曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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 待ってくれていた読者の皆様にはまず謝らなければなりません…すいませんでした!

 タキオン編でございます。


アグネスタキオン編
アグネスタキオン(プロローグ)


 今日は理事長主催の、URAファイナルズ関連の説明会があった。

 それも先程終わり…俺は持ち場へと戻るために歩幅を伸ばす。

 

 ……あの資金力は一体どこから来るのだろうか。私はウマ娘のためならば一向に構わん! って。その心意気は素晴らしいんだけどあんな桁を出されたら……。国家予算のレベルに片脚突っ込んでるぞ。

 ポケットマネーって言っても何のポケットマネーなんだ…?

 

 理事長って何かの財閥の娘なのか? それとも政治家の首でも掴んでるのか?

 

 ……あんまり詮索はしない方がいいだろう。俺は既に仕事やら生活やらが充実してるし、変に首を突っ込んで真夜中にドアをノックされたくない。この世には知るべきことと知らないべきことがあるんだから。

 

 今はただ、ウマ娘のために身を粉にしろ。

 

「……………」

 

 俺は雑念を払い、広い広い学園を歩き続け…数十分して、ようやく自分のトレーナー室前へと到着した。

 

 カチャリ、とドアノブを回し、トレーナー室へ入る。

 

 

 

 ……すると、誰もいないはずの部屋から何故かパソコンのキーボードが叩かれるカチャカチャと言う音が俺を出迎えた。

 

 

 

 またか、と思い自分の作業机と椅子を見てみれば……暗い、赤色の瞳が光線のように俺を射抜いた。

 

「モルモットくーん、随分と複雑なパスワードを仕込んでいるみたいだねぇ」

 

「おい。ここは俺の仕事部屋だぞ。何勝手にパソコンいじってやがんだ。何故かお前はパスワードクリアしてくるし、何なんだ本当に。おかげで長ったらしいのにするハメになったぞ」

 

 捲し立てるように、その目線の正体へと恨み辛みを吐き…。

 

「ふぅン、この部屋が君の仕事部屋、ねぇ」

 

 トレーナー室に…形容するならば、ややねっとりとした声質の声が響く。声の主は……俺の担当ウマ娘。アグネスタキオンの物だ。

 

「おかしいねぇ、モルモットくぅん。この部屋の所有権はいつ君が手に入れたんだい? この部屋の所有権は学園が持つ……つまり君には無いんだよ。だから君が私をここから追い出す理由は無いし、ここが君の仕事部屋であるという事実はない」

 

「うっせぇなお前。言葉遊びがしたいならカフェとでもやってこい。それにこの部屋はしっかり俺に割り振られた部屋だ。俺がどうこう口を出す道理はある」

 

「手厳しいねぇ、トレーナー君。それが担当ウマ娘に対する態度かーい?」

 

「いいからその椅子から退け。仕事ができない」

 

「はぁーー…。…いいさ、退いてあげるとも……」

 

 タキオンは一瞬、机に手を掛けて立ち上がる素振りを見せるが…。

 

「……ただし、君が役目を果たすのが先だ」

 

「はぁ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 タキオンは挑発的な笑みを浮かべたまま、再び椅子に座り込んでしまった。

 …タキオンの目線は俺の手元に注がれている。

 

「………この野郎」

 

「私は女だよ、トレーナーくぅん」

 

 売り言葉に買い言葉。全くこいつは……。

 

「言ってれば俺が言うことを聞くと思いやがって…」

 

「グチグチ言う割に君は随分と素直だねぇ」

 

 俺は渋々、タキオンのために作ってきた弁当を机の上に置いた。

 

「これだよぉ、私が欲していたのはぁ」

 

「ほら、早く退くんだな」

 

「私は約束は守る女さ。よいしょ…」

 

 タキオンは約束通り体を持ち上げ、席を空けてくれた。そして、作業机に置かれた弁当を手に取り、そこから離れ…。

 

 俺はタキオンと入れ替わる形で椅子に座った。

 

 タキオンはそのままトレーナー室から出て……行かず、面談席へと移動しそこに座った。

 

「……おい、出ていくんじゃないのか」

 

「いやぁ。ここで食べさせてもらうよ。ちょうど空いてきた頃だしねぇ。そもそも私は椅子から退くとは言ったけど部屋から出るとは言っていない」

 

「…勝手にしろ」

 

「ふふ…するさ」

 

