"青春とは足掻くものだぜ"とは、誰が言った言葉だったのだろうと、香澄は思った。
テレビに出てる芸能人の言葉かもしれないし、有名な本のフレーズかもしれないと思った。いや、何処かの宗教の教えかもしれないし、誰が書いた広告の一文かもしれない。はたまた、そこら辺の学生が言った言葉がしれないし、別の"私"が言ったのかもしれないとまで思った。
そんな、聞いた覚えはあるけれど、どこの誰が発祥なのか分からない。この世の言葉なんてものは、世界中溢れている。
だから、重要なのはその言葉の意味だった。"青春とは足掻くものだぜ"という言葉の一文字一文字の意味を探ることで、何かまた、一つ上の"ナニカ"を掴めるような気がした。
けど、今の香澄には分からなかった。何に対して足掻くのか分からないし、"青春"という言葉に"足掻く"という言葉を使うのはおかしいとさえ思った。
だけど、香澄には引っかかる理由があった。
「……はぁ」
ここ数日、香澄は溜め息が多かった。理由が何かは分からない。何となくもの寂しく感じていることと、ブルーな気分に陥っているこの感覚は、なんとも言いがたかった。
Poppin’Partyの皆と居る時でも、ふとした拍子に陥る事がある。
りみりんがちょっとズレたことを言って、有咲ちゃんが突っ込む。たえちゃんが焦って、沙綾ちゃんがそれに悪ノリする。そんなふうに過ごす日常が楽しかったのに、節々で青い気分になってしまう。
練習している時もそうだ。
キラキラで、ドキドキする様な感覚はいつもながらあったが、ふと落ち込んでしまう。音楽は終わるのに、終わらない歌を歌いたいと思ってしまう。
ランダムスターを握ってもそうだった。前の半分くらいしか、力を発揮できていないような気がする。
「……ふぅ」
そんな香澄は、授業中にもかかわらず作詞中だった。
テーマはまだ、決まっていない。誰かに頼まれた訳でもなく、ライブが近い訳でもなく。ただただ思いつくままに、作詞ノートを開いていた。
今は現代文の授業中。やっているのは、なんだか掴みどころのない不思議なお話だった。
「それじゃあ……戸山。次を読んでみろ」
「はい。……自分はここに来たことがあるのかな、と大介は思ったーー」
指示された通りに読み始める。他人事じゃない様な、けれど他人事であるような。なんとも不思議な感覚を覚えながら読んでいく。
「……よし、そこまで。それじゃあ……」
音読を終え、授業は次のフェーズへ移った。
席に向いた香澄は、再びため息をついて肘を着く。ぼんやりと晴れない気持ちを持ちながら、窓を見た。
窓の向こうは、曇り空。どんよりとしていて、暗い灰色で。今にも雨が降りそうな空模様は、今の香澄にピッタリな気がした。心地いいくらいだった。
開いているノートには、"青春とは足掻くものだぜ"と一文だけ書いてある。香澄の作詞は、そんな暗い空色のまま過ぎていく。
☆
夕方。放課後。そして、Poppin’Partyたちの時間。リボンを緩めて、ちょっとだけバットになりながら練習を始める。
ちょっと慣れていない曲や、しばらくやっていない曲。やり慣れた曲まで、色々やっていく。
「……はぁ」
溜息は、消えていない。誰にも気づかれていないようにと、香澄は端の方でため息をついていた。
……ただ、他の四人にはバッチリ気づかれているようだ。
「ねぇ。最近のかすみん、明らかに変よね」
端っこに居る香澄を見て、ヒソヒソと声をかける有咲。たえ、りみ、沙綾も有咲と同じように香澄を見つめている。
「うん。なんだか元気がないって言うか、悩んでるって言うか……」
「練習中でもそうだったな。ランダムスターを握っても、あまり変わっていない」
「そうっすね。自分も、かすみんセンパイの音には気がないように感じるっす」
気にかける面々。心配する面々。明らかに1対4で話をしているのに、香澄はそれにも気づいていないようだった。
「……かすみん、なにか抱え込んでるのかな」
有咲が考える。Poppin’Partyを結成して以来、香澄がこうやって目に見えて抱え込んでるのを見るのは初めてだった。
なんて声をかけるべきか、有咲達は悩んでいく。
「……もしかしたら、香澄ちゃん自信が解決することなのかもしれないね。こうやって、私達に相談しないってことは」
ちょっとだけ寂しそうにするが、沙綾のその言葉に皆は納得していた。
誰にだって、自分の力だけで解決しなくてはいけないことはある。不安なこと、心配なこと、辛いことであっても、相談できないことだってある。
