乾いたターフを湿らせる   作:やわらかスマホ

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時系列は第三話の前後となります。内容を忘れている方は、事前に軽く読み返すことをおすすめします。


閑話「変幻自在の恋愛相談」

「ボクがあんなにアピールしてるのに、あのヒトってほんと見る目ないよ! 担当ウマ娘が欲しいならまずこのボクにお願いするべきだよね! マヤノもそう思わない!?」

 

 新入生のウマ娘たちがトレセン学園に入学してから、一か月近くが経ったある日の晩。学園の敷地内にある学生寮のうちの一つ――栗東寮。その一室で一人のウマ娘が荒れていた。

 

 そのウマ娘――トウカイテイオーは、トレードマークである鹿毛のポニーテールを揺らしながら、自身と共に暮らしているルームメイトへと不満を訴える。

 

 トレセン学園の学生寮は基本二人で一部屋だ。よって、マヤノと呼ばれたウマ娘――マヤノトップガンがこの部屋で一緒に過ごしている相方となる。

 

「テイオーちゃん、またその話してるぅ。マヤもう飽きちゃったなあ……」

 

 マヤノトップガンが目を擦りながら眠そうに返事をする。彼女の所々が外にハネた橙色の長髪も、本人の意思を表すようにうつらうつらと揺れている。

 

 天真爛漫、元気溌剌で甘えん坊なのがマヤノトップガンというウマ娘なのだが、彼女はまだ精神・肉体ともに子供であるため非常に多くの睡眠を必要としていた。

 

 早寝遅起きが基本の彼女にとって、夜も更けてきたこの時間を耐えることは中々に重労働である。加えて飽き性でもあった彼女だが、その優しさから健気に友人の愚痴に付き合ってあげていた。

 

「だって……あのヒトがどうしても、って言うならボクだって考えてあげてもいいのにさー! いつもいつも他の子のことばっか見ててつまんないよ! ボクが一番すごくて強いウマ娘なのに!」 

「でもでも、その新人ちゃんも誰かスカウトしなきゃなんだからしょうがないんじゃない?」

「だからそれならボクをスカウトすればいいんだよ! 何度もそう言ってるじゃん!」

「あわわ、テイオーちゃん、マヤに当たらないでよぉー……」

 

 怒気を帯びた返答にマヤノトップガンはたじろいだ。『マヤ、眠いからもう早く寝たいのにな……』と思いながらもルームメイトの怒りの矛先を逸らすため、話を変える。

 

「ところでテイオーちゃん、その新人ちゃんにはどういうアピールしてるの?」

 

 マヤノトップガンが純粋に今まで気になっていたことを質問する。この友人は普段どういうことをあのトレーナーに行っているのだろうか。

 

 話題に上がっているその新人トレーナーとは何度か話したことがある。物静かで落ち着いた大人の男性だったが、同時に何処か近寄りにくい雰囲気も感じていた。

 

(テイオーちゃんには悪いけど、マヤはもっと優しそうなヒトがいいかなぁ)

 

 口に出したらトウカイテイオーが怒るのが目に見えているため、余計なことは言わない。だが、マヤノトップガンの好みとは若干ズレている男性である。

 

 彼女の見る限り、その新人トレーナーは良い意味でも悪い意味でもグラウンドで注目を集めていた。

 

 まず端正な顔立ち、冷静沈着な態度が思春期のウマ娘たちの興味を惹き。次に練習を眺める、その真剣な眼差しが彼女たちをそわそわさせる。

 

 トレセン学園に入学しているウマ娘は、日本各地から揃えられたエリートである。しかし一人の女生徒であることに変わりはないため、基本的に格好良い男性に弱かった。

 加えて、トレーナーというウマ娘の本能を満たしてくれる相手となれば尚のことだ。

 

 自分をスカウトしてくれないかな、とその新人をチラチラ覗き見るウマ娘は多かったのだが。期待に反して彼は殆どスカウトすることなく、一日をほぼ見学だけで終わらせていた。

 

 多くのウマ娘たちが、『この人いつスカウトしてるんだろう』と疑問に思いながらも。その他者を寄せ付けない空気によって、上手く話しかけることも出来ないまま時は過ぎていく。

 

 彼本人としてはスカウトする相手を厳選しすぎたため、結果的にそうなってしまっただけなのだが。それを知る由もない周囲からは一種の名物のように扱われていた。

 

 しかし最近では、期待の新星トウカイテイオーとよく絡んでいるのを目撃されるため、ついに契約が決まってしまったのかと大勢の少女が嘆くこととなった。

 

 まあその当の本人は――上手くいかない現実の前に、買い置きしてあるはちみつドリンクをやけ飲みしている最中なのだが。

 

「ええっと……ボクがどれだけ強くて速くて頭が良いかってことを話したりとか、後は目の前で一生懸命走ってみたり……」

「ふーん、そっか。それで後は?」

「後って言われても、それだけだけど」

「……え?」

 

 ――それだけ? それだけなの?

