「それじゃあ、準備はいいですかリスカ?」
「ん、多分いける」
「多分じゃ困るんですけど……いきますよ」
大きな倒木に腰をかけて足をぷらぷらと遊ばせていたホシの輪郭が僅かにぶれる。
少女のように可憐で、娼婦のように艶やかな神官の姿は表面上のものでしかない。彼女に宿る異能の力は、死体ですらも表面上はそのような姿にしてみせる。
「ウォーミングアップです。ちゃんと避けてくださいね?」
その全身が不定形の刃となって四方八方十六方よりリスカへと殺到する。逃げ場も隙間も一切ない。故に彼女は逃げようとしなかった。
利き手とは逆、左手で剣を握る感覚を確かめてから、振るう。
振るう。
十六方が八方に。
振るう。
八方が四方に。
振るう。
包囲が完全に解ける。
「うん。それなりに動く」
「言いましたよね? これ、ウォーミングアップですよ?」
「わかってる。さっさと済ませて」
足元の地面、真下から生えてきた刃を1歩後ろに下がり避け、色を保護色にして首元まで迫っていた二本の刃を右手で掴んで引きちぎる。
剣と手刀の二刀流で迫る刃の全てを弾き、切り落とし少しずつホシとの距離を詰める。
「これ、アンタを1回切れば終わりでいいんだよね」
「そうですね。本体に一太刀でも入れられたら終わりです」
「じゃあさっさと終わりにしよう」
ホシの目の前にまで迫ったリスカが、左手に握られた剣を振り下ろすために構える。
その瞬間、ホシの大きな藍色の瞳が裂けて、内側から刃が射出される。
「うわっ」
発射された刃はリスカの左腕を正確に捉え、
「…………」
「…………」
「…………切れましたね」
「…………痛い……いっっっっっっっっっ!?」
当然といえば当然であるが、手首を切り落とされた激痛でリスカは号泣した。
「いやぁ、面白いですね。人のお手手を切っておいて自分が切られたらこのザマですか。いやぁ……面白」
「笑い、事じゃぅ……ぅぇ、いたい……」
あまりの痛みにリスカは少し胃の中身を吐き出してしまっていた。
ホシとて、リスカが手首を切られることと自分が手を切られることの重さの違いはわかっている。死体である自分に既に痛覚なんてものはなく、切られようが1秒もかからずくっつけることだってできる。それはそれとしてざまぁみろばーかと思うのがホシなのだ。
「治して欲しいですかぁ? ならちゃんと謝ったりした方がいいですよ? ほぉら、我慢しないで言っちゃって☆」
「…………」
「むぅ、強情ですねぇ。それとも痛いのが大好きな豚さんなんですか〜? ……あ、これ普通に喋れないやつですね」
既に止血はしているが、恐らく痛みで頭が回らなくなっているのだろう。
呼吸が乱れ、顔色は悪くなり額には大粒の汗が浮かんでいる。うわ言のように『彼』の名前を呟いている様子を見るに、本当に痛みに耐えられなくなっている。いくら性格の悪さを自覚していても、これは放っておくと普通に死にかねない。ならばホシは神官としてしっかりと治療は行う。
「じゃあ治しますけど……わかってますね? 次はもっと
「……わかってる」
リスカ・カットバーンの祝福『切断』は彼女が切れると思ったものをどんなものでも切断する。そして、彼女の強い信念……或いは激しい思い込みにより切断を伴う一切の攻撃は『彼女』には通用しない。
あくまで切断が効かないのは『彼女』の肉体のみであり、彼女が振るう剣や、彼女が自分の腕を『自分の腕』と思っていなければ当然ながら発動しないのだ。
彼女の左手は先日の魔王軍幹部ベルティオとの戦いの際に失われている。しかも自分で切ったものなのだから今回はより『失った』という認識が強く、自分から生えている腕を自分の腕と思い込めなくなっているのだ。
そもそも、しっかりと祝福が発動していたらホシの異能ではリスカの腕を斬るどころか肌に傷をつけることすら出来はしない。
手首を拾い上げて、傷口の表面に押し付ける。
リスカから小さい元気の無い悲鳴が漏れ、忘れてたとホシは肉体を変形させてその一部をリスカに噛ませる。
「それじゃ、やりますよ。──────死ぬほど痛いですけど我慢してくださいね☆」
リスカが震えながら頷いたのを確認してから、ホシは自らの肉体を溶かして彼女の手首の傷口の中に染み込ませる。
異能『
いくら『死体を操れる』と言っても、簡単に相手の手足を付けられる訳では無い。
「…………──────ッ、ッ!? ッ、ッ!」
一瞬、リスカは激痛で意識を失ったが再び激痛で意識が呼び戻される。
暴れようとする四肢はホシが肉体を変形せて押さえ込み、声を出すことだけが彼女に出来る精一杯の痛みからの逃亡だった。
