場所はトレーナー室。パソコンのキーボードを叩く無機質な音が途切れる事なく室内に響き続けている。
「……………」
温泉では特に何も無……かった訳じゃないけど。あの後は何も無く、無事に帰って来れた。
温泉から帰ってきてやることと言えば、もちろん仕事だ。それしかない。
…温泉に行った日の夜、温泉と言う特別な環境に置かれたせいで…いや、言い訳をするのはみっともないか。
とにかくフラッシュを求める気持ちを抑えられず……あの時だけとは言えトレーナーを止めてしまった。あの瞬間は、実に心地良かった。
フラッシュが多少なりともあの状況を狙っていたのは否めない。しかし、そこで踏み止まってこそだ。俺は踏み止まれなかった。その事に対する懺悔の意味も込めて、ひたすらに仕事に打ち込む。
が……フラッシュが頭にチラついて離れてくれない。俺がひたすらキーボードに指を打ち付けているのは頭にチラつくフラッシュを掻き消そうとしているからでもある。
「…ぐぁぁぁーーー……」
温泉に行って以降、俺とフラッシュとの関係は完全に破壊された。
絶交したとか、喧嘩別れしたとかそう言う類の破壊ではない。
距離感が破壊されたと言うか、ただのトレーナーと担当からただじゃないトレーナーと担当になってしまったと言うか。
フラッシュは温泉に行ってから明らかに俺に対するアプローチを変えている。あの夜の出来事のせいで、俺は押せば行けると判断したんだろう。最近はやたら二人で○○、二人で○○と言う時間が増えた。
俺も…どうしてか断り切れない。
「………」
自分に言い訳しつつ、パソコンとにらめっこして何時間経過しただろうか。いい加減、目がしょぼしょぼして来た頃……。
コン、コン、コン、とトレーナー室の扉が鳴る。
この時間に来る人ってーと…フラッシュ位しかいないわ。
「どぞー」
「失礼します」
扉が開かれ、制服姿のフラッシュがトレーナー室へと入ってきた。脇にはバッグを抱えている。
「トレーニング終わった?」
「はい。全て予定通りに」
「今日は見てあげれなくてごめんなぁ」
「いえ。トレーニング後でもこうして会うことができるならば私は大丈夫です」
「そ、そう。で、何かなフラッシュ」
「はい。トレーナーさん」
俺はこの時点まではフラッシュが大したことない、新しい予定について相談しに来たと踏んでいた。
「ドイツへ行きましょう」
ボクサーで例えるなら意識外から左フックが飛んできたと言うべきか。
「うん、ドイツへ行………ん?」
あ?
……聞き間違いか?
「?」
フラッシュは目が点になっている俺に対して首を傾げる。
「………………」
「……トレーナーさん、ドイツへ」
俺に聞こえてないと思ったのか、フラッシュはもう一度言おうとして…。
「おいちょっと待ってくれ」
それを静止する。
「???」
フラッシュはとても不思議そうな顔をした。
「いやそんな顔されても…」
「…えぇっと……ドイツへ、行きませんか?」
駄目だ完全に俺が着いてきてくれる前提で話してる!
「いやいやいやいや」
「何で突然ドイツ?」
「……トレーナーさん、パスポートの期限が…」
「いやパスポートはちゃんと更新してるぞ? トレーナーには義務付けられてるからな」
「!」
「それなら、問題無くドイツへ行けますね!」
フラッシュは目を輝かせながら嬉しそうに俺に告げた。
「いやだからちょっと待ってぇ!?」
「何で俺が行く前提になってんの!?」
「?」
フラッシュは相変わらず不思議そうな顔をしたままだ。
「トレーナーさんは…来てくれますよね?」
「お、おぉう……」
どうやらフラッシュは自分の行く先に俺がいることが当たり前になってるらしい。………確かに考えてみればクリスマスにバレンタインに正月とかは常に一緒に何処かへ行ってたし、何なら学園ではほぼ一緒……。後温泉も…。
「……一緒に……来てくれないんですか…?」
「あうあう。あのあの」
「…両親も、楽しみにしているんです」
「親御さんに話通しちゃったのぉ!?」
「トレーナーさん……」
フラッシュは萎れた子犬のような態度で俺を見下ろしている。あーーーもうそんな顔をしないでくれよぉ!!
…どうする…どうする?