 

 マヤノトップガンは絶句した。アピールというのだからもっと多彩な工夫を凝らしているのかと思ったが、それではただ自分の自慢話をして普通に走っているだけではないか。

 

 そもそもその程度でスカウトされるようなら、もうとっくにスカウトされているだろう。

 トウカイテイオーは誰がどう見ても天才であるため、わざわざそっち方面のアピールを必要以上に行うことに意味があるようには思えなかった。

 

「はぁ、テイオーちゃんはダメダメだねー。そんなつまんないアピールじゃ大人のオンナにはなれないよ?」

「なんだよもーっ! ボクだって精一杯頑張ってるんだよ! でもどうすればいいのかわかんないんだからしょうがないじゃん!」

 

 ルームメイトのこれ見よがしな溜め息にトウカイテイオーは逆ギレした。

 

 自分でもみっともないことだとは理解できていたが、言わずにはいられなかった。今まで何もかも思い通りに出来てきた彼女であったが、生まれて初めて壁にぶち当たっている。

 

 何もせずともいつでも相手の方からやってきたため、端的に言えば――トウカイテイオーは、自分を売り込むのがとても下手くそであった。

 

「ねえテイオーちゃん。だったら、ちゃんとそのヒトに自分の気持ちを伝えないの? 自分のトレーナーになってくださいって。言わなきゃ気持ちは伝わらないよ?」

「ボクだってわかってるんだよ、そんなこと。でもね、もし断られたらって思うと……」

 

 わかっている、こんな遠回しなやり方では伝わらないことくらい。けれど、もし正直に自分の気持ちを伝えたとして、それでも断られてしまったらどうすればいいのだろう。

 

 相手にその気があるのなら、あの程度の拙いアピールでも少しは効果があるだろうし、何も言われていないということはつまり――

 

 想像が悪い方へ悪い方へ向かってしまい、トウカイテイオーは陰鬱な気分になった。いつもはもっと積極的に攻めるはずの自分なのに、なんでこんなにうじうじしてるのだろう。

 

 マヤノトップガンはそんな風に落ち込んでいる友人に向かって、慰めるように優しく声を掛ける。

 

「うん、自分の気持ちを相手に伝えるのは怖いよね。だけどテイオーちゃん――レースも恋も、なんでも早い者勝ちなんだよ! そうやっていつまでも悩んでて、そのヒトが他の女の子に取られちゃってもいいの?」

「ダメだよ! あのヒトはボクのトレーナーになるんだから、他の子になんて絶対に渡さない! 渡すもんか!」

 

 気落ちしていた先程とは一転して、トウカイテイオーの感情が激しく昂る。

 あのヒトが自分以外のウマ娘を担当する、それを想像するだけで嫉妬心がマグマのように煮えたぎる。このボクが目を付けていたのに、そんなこと――

 

 許さない、認めない。あのヒトは――ボクのものなんだから。

 

 トウカイテイオーのその情念の深さまでは知らないマヤノトップガンだったが、やる気を出した様子を見て満足げに微笑んだ。

 

「うんうん。マヤも応援するから、勇気出して頑張ろーね! 名付けて、『マヤちんの大人な恋愛相談』! テイクオーフ!!」

 

 こうして。件の新人トレーナーがこの会話を聞いていたら、盛大に顔を顰めるであろう会議が夜遅くまで行われていった。

 

 

 

 ――その翌日。

 

「たっだいまー!」

「ふみゅう……おふぁえりなしゃい、テイオーちゃん……」

 

 トウカイテイオーがとても機嫌が良さそうに、元気いっぱいに寮の自室へと帰ってきた。

 

