ある日、『僕』は催眠術が使えるようになってしまった。けれど、『僕』は間違いなくその使い方を間違えた。



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被催眠少女の逆襲

 僕のやらかしてしまった事を、聞いて欲しい。

 

 僕は高校二年の男子高校生だ。勉強ができない訳ではなく、運動もできない訳でもない。なんとか入ることのできた高校においては中の下といった所だろう。

 

 そして、クラスの中では空気のように扱われている人間でもある。

 

 それに別段大した理由はない。高校に入った時、学年が上がった時、そういった節目節目での自己アピールに失敗した結果仲の良い友人が、或いは友人が誰もいないという現状に至っただけだ。

 

 それについては心が寂しいがそれだけだ。全国で探せばよくいるボッチだろう。

 

 

 ただ、このボッチには妙な能力が目覚めてしまった。おおよそ性欲旺盛な男子高校生に持たせてはいけない能力、“催眠術”だ。

 

 実の所詳しい訳ではないので、洗脳や催眠、マインドコントロールとかの区別は分からないのだが、とりあえず言いやすいので“催眠術”と名付けている。

 

 そして、当然ながら俺は突然に手に入れてしまった力で考えなしに暴走し、『可愛いな』と思っていたクラスメイトの『二宮小糸(にのみやこいと)』を意のままに操つろうとしてしまったのだ。

 

「俺に従う下僕になれ」なんて命令と共に。

 

 

 

 とても愚かな事をしたと、反省している。

 

 俺は人気のない所で彼女と二人きりになり、催眠をかけて、行為に及ぼうとした。

 

 

 そして、たまたま通りかかったお巡りさんに冷たい目で見られながら厳重注意されたのだった。

 

 

 幸いなことに、彼女にかけた催眠のおかげで『私たち、愛し合っているんです!』と言ってくれたおかげで厳重注意で済んだ。済んだのだが……

 

 

「ご主人様、リスクをちゃんと考えて動いて下さい。私はご主人様に全てを捧げても良いとは思ってますけれど、全てをつまらない事で捨てたいと思ってる訳ではないんですよ?」

「……はい、反省してます」

「ええ、ありがとうございます。そして、今日私たちが帰らないというのはとても不味いので、今度にしていただけると助かります」

「もし、さっきの警察が家に電話とかした時に面倒だから、か?」

「はい、そうなります。なので……」

 

 

 その言葉の後に、彼女は唐突に俺の唇を奪ってきた。そして当然の権利のように舌を入れ、深く絡めながら味わうように舐めまわし、名残惜しいような目のままで唇を離した。

 

「今日は、この程度で我慢していただけると」

 

 その顔は、普段クラスで見ているような顔のまま。表情に変化はなく、しかしその目には蕩けるような熱が見えていた。

 

 

 おそらく、僕が恋に落ちてしまったのはこの瞬間。

 

 おおよそ人として最悪の『心を踏み躙る』行為を行い『性的に体を消費』させた後に抱いてはまるで筋が通らないようなその恋は。

 

 ロクな結末にはならないだろう。そんな確信があった。

 

 

 


 

 そんな事があったのはつい昨日の事。しかしながら自分の頭で理解できる事ではなく、現状を少しでも把握するために僕は彼女を呼び出した。

 

「ご主人様、まずはこの様にちゃんとデートに誘って頂いてありがとうございました」

 

 昨日、心を犯した対象である、二宮小糸さんを。

 

 待ち合わせの駅前の喫茶店、彼女はペコリと頭を下げる。短く切り揃えられた青みがかった髪は艶やかで、色気を感じられてしまう。

 

 そんな彼女には「あ、ああ」と上の空で返事を返すことしかできない。それくらい、彼女の存在に参っていた。

 

「それで、お話とはなんなのでしょうか? 必要になるかと思い実印や身分証明書の類はできる限り持ってきましたが」

「僕そんな重い話してないよね⁉︎」

「ですが、私たちの関係とはそういうものでは? 私があなたから受けた催眠とは『あなたの下僕になること』です。下僕から搾取する事は主人であるご主人様の権利ですから」

「……その催眠、まだかかってたんだ」

「当然です。今の私には大変忌々しい事ですが、ご主人様が私をデートに誘ったとしても催眠を受けていない私がそれを受け入れる事はないでしょう。愚かな女で申し訳ありません」

「……いや、それが普通だから。誰だって仲良くもない男とのデートとか怖いでしょ」

「ご主人様に恐怖を抱く事はないでしょうが、まぁ一般論ではそうでしょうね」

 

 そう言った後に一口コーヒーを飲む彼女。

 