 タキオンは弁当を包んである布を解き、それを机に敷いて弁当箱を展開し…蓋に備え付けてある箸を取り出して、米やら、野菜炒めやら、豆腐やらを口に運ぶ。

 

 そして口をモゴモゴと動かし…。

 

「……トレーナー君、君は料理が上手だね」

 

「誰のために上手くなったんだか」

 

「はははっ。これからも頼むよぉ、トレーナー君」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「…でも味付けはもうちょっと薄い方が私の好みだね」

 

「おいこら。人がせっかく作ってやってるのに」

 

「ははははっ! 人の欲望と欲求と言うのは尽きない物だよ」

 

「はぁ………」

 

 …仕方ない、塩やら味噌の量を減らすか…。

 

 頭の中で明日の弁当の中身を組み立てて行くと、ふと。今1番大事であろう話題が頭に浮かんだ。

 

「……ちゃんと、皐月賞に向けてトレーニングしてるか?」

 

「もぐ……もちろんさぁ。君、私を何だと思ってるんだい」

 

「変な奴…」

 

「ふ、ははっ! 違いない!」

 

 タキオンはんぐっ、と米やらを飲み込むと、右手で口を覆って笑い始めた。

 

「ふぅ…ふふ。やっぱり君は手厳しい。……心配しなくていいさ。トレーニングはしっかり、滞り無く行っている。君のおかげかコンディションも悪くないからねぇ。いくらアグネスタキオンとは言え、レースには真剣さ」

 

「……頑張れよ」

 

「あぁ」

 

 …この短いやり取りを最後に、会話は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タキオンは危な気無く皐月賞を制した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月賞から数日後。その昼頃。

 

 俺はタキオンの研究室……と言っても、タキオンが勝手な要求をして何故か与えられてしまっま

教室の一角だが……に向かっていた。

 弁当を渡すためだ。

 

 …その研究室に近付くに連れて、段々と薬品の匂いが漂い始める。嫌、とも好き、とも言えないような匂いだな。湿布みたいな…。

 

 タキオンが占拠したせいでこんな匂いがするようになったのか、それとも元からこうだったのか。前者なら学園にとっていい迷惑である。

 

 …そもそも部屋を要求するなよ。

 

 廊下を曲がり…その突き当りにて、スライド式ドアの前に陣取る。

 俺はコンコンコン、とドアをノックして…タキオンの返事を聞かずに研究室へと脚を踏み入れた。

 

 恨むなよ。ただの嫌がらせだ。

 

 ……俺は、ローファーを脱いで自分の左脚の踵を椅子に乗せ、眉間に皺を寄せながら脚首を両手で擦っているタキオンと鉢合わせた。

 

「………痛いのか、タキオン」

 

 ノックせず入って良かった。じゃなきゃ気付けなかった。

 

「おっとぉ、品が無いねぇ、トレーナー君」

 

 タキオンは脚首を撫でていた両手をゆっくりと離して、椅子に置いていた左脚を元に戻し……少し、困ったような表情を浮かべながら俺に向き直った。

 

「否応は聞くべきじゃないかな?」

 

「大丈夫か?」

 

「…………」

 

 …タキオンは何やら面食らった様子だ。俺と左脚を交互に見比べている。

 

「…いやぁ、ただちょっと調子を確認していただけだよ。何も問題は無い」

 

 俺は弁当を机の上に置き、タキオンの眼の前へと移動する。

 

「見せてみ」

 

「大丈夫さ」

 

「いいから」

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺は…多分しかめっ面。タキオンはいつもの何かを含んだ怪しい笑み。…互いに睨み合いが続く。

 

 ……いや、引かねぇよ? 担当バが脚を擦ってると来たら、無視できないだろ。

 基本、タキオンの願いは聞き入れる俺だが……今回ばかりは一歩も引かないぞ。

 

 

 

 

 

 勝負は俺に軍配が上がった。   

 

 

 

 

 

 タキオンが笑みを引っ込め溜息をついたのだ。

 

「ッハァァァ………直接触って確かめないと気が済まない顔だね。いいさ、好きにするといい」

 

 タキオンは体をほっぽり出して、左脚を俺に差し出した。

 …全く。最初からそうすればいいものを。

 

「どれ…」

 

 俺はその場に跪いて、タキオンの左脚首を左手にそっと取る。そして、右手で関節に異常がないかとなぞったり、噛み合わせを確認してみたりと。

 

 ……確認した感触は…骨が突っ掛かったり、動かしてタキオンが顔を顰めた様子は無い。特に問題は無いか…?

