曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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 遅れて申し訳ありません! 理由は活動報告に…。
 この話はフラッシュ視点でございます。


sideフラッシュ.1

 子供は親の鏡のように育つ。

 

 幼い頃から、私は尊敬する両親の影響で……自ら筋道を立て、それに則って行動するような。良く言えば予定通りの、悪く言えば予定に縛られた生活を送っていた。

 

 私自身、それが苦にはならなかったし、それが正しいのだと思っていましたから。

 

 …そんな予定に対する信仰を…多少は崩してしまっても良い、と考えられるような人に出会ったのは…今から約三年前のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……詰め込み過ぎ…? しかし…思い出は多ければ多い方が。トレーナーさんに対してのパンチも考えれば…やはり詰め込めるだけ詰め込んだ方が良い…」

 

 あくる日の自室にて。今日、同じ部屋の賑やかな友人、ファルコンさんはゲリラライブのため早朝からここにはいなかった。

 

 そのため、ペンを携えてじっくりと予定表とにらめっこができる。

 

 …この予定表も、随分と分厚くなりましたね。ルーズリーフを継ぎ足し継ぎ足しして、今ではもう厚さが3cm程。持ち運ぶのに少し難儀します。

 

 予定表の内容は…日常生活に関してが2割、トレーニングやレースに関する予定が3割。後は…ほぼ、全て彼との予定です。

 

 知らない人が見れば正直…引かれるような物だと思いますね。

 

「…………」

 

 ペンの先端を下唇に当て、はふぅ、と一息。

 

 …さて、勝負はURAファイナルズ後。

 過去にトレセン学園に在籍していたウマ娘達の外出及び外泊届けのデータから読み取れるのは、この時期に何かしら大きな旅行に行っていると言う事。顕著な所では温泉旅行、遊園地、実家への招待。

 海外出身のウマ娘なんかは自国へ連れ帰っている例も散見されます。

 このデータを見るに、トレーナーさんに振り返ってもらうにはこの時期が一番いい。

 

 私も先人達に習い、ここからなし崩し的にトレーナーさんとの距離を縮める。

 

 なぜ、私がこのような騙し討をしようとしているのかと言うと…。

 

 この3年間で私は様々な形でアプローチをトレーナーさんに掛けて来ましたが、トレーナーさんはそれを物ともせず鋼の意志を貫き通したからです。

 

 トレーナーさん、普段はチャラチャラ、飄々とした態度を取っていますけど……そういう所は、しっかりしているんですよね。うっかり私に手を出しても私は拒まないと言うのに…。

 

 こういう時、トレセン学園の校則というのは……とても、恨めしい。表立った行動を制限されると、こうも窮屈に感じるなんて。

 

 さて。彼には…普段とは違う環境で、普段とは違う私を見て貰い…そして意識を私に向けてもらう手筈だ。

 

 

 

 さぁ…勝負ですよ、トレーナーさん。

 

 

 

 私はパタリと予定表を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 URAファイナルズも終了し、大きなイベントもレースも無く、既に長期休暇の機運がトレセン学園を包み始めていた頃。

 

 いつからか、よく入り浸るようになってしまっていたトレーナー室にて。

 

 パソコンを睨み付け続けて、目が充血し始めているトレーナーさんを見兼ねて、いいタイミングだと思い話を切り出す。

 

「トレーナーさん」

 

「うーん?」

 

「温泉に、行きませんか?」

 

 トレーナーさんの目が私に向けられた。

 

「…あー? 温泉?」

 

 よし、明らかに動揺している。

 

「はい」

 

「そう言えば昔…温泉旅行券当ててたな…」

 

「はい。URAファイナルズも終わりましたし、レースの予定もしばらくありません。暇な時間が多いです。この期間を利用して…」

 

 トレーナーさんはふぅん、と一息ついて目を伏せ、数秒間考え込み…。

 

「そう、かぁ。でもフラッシュならファル子とかエアグルーヴとかゴルシと一緒に行った方がいんじゃね? 修学旅行みたいなもんだろ。こういうのは友達と行った方が楽しいぜ」

 

 …やはり、そう来ますよね。最後まで律儀に貫き通して、今のままの関係を維持しようと。

 

 では切り札を使わせていただきますよ、トレーナーさん。

 

「…トレーナーさんは3年間も私と共に歩んでくれました。私はトレーナーさんにそのお礼がしたいです。あの温泉旅行券を…あなたのために、使わせていただけないでしょうか」

