乾いたターフを湿らせる   作:やわらかスマホ

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第二十五話

「――いよいよだ、ついに待ちに待った舞台が始まるな。どうだ、緊張してるか?」

 

 11月3日、京都レース場の控え室にて。

 

 俺は、いつになく口数の少ないテイオーに向かって世間話でもするかのように声を掛けた。

 ここに連れてくるまでの間、こいつはやけに大人しかった……今までのレース前とは明らかに様子が異なっている。

 

「べ、別に緊張なんてしてないもんね。だって、どんなレースでもどうせボクが勝つのは当たり前だし?」

「強がらなくていい、むしろ念願の日を迎えて緊張するなという方が無理な話だ。今日勝てば長年の夢がようやく叶うわけだしな、何も恥じることじゃない」

 

 この期に及んでいつもの小生意気な調子を装おうとするテイオーを諭す。

 声は平時よりやや上擦っていたし、仕草もより落ち着きがなくなっているのは一目瞭然――簡単にわかる強がりなどこの場では必要ない。

 

 常にリラックスして自然体でいられるのならそれが最善かもしれないが、夢が成就するか否かという大事な日にまで何も変わらないのは逆に異常だ。

 こいつは自信家ではあるが、その中身は普通の少女とそう大差ない……そのことはこの俺が一番よく知っていた。

 

 そして、俺の言葉を聞いたテイオーの様子が徐々に変わっていく。

 “無敗の三冠”を目指す最強無敵の帝王から、何処にでもいるようなただのウマ娘へと。

 

「……正直に言うとさ、ほんのちょっとだけ緊張してるんだ。だけどそんなこと言ったらなんかトレーナーに笑われそうだし……ていうか今も笑ってるじゃん! だからこういうこと言いたくなかったの!」

「くく、すまんすまん。いやなに、お前でもそんな感情になるんだなと思ってな、随分としおらしいじゃないか」

 

 俯いて静かに語り出したと思ったら、今度は俺の顔を見てぷんすかと怒り出した。

 自分で促しといてなんだが、緊張して大人しくなっているトウカイテイオーというのはとても新鮮だし面白い。

 

 おそらく、こいつの担当にならなかったら未来永劫拝むことが出来なかった貴重な光景だろうな。

 何も普段からこうあってほしいとは思わんが、疲れているときはなるべくこんな感じでお願いしたいもんだ。

 

 そのような考えが表情に出てしまっていたのだろう、俺の謝罪がただの形だけであることを見て取ったテイオーがますます口を尖らせる。

 

「もうっ、実際に走るのはボクなんだからね。いくらボクでもちょこっとくらい緊張するときだってあるから。トレーナーは違うの? そりゃボクは無敵だけど、でももしかしたら勝てないかもとか思わない?」

「別に心配はしていない、なぜならお前が勝つのは当然だからだ。この日のためにあらゆる手を尽くしたからな、負ける想像をする方が難しいってもんだろ」

「――!」

 

 テイオーの瞳が驚愕で見開かれるが、驚くようなことは何もない。

 今日という日に備えて出来ることは全てやってきた。考えられる限りの全力を尽くし、こいつもそれに懸命に応えてくれた……これで負けるなどあり得ない話。

 

 誰だって勝負事で最初から負けを考えている奴はいないだろうが、それを踏まえた上でも勝利しか見えなかった。

 自身の夢をはっきりと形にしたあの日から、俺の中で大きく何かが変わったからだ。

 

 くだらない悪夢で睡眠の質を下げられることもなく、他のトレーナーを見るたびに湧き上がる理解できない不快な気持ちになることもかなり減った。

 常に最良のパフォーマンスで仕事がこなせるこの全能感――大袈裟かもしれないが、自分には不可能などないようにすら感じた。

 

「それに何事も楽しんでやるんだろ? お前も楽しめ、結末がわからない未知のものほど心が躍るもんだからな」

「何事も、楽しむ……。それ、前にボクが言ってた――」

「そうだ、お前にしては良いことを言っていたよな。ま、どうせ勝つのは俺たちなんだが、過程を楽しむ気持ちも大事だと思い始めたんだ」

「……トレーナーってさ、最近雰囲気変わったよね。前だったらきっとそんな言葉は出てこなかったよ」

 

 雰囲気が変わった、か……。

 心境の変化があったのは事実だが、こいつにもわかるほど如実なものだったようだ。

 