 いや、無いと言い切れないな。実際には爆弾が潜んでましたってパターンがウマ娘にはよくある。ここは……。

 

 ここは大事を取って、と言おうとして俺は顔を上げた。すると……。

 

 何やら呆れたような表情のタキオンが俺を見下ろしていた。

 

「……何だお前」

 

「…こちらの台詞さ、全く…。人がいないからいい物を」

 

「ええ?」

 

 タキオンは再びはぁぁぁ、と大きな溜息を漏らした。

 

 ……???

 

「君、私を心配してくれるのはいいさ。だがね、絵面を考えてくれたまえよ」

 

「絵面ぁ?」

 

「……これは重症だな。君、ちょっと自分の姿を確認するといい」

 

「はあ…?」

 

 と、俺はタキオンに言われるがままにキョロキョロと自分の姿を眺めた。……普通のビジネス用のYシャツにジーンズだが……何か変なのか。

 

 俺はタキオンに向き直り、首を傾げて見せた。

 

「君と言う男は……」

 

 タキオンは最早呆れて物も言えない様子だった。右手で額を覆っている。こんなことを言わせるのかと言った様子だ。

 

「いいかい、私は座っていて左脚を差し出し、君は床に跪いてその左脚を手に取っている。傍から見れば変な趣味をした者同士の馴れ合いじゃあないか」

 

「……………」

 

 …俺はチラリとタキオンを見て、そして左手に持つタキオンの脚を見た。

 

 そっ、とタキオンの脚をローファーに戻し立ち上がる。

 

「ふくくくっ。気付いたようだね」

 

「…他意は無いぞ」

 

「知ってるさ」

 

 タキオンは形容するならば……面白い玩具を見つけた、みたいな悪どい笑顔を浮かべて俺を見上げた。

 

「君は私の事になると随分と盲目になるねぇ。見ていて面白い」

 

「…担当バに対して真剣に向き合っちゃいけないのか」

 

「いやぁ? 私はその心意気を好ましいとは思っているさ」

 

「なら、黙ってトレーナーの好意に預かるんだな」

 

「ああ、遠慮無く……。…しかし、よくあんな躊躇い無く跪けたねぇ。君は本当に頼んだら何でもしてくれそうだ。新薬の試作品ができたんだが、飲んでくれるだろう、モルモット君?」

 

「…飲まねぇからな。あんまふざけた事抜かすともう弁当作ってあげないぞ」

 

「あーあー……わかったわかった。だが人前では勘弁してくれたまえよ。私は既に変な奴だと周りから思われているし、それは事実だから何の問題も無いのだが……これ以上変な噂が流れるのは私の望む所じゃない」

 

 …どうだろうな。レースでタキオンに何かあろう物なら……。

 

「……善処するさ」

 

「そこは頷く所だろう? モルモットくぅん。まぁ、いいさ」

 

 タキオンは話は終わりだと言わんばかりに俺を視線から外し、机に措いてある弁当に目を向けた。

 

「ちゃんと役目を果たしてくれているようで安心したよぉ。さぁ、ここからは私の食事の時間だ。退出願おうか、モルモット君」

 

 ピシッ、とタキオンは人差し指で扉の方を指差した。

 

 ……肝心な事をまだ聞き終わってないぞ、タキオン。

 

「……で。脚は大丈夫なのか?」

 

 俺は最後にこれだけ答えろ、と言うニュアンスでタキオンの方を向かずに問う。

 

「…このまま帰る雰囲気だったろう?」

 

「いいや? 俺は帰るとは言ってないぞ」

 

「なあなあでは済ましてくれないようだねぇ…」

 

 タキオンの眉が下がり少々困っている顔が想像できた。

 

「あれはただ脚の調子を確認していただけさ。深い意味は無い」

 

「本当か?」

 

「ああ。別に変な事じゃないだろう? 自分の脚を確認することは。私の脚のコンディションを言えば、今とても安定している」

 

「…そう見えてるだけかもしれないぞ。なぁタキオン、ここは」

 

「大事を取れと?」

 

「…ああ」

 

「…皐月賞に、ダービーに……三冠を目指せると焚き付けたのは誰だったかな」

 

「………焚き付けたのは俺だ。だけどそれとこれとは」

 

「酷い男だねぇ、君ぃ。今更それは無いだろう。私だってウマ娘だ。走りに掛ける情熱の一つや二つはある。君はそれに火を着けてしまったんだよ」

 