 既に半分夢の世界へと旅立ち掛けていたマヤノトップガンは、ベッドで小さなクマのぬいぐるみを抱きしめながら挨拶を返す。

 もう夜は更けており、門限ギリギリの時間帯であったため、彼女が睡魔に敗北するのも時間の問題であった。

 

 そんな相方の様子を知ってか知らずか、トウカイテイオーは興奮が隠しきれないといった様子で話し始める。

 

「マヤノマヤノ、やったよ! あのヒトがボクのトレーナーになってくれたんだ!」

「えっ!? ホントなの、テイオーちゃん! やったね、マヤたちが昨日遅くまで頑張ってたおかげかもっ!」

「あはは! まあ、ボクに掛かればこんなこと楽勝だからねっ!」

 

 嬉しくて嬉しくて堪らないといった仕草で、ポニーテールと尻尾を大きく跳ねさせるトウカイテイオー。

 

 そんな彼女の様子に、当事者ではないマヤノトップガンでさえも嬉しくなってしまう。ついさっきまで感じていた眠気が一気に吹き飛ぶほどの朗報だ。

 

 トウカイテイオーが頑張って気持ちを伝えた結果なのだろう。やっぱりキラキラな想いはきちんと相手に届くんだな、と純粋無垢な彼女は素直に感銘を受けていた。

 

 実際には直前まで意気込んでいたトウカイテイオーだったが、そのトレーナーの顔を見た瞬間。すごく嬉しくなっちゃって夢中で話し込んでいた結果、いつの間にか話の流れでスカウトされていただけなのだが。

 

 その事実をマヤノトップガンが知ることは終ぞなかった。だが、終わり良ければ全て良し、当人たちが幸せならそれで問題はない。

 

「あのねあのね! それにぃー、ボクのことが欲しい、必要だって言ってくれたんだよ! ねぇマヤノ、これってそういうことだよね!?」

「きゃー! それって愛の告白!? すっごく大人な感じで聞いてるマヤの方もきゅんきゅんしちゃうよ!」

「えへへへへーっ! これでやっとボクもトレーナーのものになれたんだね……」

「テイオーちゃんが大人の階段をダッシュで駆け上がったような顔してる……。いいなあ、早くマヤもそういうロマンチックなこと言われてみたいなあ」

 

 だらしなく緩みきったトウカイテイオーの笑顔を見て、マヤノトップガンは羨ましそうにクマのぬいぐるみを強く抱きしめる。

 

 夜の寮内に少女たちの談笑が響き渡る。女三人寄れば姦しい、とはよく言う言葉だが。それが二人だけであっても充分以上に賑やかで騒がしかった。

 

 その話題のトレーナーがここにいれば。常に浮かべている冷静な表情が一変するほど、二人に対する抗議の言葉が山のようにあっただろうが……。

 残念ながら彼は不在であり、トレーナー寮にある自室で何処かやり遂げたような顔で、疲れた身体を休めようとしていた。

 

 トウカイテイオーはいつまでも幸せを噛み締めている。その姿に、マヤノトップガンは一つの確信を強めた。

 

「テイオーちゃん。そのヒトのこと、とっても好きなんだね」

「ぴぇっ!? ち、違うから! トレーナーがボクのことを好きで好きでしょうがないから、仕方なく付き合ってあげているだけで……」

「――テイオーちゃん?」

「……うん。最初はこの気持ちがなんなのかわからなかったけど。ボク、やっぱりトレーナーのことが――」

 

 トウカイテイオーが恥ずかしそうに顔を伏せながら話す。

 

 最初に会ったときは特になんとも思わなかった。固そうな見た目と違って、意外に話しやすいなという印象を抱いた程度。

 担当トレーナーをまだ決める気にもならず。本格的な練習を始められなかったため、その鬱憤を晴らすには丁度いい相手だったから付き合っただけ。

 

 ――けれど、何度も話しているうちにどんどん深みに嵌まっていった。

 

 ああ、楽しいな。このヒトにもっと自分のことをよく知ってほしい、そしてもっと一緒にいたい――出来るのならば、いつまでも。

 

 こんなに胸が暖まる瞬間が、これまでの人生であっただろうか。憧れのカイチョ―と話している時とも違う、心が満たされていくような充足感。

 

 これが恋だというのなら、今までの自分は確かに子供だった。マヤノトップガンに恋も知らないお子様だと、ずっとバカにされてきたのも納得できる。

 

「ねえテイオーちゃん、そのヒトの何処が好きなの?」

 

