曇り後晴れ。時々豪雨。(タキオン編開始)   作:にゃす

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 沈め…沈め…。


サイレンススズカ.5

 寝ているような、起きているような。何とも微妙な感覚だ。…スズカと一緒の布団で寝ているから本当に夢見心地なのだが。

 

 そんな事を考えていて、ふと、何かの違和感を感じる。

 

 ……何だか体が……重い…。夢……? いや……この感覚は…大分…リア…ル…。

 寝返りを打とうにも、体がやたらと重いせいで打てない。

 

「うーん……うーん……………」

 

「う……ん……?」

 

 胸部のあまりの圧迫感に思わず目を覚ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズカの顔が眼の前にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 目を開けた瞬間、誰かの顔が眼の前にあったらこうもなろう。

 そして、飛び起きそうになってジタバタと体を動かして違和感の正体に気付く。……思い切り飛び起きたのに体が動かない…? どうして、と目を凝らして見てみると…。

 ……スズカが私の胸部に跨っていた。両手を私の肩に置き、上から顔を覗き込んでいる構図になっている。長髪が顔に掛かってくすぐったく、薄っすらとした甘い香りが鼻腔を突く。

 所謂ウマ乗り状態である。

 

 ……どういう状況だ…!?

 

 スズカの腰を掴んでどかそうにも……そもそもそんな勇気が自分にはない。生まれてこの方20数年経つが、親しい間柄になれた女性なんてスズカを含めて数える程しかないし、そんなアクティブに接した事も無かったし…。必要な時や不可抗力でそうなった場合はあるが、そんな能動的に掴める訳が無い…!!

 

「ぁっ……く……す、スズカ…? ……眠れないのか…?」

 

 とにかく、色々マズイ状況なのは理解した。そもそも目を覚ましたら誰かが自分に跨ってるなんて絶対悪い事が起きる前兆だし、変に刺激すると何をされるかわからないので、なるべく言葉を選んで聞いてみる。

 

「…………………」

 

 暗闇でスズカの表情はよくわからない。しかし、水色の瞳は何故か爛々と鈍く、薄く、濁りながらも妖しく光っていて。ついでに耳は後ろ向きにピン、と張っており…。

 

 スズカの口が動く。

 

「………トレーナーさんの事ばっかり…」

 

「最近…ずっとトレーナーさんの事しか考えられなくて…」

 

「ス……ズカ……」

 

 ずい、と瞳が迫る。

 

「……秋の天皇賞以降、ずっと変なんです、私。トレーナーさんを見ると……」

 

 ギュゥゥゥ…とスズカの肩を握ってくる力が強くなる。

 

「…私を信じてたくさん走らせてくれたトレーナーさん。私のために寝る間も惜しんでトレーニングメニューを考えてくれたトレーナーさん。私がレースに勝つ度に本当に嬉しそうにしてくれたトレーナーさん。少しでも疲れたら絶対に休ませてくれたトレーナーさん。走る事以外にも楽しい事があるのを教えてくれたトレーナーさん」

 

「………レースの分析で私以外の子をじっくりと観察するトレーナーさん。お昼に私がいない時に他の子と談笑しているトレーナーさん。たづなさんとよくお出かけしていたトレーナーさん。エアグルーヴのお手伝いをするトレーナーさん。他の子のトレーニングを眺めているトレーナーさん」

 

「トレーナーさんと一緒にいると安心します。トレーナーさんの笑顔を見るとドキドキします。私がレースに勝つととっても喜んでくれるトレーナーさんの笑顔が好きです。……他の子と一緒に楽しそうに笑っているトレーナーさんを見ると……胸がゾワゾワします。他の子と一緒にご飯を食べるトレーナーさんを見ると……何か、ドロドロとした物が湧き上がって来ます。トレーナーさんは、私のものなのに…って。…でも、それが、溢れ出すことは、ありませんでした」

 

 ……意識せずに…寂しい思いをさせてしまっていたのか。スズカから申し訳無さそうに目を逸して…。

 