 

「……………」

 

「…すみません、過ぎたおねが」

 

「いや」

 

「!」

 

「わかった、わかった。行こう、温泉旅行に」

 

「トレーナーさん!」

 

 私はトレーナーさんに飛び付いてしまいたくなる衝動を何とか抑え込んだ。

 

 まだだ、まだ速い。いずれは何の躊躇いも無くできるようになる予定なのだから。toi.toi.toi…。

 

 …内心、湧き上がる笑みを抑え切れなかったけれど。

 

 …トレーナーさんは、私からの○○…と言う文言には絶対に否とは答えないのを、私は知っている。他のウマ娘には否と答える事はあれど、私には絶対にそうではない。

 

 私の言う事には頷いてくれるのだ。

 

 それはつまり……私を優先してくれているからでしょう。

 

 ああ、嬉しい。

 

「おう。でさ、いつ行く?」

 

「はい。そこはお任せください。私が全てやっておきます」

 

「いいのか? じゃあ…頼むわ」

 

「諸々の手続きが終わった時、追って連絡しますね」

 

「おっけー」

 

「………フフフフフ」

 

 良い流れです。温泉の手続きを私に一任してくれた。これもきっと信頼関係がなせるもの。…その信頼関係を逆手に取るような真似をするので、少々心苦しいけれど。

 

 全ては、私とあなたの幸せのためなのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜♪」

 

 成功した。

 

 ついに、温泉でトレーナーさんに私を女の一人だと自覚して貰えた。

 

 自室の椅子の上で、リズムに乗って体を左右へと揺らす。それに合わせて尻尾もリズミカルにゆらゆらと。

 

 …温泉でようやくトレーナーさんに抱き締めてもらえた。トレーナーさん、私よりも結構大きいので、全身が包まれているようで…。あれが、私の求めていたもの…。

 

 …ここまで来るのに、約3年も要するなんて。トレーナーさんは一体トレーナーになるまでに何を叩き込まれたのか。おかげで、予定がここまでずれ込んでしまいました。

 トレーナーさんのために予定を変えるのに、あまり躊躇いはありませんが…。

 

 ……言い換えれば。ここまでウマ娘に誠実だったからこそ、私は彼に全幅の信頼を……いや。好きだと思えるようになったのでしょう。

 

 彼を好きになる理由はたくさんありました。

 

 彼は私を最高のウマ娘だと信じて疑いませんでしたし、自分の人生の3年間をこの私に賭けてくれました。私にそれだけの価値を見出してくれました。

 

 気になるクレープ屋さんがあれば張り込みをしてまで目当てのクレープを買ってくれることもありましたし、私の予定に文句一つ言わずに動いてくれました。

 

 そして彼はとても愉快な人で…ゲームセンターや遊園地に行くと必ず面白い失敗をしていました。UFOキャッチャーでびっくりする位取れなかったり小太鼓の達人でノルマクリアに失敗したり……ジェットコースターでダウンしたり射的で全弾外してしまったり。

 

 より、具体的で…人情を廃した理由付けをするならば。トレーナーさんは優良物件だ。将来子供ができるならば、もう既に責任を持って育て切ることのできるお金は貯金できているでしょう。そして、そういう関係になればきっと彼は生涯私から目を離さない。

 

 私はそれを抜きにしても、好きですが。

 

 後は……もう単純に、一緒にいると安心できるから、ですね。

 

「……………」

 

 しかし……あの距離感で、何で今まであそこまでできなかったのか違和感を覚える位だ。

 お互い、常に一緒にいるのが当たり前。一緒にいないのは、早朝と深夜位。

 

 思えば、トレーナーさんは一定間隔で私とお出かけをしてくれていた。その度に私は満足して、トレーナーさんへのアプローチを弱めて…。あれは、ガス抜きだったのでしょうか?

 私はトレーナーさんにコントロールされていた?