 完全に恋する乙女の顔をしているトウカイテイオーを見て、マヤノトップガンは興味津々な様子で訊ねる。

 彼女も年頃の女の子なので、人並み以上に恋愛には興味があった。むしろその手の話題に関しては、学園内でもトップクラスに好んでいる。

 

「一緒にいてとっても楽しいし、よく見たら顔だってボクの好みだし、何よりすごく優しいんだ。ボクのことを真剣に想ってくれてるんだな、っていうのが伝わってくるよ」

「にひひ、テイオーちゃんべた惚れだねぇ。テイオーちゃんの方こそ、大好きだって気持ちがマヤによーく伝わってくるよ?」

「う、うるさいなあ! もういいじゃんかそれは! ……でも、これからレースもあるのに、こんなこと考えてていいのかな……」

 

 トウカイテイオーの声の調子が下がる。彼女は現状に少し罪悪感を覚えていた。

 この学園に入学しているウマ娘は、レースに勝つために日々努力を重ねている。自分だって、カイチョ―に憧れて無敗の三冠ウマ娘という夢を掲げている最中だ。

 

 こんな風に恋愛沙汰に気を取られていていいのだろうか。掲げた夢を叶えるためには、恋愛なんて邪魔なだけだろうし。

 トレーナーも、もし自分の内心を知ったら……あまりにも色ボケしていることに幻滅してしまうかもしれない。

 

 夢と恋の狭間で、うら若き少女は苦悩していた。そんな友人の姿に、マヤノトップガンは喝を入れる。

 

「テイオーちゃん、恋もレースも頑張ればいいだけだよ。好きなヒトのために頑張れば、きっとレースだって勝てるからっ!」

「あっ、そうだよね! 全部頑張ればいいだけじゃん! なんたって、ボクは最強無敵のテイオー様なんだから!」

 

 マヤノトップガンの激励にはっとさせられる。

 

 そうだ、自分は最強無敵なんだ。無敗の三冠ウマ娘になって、トレーナーとの仲をもっと深める。その両方をこなすことくらい出来ないはずがない。

 

 それにマヤノトップガンの言ったように、トレーナーのためにも夢を叶えたいという気持ちは大いにあった。あのヒトを三冠ウマ娘のトレーナーにしてあげたい、自分も夢が叶えられて嬉しいし一石二鳥だろう。

 

 そして、あのヒトとずっと一緒に――

 

「結婚式には絶対呼んでよね、テイオーちゃん! マヤ、友人代表になってキラキラのスピーチしちゃうから!」

「ちょ、気が早すぎるよマヤノ! まだボクとトレーナーは――」

「あーっ、まだってことはやっぱりいつかする気なんだ。すっかり大人のオンナへのテイクオフしちゃって、マヤちょっと寂しいなあ」

「もーっ! あんまりからかわないでよーっ!」

 

 訪れる眠気など気にも留めず。二人の少女が楽しそうにじゃれ合いながら、いつまでも騒ぎ続ける。

 

 ――夢に恋。そして未来を語る少女たちの姿は、いつだって眩しくきらめいていた。

 

 

 

 その後のとある日。つまらないトレーニングをサボっていたマヤノトップガンは、友人がトレーナーと話し込んでいるのを偶然見掛けた。何やらトウカイテイオーが一方的に不満を述べているようだ。

 

「ねえねえ、ボクなんか今日はやる気出ないなーっ! 練習終わったらさ、何かご褒美くれない?」

「……なんだ、いきなりどうした」

「いつも真面目に練習やってるんだからいいでしょ? だからね、頑張ったら頭撫でて。優しくだよ!」

「練習を真面目にやるのは当たり前だ、ふざけたこと言ってないでさっさと走れ」

「ちょっとトレーナー! 担当ウマ娘のコンディションを整えるのも自分の仕事だってよく言ってるじゃん! もっとボクに優しくしてよーっ!」

 

 一見すると喧嘩をしているようにも感じられるが、両者ともに何処か穏やかな様子だった。つまり、これが彼らのいつものやりとりなのだろう。

 

 特にトウカイテイオーなんて、よく知っているはずの自分が目を見張る程がっつり甘えていた。デレデレテイオーだ。

 

(テイオーちゃん、すっごく幸せそう)

 

 どうか、この二人がこのままいつまでも仲睦まじくいられますように――マヤノトップガンは、切にそう願った。

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