「それで、今日はどうして私を呼び出したのですか?」

「えっと……二宮さんの事を知りたくて」

「なるほど。とは言っても、私などつまらない人間ですよ? 人間不信の鉄面皮。好きも嫌いも特にない無味乾燥な女です。ご主人様に対してのこの想いは当然別ですけれど」

「その言い回しの時点で結構愉快な性格だって理解できるよ……」

「そうでしょうか?」

 

 首を少し傾げながら、平坦な声でそう答える彼女。とても綺麗だな、と思ってしまう。

 

「しかしながら、ご主人様。早急に確認しなければならない事がございます」

「確認?」

「ええ。ご主人様の“催眠術”についてです」

 

 スッと、彼女の雰囲気にあった柔らかさが消える。真剣に考えた話をしてくれるようだった。

 

「まず、前提として私は催眠にかかっていない私がご主人様に対して危害を加える事を確信しています」

「まぁ、普通ブチ切れるよね」

「おそらくご主人様を是が非でも亡き者にした後に自殺するかと」

「……復讐はともかく何で自殺?」

「流石に人を殺して平然と生きれるような図太さは持ち合わせて居ないのです。なので、恐らく自死を選ぶかと」

 

 その言葉に、改めて一人の人間の人生を狂わせてしまったのだと理解する。

 見捨ててしまえば楽ではあるのだろうが、したくはない。本当に、責任が重い……

 

「なので私を捨てる時は自死を命じてくれるとご主人様も安心かと」

「しないから。二宮さんには割と殺されても仕方ないとは思ってるけど、『殺される前に殺さなきゃ』なんて世紀末な考えはしてないからね」

「そのような優しさは美徳ですが、何故そこまで私に固執するのです? ご主人様のお力が有れば女などいくらでも従えられますのに」

「……まぁ、やった事の責任は取らなきゃって今は思ってるから」

「一時の気の迷いでも、私は嬉しく思いましたけどね」

「そういう事言うと公衆の面前で襲いかかりかねないから止めて下さい」

「ありがとうございます、ご主人様」

 

 彼女の言葉に、感情的な音はない。しかし、その一つ一つの言葉に乗っている熱は本物だ。自制しなければ、本当に取り返しの付かなくなってしまう。

 

「私が確認したいのは“催眠術”についてなんです」

「“催眠術”の事?」

「はい。昨日、ご主人様は警察の方に対して催眠術で追い払おうとしましたが、出来ていませんでしたよね? なのでご主人様は力を使いこなせてはいないのかと愚考いたしまして」

「……その通りです。訳のわからない力を訳のわからないままに使ってしまってます。ハイ」

「なので、その検証をしてはどうかと。催眠の条件や持続時間など事を知っておくことはご主人様の身を守るのに必要になるかと」

「身を守るって誰から?」

「……催眠が解けてしまった後の私からです」

「……二宮さんってそんなにバイオレンスな人なの?」

「小学生の頃の話です。イジメをやっていた者に反撃をしただけなのにそのイジメっ子が不登校になった事がありました。その程度にはネジが外れていると自覚しているのです」

 

 本当かどうかはともかくとして、そんな事をやりかねない恐ろしさは目の前の彼女から感じられてしまっている。二宮小糸という少女は、とても常人とはかけ離れた感性をしているのだろう。

 

「けど、具体的にどうすれば? 誰かを実験台にするのは避けたいんだけど」

「ええ、やはりリスクが大きいですものね。ご主人様が一目見るだけでその人の行動全てを支配できる、と言うほど強力な催眠ではないですから」

「難しいね」

「はい。なにぶん催眠術なんてものが実在してるなんて思っていなかったので、具体的にどうすれば良いかとは思い付かず申し訳ありません……なので、私の手足を縛って実験台にするのが一番かと」

「僕、アブノーマルな方向に全力疾走してる気がする」

「催眠術なんてものを使えるお方が何を言っているのですか」

「それもそうなんだけどさ……」

 

 結局その日は、二宮さんの誘導に乗せられるままに催眠の検証をする事になった。

 

 まず、二宮さんには異常な程に催眠がよく効く。動きを封じる催眠や、認識をズラす催眠、そう言った創作でありそうな事はそれなりに可能だった。

 

 しかし、他の人に対して催眠術はほとんど効果がない。

『なんとなくこうしなければならない』というような吹けば飛ぶような暗示をかける事ができるようだが、それ以上の事にはならなかった。ただ、これはカラオケボックスの店員さんにすれ違い様にかけたものなのでもう少しサンプルを取るべきだ、と二宮さんは言っている。

 

「なんかもう、二宮さんにだけ使える催眠術って考えた方が楽な気がする」

「現状その通りですからね」

 

 そんな実験をしつつ歌って遊んだその日の日暮れ。彼女は機嫌がよさようにこんな事を口にした。

 