「…ごめん、スズカ。スズカを一番優先してあげれたら…」

 

「ぁ……と、トレーナーさんは悪くなくて…」

 

 スズカの瞳に「言わせてしまった」という後悔の色が浮かぶ。そして、少しの歓喜も読み取れた。

 

 少しして、何やら熱っぽい視線を自分へとスズカが送って来た。

 

「………トレセン学園に入学したばかりの時は、本当にターフを駆ける気持ち良さと、先頭の景色にしか、興味がありませんでした。それが、いつの間にか………トレーナーさんに変わって」

 

「…秋の天皇賞が終わってからは………トレーナーさんの存在が、大きくなり続けて」

 

 スズカの息遣いが荒い。

 秋天以降、スズカが不穏な雰囲気を見せることはあった。しかし、今のスズカは……今までで一番、危ない香りがした。

 

「……これが…好き、と言う感情なんでしょうね」

 

 瞬間、沈黙。

 頭の中をグルグルとスズカの言葉が反復する。

 スズカが好きと言ってくれた。…嬉しい。だが、それと同時に、崩れ去りそうな理性が自分を思い留まらせる。

 

「……スズカ。た、多分、スズカは骨折の…ストレスと……走れない事に対するストレスが…溜まってるんだよ。だから…一旦、落ち着こう……?」

 

 あくまでも、冷静に返す。

 自分がそう返した瞬間…スズカの瞳孔が開いた。

 

「………あなたは………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__________突然スズカが胸ぐらを掴み上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぁっ」

 

「あなたは、いつもそうやってのらりくらりと………」

 

「……今の関係を崩さないよう、私が近付いたらその分だけ離れて…………」

 

 上半身の浮遊感。ぐい、と思い切り引き寄せられているため、襟が引っ張られて首が締まる。

 

「……さっき、私の事は嫌じゃないって言ってくれましたよね…?」

 

 スズカの表情が悲痛な物に変わる。

 

「…本当は、嫌なんですね」

 

「い、嫌じゃないのは本当だよ…!」

 

 スズカが嫌な訳無い。スズカはとても良い子だし、友達思いだし、気配りもできて、誠実だし、レースにいつだって本気だ。

 

「なら……なら………もっと、もっとトレーナーさんを近くで感じる事ができる関係になっても……いいじゃ、ないですか…」

 

 本心の吐露に目を逸しながら、かつてトレセン学園を目指した時に付けた知識を思い出す。

 基本的に、ウマ娘はレースに集中してもらうのが良く、多感な時期のウマ娘とはあくまでトレーナーとウマ娘の関係でいるのが望ましい、と。

 

「…私の…私の仕事はスズカを勝たせる事。もっと、輝かせる事。…だから、そう言う感情は、いらないと思ってた……。それに…トレーナーとウマ娘が、そういう関係になるのは…ご法度だったんだよ……!」 

 

 それを聞いたスズカは目をパチパチと瞬かせる。そんな事で…と拍子抜けしたかのように。

 

「……トレーナーさんは本当に、真面目なんですね」

 

 スズカがうぅん、と考え込む。どうすればオトせるか考えているようだった。

 

「…私はもう走れるウマ娘じゃありません。トレセン学園からも退学しました」

 

「だから…」

 

 胸ぐらを掴んでいたスズカの手が離され、上半身が布団に落ちそうになるが…。スズカが手を離した瞬間、再び顔を両手で掴まれたため、落ちる事は無かった。

 

「だから、もうそんなことには気を使わなくていいんですよ?」

 

 顔を掴まれ固定されているためスズカから目を離せない。そして、スズカの甘ったるい声が脳を掻き乱す。理性の糸を1つ、1つ解いて行く。

 スズカの美しい瞳は淀み、グルグルと渦巻いていて……見ていると吸い込まれそうになる。それと同時に心臓の鼓動を刻む間隔がトク、トク、トク、と速まる。まるで何かに心臓をガシリと掴まれているような感覚だ。

 

「トレーナーさん」

 

「あなたにどうしようもなく、恋い焦がれています。私をあなたのものにしてください。あなたを私のものにさせてください」

 

「……スズ…カ……」

 

 確かに、スズカはもうトレセン学園のウマ娘ではない。既に登録も抹消されて、もう力の強い一般人なのだろう。…なら、確かに。もう、いいのではないか?