自分の悩みと、自分の本心が一致しているのかすら、怪しいことだってあるのだから。
「ただ、師匠がいつまでもああいられたら、私達も調子が狂う」
「そうっすね。かすみんセンパイには、いつも通り元気でいて欲しいっす」
どうしたらいいのか。4人で香澄を見つめながら、考える。
見つめられている当の本人は、なんだかポロロンポロロンと悲しげな音をランダムスターから出していた。
「……ねぇ。みんな、明日休みだよね」
翌日は休日。ライブも近くない為、別にバンド練習以外をしたっていい。有咲は3人に予定を聞く。
「休みだな」
「休みっすね」
「私も休めるよ」
「そう。なら……」
有咲が香澄の元へ寄る。肩に手を置き、「えっ?」と声を上げた香澄を見て大きく言った。
「遊び行くわよかすみん!」
「えっ……え、はい」
なぜか敬語の香澄。Poppin’Partyは、明日遊びに出かけるようだった。
☆
「うわぁ……!」
翌日。香澄達はゲームセンターに来ていた。
江戸川橋駅で集合して、5人で電車に乗る。そして揺られて約20分。家電屋さんや、ご飯屋さん。ゲーム屋さんなどを含めた所謂"電気街"にあるゲームセンターに、Poppin’Partyは来ている。
「私、ゲームセンター始めてきたかも」
「うちもないな」
「自分もっす」
「私も、あんまり行ったことないかなー」
発起人の有咲、流石にゲームセンターに来た事がないと思わなかったようで。
ゲームセンターの入口で、ガヤガヤと騒がしい店内をただぼーっと眺めている5人だった。
遊びに来たはいいが、これでは何も出来なさそうだ。有咲も決して経験が豊富なわけではなかったが、下調べは済んでいる。一歩だけ前に出て、有咲はエスコートをすることに決めた。
「……ま、まぁ色々やってみればいいのよ。行きましょ」
グイと香澄の手を取る。香澄を引っ張りながら、他の3人は香澄達について行き、有咲達はゲームセンターの奥へ入っていく。
最初に目に入ったのは、"大太鼓の鉄人"というゲームだった。
赤と青のリズムのマークが右から流れてきていて、それをタイミング合わせて叩く。叩く場所は太鼓のようになっており、「ドン」と「カッ」で叩いていくリズムゲームだ。
最初は、有咲と香澄が2人で挑戦をしている。
「えっと……。うわっ、はやい……」
「これは、なかなか疲れるわね……」
要は太鼓を叩いているようなものだ。上下に太鼓のバチを叩くのは、慣れていないとかなりきつい。
「ふむ、リズムは取れるがこれはなかなか……」
「自分、腕が吊りそうっす」
ベース隊であるりみは、リズムは取れるものの叩きづらそうにしている。たえも香澄たちと同じくようにきつそうにしていた。
「…………!」
しかし、一人だけは違った。
真剣な目付きで、両手にあるバチを一心不乱に叩いている。
「うわぁ……!」
ゲームではあったが、かっこよさがあった。口元に三本目のバチを幻視してしまう程だった。
誰もがつらそうにしている中、沙綾だけは楽しそうに叩く。リズム隊であり、且つ1番太鼓と似たような事をしている事もあり、1番リズミカルにバチを弾ませる。
「沙綾ちゃん凄い!」
「やるな、獅子メタル殿」
「痺れるっす!」
1列に伸びている連打の部分。16分なのか32分なのか。はたまた64分なのかは香澄には分からなかったが、速いことは分かる。流石、Poppin’Partyのドラマーだった。
「あんた、やっぱりこういうの上手いのね」
有咲が頷きながら感心している。対する沙綾は、視線を逸らし、照れながら言った。
「えー、そうかなぁ……。ふふっ」
目を逸らしながらも、連打を続けている。
リズムゲームの譜面も終盤、1番難しいところのはずなのだが、目を逸らしながらも連打を続けている。楽しそうな沙綾を、香澄達は上手いが故に若干引きながら見ていた。
次に来たのはコインゲームだった。お金を払ってコインを数百枚と引替え、コインを入れてスロットを回す。ある一定数ゾロ目を揃えればボーナスステージに行けたり、ボーナスステージ中に当てると通常よりコインが貰えたりする。
「……!」
1番ハマってたのは、有咲とりみだった。
りみは、ハイリスクハイリターンで大当たりを当てに行くタイプ。有咲はローリスクローリリターンでコツコツと積み上げるタイプだった。
「なんだか楽しいわね、これ」
「むむ、コインがもうないな……」
