曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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 ドロリ…少しずつ沈んで行く。


サイレンススズカ.4

 スズカにグイグイと引っ張られながら階段を登る。表情は読めない。ただ、尻尾がふぁさ、ふぁさ、と忙しなく跳ねている事から、随分と気分が高揚している事が読み取れた。

 ……スズカが何を考えているのかがわからない。

 

「な、なぁスズカ、考え直してくれ、スズカは実家に帰って静かに過ごした方がいいと思うんだ、親御さんも心配してるだろうし」

 

「いいんですよ。私がこうしたかったんです。私の意思です」

 

 突っぱねられた。取り付く島も無かった……。

 

「……! す、スズカ! 私の部屋は何も無いし、弁当とかカップラーメンのゴミばっかり汚いぞ!」

 

 咄嗟に思い付いた自分の部屋ディスでスズカが釣れるか試してみた。……ピタリ、とスズカの脚が止まる。

 

 お?

 

「………トレーナーさん。私のリハビリに付き合ってくれている間……ずっとコンビニ等のお弁当を?」

 

「……う…うん」

 

「……………ッッ」

 

 グイッ。

 

「うわっ」

 

 私の肯定を聞くや否やスズカはより速い速度で階段を登り始めた。

 しまった、完全に逆効果だった…! 尻尾の跳ねもさっきよりずっと激しい…!

 転けそうになりながらも階段を登り切り、廊下へ出る。スズカは止まらず…216号室前に到着した。

 

「……トレーナーさん。鍵を」

 

「い、いやぁ、大の大人が若い女性を部屋に連れ込むって絵面がまずいと言うか、下手したら犯罪…」

 

「大丈夫ですよ、合意の上です」

 

「…す……スズカ…」

 

「さぁ。トレーナーさん。さぁ」

 

 どうしてこんなことに…。スズカの催促に観念し、ポケットから鍵を取り出す。カチャ、と鍵穴に刺し、ガチャリと。

 ドアノブに手を掛け……一瞬、スズカの方を見る。

 

「?」

 

 スズカはハテナマークを浮かべながら首を傾げた。完全に入る気満々じゃないか…。

 ……うん、もうどうにでもなれ。

 

 扉を開き、玄関に入る。それに、スズカも続く。

 

 扉の閉まる音がやけに響いた気がした。

 

 …改めて玄関から見る自分の部屋は、随分と無機質は物だった。それにプラスして、洗われて虫は飛んでいないが、コンビニ弁当とカップラーメンのゴミがパンパンに詰まったゴミ袋が3つ。

  

 背後から悲しそうな溜息が聞こえた。

 

 ギギギギギ、と壊れた機械のような動きで後ろに振り返る。……スズカは呆れと、怒りと、嬉しさを含んだ表情を浮かべていた。

 

「……トレーナーさんは本当にウマ娘以外に対しては無頓着で無関心ですね………。でも……」

 

「私のために、ここまでしてくれたんですね」

 

 ピトリ、と背中に暖かく、柔らかな感触。スズカが背中にその肢体を押し付けていることがわかった。スズカの手がすすす、と背中を撫でる。……随分と、心地よい。

 

「トレーナーさんのそう言う所に」

 

 スズカの右手が背を撫でる。

 

「私は、惹かれてしまったのでしょうね」

 

 小さく、囁くように……。ぞわり、とした物が背中を這う。同時に、スズカをこんなに近く感じる事ができて、喜んでいるどうしようもない自分がいた。

 怖気が背筋を通り脳を突き抜け、体がぶるりと震える。

 その声色は心臓を直接撫でて来るようで。トクン、トクン、と鼓動が早る。スズカの息遣いが、近い。

 

「……あ……上がろうか、スズカ!」

 

 思考が蕩けてしまう前に靴を脱ぎ玄関から上がる。キャリーバッグは壁の近くに置いておいた。

 

「フフフ……はい」

 

 スズカも、玄関から上がり、二組の靴を整えてこちらに続く。

 