 

 ……コントロールは言い過ぎにせよ、やはりトレーナーさんがある程度調整していたんでしょうね。

 

 …今度は私があなたをコントロールさせていただきますよ。

 

「…そんな努力も、もうしなくていいんですから、トレーナーさん」

 

 …さて、考えるのもこれ位にして。

 

 机の上に置いてある、3年目以降の予定に目を通す。

 

 温泉旅行は先日無事に終えた。私の目的であったトレーナーさんが明確に私との間に敷いていた壁も破壊できたはず。

 次は…ドイツ旅行だ。そこで…トレーナーさんの理性を粉々に破壊する。そしてトレーナーさんを説得し、ドイツに永住する。

 ドイツへの居住は性急過ぎる気もするけれど…事は早ければ早い程、いいでしょう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋にか弱い日の光が射し込む。

 

「くふぅぅ……すぅぅ…」

 

「………………」

 

 成功した。

 

 トレーナーさんを流れでドイツに連れて来る事ができた。

 念入りに作戦を立てた甲斐がありました。

 

 まずJALのチケットの購入、それを知らせずに出発まで後数日と言う所でトレーナーさんにドイツ旅行を切り出し、私の両親について添える事でトレーナーさんを決心させる。

 そしてゴタゴタに合わせてトレーナーさんの住居を確認し、トレーナーさんが日本に帰ってしまった時のために探す宛を付ける事ができた。

 これだけでも収穫は十分。

 

 そして今、トレーナーさんは私の部屋の、私のベッドので眠りについている。

 

 眠ってしまえば、あなたも型無ですね。普通、私がここまで近付こうとすれば、あなたは離れて行ってしまいますから。

 

「…………ん、ん」

 

 こそこそと、トレーナーさんを起こさないように既に近いけどさらに近付いて行く。

 そして、両手を腰へと滑り込ませて…トレーナーさんの胸元に頭を置いた。

 

 …今ならこんなこともできてしまいますね、トレーナーさん。

 

 私は左耳をトレーナーさんの胸元に押し付けた。

 

 …とく、とく、とく、と心臓の鼓動が聞こえる。

 これがトレーナーさんの鼓動の音、ですか。何の変哲も無い、ただの鼓動ですが…想い慕いしている人の物だと、こんなに特別に感じる事ができるなんて。

 

 今、この状況でなら…あなたの寝顔も、鼓動も、体温も、息遣いも、全て私の物。この場私にだけ許された特権…。

 

 ……トレーナーさんは私の鼓動をどう感じてくれるのでしょう?

 今度、胸元に耳を当てて貰って感想を聞いてみるのも悪くありませんね。

 

 …もう一眠り、しましょう。予定の時間まで、まだありますし。今は、この時間を……。

 

 ……起床時間、もう少し遅くしていれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもよりトレセン学園の自室が暗いような気がする。

 

「……………」

 

 失敗した。

 

 トレーナーさんを取り逃がした。あの場で引き止める事ができなかった。せっかく、父と母にも協力してもらったのに。最大の、チャンスだったのに。

 

 ……予定、変更です。あなたのためならばいくらでも変更しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたが私と共に過ごすようになる予定に変わりはないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …まずは口頭による説得を試みるべきでしょうか。あまりに強く迫ると、トレーナーさんに拒絶されてしまうかもしれませんし。何よりそうなった場合、私が私でいられなくなりそうなので、やはりそうするべきか。

 

 今回の失敗は……私の本気度がトレーナーさんに伝わらなかったのもあるでしょう。

 私の本気度を伝える事ができる物…は………。

 

 私はふと、机の上に目を向ける。そこには…分厚いルーズリーフの塊が置いてあった。

 

「………予定表」

 

 …これですね。この予定表には、これまでの私のトレーナーさんに対する……。これの内容を、トレーナーさんに読んで貰えれば。あるいは…。

 

 まず、トレーナー室にこの予定表を仕込むとして。これを読んで貰ってから、私が。

 この流れが1番確実でしょうか。

 

 ………とりあえず、今はこれしか思い付きませんね。これで、行くとしましょう。

 

 では。

 

 ここまでやって、口頭で説得できなかったら?

 

 ………。あまり、トレーナーさんに手荒な真似はしたくありませんね。

 

 えぇ、手荒な真似はしたくありませんが。そういう時のための想定は、必要ですよね。

 ただ、ちょっと想定するだけです。想定は想定で終わればいいのですから。

 

 ……手首足首の拘束の仕方と、睡眠薬の効力について調べなくては。

 

 今の内容も、予定表に書き加えておきましょう。私の彼への思いを伝えるために。

 

 

 

 直近の予定は固まった。

 

 

 

 後は、予定通りに事が動くかどうか。

 

 

 

「……………」

 

 

 

 私は一度、予定表から目を離し、部屋の窓を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目は自分でも見たことのない鈍色をしていた。




 次回からはタキオン編を書こうと思います。
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