ホシの異能による欠損を補う手段は、まず相手の肉体に入り込んで内側から解析を行い、相手の体に合わせて死体を変形させて神経を繋げる。それが終わればまるで失われた体の一部が生えてくる奇跡のように見えるが、実際は違う。
ひたすらに痛い。ホシ自身既に痛覚というものが完全に死んでいる為に分からないが、リスカの反応を見ればわかるし、そもそもこの方法で最初に欠損を補おうとした相手は激痛に耐えられずショック死をしている。
内側から肉体を犯され、神経を鷲掴みにされ、屍肉が細胞に引きついてくる本能的な嫌悪感。その地獄の苦しみに耐えてこそ、ようやく本来は戻ってこないものを取り戻すことが出来る。
「……終わりました。大丈夫じゃないですよね?」
「わかってんなら、聞くなし……」
「減らず口を叩く余裕があるなら幸いです。軽く動かしてみてください」
そう言われて手を握って開いてをリスカが繰り返したのを見て、ホシは刃に変形させた肉体をリスカの左手に向けて振り下ろす。
「はい、ちゃんと『切断』は発動してますね」
「……ぅ……つかれた、ねる」
「え、ここで寝るんですか……もう寝てるし……」
今度こそちゃんとただの屍肉はリスカ・カットバーンの左手に変化し、それに伴い一応確認したが、右脚の方もちゃんと『切断』が発動していた。
ホットシート・イェローマムはようやく一段落と大きく息を吐いてから、自分の体の一部を変形させて簡単な寝床を作ってやり、そこにリスカを起こさないように慎重に寝かせた。
小さく寝息を立てて眠るその姿は、とても魔王軍幹部二体を斬殺した、人類最強と噂され、かつて『視殺のエウレア』を街の人間ごと斬り殺した『切断』の勇者には見えない。
……いや、実際違うのだろう。
さすがにホシにだって、これだけ近くにいればリスカ・カットバーンの人間性がどういうものなのかはわかる。
この人間は致命的なまでに
そもそも痛みというものに弱いのではなく、痛みというものが嫌いなのだ。指を切ったくらいで泣いてしまうような弱い人間なのに、死ぬほどの苦痛を食いしばって耐えられる強さを持って生まれてしまった。
戦士に最も向かない精神性が、最高の戦士の肉体に宿ってしまった最低最悪の天の祝福。
きっと、戦場で刃を振るうことなんかよりも厨房で包丁さばきを料理相手に発揮している方が幸せな少女だったろう。
素質のあるものに、後天的に祝福を与え勇者と成す。
魔王が発生した際のカウンターとして用意されているそのシステムはあまりに欠陥が多すぎる。こんなただの弱虫で泣き虫なくせに、強さだけはあった女の子を勇者にしてしまうなんて、そんな神様は潔く消えてなくなってしまえと思わなくもない。
ホシがリスカに出会ったのは、運命の日。
自分を殺すと約束してくれた『彼』を追って、ようやくその行き先を掴んだというのにホシは焦っていた。
彼がいるはずの街が戦場になっている。
魔族と人が殺しあっている。血が、肉が弾け飛ぶ。命が次々にホシと同じ無価値なものになっていく。
一刻も早く『彼』を見つけなければとホシが全力で走る中、それは起きた。
一瞬にして、街そのものが『両断』された。
そこに生きているモノの全てが、一撃で死体へと変わる斬撃。もしもホシが死体でなければ、確実に死んでいた一閃。
そして、その中心に彼女はいた。
「しね、しね、しね……ころす、ころすころすころすころすころす……」
何かをブツブツと呟きながら、一心不乱に既に首から上の無くなった死体となっている魔王軍幹部であるエウレアの体を、彼女は短剣で串刺しにしていた。
「……これで、わたしは、まだゆうしゃで、いられる」
それが人間の目にはホシは見えなかった。
それはもう死んでいる。決定的に、生命として欠けてはいけない大切な何かを失って、その代わりに動いている。
顔の半分が溶け落ちて今にも脳が溢れそうで、ちぎれかけている右腕で一心不乱に死体を斬っている。それはとても生物の動きには見えない。
ホシと同じ死体、リスカ・カットバーンの肉体を動かしているナニカ。それがホシが初めてみるリスカだった。
「そんな恐ろしいバケモノがまぁ、こんなただの女の子なんて。ほんと、世の中分かりませんね」
ホシはリスカと昔からの知り合いなんかではない。
その時初めて出会って、利害の一致から行動を共にしている仲間とすら呼べない関係だろう。
それでも、ホシは今のリスカ・カットバーンという人間のことを多分本人の次によく理解している。
別に知りたかったわけじゃない。この女を治療するという役割の関係上、知りたくもないことを知る羽目になったというのが正しい。
「ったく、こんな汗でびちょびちょのままで寝たら風邪引きますよ。アンタの能力は風邪には効かないんですから」