………そう言えば…三年前からだけどこの時期は学園にずっといるようなトレーナーとウマ娘が少ないんだよな。…いやまさか……でもそのまさかだよな。じゃないとウマ娘とそのトレーナーの組が頻繁に学園から姿を消す事の説明がつかない。……なら…お、俺も…別にいいよな…? 理事長もたづなさんも別に何も言ってないし…。
……よし。
「わ、わ……わかったわかった! 一緒に行くからさ!」
「…トレーナーさん!」
俺が行くと宣言した瞬間、フラッシュは…見間違いかもしれないが、目的を達成したと言わんばかりに悪意を感じる笑顔を浮かべて。その笑顔もすぐに純粋な笑顔に隠れてしまったが。
「良かった…きっと、両親も喜んでくれます。とても」
「とほほ…フラッシュの父上母上に何と申せば…」
まさかまた会うことになってしまうとは…。フラッシュにはいつもお世話になっておりますと挨拶するべきだな。とにかく無礼が無いようにしなければ…。
「……で、フラッシュ」
「はい?」
「出発はいつ?」
「はい、出発は…」
フラッシュは制服の懐から2枚の紙切れを取り出し、机に近付いてそれを俺に向けてスライドさせた。
「これは……」
えぇっと、どれどれ。細長い紙切れだな……ん? ジャパン…エアー…ライン……。…搭乗日…28DEC2021…………!?!?!?!?
「ほあ!?」
「?」
「これJALのチケットじゃん!? しかも搭乗日が12月の28日!?」
「はい」
「今日12月23日だぞ!? 時間無いぜ!?」
「後5日しかない!」
「はい、なので荷造り等は私も手伝います」
「あ、うんありがとう……じゃなくて!」
「チケットはフラッシュが買ったのか?」
「はい」
「そんなお金ど…こで」
「トレーナーさん。私はトレーナーさんよりも多分裕福ですよ」
「あ、あぁ………なるほど……」
考えてみればフラッシュはトレーナー以上の高給取りだったわ。納得納得。…そろそろ、子供扱いもきついか?
「……温泉に続いて今度はドイツ旅行か…まーた理事長に有給取りますって言わなきゃ」
「楽しみですね、トレーナーさん」
「……はは…はぁ……じゃあフラッシュ、ちょっと待っててくれ…時間無いし今から理事長に会ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい、トレーナーさん」
「うーい…」
小走りで学園内を走り、理事長室まで移動して……。
「許可! 休暇を楽しんで来るといい!!」
「ありがとうございます、理事長」
急ぎで書き上げた書類に理事長は快く判子を押してくれた。
「して、トレーナー君」
「はい?」
「ドイツ旅行は誰と一緒に行くのかな?」
「あーー」
「…担当とかな?」
「…はい…」
「ははは。まぁ、そうだろうな。君の担当はエイシンフラッシュだろう?」
「はい」
「気にすることはない。3年共に走ったのだから」
「えぇ、まぁ」
「それ位は許されると私は思う。しかし。くれぐれも…」
「はい、心得ています」
「よろしい。では、もう下がって良いぞ」
「はい、失礼します」
「ドイツからの土産話を待っているぞ!」
理事長にもう下がって良いとお許しが出たので、ペコペコしながら理事長室から退出した。
「…たづな」
「ここに」
「退職届を一枚追加しておいてくれ」
「はい」
「はぁ…」
理事長室から退出した後何か会話するような音が聞こえた気がしたけど、自分には関係無いと思いさっさとトレーナー室に戻った。
「よーし、有給取れましたーっと」
「それは良かったです」
「さて、と。仕事は一旦中断だな。帰って荷造りしなきゃだ」
「ですね。先程言った通りお手伝いさせていただきます」
「………あ、フラッシュ俺ん家来んの?」
「はい」
「フラッシュ、荷造りは一人でも」
「でも急いでいるんでしょう?」
「そうだけど」
「なら、二人で荷造りした方が効率がいいと思います」
「……ほら、フラッシュの荷造りはまだ」
「ご心配なく、私の荷造りは既に終わっています」
「………………………」
ここで俺は気付く。
やられた。
多分フラッシュは何週間も前にチケットの予約を済ませていたはずだ。
唐突に俺にドイツ旅行の話をしてドイツに行く事にし、期日が迫っていると俺を焦らせ正常な判断力を奪い自分の主張を通しやすい状況が出来上がるのを待っていたんだ。フラッシュのレースで発揮する用意周到さと冷静さが俺に向けられるとこうも掌で踊らされてしまうか…!
