霊能探偵笠沙技、今日もインチキ呼ばわりされながら事件を解決する。 作:ソナラ
――かつて、俺とハナビは世界の理を変えた。
その時の俺たちは、後のことなんてこれっぽっちも考えてなかったんだ。いくらそうしなければ世界が根本からひっくり返ってしまうとは言え、世界を変える事は禁忌中の禁忌。
やっていることは同じ穴のムジナ。
だとしても、俺達は俺達の選択が正しいと信じていた。
その方が、俺にとってもハナビにとっても、より良い未来に“視えた”からだ。
人は自分の視えるものしか信じない。視える範囲のものしか救えない。視えるものしか正しいと思えない。俺達は世界すべてを神にするという大それた話よりも、今の未来が変わらず続いて、その上で少しだけ幸せになれるこの方法が、より良いものに思えたんだ。
それでも結局、俺達は自分でそれが正しい選択だと決めることはできなかった。誰かに委ねる他になかった。そのうえで、満足の行く形で終わらせるために証を立てた。
桜の木以外にも、立てられるものの候補はいくつかあった。社とか、祠とか、祈りを捧げるための場所が、形としては最適だったかもしれない。
でも、桜の木を選んだのには、二つの理由がある。
一つは、成長するものの方が、証として相応しいと思ったから。変わらないもの、不変なものは後に残すものとして正しいものだろう。でも、生きていたという証ではないと思う。
生きて、形をなし続けるなにかのほうが、俺達にとって望ましかった。
今でも、それは正解だったと思う。
こうして誰かから許されて、今も俺達は生きているわけだけど、もしもそれが許されず、誰からも正しいと思われなかったとしても、
――この桜の木だけは、俺達を肯定してくれているような気がして、
俺はこの場所が好きだった。
===
「――お疲れさまです、霊能探偵さん」
目の前に、一人の女性が立っている。
神様、この国の神話に於いて主神とされる存在――その分体。当たり前だ、神様は本気を出したハナビの比じゃない信仰と力を有している。
ここはあの世とこの世の境目で、あの世よりの場所とはいえ、本体が出てこれる場所じゃない。
もしもこの場に本体が現れれば、俺は即座に信仰によって昇天し、彼女の赤子になりはてているだろう。
「お久しぶりです、神様」
「だから、私のことはママでいいと言っていますのに」
呼べるわけがない。
呼んだらこの神様の力がまして俺は甘やかされてしまう。外でこの人をママと呼ぶのは少しでもこの神様に気取られないためだ。少しでも俺が彼女のことを意識すると、彼女は俺を甘やかそうとしてくるのである。
名前なんて呼んだ日には、一日赤ん坊にされてしまう。むしろそれで済めばいいほうだ。
「まぁ、貴方はハナビのものですから、私がねだるのは彼女をむくれさせてしまいますしね」
「その言い方もどうなんです?」
言うとくすくす、神様は笑う。
なんとなく、俺達をからかいたいのだろう。ハナビは神様に対しては非常に子供っぽい反応をするので、からかっていて楽しいのは分かる。
俺も自分が関係なかったら見ていて結構楽しいからな。
「……それで、京一郎氏は」
「彼ですか、心配しているようなことにはなりませんよ。他ならぬ貴方の関わった事件ですから、変に悪意を持つと、最悪私達に危害が及びます」
「そんなもんですかね」
まぁ、悪いようにならないならそれで十分だろう。
とはいえ、神威神霊からも色々と警戒されているのは、なんというか自分の特異体質が大丈夫なのか不安になってくるな。
これまで何もなかったから、大丈夫としか言えないのだけど。
「それで……急にどうしたのですか? 珍しい」
「そうですね……まずは貴方と話をしたくなった、というのが一つ」
「はぁ」
「……今回の事件は、色々と私も考えました」
神様が、というのは珍しい。
普段、彼女はあまりこちらに干渉してこない。とはいえ今回も、ねねと少し交流を持って、最後にこうして出てきたくらいだけど。
「まず、あのくらいの歳の子が事件に関わることが珍しいでしょう」
「それは……そうですね」
俺が関わってきた事件であのくらいの子供が関わったこととなると、それこそあかりとくらいが俺と初めて出会ったころくらいじゃなかろうか。
それでも十は越えてたわけだし、ねねはもう少し年下だ。
とてもそうは見えないくらいしっかりしてたけど。