 確かに、結果だけを重んじていた自分が過程を楽しむようになるとは意外すぎるからな。

 だが根っこの部分は変わっちゃいない。やるからには結果を出して頂点を目指す――ほんのわずかに、肩の力を抜くようにしただけだ。

 

「しかし、こんなときに言うのもなんだが充実した時間だった。これが終わったら――俺とお前でまた新しい夢を見よう。退屈は御免だからな、次もこうやって暇が潰せるようなものを用意しといてくれ」

「新しい夢、かぁ……。じゃあさじゃあさ、次は“春シニア三冠”なんてどう? これはカイチョ―でも取ってない記録なんだよ! ただ並ぶだけじゃなくて、次はカイチョ―を超えてやるんだ!」

「春シニア三冠、目標としては充分だな。ざっと想定するだけで凄まじく険しい道のりであることがわかる……だが、それくらいの方が面白い」

「にっしっし! まあボクたちは最強だからね、目標はいつも大きく持たないと!」

 

 まだクラシック三冠も制覇していないというのに、次の夢について二人で笑顔で語り合う。 

 

 “春シニア三冠”とは、春シーズンに行われる三つのシニア級GⅠレースを制したウマ娘に与えられる称号のことである。

 『大阪杯』、『天皇賞春』、『宝塚記念』の全てに勝利したウマ娘だけが手にする、偉大な記録にして栄光の証。

 

 来年テイオーも参戦することになるシニア級では、デビュー三年目以降の古豪が跋扈する激戦区となるだろう。

 どのレースでもこれまで以上の熾烈な争いになるだろうが、特にメジロマックイーンが参戦する『天皇賞春』は想像するだけで……。

 

 ――期待と興奮で胸が高鳴ってくる。

 

 今描いているこの夢が終わったとしてもまた新しい夢が待っている、俺にとってこれ以上に幸せなことは存在しない。

 目指すべき頂き、超えるべき壁があり、それに向かって進んでいけることの幸福は何物にも代えがたいから。

 

 もちろん俺一人が先走っても空回りするだけだ、担当ウマ娘であるテイオーと足並みを揃えることは必須。

 ここもトレーナーという職業の深いところだ、相手の様子を普段からよく観察し、細かい部分にまで目を届かせる必要もある。

 

 自分だけが良くても、相手だけが良くても最善の結果を出すことは出来ない。

 ウマ娘と二人三脚で駆け抜けなければならないこの仕事――最初は俺にはまるで向いていないと思っていたが、最近はやりがいを感じている。

 

 ――あのときトレーナーになろうと決めて、本当に良かった。

 

 全ての始まりは、はっきり言って褒められたもんじゃない。

 ただ金や名誉を求めて、大した理由もなく志した職業ではあったが、今ではそんな仕事に夢中になってしまっていた。

 

「さて、もう時間だな――俺がやれることは全てやった、後はお前に託すだけだ」

「トレーナー……」

「脚のことなら余計な心配はするなよ。今回だけでどうにかなるほど無茶な鍛え方はしていないし、その後も俺がなんとかしよう。だからどんな結果になろうが受け入れるが、悔いのないように必ず全て出し切れ」

 

 レースの時間がもう間もなくというところまで迫ってきた。

 テイオーなら勝てるだろう。それは楽観でも思考放棄でもなく、今までの積み重ねから来る単純な信頼だ。

 

 あえて懸念点を挙げるのなら、再度の骨折を恐れて及び腰になってしまうこと。

 その不安を消し去るために檄を飛ばす――お前の脚なら大丈夫だから、余計なことは気にせずに全力で走り抜けろと。

 

 そう告げて見つめたテイオーの表情は、いつもの自信に満ち溢れたものへと戻っていた。

 力強く椅子から立ち上がり、トレードマークのポニーテールをなびかせて元気いっぱいに部屋を出ていこうとする。

 

「――行ってこい、お前の抱いた最初の夢を叶えにな」

「うん、行ってきます!」

 

 テイオーの骨折から瞬く間に時は過ぎ去り、とうとうその時がやってきた。

 菊花賞が、始まる――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 菊花賞。かの有名な『天皇賞春』と同じく、京都レース場で施行される重賞競争(GⅠ)

 

 春から続くクラシック三冠レースの最終戦であり、「最も速いウマ娘が勝つ」皐月賞、「最も運があるウマ娘が勝つ」日本ダービーに対して、この菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」とされている。

 

