょうどいい時間に到着しチェックインできた。
「すいませーん、本日予約の者ですがー」
「はい、失礼ですがお名前をお伺いしても?」
「あー、私は」
「エイシンフラッシュです。こちらは私のお連れです」
俺が名乗ろうとした所で突然フラッシュが割り込んで来た。
「おぉう」
「はい、2名様でご予約のエイシンフラッシュ様ですね、少々お待ちください」
受付の人はカタカタとパソコンのキーボードを操作し始めた。
「フラッシュ?」
名前を呼ばれたフラッシュはこちらを向き、黙って微笑むのみだった。
「?」
なんだ?
「……はい、お待たせいたしました、旅行券でご予約されていて…236号室の相部屋で間違いありませんか?」
……相部屋?
「間違いありません」
「旅行券はお持ちでしょうか?」
「こちらです」
フラッシュはカウンターに旅行券を滑らせて受付の人に差し出した。
「では、お預かり致します」
旅行券を預かった受付の人は旅行券の番号とパソコンを交互に見比べ…。
「……お手数をおかけしました。照会が終わりましたので、こちらの旅行券は回収させていただきますね」
「はい」
「では、お待たせしました。ごゆっくりどうぞ〜」
「ありがとうございました。さぁ、トレーナーさん」
「え、あ、あぁ。ありがとうございました…?」
フラッシュと受付の人の流れるようなやり取りをポカーンと眺めていれば一瞬で手続きが終わってしまい。そこでフラッシュに促され我に帰り…受付を後にした。
「…………」
俺の前を行くフラッシュの背中を追う。
「な、なぁフラッシュ」
「はい」
「相部屋って…」
「はい、相部屋ですよ」
「ええぇぇ、聞いてない聞いてない」
「どうして」
「……トレーナーさんは、絶対に私と一緒のお部屋にはしてくれないでしょう?」
「それはぁ…」
「………」
この沈黙はまぁ…理由を求めてるんだろう。
「だって…フラッシュはまだ未成年だし…」
「はい」
「俺は成人だし、未成年を同じ部屋に連れ込むのは……」
フラッシュが一つ、大きな溜め息を吐いた。
「……トレーナーさんは私に悪い事をするような人ですか?」
「いやしないけどさ」
「なら、大丈夫じゃないですか」
「それに、トレーナーさんの考え方ならむしろ未成年を夜に一人にする方が危ないのでは?」
「トレーナーさんと一緒にいた方が、安全ですよね?」
「う、うぅん…」
…それもそうだけどさ…。
「…トレーナーさんは最後までマンションの何号室に住んでいるか教えてくれなかったので、予想はできていましたが」
「………」
「なので、先手を打たせていただきました」
「ふ、フラッシュゥ」
「…………」
完全にしてやられたことに狼狽しつつ、フラッシュの後を追い…ついに、236号室前に到着した。
フラッシュはさぁどうぞ、と言わんばかりに一回振り返ってからが扉を開き、部屋に入る。
「……………」
えぇ、マジで? 入るの? 俺。いやいやちょっと待て、今からでも別室を用意できないか旅館の人に…。いやでもフラッシュの言う通り…。
なんて考えていると、いつまで経っても部屋に入って来ない俺に業を煮やしたのか扉からフラッシュが顔を覗かせた。
「トレーナーさん。速く入らないと鍵、閉めてしまいますよ?」
「……すいませぇん」
そう来られるともう無理だ…。
俺は諦めてフラッシュの後に続いて部屋に入った。
部屋の中は……和風テイストだった。部屋の床は畳、壁は木目で全体的に暖かさがあり、畳の真ん中には大きめサイズの机と座布団が四枚配置されていた。そして玄関側なら見て左側の奥にテレビがあり、右側の奥には布団と枕と毛布のセットが二組敷かれていて。
二組の布団の隣には2つの籠があり、その中には畳まれた浴衣が入っているようだった。
「…いい雰囲気ですね、トレーナーさん」
「そ、そうだな…」
フラッシュは玄関で靴を脱ぎ、それを整えてキャリーバッグを引っ張り部屋へと入った。俺も同じく靴を脱いでキャリーバッグを持ち上げ部屋に入る。
「よいしょ…っと」
「……キャリーバッグは…玄関近くの板素材の所に置けばいいのでしょうか?」
「そうそう、板の間に横倒しに置けばいいよ」
「わかりました」
板の間に2つのキャリーバッグが横倒しに置かれた。
「あー、着いた着いたっと」
とりあえず置くものも置いたので、どっかと畳に腰を落ち着かせた。
「……………」
…隣を見ると、慣れなてなさそうな正座をしているフラッシュがいた。
「慣れない?」
「……はい。ちょっと、足首から先が」
「ははは、無理しなくていいよ」
「はい…」
俺に言われてフラッシュは正座から所謂女の子座りの体位に座り直した。
「……………」
「……………」
………落ち着かない。フラッシュも同じ心境なのか、尻尾がさり、さりと畳を撫でるようにして忙しなく動いている。
フラッシュとは基本、遅くとも17時には別れる。それ以降の時間に一緒にいることは無い。だけど今日は……すぐ17時を超えてしまいそうな雰囲気だ。
あーどうしよ。こんなの初めてだ。突然のことには弱いんだよな俺って。あぁぁぁどうすれば…。
「……トレーナーさん」
「はい!?」
「浴衣に、着替えませんか?」
「そ、そうしよう!」
そうだな、今夜はフラッシュと普通に過ごそう。堂々とするんだ、俺。相部屋になってしまったからには仕方ない。
浮ついた気持ちのせいで今なら何でもかんでも全肯定してしまいそうだ…。
「では、その…トレーナーさん」
「?」
「えぇっと…」
フラッシュは上着の襟を掴むと、少しだけはだけて見せた。
「おっと、失礼。先に温泉の出入り口がどこにあるか調べてくるわー」
「はい、行ってらっしゃい、トレーナーさん」
跳ねるように立ち上がると、俺は急いで部屋から退出した。
「………」
部屋の扉を背にして…。
危ない危ない。後ちょっとでデリカシーの無いクソ野郎になる所だったわ…。
とりあえず言った通り温泉の出入り口を探そう。そしたらその間にフラッシュも着換え終わってるだろう。
部屋の前から移動しようと一歩踏み出した所、部屋の中から…。
「はぁ……」
と。微かだが、確かにフラッシュの溜め息がまた聞こえた。本日二度目だ。それと、布の擦れる音も。
……フラッシュの溜め息の意味を、確信を持って言い当てる事はできない。だけど、何となく想像する事はできて。
…俺は逃げるように、部屋の前から移動した。
次回、全てはフラッシュの予定通り。