RPG等のゲームが好きな有咲には性にあったようだ。コツコツと積み上げていくのが、レベルアップに似ているのだろうか。
どうやら、かなりの数をスってしまったらしい。りみは、手持ちのコインがついに尽きてしまったようだった。
「ベンケー殿、ベンケー殿」
「なによ、コインならあげないわよ」
「違う、そうでは無い。……ちょっと借りるぞ!」
「あっ、こら!」
りみが有咲のコインを強奪する。すぐさまコインを取りだし、自分のスロットマシーンに、最大掛数でスロットを回しまくる。
「ちょ、あんたなにやってんのよ!」
「大博打だ!」
「外れたら意味ないじゃない!」
「大丈夫! ウチは関西一の博打師や! まかしとき!」
そこまで言うか。そう大言を吐いたりみを、有咲達は見つめる。
ーーあれ、なんだかコインの量がどんどん減っているような。
「……負けてるじゃない!」
なんと、有咲の集めたコインを全てスってしまったようだ。すっからかんになったコインのケースを見て、有咲はつい声を上げてしまう。
「くっ、この伊賀者の邪魔がなければ……」
「伊賀者も何も画面の中ででしょ! 全く……」
呆れた様子で、でも楽しそうに笑う有咲だった。
次に来たのはクレーンゲームだった。
前後左右に動くレバーを操作すると、ショーケースの中のアームがその通りに動く。そしてボタンを押せばアームが下がり、商品が掴まれ、運が良ければ商品が取れる……というものだ。よくあるクレーンゲームだった。
「自分、なんかコツ掴めたっす!」
そういうたえは、ガチャガチャとお金を投入していく。右、左、前後を細かく調整していき……アームを発射。するすると落ちていき、アームは狙いの商品の脇に落ちる。
そしてアームが開くと……。なんと、その勢いで商品が落ちていった。
「取れたっす!」
「凄い! こんな大っきいの……!」
とても大きい、星型のヌイグルミだった。優しい黄色のヌイグルミは、狭いクレーンゲームの取り出し口からでてきたとは思えないくらいふかふかだった。
「むむ、難しいな……」
「これは取れないわね」
「……取れたっす!」
たえの次のターゲットは、お菓子の詰め合わせセットだった。クレーンゲームのアームって、確か力が弱かった気がするけど、どうしてこんなにも取れるんだろうか……。
「取るターゲットの重さとか、後はアームで押し出したりとか、いろいろっすね」
がこん!
またもや何か取っている。店員から大きい袋を貰ったりして何とか対処していたが、有咲、沙綾、香澄、りみは既に手一杯になりかけている。
「……うわっ! 自分、取りすぎたっすか?」
袋の中にはたくさんの景品と、お菓子たち。今後の蔵練で、お菓子に困ることはなさそうだった。
ゲームセンターの1番奥にあったのは、プリクラだった。
今やとんでもない種類が存在するプリクラ機械。ゲームセンターに所狭しと置いてあるのは、香澄達がいるこのゲームセンターも例外ではなかった。
「……あ」
思わず目にとまる。彼女達との楽しい時間を切り取って、保存するかのようなその機会が目に止まった。
香澄はなんだか、撮らなきゃいけない気がした。撮れば、前から感じていたモヤモヤがわかる気がした。皆で一緒にプリクラを撮りたかった。
「……あ、えと。その……」
ただ、単純に誘い方が分からない。なんか、いきなりステーキ「プリクラとろー!」も違う気がするし、うーん……。
誘いたくても誘えないもどかしさ。もじもじと、プリクラ機の前で止まってしまう。
「……なに、あれ」
「もじもじしてるな」
「多分、プリクラ撮りたいんだと思うっす」
「だよねぇ……」
もじもじする香澄を、傍から眺める4人。のほほんとした空気が、彼女達の間で流れていく。
「……ねぇ、香澄ちゃん! プリクラ撮ろ!」
「えっ? う、うん!」
ぱあっと顔を輝かせる香澄。人前とか、度胸とかそういったものは以前より備わってきているものの、こういったことはまだまごついている。そんな香澄が、ポピパの面々は可愛らしく思っていた。
「……ほら、寄った寄った。あんたもっとこっちに寄りなさいよ」
「ふむ……。このくらいか?」
「ぽ、ポーズはどうすればいいっすか!?」
「そんなの、好きでいいんじゃない? ほら、たえちゃんは兎のイメージあるから、兎っぽいポーズとか……」
「なるほどっす!」
「香澄ちゃん、ちょっと頭下げれる?」
「うん!」
ポーズとか、その他もろもろが決まる。兎のポーズなのに何故かたえがガオーと獣のポーズをしていたのは記憶に新しかった。