「……本当に何も無いぞ。いてもつまらないぞ」

 

「トレーナーさんが、いらっしゃいます」

 

「……………」

 

 口を開く度にスズカを帰そうとしているが、全て突っぱねられてしまう。どうしたものかと考え込んでいると、おもむろにスズカが冷蔵庫を開け始めた。

 

「…あるのは……生卵と、牛肉のロースと…バター。後は……」

 

 スズカがキョロキョロと周りを見回す。

 

「…食パンがありますね。調味料は……胡椒が。………トレーナーさん」

 

 スズカが冷蔵庫にあった食材を取り出しながら言う。

 

「お掛けになって休んでいてください。晩ご飯は、私が作ります」

 

「い、いやぁ、悪いって」

 

「ここまで付き合ってくれたお礼の一部ですよ」

 

「…………じゃあ………お願い」

 

 流れでスズカが料理をすることになってしまった…。スズカは誠実な子だしここで断ってしまうとむしろスズカに悪い…。しょうがない、スズカの料理をありがたくいただくとしよう…。

 ガリガリと右手で後頭部を掻きながら、ボスッ、とソファに座り込む。

 

 ………これって実質押し掛け女房………いやいや、何を考えているんだ、自分は。まずはスズカを送り返す事を考えなければ…。

 ……と言うか異常だ。スズカは今までこんな事はしなかった。やはり怪我のせいで精神的に…?いやしかしスズカは悩んでいてもこんな突飛な事は一度もしなかった…。スズカの言動は完全に……。……そんな小説みたいな事が……?

 

 両手で頭を抱えながら考えているの内にバターの香ばしい香りが漂ってきた。そして、ゴトン、とキッチンにまな板が置かれる。

 ……悔しいがこういう状況でも腹は減るんだな。完全に料理へと意識が向いてしまった。

 まずスズカは食パン1枚をバターの敷かれたフライパンに投下する。

 それと同時に、スズカが包丁でロースを薄く切り分けて行く。合計4枚に切り分けた。そのタイミングで食パンが1枚焼き上がり、フライ返しで掬い上げ皿に盛り付け。食パンが後3枚焼けるまで繰り返し、最終的に2枚の皿に2枚1組で盛り付けられた。

 カンッ、とフライパンに生卵が叩き付けられる音が響いた。スズカは器用に片手で生卵を割りフライパンへと投下する。1つ、2つ……ジュウジュウ……と卵焼きが出来上がっていく。それをフライ返しで掬い、皿に盛り付けてある2枚の食パンの間に挟む。

 最後に、切り分けたロースをフライパンに投入し、焼き上がるのを待って……焼き上がった所で、フライ返しで掬い上げて食パンに乗せる。そして、胡椒をさっと振り掛けて、間に挟む。

 

 ………正直ありあわせの食材しかなかったけど、実に美味しそうである。さすがスズカだ…。

 食器置き近くにあったナイフフォーク入れからナイフとフォークを2個ずつ取り出し…。バターロースエッグサンドと言うべきかな?それの盛り付けられた2皿を机にコト、と置き、その皿の横にフォークとナイフをセットして……。

皿の配置はちょうど自分とスズカが対面するような感じである。

 

「トレーナーさん。お待たせしました」

 

「んん……いや、全然待ってないよ。……凄く……美味しそうだ」

 

「フフフ……では、お召し上がりください」

 

「うん…いただきます…!」

 

 急いでソファから立ち上がり椅子に座る。

 

 右手にナイフ、左手にフォークを持ち、サンドイッチを切り分ける。すると、食パンからは染み込んだバターが溢れ、切られたロースからは肉汁が溢れる。……何も考えず口へと運んだ。

 

「!」

 

「……お口に合いましたか…?」

 

「おいひい……! ハグッ……モグモグ…!」

 

「……良かったぁ」

 

 とても美味しい。口の中にバターの味が広がって、それなロースと肉汁に絡み合い、さらに卵焼きがアクセントになって…。

 あんまりに美味しかったため十分もしない時間で平らげてしまった。

 