 それは、このレースが距離3000という長丁場であることと、「淀の坂」と呼ばれる坂を二度越える必要があるため――スピードだけではなく、スタミナやパワー、根性に賢さなど全てを高水準で持ち合わせる必要があるからだ。

 一般的に、距離が長くなればなるほど勝つためには総合力が大切になってくる。それが3000メートルの長距離ともなれば、要求される能力は生半可なものではない。

 

 だからこそ、この菊花賞を勝利した者が「最も強いウマ娘」に相応しいというわけだ。

 そんなクラシック期で最強を決めるこのレースで、二番人気を獲得したあるウマ娘がいる。

 

 ――3枠5番、ナイスネイチャ。

 

 流石に一番人気こそ怪我から復帰して悲願の三冠を目指す、あのトウカイテイオーに譲りはしたものの、ファンからの期待が急激に高まっているウマ娘だ。

 8月にGⅢの小倉記念で一着、さらに10月に菊花賞トライアル、GⅡの京都新聞杯に出走して見事に勝利を飾り「夏の上がりウマ娘」となっている。

 

 以前行われた若駒ステークスでは三着でトウカイテイオーに敗北、皐月賞と日本ダービーには怪我も重なり出走すら出来なかった。

 その鬱憤を晴らすかのように今夏にはメキメキと実力を伸ばしてきており、これまでとは別人のような成長を遂げていた。

 

 トウカイテイオーが怪我明けということもあり、あるいはナイスネイチャなら彼女に勝てるかもしれないと言われるほどに。

 

(……テイオー、調子は良さそうだね。うん、やっぱアンタはそれでこそだよ)

 

 そんなナイスネイチャは、先にターフに降り立って大観衆の注目を一身に浴びているウマ娘を嬉しそうに見た。

 このレース場まで来て最初にするのが彼女を探すことだというのだから、自分でもちょっと引くくらい意識しすぎだと思うけれど。

 

 1枠1番、トウカイテイオー。

 

 今回もいつも通り一番人気、復帰直後だろうがその人気に微塵も陰りはなかった。

 そうでなければ困るとナイスネイチャは思う。いつもの調子のトウカイテイオーを倒してこそ意味があるのだから。

 

(でもまあ、やっぱりほんのちょっとくらい調子が悪くてもいいかなぁって。いやいや、何考えてんだアタシは……そんな弱気じゃ駄目だっての)

 

 自分を鼓舞するように心の中で喝を入れる。

 小倉記念でも勝ったし京都新聞杯でも勝った……。この菊花賞ではなんと二番人気にもなっているし、世間の評価は大分上がっているのだからもっと自信を持っていいはず。

 

 死にもの狂いで必死に努力してようやくここまで辿り着いたんだ――テイオーと同じ、菊花賞という大舞台へと。

 

(――ほんと、アタシにしては出来過ぎだよね。こんな大きなレースに出て、まさか二番人気だなんて)

 

 以前までの自分では考えられなかったステージに立っている事実に、ナイスネイチャは感慨深く想いを馳せた。

 けれど、まだだ――もう少し、もう少しだけこの先の風景を見てみたい。

 

「――やっほー、ネイチャ! こうやってレースで会うのは久しぶりだね!」

「テ、テイオー……びっくりしたぁ。あのさ、心臓に悪いからいきなり現れないでよ」

「もーっ、ボクのせいにしないでよ。ネイチャがぼーっとしてるのが悪いんじゃん」

 

 目を閉じてゆっくりと闘志を燃やしているそのとき。

 急にはきはきとした大音量で話しかけられ、思わずウマ耳と尻尾がピーンと立ってしまう。

 

 羞恥のためその犯人に愚痴を零すが、テイオーはどこ吹く風だった。

 こんなときに自分の世界に浸ってたのは悪いかもしれないが、突然テイオーがこっちに来るなんて予想外だというのに。

 

「……で、なんの用なの? アタシは見ての通り集中してるから手短にね」

「うん――結構前だけど、()()()トレーナーがお世話になったって聞いたからさ。そのお礼を言いに来たんだ!」

「――げ! アンタなんでそれを……。あはは、ちょっと一緒に食事しただけだって――」

 

 トウカイテイオーが光のない瞳で言ってくるため、冷や汗を流しながら言い訳をする。

 しかしすぐにでも念願の舞台が始まりそうなのに、なぜ自分は妻子ある男と不倫をした女のような台詞を吐いているのか。

 