「時にご主人様。どうして昨日私に催眠術をかけたのですか?」

「クラスで気になってる子が無防備に人気のない所に居るなんて状況になったら、人は皆同じ事をすると思うよ?」

「気になっていた?」

「うん。二宮さん綺麗だし優しいし」

「……気になって、居たのですか?」

「……性欲に支配されてるタイプの一般男子高校生でごめんね」

 

 その言葉に対して、珍しく彼女は表情を変化させていた。百面相と言うのだろうか? 今の言葉に対してどう解釈すればいいのかを必死で考えているように思えた。とは言っても、目に見えるほどの変化ではないので僕の贔屓目ではあるのだけれど。

 

 そうしているとひと段落ついたのか、一度深呼吸した後で彼女は言葉を紡ぎ始めた。

 

「とても嬉しいです。ありがとうございましたご主人様」

「それを言わせてる自分のやらかした事の大きさに泣きそうだよ」

「私はご主人様に対してそんなに大切に思っていただけて嬉しいです」

「気持ち悪くない? お人形遊びみたいなもんじゃんコレ」

「他人がやって気持ちが悪くないかと言われれば是と答えますけれど、ご主人様が私にする分には嬉しいだけですよ」

「全肯定してくる所が怖い」

「愛故に、ですよ」

 

 なんだか彼女の言葉が熱い。これまで以上に、熱が篭っている。

 そうこうしていると、二宮さんの住んでいるマンションへと着いてしまった。

 

「なんかごめんね、こんな屑男に付き合わせちゃって」

「でしたら、もう少しだけ私にお時間を頂けませんか?」

「うん、大丈夫」

「では、こちらへ」

 

 そう言って俺の手を引く二宮さん。その行き先は彼女の家であり、彼女の部屋であった。

 

「うん、やってきちゃったね」

「はい。ですがそういう“行為”を行うつもりはないのです」

「それは俺もだから」

 

 

「では、少し寝ていて下さい」

 

 そんな、普通のトーンのままに首元に当てられたスタンガンの痛みが走り、俺の体は動かなくなった。

 

 ここで、殺されてしまうのだろうか? そんな事が頭を過ぎるが、それだけの事をやっているのだから当然だろうという諦めもどこかある。

 

「ご主人様、分かっていると思いますけれど私にかけられている催眠はもう解けています」

 

「ご主人様が悪いんですからね? 私をこんなに辱めて。ただで済むとは思ってませんよね?」

 

「だから、ちゃぁんと責任を取って貰います。ご主人様は、これからもずっと私のご主人様です。私を使って、私を汚して、私を大切にする。そんな理想のあなたのままで居てもらいますからね?」

 

 彼女の声が、頭に良く響く。

 それは、自分のやった事。突然に出来るようになってしまった事。彼女に対して行ってしまった事。

 

 俺は今、彼女から催眠術を受けている。

 

 けれど、分からない事がある。彼女はどうして……

 

 

「どうして、俺を主人と呼ぶんだ?」

「そんな事決まっています。お人形遊びですよ。あなたがご主人様で、私が下僕の」

「君が主人じゃないのか?」

「そんな事を気にするのですか?」

「俺に復讐したいのなら、俺の尊厳を完膚なきまでに踏み躙るのが筋だ」

「まぁ、そうでしょうね。ただ、私は命令をするのがどうにも苦手なので」

「そんな理由なのか?」

「はい。そんな理由です」

 

「それに……」と口を濁した後、彼女はこうも口にした。

 

「クラスで気になっていた子に催眠をかけるチャンスがあったら、行うものなのでしょう?」

 

 そんな言葉を言った彼女は、能面の様な顔のままで、しかし何処か楽しげに笑っていた。

 

 

 ■□■

 

「おはようございます、ご主人様。朝食の用意はできてます」

「ありがとう二宮さん。ああ、それと」

「はい?」

 

「俺はもう催眠解けている訳なんだけど、縛ったりしなくて良いの?」

「捕まえている訳ではありませんから」

「そっか、なら君に言いたい事がある」

「何ですか? ご主人様」

 

「結局俺たちってどんな関係になってるの?」

「ご主人様が操っている私がご主人様を操っている。そういう事になっていますね」

「どっちが上だか分からないね」

「けれど、好きでしょうそういうの」

「まぁ、うん」

「でしたら、特に気にする事はありません。これから一生この関係は変わらないのですから」

 

「それってプロポーズ?」

「……そうなるのでしょうか?」

「そう言う事を言うと、襲いそうになるから止めて欲しいんだけど」

「襲っても構わないんですよ?」

「まだ子供と二宮さんに対してちゃんとした責任を持てないので、しばらく保留でお願いします」

「そうですか、でしたら」

 

「誰かのかける催眠術のせいで、襲ってしまうかもしれませんね?」

 

 

 

 



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