『はい、チーズ!』
撮り終わったあとは、皆で加工をする。
プリクラの経験なんてない香澄たちは、制限時間の最後まで揉めた結果、黄色い星を写真に散らすことになった。
「……師匠、出てきたぞ」
「うん……。うわぁ!」
日常を切り取った1枚。楽しくて、みんなと居る時間のフォトグラフ。青春のひと時だった。
そんな写真を、心底嬉しそうに見つめる。ときめきが溢れ出てきそうで、愛おしく見つめている。
そんな香澄を見た沙綾が、優しげに笑った。
「……ふふっ」
「……? どうしたの、沙綾ちゃん」
突然笑いだした沙綾に聞く。沙綾は、香澄の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「いや、香澄ちゃんだいぶ元気になったなーって」
「……え?」
周りに居る皆を見る。皆、沙綾の言葉に肯定するようにウンウンと頷いていた。
「かすみんセンパイ、明らかに元気なかったっす」
「なんかに悩んでいるようにも見えたな」
たえとりみが続く。そんなに悩んでいるように見えていたとは、香澄は思ってもいなかった。
有咲も2人に続いて言う。
「まぁ、言えないって事は、自分の問題なのかなって思ったのよ。だから今日、ちょっとでも気分転換で連れ出したって訳」
あまりに急なゲームセンター訪問は、こういった理由だったのか。本当に、頭が上がらない香澄だった。
けど、そんな心配をしてくれる仲間達が嬉しかった。手を繋いでくれている、仲間たちが嬉しかった。
……香澄の最近の悩みは、そんな"仲間たちと離れてしまわないか"という事だった。
三年生であり、受験も近い。勉強もバンド練習の合間合間にしている現状だ。
そんな一日一日が過ぎ去っていくのが……怖かった。
仲間たちと離れてしまうのが、怖かった。
最高に楽しい仲間たちと別の道を歩むかもしれない……。そんな可能性が怖かった。
そんな仲間たちと過ごす日常はほんとに楽しくて。幻のようで、愛おしくてーー。泣いちゃいそうなほど、眩しい。だからこそ、ふとした拍子に恐怖が襲ってくる。
「さて、いい時間だしそろそろ出ましょうか」
有咲の一言で、香澄達はゲームセンターを出た。
ゲームセンターを出ると、辺りはもう暗くなっていた。星達が、香澄たちの頭上で所狭しと輝いている。
「……綺麗だね」
香澄は空を見上げる。それは仮初ではなく、本物の星空。いつだって輝いていた煌めき。
香澄は、手に持ったプリクラを胸に当ててみる。"今"を切り取ったそれはとても暖かく、小さい宇宙を掴んだようだった。
「……近くに公園があるし、ちょっと見ていく?」
誰の言葉かは忘れた。ただ、星を見たいという感情は、みんな一緒だった。
公園のベンチで、5人で横になって腰かける。香澄は、星空を見ながら仲間たちといる"今"を感じとる。
……香澄たちの居る世界なんて言うのは、確率の雲だった。あったかもしれないことと、なかったかもしれない事の狭間で、不確かに揺らめいているようなものだった。
だからこそ、掴み取った大切なものは無くしちゃいけない。なくさないように、大事に抱きしめなければいけない。
けど、そんな不確かさに打ちひしがれることは無い。儚むこともない。
宇宙の中で本当に小さな存在の私達だけど……。私は、私の世界を。こんなにも眩しく、愛おしい世界を、私の"愛"で包み込むことは出来るんだ。今を大切にしていれば一緒に居られるし、何処か眩しい所まで行けるはず。
「……今日は、ありがとね」
付いたものが落ちた顔をしていた。吹っ切れたような顔をしていた。
香澄は、4人の顔を一回づつ見て、笑った。
そんな香澄を見て、Poppin’Partyは笑いあった。安心しあった。
"今"を、全力で大切にする。愛おしい仲間たちを、大切にする。離れてしまうとか、そういう事は考えない。具体的にどうするかなんて、分からない。
指を繋ぎ、目と目を合わせて、耳を澄ませば。聞こえるのは、いつだって、あのゴキゲンな"遠い音楽"だからーー。
それが聞こえる限り、心のアンテナでキャッチし続ける限り香澄たちは大丈夫だと思った。
気がついたら、みんなで手を繋いでいた。何分経ったか分からない、夜が止まっているのか、夜を止めて欲しいと誰かが願ってるのか分からない。ただ、仲間と星を見る時間と空間。愛おしい感覚だけが、そこにはあった。
頼りないけど、1番確かな。宇宙で、一番素敵な繋がり方で、香澄達は今を瞬く星を見た。