 こうならないように彼女のトレーナーにはしっかり口止めしたというのに……。

 彼はおそらく自分がどれだけ愛されているか気付いていないのだろう、そうでなければこんな惨い仕打ちを出来るわけがない。

 

「――トレーナーの相手をしてくれてありがと、お礼に今日は全力で叩き潰してあげるから覚悟しといて」

「あのぉ、なるべくお手柔らかに……。でも、アタシだってただ叩き潰されるつもりはないからアンタこそ覚悟が必要かもよ?」

「へぇ……ネイチャも変わったんだ。前までとは全然気合いが違うってわかるよ――菊花賞、これなら面白くなりそうだね」

 

 無邪気なようでとんでもなく湿度が高いトウカイテイオーに気圧されながらも、しっかりと目を合わせて宣戦布告をする。

 今度という今度は本気だからだ、今日は必ずこの少女に勝ってみせるという強い決意があるのだから。

 

 そう告げると、テイオーは興味深いものを見たとでもいうように不敵な笑みを浮かべて去っていった。

 少しはライバルとして認めてもらえたということだろうか。だがそれはそれとして、ネイチャも変わったとはどういう意味なのだろう。

 

 気になりはしたものの、ゲートインを告げるファンファーレが鳴り響いたためにすぐに思考を打ち切る。

 雑念を隅に追いやり、ナイスネイチャは勝利のために意識を研ぎ澄ませた。

 

 

 

『出走の準備が整いました――スタートです! 18人のウマ娘に出遅れはありません、揃って奇麗なスタートを切りました!』

『序盤の熾烈なポジション争いを制し、誰が一番に抜け出すか注目しましょう』

 

 ゲートが開き、ナイスネイチャも皆と同様にタイミングよく飛び出す。

 横目でテイオーを追って見るが、彼女も華麗にスタートを成功させていた。

 

『無敗の三冠が懸かった大事なこの一戦、果たして期待通りの結果を出せるでしょうか? 怪我から執念の復帰を果たした一番人気、トウカイテイオー!』

『二番人気のナイスネイチャにも注目ですよ。彼女は最近ぐんぐん実力を伸ばしてきていますからね』

 

 解説のその言葉にナイスネイチャは軽く苦笑する。

 人気が出てきたことは一応理解していたが、改めて口にされるとなんとも面映ゆい。

 

(期待されてもって感じはするけどさ……。でも、なんだかんだで応えたくなっちゃうよね)

 

 こんな自分に期待してくれる人がいるのだから、その想いは裏切りたくない。

 けれど、まだ全てを出し切る場面ではない――最終局面まで力を温存しなければ。

 

 自分の脚質は“差し”。

 集団の中間付近に位置取り、最後に末脚を駆使して一気に差し切る戦法だ。

 

 最後の最後に脚さえ残っていれば、テイオーにだって末脚では負けるつもりはない。

 だから、脚を溜めるためには無理に前へ出ず冷静にレース運びをしなければならない。

 

『各ウマ娘、第2コーナーを回りました! 全体のペースとしてはややゆったりしたものになっています!』

『一番人気のトウカイテイオーを意識して、先頭集団が飛ばすことも考えられましたが皆冷静に自分のペースを保っていますね』

 

 様子見の序盤はあっという間に過ぎ去り、18人のウマ娘たちは第2コーナーを過ぎ去って向こう正面へと順に走っていく。

 

 ナイスネイチャはしっかりと自分の流れを乱さないレース運びをしていたが、それは他のウマ娘も同じだった。

 誰もがテイオーを意識しているのは間違いないだろうが、無理に彼女に対してポジション争いを仕掛けることはない。

 

 それは、最内という有利な位置から始まったトウカイテイオーがそのポジションを決して手放さないからだ。

 今までの彼女であれば、多少の不利を感じれば内側を手放すということもなくはなかった。

 

 そもそも、テイオーはその巧みなステップでポジション争いでも滅多に負けることはなかったのだが――必要以上に良い位置にこだわっていなかったのも事実。

 ナイスネイチャは、その理由を「どうせ後からどうとでも出来るから無理はしない」というテイオーの驕りゆえであると推測していた。

 

 それは実際に驕りであるが、そんなテイオーに皆が圧倒的な敗北を喫していた。

 突け入る隙があるのならそういうところだろうとも考えていたが、今回の彼女は違う。

 