「……今日中に帰るなら」
「もちろんです」
クッソ。ここでも一枚二枚上手かよ。俺の条件を飲んで妥協する姿勢を見せたな。これでフラッシュの狙いは通った。
多分フラッシュのここでの目的は俺がマンションの何処に住んでいるかを把握する事だ。
最初に厳しい条件を提示し、妥協案に乗ることで話を通すっていう、戦争で使われるようなエグい手法だ。
「……届は?」
「既に」
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
「………じゃ、行くぞ。フラッシュ」
「はい♪」
フラッシュの完全勝利だった。
……女神様ぁ。
俺はパソコンやら鍵やら何やらをバッグに詰め込んで、フラッシュとトレーナー室から退出した。
退出した後は学園から帰路に付き、終始ニッコニコのフラッシュと会話を楽しみながら自分家に戻った。俺の部屋の前に着いた時は…部屋番号を凝視してたな。
戻ってからフラッシュは宣言通り、荷造りの手伝いをして深夜にトレセンへと帰って行った。
…居座る懸念をしていたのは……俺の警戒のし過ぎか。それとも俺の煩悩か。
はぁ………。
そして、色々準備をして28日。
「成田空港に来るのは久しぶりだなー」
「私はもう3年ぶり位ですね」
「俺はもう大学のサークル旅行以来だから……五、六年ぶりか…?」
「楽しい時間が多いと時が経つのも早いですね、トレーナーさん」
「だなぁ」
「まぁ、とにかく…」
「お互い、久しぶりのフライトを楽しみましょう?」
「おう」
「……今回はエコノミークラスですが、今度はファーストクラスで」
「へへ、またドイツに戻る気満々じゃん」
「えぇ」
そんな会話をしながら、ターミナル内をフラッシュと並んで歩く。
今日は最寄り駅から成田線に乗りそのまま成田空港に来た感じだ。
さすがに、空港にいるウマ娘とトレーナーの組は少なかった。……いやまぁ、いたにはいたのが驚きだけど。その中に自分らが含まれていると考えると、何とも…。
「確か受付に並んで…時間になったら荷物をあのベルトコンベアに流しゃ良かったんだっけか」
「そうですよ」
「あい」
まだ受付時間前だけど互いに意味も無くぶらぶらするような性じゃないから早めにベルトコンベアの横にある受付に並んでおく。
受付が始まればチケットとパスポートを見せて何かのシールを受け付けの人がキャリーバッグに貼り、キャリーバッグはベルトコンベアに運ばれてい行った。
この後は手荷物検査やら身体検査をして旅客機の待機場所へと移動する流れだ。
待機場所に入って一時間と数分して、多分ボーイングかな? の旅客機が飛行機に乗るための通路に横付けされた。それと同時にチケット確認の受付が開放され、待機場所にいた旅客が続々と並び始めた。俺らもそれに続き…チケットを切ってもらって通路を通り、旅客機に入った。
「フラッシュと俺の席は……ここだな。じゃあまずフラッシュから入って」
「はい」
フラッシュの席は俺の隣、窓側の席であったため先に行かせて…。
「そして俺、と」
廊下側の俺は後に座る
「ふぅぅぅ。フラッシュ、ドイツまで何時間だっけ?」
「12時間ですね」
「…………な、長…」
「そうですか? 私はあなたと12時間いれるなら…」
「ふ、フラッシュは調子変わんないなぁ」
すると、機内のテレビが展開されて注意事項の説明がされ始めた。シートベルトをつけろ、とか火災の時は床の蛍光を辿れとかとか。その間に旅客機は滑走路を移動しだして…ついに。
「ぉぉぉぉぉぉぉ」
「…………」
凄まじいジェットエンジンの音を響かせながら旅客機は加速しだした。体にGがかかる。この腹の奥底に響く感じが苦手だわ…。
隣のフラッシュを見てみると耳を伏せていた。フラッシュはGよりも音の方が嫌っぽいな…。
Gの後数刻して……エンジン音も静かになり、俺達は空にいた。
「……こっから長いなー、フラッシュ」
「そうですねぇ…」
窓側を覗き込みながら話しかけると、何かが左肩にぽす、と置かれた。
見てみると、フラッシュの頭だった。
俺は……それに悪意なく手を伸ばし…くしゃりと撫でる。