 トン、トン、トン、トン、とタキオンの指が机へと打ち付けられる。

 

「脚に問題は無い。ダービーも走り切れるさ」

 

「………わかった」

 

 …タキオンの意思は硬いみたいだな。確かに…タキオンの言う通りにもある。俺が、わざわざ引き摺り出して…あの舞台に立たせようとしたんだから。タキオンはそれに乗った。

 

 だが。

 

 あんな顔見せられた以上、可能性と言うのは潰して置きたい。

 

「だけど保健室には掛かって貰うからな」

 

「……わかったよ、それで納得するんだろう?」

 

「ああ」

 

「なら、今夜にでも確認しに行くとしよう」

 

「じゃあ、トレーニング終わりに________」

 

 

 

 この時間の会話はこれで終わり…タキオンは約束通りトレーニング後、トレーナー室に訪ねてきて…共に保健室へと向かった。

 保健室での診断結果は異常無し。

 

 …タキオンはそれ見たことか、と俺を見ていた。

 まぁ…保健室での診断も問題無かったのなら、多分大丈夫だろう。

 

 後、俺にできることは……タキオンの勝利を信じる事だけ、だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タキオンは危な気無く日本ダービーを制した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……日本ダービーから、数日後。タキオンは一向にトレーニング場へ現れなかった。

 ダービーの疲れを癒やすために、数日間の休みの後再びトレーニングに戻る手筈にしようと二人で話し合ったのだが。

 

 タキオンが何の連絡も無くトレーニングをすっぽかす事はこれまでもたくさんあったが……さすがに、連絡も無く数日間経過すると心配になってしまう。

 俺は…タキオンが棲み着いているであろう研究室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究室へと近付くに連れて、あの独特な匂いが鼻を……。

 

 いや。

 

 薬品の匂いがいつもより強烈な気が…。

 

 …………。

 

 何やら、嫌な予感がした。脚が、速くなる。急速に、扉が眼の前へと迫り…。

 …俺はノックすらせず、研究室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

「ああ、トレーナー君」

 

 

 

 

 

「タキオン」

 

 何かの薬液が溢れる、試験管を右手に。タキオンは机に上半身を預けていた。瞳は…いつもより暗い。

 

「タキオン、大丈夫か」

 

「…………」

 

 タキオンの瞳が俺を捉える。…それ以上、タキオンは何も語らない。

 

「タキオン、タキオン」

 

 俺はタキオンの背後へと回り、その肩を掴んで体を擦る。…タキオンの体は力は無く俺の腕に合わせてグラグラと揺れ…。

 

 まるで死体のようだった。

 

「タキオン、どこか痛いのか。大丈夫か」

 

「……トレーナー君」

 

「うん」

 

「左脚首を、見てくれないか」

 

「左脚首だな」

 

 タキオンの声は掠れていた。居ても立っても居られず、その場に両膝を着いてタキオンの左脚を持ち上げ、脚首に右手を添える。

 

 ………熱い。

 

「…動かないんだ。左脚首が」

 

 ……炎症? いや…ただの炎症で関節が動かなくなる事は無い。

 この熱の籠もり方……屈腱………。

 

 頭を横に振る。タキオンに限ってそんなはずは。そんな確率を引いたと言うのか?

 保健室での診断だって出ていた。だから…。

 

「タキオン……今すぐ、病院に行くぞ」

 

「……………」

 

 タキオンの頭がコクリと小さく動く。

 俺は立ち上がり、タキオンの両脇に手を入れ持ち上げ、背中に背負うと…自分でも驚くような速さで学園を走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …タキオンは屈腱炎と診断された。嫌な予感が当たって…しまった。

 

 ダービー直後の控室では、嬉しそうに俺に軽口を叩いていたのに。……屈腱炎。治らない訳ではない。完治した事例は……数十件はあるだろう。しかしこれは数年、数ヶ月の内。現役時代に治った事例の数字ではない。

 

 診断記録が残され始めた時点での、トータルの数字だ。

 

 タキオンは…そのトータルに入れるか?

 

 無理矢理にでも、ダービー出走を止めれば良かったのか? 俺は。

 

「………………」

 

「………………」

 

 病室に二人。タキオンは……じっ、と。患者ベッドの上で…包帯に包まれた、自身の左脚首を…見ていた。




 雰囲気は重く重く。

 次回、堕ちるタキオン。
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