「何より、ああして霊能に関わらず暮らしてきた人間が、ハナビちゃんを怖がらず仲良くできるのは、あの子の才能だとおもうの」
「それは……まぁ確かに」
――ハナビは祟り神だ。
分体ははたから見れば普通の幼い少女だが、少しでも霊能に触れれば、なんとなく感じる異様な気配はすぐに気がつく。
霊能者ならば気にせずに無視できる程度だが、霊魂になったばかりのねねのような存在は、その気配を普通怖がるものだ、というのはこの世界の常識といえば常識。
「ハナビちゃんにとっても、貴重な経験だったと思います。そのことを、あの子には感謝したくて」
「確かに」
「ママとは、最後まで呼んでくれませんでしたけどね」
「つむぎ氏がいるのに無茶を言う」
――つむぎ氏のために頑張っていたねねちゃんには、いささか無茶というものだ。
「何にしても、ねねちゃんには感謝しているの。ハナビちゃんは――まだまだ、外に出て元気に頑張ってるとは言えませんから」
「そうですかね?」
昔と比べれば、随分とよくなったと俺は思うのだが、とはいえ俺と出会う前のことを知っている神様からすれば、また話は違うのかもしれない。
「そうですよ。霊能探偵さん、貴方はハナビちゃんを外の世界へと連れ出した。その事はとてもすごいことですが、ハナビちゃんはまだまだ幼いんです」
「まぁ、そうですね。見ていて危ういところはまだまだありますし」
「――こういった経験がハナビちゃんを育てるのだと、私は思います。神だって、人と同じように成長できるはずなんです」
神様はどうにも、ハナビを妙に気にかけている――というのは彼女と交流を持ってからずっと感じてきたことだ。母性にあふれているのだから当然……というには、少しだけ違和感がある。
神様の母性とは、全てを慈しむことだ。積極的に干渉することではない。それを踏まえると、ハナビと神様の関係は、“親子”ではないのではないかと思わなくもない。
まるでそれは――“姉妹”とでも言うような。
いや、本人に直接聞いたことはないのだけど。
「俺は何度でもいいますけど、ハナビはすごいヤツだと思ってますよ」
「……」
「存在自体が他人を呪ってしまう祟りそのものとしか言いようのない神霊、それがハナビ。でも、彼女は俺に出会う以前から、他人を傷つけないことを選べたんですから」
「……そう、させてしまったんですよ」
何度このやり取りをしたことだろう。ハナビは本当に立派だと思う、あれほどの祟りをその身に抱えながら、本人は至って善良であろうとしているのだから。
神様はそれを、どうにも悔やんでいるようだけど、
「――今回、鼓子実ねねと関わって、一つ感じたことがあります」
「……それは?」
「人間、誰しもどれだけ外面を良くしても、心の底には個人の我儘を有しているものなんです」
「神霊も同様に……ですか」
頷く。少しだけ、神様の顔が陰った。
いや、別に神様を責めるつもりはない。俺は続ける。
「――それでも、人はその我儘を、本当に最後の最後まで押し殺すんです」
「それは……?」
どういうことか、と問いかける神様に、少しだけ俺は笑ってみせた。
「我慢をしている間の人間は強い。そして、その我慢を最後の最後で解き放った本当の意志に間違いはない、ってことです」
ねねはギリギリまで自分がいい子であろうとしていた。心の底には、誰にも消えてほしくない、自分だって死にたくなかったという思いもあっただろうに。
でも、我慢して、我慢して、我慢して、最後の最後にそれを口にした時、ねねはそれを我慢しきれなかったというよりも、やっと言っていいのだという気持ちだったはずだ。
そうなるように動いたのは俺だけど、それがもっとも正しいと思って行動したのだから、当然といえば当然だ。
「いつまでかかるかはわかりませんが――俺も待ってみることにしますよ」
ねねがそれを口にできたのだから、ハナビだってきっとできるはずだ。
俺は、そう信じている。
「……そう、ですね。でも、あまり長くまたせすぎると、貴方がおじいちゃんになってしまいますよ?」
「その時はその時です。俺とハナビの関係は、男女のそれが全てだとは思っていませんから」
――俺にとって、ハナビとは。
ハナビにとって、俺とは――。
考えることはある。結論はまだ出ていない。
でも、
「俺は今、ハナビを大切にしたいと思っている。その心に嘘はないはずです」
「……そう、ですね。それを疑ったことはないですよ」
ありがとうございます、と神様の言葉に答えて、そこで話が途切れる。