……フラッシュの尻尾が俺の背中と背もたれの間を縫って、俺の腰に巻き付いた。
「…映画を見る時間も無さそうだな?」
「あなたは映画と私、どちらを優先してくれますか?」
「……………」
そりゃまぁ。…俺は思わず苦笑いして…フラッシュの頭に自分の頭を重ねた。
「…フフフフ……」
…こりゃ12時間ずっと一緒だな。
「着い……たぁぁぁぁ!!!」
「ようこそドイツへ、トレーナーさん。こちらはデュッセルドルフ空港です」
「なんだろう、空気中にドイツの匂いがする」
「フフフッ、トレーナーさんったら…」
俺は機内で思いっきり背伸びをした。
日本からドイツへのフライトは実に長かった。時間にしてフラッシュの言う通り12時間位だろうか。腰がバッキバキである。
所で、ドイツと日本の時差は8時間あるそうな。日本の方が早い。と、言う事はだ。
俺らが出便したのが大体昼の15時で…12時間経過して…日本では朝の3時だろ。そこから-8だから今ドイツは日本で言う昨日の19時か。夜だな。
シートベルト着用のランプが消えると旅客達は一斉にシートベルトを外して立ち上がり、荷物整理を始めたので俺らもそれに続いた。
滑走路内を旅客機が移動して行き、通路に横付けされると……ここからはフラッシュの案内だ。
フラッシュの案内でデュッセルドルフ空港内を移動し…入国審査のエリアだろうか。ゴリゴリの警察か軍の人がいる場所に出て、睨まれながらパスポートとチケットを確認され、最後は笑顔で空港内に迎え入れてくれた。
さらにフラッシュの後に続き、旅客の荷物が飛行機から搬出されるあの円形のベルトコンベアの所にまで案内され、そこで自分達のキャリーバッグを回収して、出入り口へと向かい……テレビでよく映るあの人名の書かれたプラカードを人が掲げてる場所に出た。
「わぁ皆背ぇたっか鼻たっか彫りふっか」
「ヨーロッパ圏ですからねぇ」
「さて…両親が迎えに来てくれているはずなのですが」
すると…。
「Flash!」
わかりやすくフラッシュを呼ぶ声が聞こえた。
「Vater, Mutter!」
「Flash…」
ここに出た時から何やらフラッシュの雰囲気に似ている男女がいるなと思っていたら、その男女に向かいフラッシュが駆け出した。お父様とお母様かな?
お父様は相変わらずすっげぇダンディな感じだったし、お母様も変わらずお淑やかで……あの二人からならフラッシュが生まれるのも納得……って、何考えてんだ俺は。
フラッシュと両親の固い包容を見てると何ともあったかい気分になるな、うん。
何十秒かして、フラッシュのお父様が俺の存在に気付いた。フラッシュから一旦離れると、わざわざ俺の所まで移動してくれて…。
聞き取りやすい英語で話しかけてくれた。
『お久しぶりです、トレーナーさん。娘を3年間もありがとうございました』
『お久しぶりです、お父様。いえいえ!!! こちらこそフラッシュにたくさんお世話になりした!』
俺も発音がちょっとあれだけど間違ってない英語で返す。
両手を差し出してくれたのでこちらも両手を差し出して、なるべくお父様より頭が上にならないよう何度もお辞儀をした。
『我が妻と共に楽しみにしていました。家までご案内します』
『ありがとうございます!』
空港での挨拶を一区切りし、空港の外、駐車場へと出る。フラッシュ夫妻の背中を追いかけていると…日本車の前で夫妻は歩みを止めた。よくよく見てみると駐車場に止まってる車に日本車が多いな。ホンダトヨタスズキ……。
車のロックが解除され、お父様にさぁどうぞと促されたので急いで後部座席に座る。フラッシュも後部座席に座ってくれた。
「やーっとゆっくりできるわ…」
「もう少しですよ、トレーナーさん」
車はフラッシュ家へと発進した。
車に揺られて数時間後、フラッシュ家に到着した。フラッシュ家はお洒落な個人経営のケーキ屋だった。外観は…正に赤レンガの洋風建築である。日本の洋風と違いこれが本場の…。日本の洋風建築を貶してる訳じゃないけど、日本と違ってチープさが無かった。
フラッシュ家に入ればケーキ屋部分が俺を出迎えてくれな。これ…展示されてるケーキは全部お父様が作ったのか…?