 ……一言で言えば、テイオーは必死だった。

 いつも浮かべている余裕をかましているような薄ら笑いは見られず。距離ロスを気にしてポジション争いでは決して妥協しない。

 

 そのようなテイオーに対し、他のウマ娘はこれ以上相手にすると自分の身を危うくするだけだと悟った。

 複数で掛かればその位置を奪うことも可能かもしれないが、その代償と釣り合わないと全員が感じたためだ。

 

 レースにおいて良い位置取りで走ることは距離ロスを抑えられ、勝利へと繋がる。

 だがポジション争いだけに集中しているようでは本末転倒だ、大事なのは一番でゴール板を駆け抜けることなのだから。

 

(……でも、ようやくアンタが手の届く場所まで来てくれたと実感するわ。むしろ、アタシがそれだけ高く登ったのかもしれないけどさ)

 

 テイオーはなりふり構っていない、どんなことをしても勝つという気概が見受けられる。

 それはつまり――彼女が、自分たちのことをそうまでしなければ勝てない相手だと認めてくれたということだ。

 

 ナイスネイチャにとっては、そのことが堪らなく嬉しくて……思わず笑みが零れてしまう。

 はっきり言って、これまでのレースではまるで相手にされていなかったから。

 

 同じレースを走ったことは何度もあるが、彼女の目線はいつもこちらを向いていなかった。

 テイオーが見据えているのは、もっと高くて遠い場所……自分なんて眼中にないくらいの。

 

『間もなく第3コーナー! ナイスネイチャが中団からじりじりと上がってきた! 他のウマ娘はどう出る!』

 

 それがどうだ、今ではあのスターウマ娘と死力を尽くしてこうやって戦えている。

 遠ざかっていくばかりだった彼女の背中をやっと捉えることが出来たんだ。

 

 ナイスネイチャは、先を走っているテイオーの後ろ姿を見る。

 いつもの白と青を基調とした勝負服に、風で大きく揺れるポニーテール。

 

 小さなその少女の姿が、誰よりも大きく眩しく見えていた。

 誰よりも才能があって、誰よりも人気があって、誰よりも眩しいキラキラなウマ娘。

 

 あの子にずっと憧れていた――あんな風になれたらと思っていた。

 だから目標だった、誰かに聞かれたらきっと笑われちゃうかもしれないけど……あのキラキラした少女にずっと勝ちたかったんだ。

 

(――勝ちたい、2着でも3着でもなく! 1着になって証明したい! こんなアタシでも主人公になれるんだって!!)

 

 ナイスネイチャの全身から闘志が迸る。

 距離3000はクラシック級の誰もが経験していない長丁場であったが、後半に差し掛かる今でもあまり疲労感はなかった。

 

 ここまで来て疲れていないなどあり得ない。あのテイオーに届くかもしれない、その興奮が全てをかき消してしまっているのだろう。

 大量にアドレナリンが分泌されているのが自分でもわかるため、一時的に疲れを感じる機能が麻痺してしまっているのかもしれない。

 

 ……だが、そんなことはもうどうでもいい。

 

 あの子に勝てるのなら、この後どうなったっていい。

 トウカイテイオーに勝つという偉業を成し遂げるには、限界の一つや二つは超えないと話にならないから。

 

『さぁ第4コーナーだ! 内から来るか、外から来るか……この後最後の局面です!!』

 

 脚に力を込めて、ギアを徐々に上げていく。

 勝負所は最後の直線400メートルであるが、少しでも順位を上げておかないと差し切れないだろう。

 

 別にテイオーに対して恨みなど欠片もないし、むしろ友人なので好きな部類だ。

 やたらと想い人のことで暴走しがちなのは困ってしまうが、健気だしどうか幸せになってほしいとさえ願っている。

 

 だが、それ以上に勝ちたいという想いの方が遥かに強かった。

 勝ちたい――勝ちたい勝ちたい勝ちたい、勝ちたいんだ!

 

(トウカイテイオー……アタシは、アンタに勝つ! 勝ってみせる、今日――ここで!!)

 

 自分もテイオーも、いつ走れなくなってしまうかわからない――ウマ娘とはそういう脆く儚い生き物だ。

 だからこそ、後悔のないように今この時を全力で駆け抜けることに意味がある。

 

 ナイスネイチャはその魂を燃やし、憧れの背中を追って愚直に前へと脚を踏み出した。

 きっとその先(勝利)へ――進めることを信じて。

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