 …その認識が、喉につっかえていた言葉が最後の防波堤を破って行く……。

 

 唇を震わせながら、口を開く。

 

「私で…良ければ。よ……よろしく…お願いします」

 

 言った。言ってしまった。何か悪魔と契約してしまったような気分だ。

 

 スズカの口が三日月に歪む。

 

「フフ…フフフ……そう言ってくれると、信じていました」

 

「………トレーナーさん……これからずっとよろしくお願いしますね♪」

 

 ずっと…に突っ込みそうになったがグッと堪える。今突っ込むのは野暮だろう…。

 

 パッ、とスズカが顔をやっと離してくれて、ポス、と布団に上半身が戻った。

 私から言質を得るや否や、すぐに行動と、言わんばかりにスズカが動き出す。

 

「よいしょ…よいしょ…っ」

 

 ……スズカがごそごそ、と体の上で動く。……この感触、色々とヤバい。スズカの体があちこちに擦り付けられて…。最終的にスズカは仰向けの私の右側に降り、横向きに両腕を首に巻き付けて抱き着く形に落ち着いた。

 ……右腕でスズカの肩を抱いてみる。……スズカの耳がピコピコと揺れた。

 

「……なぁスズカ。私で本当にいいのか…? もっといい人が」

 

 私の首に巻き付けてある腕が口を塞ぐ。

 

「トレーナーさん。そういうのは、聞きたくありません。それに、トレーナーさん以上の人なんて、考えられませんから…」

 

「……ごめん」

 

「…私は、トレーナーさんがいいんです」

 

「……どうして私なんだ?」

 

「…それは……。トレーナーさんと過ごした時間がそうした、としか…」

 

「そう…か」

 

 …スズカにそこまで慕われていたなんて……かなり嬉しい…けど、全然予想してなかった。

 

 ……トレーナーと共に行方不明になるウマ娘かぁ。彼らはこんな気持ちだったのだろうか。思えば十代の少女達のトレーナーとなり、数年間切磋琢磨する、と言うこの仕事は…中々ロマンスに溢れている。思い入れの強かったトレーナーとウマ娘が、恋仲になるのも頷ける。

 まぁ、私は行方不明にもなっていないが。…これからなるかもしれないけど。

 

「……スズカは家に顔を出さなくてもいいのか? こんな所にいて。…怪我の話もしないといけないし」

 

「…うぅーん……正直、そこまで考えていませんでした…。…頭が真っ白でしたし……トレーナーさんの事を考えるあまり…」

 

「あ…あはは…。相当悩ませてちゃったみたいだな…」

 

「…フフフ…はい。なので、その分トレーナーさんに…」

 

 スズカの体が揺れる。随分と嬉しそうだった。

 ……私も、一連の流れでなんだかどうでも良くなってしまった。スズカと一緒にいれることが、嬉しい。ただそれだけで、良かった。…トレーナー生活を送る内に、どこかネジがはずれてしまったのだろうか。……今は、この夢のような時間を堪能する事にしよう。

 

「…スズカ。……………スズカ?」

 

 ……どうやらまた先に眠ってしまったらしい。……誰も聞いて無いなら言っちゃっていいよな。いいよね。

 

「スズカ。…好きだよ。とても」

 

 よし、言った。直接言え、ヘタレ、とは言うまい。これが自分の精一杯だ…。

 ふぅー、と息を吐いた所で、私も目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言った後からスズカの鼓動がやたら速くなっている事に気付いた。




 次回、幸せな二人。
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