フラッシュ家の店エリアにはめちゃくちゃ美味しそうな大小様々なケーキが展示されていた。
フラッシュ家に着いた後は店エリアから生活エリアに通されて盛大におもてなしされた。
めちゃくちゃでかいケーキを出されました。美味しかったです…。
終始ビビりっぱなしだったけども。
ケーキをたらふく食べて晩飯を済ませ、夫妻にお風呂へ通されて身を清め……寝間着に着替えて今日は何処で寝ればいいか聞いてみたら…。
『はい、今夜以降はフラッシュの部屋で過ごしてください』
『え。娘さんの部屋で?』
『はい』
『いや私は別に物置でも』
『さぁどうぞどうぞ』
『あーちょっとお母様おやめくださいおやめくださ』
お母様は四の五の言わずさっさと入れと言わんばかりに俺の背中を押してフラッシュの部屋に押し込んだ。
「ぐげぇ!?」
押し込まれたせいでビターンとフラッシュの部屋の床に前のめりに倒れ込んでしまった。
<ごゆっくりどうぞー。
と背後の扉から声がした。
…とほほ…。
「と、トレーナーさん」
「やぁ…フラッシュ…」
フラッシュの部屋なので当然中にはフラッシュがいて。
うつ伏せの状態から顔をあげて見ると、フラッシュは右手で口を覆い驚いている様子だった。
…まぁ凄い入室の仕方したからな…。
「お、お母様はここで寝ろだってさ」
「はい、どうぞ、トレーナーさん」
そう言うとベッドの上のフラッシュは毛布をバサリと退けて自分の右隣を指先で指し示した。
「……へいへい」
俺は立ち上がってフラッシュの隣に入り…毛布にくるまる。
長時間の移動もあってか、それとも温泉で既に慣れてしまったのか自分でも驚く位すんなりと…フラッシュの隣に収まることになった。
……ベッドが一人用のせいで嫌でも身を寄せ合わないといけないな、これ。フラッシュの体温が近いわ。
「何か最近はフラッシュとしかいねーなー」
「そうですね。一緒の時間が増えて嬉しいです」
隣のフラッシュはいつもの調子のままだ。…俺とフラッシュだけだし根掘り葉掘り聞いてみてもいいかな?
「……フラッシュ」
「はい」
「いつから計画してた?」
「…言わずともわかるでしょう、トレーナーさん」
「ま、まぁ」
「……温泉旅行券を手に入れた時からですよ」
「あの時点からいくつかプランを考えていました」
「…俺が温泉を断ってたらどうするつもりだったんだ…?」
「学園の仕事を増やしていたかもしれませんね」
「……………」
「嘘ですよ、トレーナーさん」
嘘には聞こえなかったな…。
「……フフッ…」
「?」
「いえ…温泉の時、あなたが素直になってくれて良かったなと」
「あ…あれはさぁ」
「あなたは3年間トレーナーとして完璧に振る舞ってくれましたが、それでは女として自信が無くなってしまいます」
「…………」
「あの時私を一人の女として見てくれたんでしょう? レースに勝った時位に…嬉しかったですよ」
「フラッシュ」
「また、同じことをしてください」
「…そういうのは小出しにしないと」
「してくれないと眠れそうにありません」
右手首を掴まれフラッシュの肩に手を添えさせられた。
「何だそりゃ」
「さぁ」
「…………」
……ベッドの上でフラッシュの方を向き、フラッシュの肩を掴んで引き寄せる。
横に並んでる時点で風呂上がりの匂いがしてたけど引き寄せるともうフラッシュの匂いしかしないなこれ…。
…しかし今回は何の躊躇いもなく引き寄せることができてしまったな。これ、確実に俺の中で何かがぶっ壊されてってるな。距離感とかとか。
「暖かいです、トレーナーさん」
実に満足そうなフラッシュ両腕を俺の首に掛けた。
「………」
ちょうど顎の下にフラッシュの頭があるな……。…色々悔しいからくしゃくしゃしてやろ。
フラッシュの肩にある両手を頭に持ってきて無造作に撫でてみる。…風呂上がりで乾いてるけど瑞々しいや。
「と、トレーナーさん?」
「…夜に髪をいじると癖になってしまいます」
「じゃあ明日もやるわ」
「トレーナーさん」
「いいだろこれ位」
フラッシュは明らかに不服気味だが決して止めさせようとはしなかった。代わりに耳はわかりやすくへこんだり立ち上がったりしていたが。
今夜…また一つ、俺とフラッシュの間にある物が破壊された。
次回、包囲網。