勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

20 / 47
Erosion/彗星、獣、剣

 

 

 

 

 

 

 

 

「スーイ、ちょっとスーイ? 聞いてる?」

 

「へ?」

 

 しばらく聞いていなかった、それでも忘れることの無い聞き慣れた声でスーイの意識は覚醒した。

 その時点で彼女の脳はその現実に対して異常が起きていることを告げていたが、肝心のその『理由』となる部分が全て空白によって埋められてしまっていた。

 

 証拠が存在しないものは証明出来ない。

 人間よりもはるかに優れた思考回路を持つ彼女は、速やかに喉に突っかかる小骨のような違和感を『気のせい』で切り捨てる。

 

「ごめん師匠、なんだか頭がぼーっとしてた」

 

「ふーむ。ここ最近ちょっと修行を厳しくし過ぎてたかもね」

 

「うん。昨日も死にかけたしいい加減死ぬと思う」

 

「あれだけ死の淵に立たされてまだぼーっと出来る腑抜けた精神があったか。今日はもう殺す気でいくよ」

 

「殺す気で殺したら死ぬよ? 師匠馬鹿なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、ギロンは目を覚ました。

 記憶が連続していない。何かがあって自分の意識が途切れていたことは理解出来ても、原因が分からない。

 

「…………?」

 

 そして目の前には顔が潰れた死体があった。

 判別は難しいが恐らくは自分と同年代か少し年下の人間の男性の死体だろう。

 魔王軍幹部として、人間を出来るだけ殺しておいてと言われてはいたが、この青年をなぜ自分が殺したのか、そもそも本当に自分が殺したのか。困ったことにギロンの記憶には全くない。しかし、拳に付いている血液と口の中にある人肉の味が誰の犯行かを語っている。

 

 とりあえずもったいないので食べてしまおうと、青年の屍肉を胃に収める。味はまぁまぁ。多分大して強くなかったのだろう。

 

「……ごちそうさまでした」

 

 それと共にぼんやりしていた意識がはっきりとしてきた。そう言えば前の戦いで深手を負い暫く動けなくなっていたのだ。魔王様も心配していることだろうし、さっさと顔を見せに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……起きてませんよね? 安眠快眠(グッスリ)ですよね?」

 

 霧の奥から1体の魔族が現れる。

 人間の女性のような体格に、真っ黒な仮面を纏ったその魔族は恐る恐る倒れている1人の人間に近づいていく。

 

「こ、この顔!? 裏切り者のギロンさん!? 恐怖(コェ)〜。それはそれとして一発ぶん殴ってやりたいけど……」

 

 仮面の魔族はそこら辺の石を眠っているギロンへと投げつけるが、その石は彼女に当たる直前で()()()()()()()()()()()()()()

 

「うん、私の異能はちゃんと作用してるね。魔王様から言われたもん。『切断』の勇者の仲間、全員案内(ブッコロ)してやりなさいって。だから、普段より初めから霧の領域をほんの少しだけ()()()()()。油断して、至近距離に来たところを全員一息で捕らえる。……私の『異能』、発動すれば無敵(マケナシ)

 

 さらに仮面の魔族は歩みを進める。今度は同じように倒れている1人の人間、1体の認識不可能な生き物、そして1つの死体が転がっていた。

 

「『切断』の勇者、そして前々から空を飛び回って魔王様にちょっかい出してた変なやつ、あと……コレは死体? なんで死体に私の異能が効いてるんだろう?」

 

 それはそれとして敵全員が自身の異能によって眠っていることを確認した仮面の魔族は安堵のため息を漏らした。

 魔王軍幹部の中で、直接戦闘という面においては自分は最弱どころの話ではない。そもそも、そういう強さがないから狩場を定めて、そこに獲物が引っかかるまで待つという進化の方向性を見つけたのが自分の種族なのだ。

 

「でも、どれだけ強くても私の『異能』を喰らえば関係ない。みんな、幸せそうに死ぬ。絶対に変えられない、です。これが魔王軍幹部様の力だ。ふへへ」

 

「異能か。なら良かった。お前を倒せばどうにかなるな」

 

「そうですね。私が死んだら、異能(ユメ)解除(サメ)ちゃうので…………んぉほ!?」

 

 後ろを振り向くと、なんと霧の中で人間の青年が自分に向かって剣を振り下ろそうとしていたので、仮面の魔族は素っ頓狂な声を上げながら無様に地面を転がってなんとかそれを避ける。

 

「お前を殺せば、この霧は無くなるんだな? そっちから出てきてくれて助かるよ」

 

「え、えぇ!? なんで!? 私の霧の中で、はぁ!? まぁいいや。もっかい眠って今度こそ永眠(オヤスミ)してね!」

 

 どう考えても避けられない体勢になった魔族を見て、青年は淡々と剣を振りおろそうとした。

 だがそれよりも先に『眠気』が青年を襲う。意識を一瞬足りとも保つことが出来ない凶悪強烈な眠気。

 

 

 

 