「っふぅー……ごちそうさまでした」

 

「お粗末様でした〜。…はむっ」

 

 スズカは私の食事シーンをずっとガン見していたためまだ食べ途中だ。……正直ずっと見られていて恥ずかしかった。

 とりあえず、スズカが食べ終わるまでその場で待った。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「…………」

 

「……よし、スズカ。ご飯も食べ終わったし、もう帰ろうか」

 

「……今日はもう遅いですし。こんな夜道を歩くのは、ちょっと怖いですね…」

 

「えっ」

 

 窓から外を見る。…もう、すっかり暗くなっていた。……確かに…こんな夜道を歩かせるのはいけないだろう。うん。これは決して邪念を含まない決断だ。スズカのためを思ってだ。

 

「………うん。危ない…な。……スズカ。泊まって……行くか?」

 

「……はい♪」

 

 言質は取ったと言わんばかりの笑顔。ああ、だめだ、自分はとことんスズカに弱い。

 

「……食器は、私が洗うから。スズカはお風呂に入って来な」

 

「……トレーナーさんもごいっ」

 

「あー!あー!聞こえない聞こえなーい!!」

 

 さすがにそこは譲れない。予想してしまった私も私だが、それだけはいけない。まずい。自分も男だし色々まずい。なので、全力で回避する。

 

「……わかりました。お先に、失礼しますね。……………………………………………もう」

 

 スズカの耳がぱたりと垂れ下がった。残念そうにしてもダメ。

 ………最後に何か聞こえたが聞こえないフリをした。

 

「ふ、風呂はリビングを出て右だぞー」

 

「はーい」

 

 スズカはリビングを出て風呂場へ向かった。キャリーバッグが開いた音と、ゴソゴソと何かを取り出す音が聞こえる。…多分寝間着とかドライヤーとか歯ブラシとか歯磨き粉を取り出しているんだろう。

 

 …………これで少しの間安心できる。

 ……和やかな雰囲気で忘れていたが、タクシー内や病院で見せたスズカのあの異様な雰囲気を思い出す。…あれは……自分が原因なのだろうか。今思えば秋天までスズカには…中々キザな台詞をぶつける事が多かった。

 …自分は鈍感な方では無い。多少はその可能性について考えることはできる。……自惚れであればこれ程恥ずかしい事は無いが。

 

 キュッキュッ、と皿やフライ返しをスポンジで磨く音が響く。

 

 スズカと過ごした数年間は本当にスズカに付きっ切りだったし……。スズカ自身は走る事が第1だと思っていたため、私に何か感情を抱くとは全く考えていなかった。

 走る事を奪われたスズカが自分にやりようの無い気持ちをぶつけているだけならそれでいい。むしろそうであって欲しい。

 

 トレセン学園で度々トレーナーとウマ娘が行方不明になる事件をまた思い出した。

 ……今思えば、理事長がやたら私を心配してくれていたのはこんな状況になるのを危惧して…?いや、そんなまさか…。

 

 考えに考えていると、いつの間にか食器やらを洗い終わっていた。適当に乾燥棚に置いておく。

 

 手の水を布巾で拭き取り、そのままドッカ、とソファに座る。

 ……スズカ、どうしてあげたら良いのだろう。頑なに帰りたがらないスズカ……私に変な目を向けるスズカ……。しかも、そのスズカに見とれてしまった自分がいる。

 スズカがそれで幸せなら、いいんじゃないか。ずっと一緒にいると考えてる訳じゃないだろうし、まだしばらくは、一緒にいてあげた方がいいんじゃないか。そんな思考が脳に流れる。

 自分は……自分は。

 

 ドライヤーの音が突然リビングにまで響く。

 ……どうやらいつの間にか30分以上も経過していたらしい。スズカ、気持ちよかったかな。

 ドライヤーの音が静まる。……足音がリビングへと近付く。そして…。

 

「……ふぅ…。気持ちよかった……」

 

「それは良かった」

 