こんなこともあろうかと持ってきておいた着替えを取り出して、慣れた手つきで眠っているリスカを着替えさせる。
手足や顔、表面上見える部分は可能な限り見た目も整えているが、体の方は酷いものだ。最初からリスカの『切断』はこんなに恐ろしいものではなかったのだろう。一枚服を脱いでしまえば傷がないところを見つけるのが難しいくらいに全身に傷跡が残されている。
ホシの能力を使えば見た目を取り繕うことは出来るが、さすがに傷跡を消すためだけに拒絶反応と戦う羽目になるリスクは治療係としてオススメできなかったし、リスカも了承した。
「似てるんですよね、私達」
リスカ・カットバーンはホシが嫌いで、ホットシート・イェローマムはリスカが嫌いなのは間違いない。
だが、それが同族嫌悪であることをホシは理解している。自分とこの子は、動力源を得ることが出来た死体なのだ。いや、自分の方がまだマシだ。リスカは動力源のおかげで奇跡的に動いてるだけの死体。いつ精神が参って死んでしまうかも分からない。
もしももう一度、エウレアの時のようなことが起きたら多分もうリスカは立ち直れない。あの戦いは彼女にとってショッキング過ぎた。それこそ、スーイに頼んでエウレアに関する記憶を薄くしてもらったほどに。
頭から血を流し動かなくなった『彼』。
あんな光景、ホシだってそうそう思い出したいものじゃない。
「さてと、このバカが起きるまで私は何してましょうかねぇ……ん?」
寝ぼけているのかなんなのか。
起きている時は絶対にしてこないであろうこと、ホシの手を握ってくるなんて、握り潰そうとでもしない限りリスカならば絶対にやらない。
さすがに気色が悪いと振りほどこうとしたところで、徐々にリスカの呼吸が乱れてくる。
彼女はかなり精神が参ってるために、定期的に過呼吸を起こす。これのせいで万が一の為にホシはほとんど毎日リスカと一緒に寝ている。非常に面倒くさいことに。
「……ごめんなさい」
「誰に謝ってるんですか?」
「……ごめんなさい、もっとうまくやるから、もっと、ゆうしゃらしくするから、
反射的に叫びそうになったが、ぐっと声を抑える。
本当に、本当にこういうのはガラではないのだ。望まれるままに、愛されるようになんてもうコリゴリなのだけれども。
一応、神官であるし、仲間だし。
見捨てられないのが、ホットシート・イェローマムなのだ。
声帯を少しだけ形を変えて、それから軽く頭を撫でてやる。これさえやれば、どんなに寝つきが悪い時でもリスカは赤ちゃんのように寝てしまう。
「心配しなくても、『彼』が貴方のことを嫌いになるなんて、天地がひっくり返っても有り得ませんよ」
こうやって、『彼』の声を再現してやればあら不思議。瞬く間に呼吸は落ち着いて残ったのは幸せそうな寝顔の一人の女の子だけ。
どこからどう見ても、本当にただの女の子。自分や、スーイや、あの頭のおかしいギロンとは違う。戦う必要なんてこれっぽっちも本来なら持ち合わせない女の子。
「別に、どうでもいいんですけどねぇ」
ホシにとって大事なのは『彼』だけ。
本来ならここまで面倒を見てやる必要もないと言うのに、どうしても見捨てることが出来ない。そんな損な役回りばかりして、最終的には1度2000年以上生き埋めにされたと言うのに、どうしても治すことが出来ない悪癖。
それでも、この勇者がほんの一瞬でもリスカ・カットバーンとして安らげる瞬間があるならば、まぁこんな役回りも悪くないかもしれないと思えてしまうのだ。
・リスカ・カットバーン
世が世ならば精神病と診断されるような状態。ホシがいなければ精神肉体共に既に末期のモノ。実は料理が苦手で練習していて、ようやくある程度身についてきた時に勇者に選ばれ祝福が身に付いた。痛めつけるのも痛いのも嫌い。
・ホットシート・イェローマム
魔族であるが、誰よりも人間に好かれる人間になってしまった不幸な魔族。それでも悪くないと思えてしまうことが、幸運か不幸かは分からない。リスカのことが嫌い。人が痛いよりは自分が痛い方がいい。
好き
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リスカ
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ホシ
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スーイ
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ギロン