そこまで長く話していたつもりはないが、なんというか、話に一段落つくと、随分と話していたような気がしてきた。
「それじゃあ、俺はこれで失礼することにします。あまり、ハナビを待たせると怒られる」
「ふふふ、私が嫉妬されてしまいますね」
「……」
しないんじゃないかな、とは思った。当然口には出さなかった。
色々とハナビにとって神様が苦手すぎる存在なのは、俺もよく知っている。もしもこの状況でもっと話し込んで、ハナビから帰ってくるのは心配じゃないかと思う。
「もう、私だって、ハナビちゃんを嫉妬させることくらいできます」
――バレている。
「顔に出過ぎです!」
そう言って頬をふくらませる、彼女と言葉を正面から交わすのは、この場所でないとそうないことだが、この場所で話をしている神様は、見た目相応の、少女と女性を内包した可愛らしい人に見える。
外だと甘やかしのママ魔だというのに。
ママ魔ってなんだ。
「また来ます。今度は、なにかお供え物でも持って」
「桜餅がいいですね。私、あれが好きなんです」
「準備しておきますよ」
「貴方の手作りなら、なお嬉しいですよ霊能探偵さん」
いや、俺は料理苦手だから……
ともあれ、
「では、また」
「――あ、そうだ」
……おっとこのタイミングで呼びかけられるのは大抵スルーした方が良い話題。
「子供はいつ頃見れそうですか? ハナビちゃんも娶るなら、一夫多妻でも私は……」
脱兎!!
「ああ、ちょっとどこに行くんですかぁ!!」
――最後でしまらないのはなにか、そういう縛りでもあるのですか、神様!?
俺は慌ててその場から逃げ出すのだった。
===
――俺とハナビが出会ってから、もう七年になる。
その間、俺は七年分年をとった。今の俺を、若いとは決して言えないだろう。そこまで体にガタがきているわけでもないが、無理をすれば尾を引くようなダメージになることは想像に難くない。
そうやって、俺が少しずつ老いていく中で、ハナビは変わらずハナビのままだ。
神霊だって人と同じように成長する、と神様は言ったけれど、その速度が人と同じとは思えない。結局、人と神の歩みは違うのだ。
俺は、それを寂しく思っているのだろうか。
何れ別れが来ると思っているのだろうか。
人は死ぬ。それは絶対だ。
しかし、人には死後がある。俺も同じように、いつか死んで、その後霊になる。
その時、俺はどうするんだろう。
俺の周りの人たちはどうしているんだろう。
ハナビは――
――今回の事件で思った。人は何れ死者に追いつくのではないか、と。
ねねと京一郎氏はつむぎ氏が生きるのを見守るだろう。そしてつむぎ氏が一生を終えた時、彼女はねねと京一郎氏に追いつくのだ。
だから、人は死でもって誰かを“置いていく”ものだとばかり思うが、実際は――人が死でもって、死者に追いつくというのが正しいのではないか。
だとすれば俺は今、ハナビへ向かって歩いている最中。彼女に追いつくための道中にあるのだということになる。
――なんとなく、俺とハナビの関係はそれが正しいように思えてならなかった。
けれど、こうも思う。
何も急ぐ必要はないのではないか?
今だって、俺とハナビは少しずつ近づいている最中だ。決して、遠ざかってはいない。いつかハナビが自分の意志で俺に言葉を伝えるとして、その時俺は今よりハナビに近づいているはずなのだ。
だとしたら――
――そこまで考えて、俺は自分が旧トンネルを抜けていることに気がついた。
暗闇から、一瞬で光が差し込んで俺はそれを手で遮ってから、そこに誰かがいることに気がつく。
「むお、いきなり出てきたのだ」
「……そりゃそうだろ、お前さんにだってトンネルは視えてないんだから」
――俺は、その誰かを、見なくたって分かる。
こういう時、俺を待ってくれているのはいつだって――
「―ーただいま、ハナビ」
「おかえりなのだ、笠沙技」
――そう呼びかけて、思う。
だとしたら――今、俺とハナビはこれでいいのだ。
いつか、一つの変化を迎えるとして。
それが善いものであれ、悪いものであれ。
すくなくとも、今とは違うものだろう。
それは必ず訪れる。
だったら今は――今、この一瞬は、
俺はハナビと隣り合って歩く、霊能探偵でありたいのだ。
今回で話としては一区切りとなります。
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