 なるべく混乱を悟られ無いようにを振る舞う。

 

 いつものルームウェア姿のスズカが現れた。栗色の長髪はしっかりと乾いていたが、一度水に濡れたためかいつもよりキラキラしているように見えた。頬も少し赤く……ふぁさりと指先で髪を掻き上げる姿は普段見れないものであった。

 

「…スズカが終わったから、次は私が入ってくるよ」

 

「はい。お待ちしています」

 

 …まず寝室に行き下着と寝間着を取る。そして風呂場へ直行。脱ぐ。脱いだ物を洗濯機に放り込む。そして風呂場へIN。

 数10分後、寝間着に着替えて歯を磨き自分のドライヤーを髪に掛ける私が鏡に写っていた。………よし。

 髪が乾いたことを確認して、リビングに戻る。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

 スズカがソファに座り、脚をプラプラさせながら待っていた。……かわいい。

 

 腕時計を見る。…もう11時近くであった。

 

「あ〜。スズカ。もういい時間だし、そろそろ寝ようか?」

 

「はい…そうしましょうか」

 

 …ふふん。そろそろ先手を打たせてもらうよ、スズカ。必殺の先行場所指定だ。こうすることによりスズカは布団、私はソファで寝る事ができる。では…。

 

「よし、じゃあ、スズカには悪いけど私の布団を使って今日は寝ておくれ。私はソフ」

 

 言いながらさっさとソファに向かおうとした所で……。ガシリと手を掴まれた。

 

「トレーナーさん。トレーナーさんだけソファなんて不公平です。一緒のお布団で寝ましょう?」

 

 ゆっくりと振り返る。

 

「ね?」

 

 スズカは口を三日月に歪め、あの、酷く濁った…光の無い目で微笑んだ。

 

「ッ……」

 

 ……どうやら私は絶対にスズカには勝てないらしい。

 

「ど……どうしても?」

 

「……トレーナーさんは、私の事、きら」

 

「そんな訳無いじゃないか」

 

「……フフフフッ♪ なら、大丈夫ですねぇ」

 

 …一緒の布団で寝るしか道は無いらしい。……覚悟を決めろ、トレーナー。

 

 寝室に向かう私。それに続くスズカ。

 寝室には何の変哲もない、無地の布団と…無地の枕。そして、にんじんのアップリケが縫い付けられた毛布があった。…それに、ゴソリと入る。……数拍して、スズカもゴソリと入ってきた。…………近い近い近い近い近い近い……!!!! 風呂に入ったばかりでスズカのいい匂いが香って来る。

 

「…せ、狭いなぁスズカ!やっぱり私はソファに」

 

「いえ?むしろ暖かくて……」

 

 ぐい、と右腕にスズカの両腕が絡み付く。絡み付いた腕は細く、折れてしまいそうで…。でも、その力は自分よりも強くて。

 

「気持ちいいですよ…」

 

「す、スズカ……」

 

 スズカがあの目を向けて来る。あの濁った目を…。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。勝手な事をしてしまって」

 

「いや………いいんだけど…さ」

 

「……走る事を止めて。学園から去って。私には友人もいます。……けど。不安なものは……不安で。……だから」

 

「……スズカ」

 

 スズカの頬に左手を添える。そして、そのまますりすりと擦る。………スズカの頬は柔らかくてもちもちとしていた。

 

「私は、スズカが立ち直るまで一緒にいてあげるつもりだから」

 

「だから、いいんだよ」

 

「…トレーナーさん」

 

 ぐい、とスズカが絡めた腕を軸にこちらに近付く。そして、自分の胸に顔を押し付けた。

 スズカの肢体がこれまでに無い程間近に感じられる。暖かくて、柔っこくて…。

 

「………おやすみ、スズカ」

 

 スズカの頭を撫でながら、自分はそう呟いた。

 そして自分は目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________目を閉じた後、やはり視線を感じるのであった。




 次回、歪んで行く二人。
 夜、ふと違和感を感じたトレーナーは…。
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