「──────『夢幻抱擁(フォー・ファー)』」

 

 

 

 

 

 それが青年の意識が落ちる直前に聞いた、異能の名であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けばそこにあるのは炎の海。そんなことがあるわけがないのに、何となくこの光景を見るのは3度目だなと思った。

 

 一瞬だけ何が起きたのか分からずに混乱したが、すぐに全てを思い出す。

 自分の全身の火傷、首から上が潰れて死んでいるよく知っている男性、意識を失い下半身が瓦礫に埋もれている女性。それを確認したらあとはやるべき事は一つだ。

 

「……リスカ」

 

 どんなに遠くからでもよく目立つ赤い髪の幼馴染の姿を探す。炎の赤が彼女の赤をかき消してしまう前に。

 瓦礫を掘り返して彼女の姿を探す。指の皮が剥けて、爪も剥けて、指先に力が入らなくなっても無理やり力を込めて探す。ただそれを繰り返し続ける。

 

 

 

 

 

 そして気が付けば、俺は焼け死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………寝たよね? 今度こそ寝たよね?」

 

 

 目を開けると俺の顔を覗き込むように仮面の魔族が突っ立ってたのでとりあえず飛び起きて殴りかかる事にした。

 

 

「寝てないじゃん!? なんで!?」

 

「なんでって言われてもなぁ」

 

 

 感覚として故郷が焼けた時の夢を見せられてなんやかんやで死んだら目が覚めてるのでこっちが何が起きているのか聞きたい立場なのだが。

 それはそれとして、目の前にいる魔族がこの霧の原因であることは発言から見て間違いなさそうなので、倒すのが良いだろう。

 

「いやー! 待って、ほら、私、非戦闘員! 弱い! 多分君にも勝てない! 慈悲をください!」

 

「攻撃してきた時点でされる覚悟くらい決めとけ。戦場に立ったらもうそいつはいつ死ぬかも分からないんだぞ」

 

恐怖(イヤ)ー! 優しそうな顔してるくせに価値観が厳しいよー! 助けて魔王様ぁー!」

 

 なんだか調子が狂う。俺以外みんな眠らされて起きてくる気配がない辺り相当強力な『異能』を持つ魔王軍幹部だということは間違いなさそうであるが、そうなってくるとなぜ俺だけがあまり効いていないのか、そしてなんで魔王軍幹部ともあろうものが腰を抜かして今目の前で震えているのか、分からないことがあまりに多い。

 

 まさか、今こうして目の前に広がる光景も魔王軍幹部によって生み出された幻覚なのだろうか? 

 

 

「ひぐっ、本当に待ってください……なんでも、知ってることはなんでも話しますから、命だけはご容赦を……お願いします」

 

 

 声を震わせながら土下座してくる魔王軍幹部を名乗る仮面の魔族を見るとますます幻覚の可能性が高まってくる。直接魔王軍幹部を見たのはギロンを除けば過去に一度だけだが、その時に感じた威圧感はよく覚えている。見えない手で心臓を鷲掴みされたかのようなあの感覚は忘れられる類のものでは無い。

 

 そしてそれは目の前の仮面の魔族からは全く感じられない。もしも本当に俺が知っている魔王軍幹部、エウレアと同等の実力があるならばこんな小芝居を打たなくても俺なんて一瞬で殺すことが出来るだろうし、どうしたものか。

 やはり、まずは情報だろうか。本当に魔王軍幹部だとしたら俺を油断させるなんて狡い手を使わなくともひとひねりされているだろうし、理由は分からないが相手には俺を殺さないにたる理由があるのかもしれない。

 

 

「……わかった。じゃあ魔王軍について知っていることを話してくれ」

 

「あ、はい。魔王軍は魔王様がえーっと、だいたい15年くらい前ですかね? それくらいに組織しました! 凄いですよね! 偉大(グレイト)!」

 

「…………うん」

 

「…………はい」

 

 

 それだけ? 

 とりあえず剣を構えて脅してみるけど、子うさぎみたいに震えるだけで口を開く様子はない。首元まで近付けてみても、それは変わらない。

 

「えっと、斬っていい?」

 

「まだ足りませんか……? 私、これ以上何も知らないんですよ……真実(マジ)で」

 

「幹部なのに?」

 

「幹部なのに。あ、待って、それ以上刃を近づけないで。いいんですか? それ以上刃近づけたら、貴方は魔王軍幹部が漏らした尿を浴びますよ」

 

 一旦剣を仕舞い、自分の頬を抓ってみると確かな痛みが返ってくる。出来の悪い夢、というわけでもなさそうなので恐らく目の前の魔族が自分を魔王軍幹部だと思い込む精神異常魔族だという可能性の方が高いだろう。それか俺の精神の方がイカれていてそれによって作り出された可哀想な生き物の幻覚だ。

 

「あの、私、殺されるんですか? 殺される前に、海とか見てみたかったなぁって」

 

「そうだな。もう少し情報が欲しかったけど、知らないなら仕方な」

 

 

「隙、発見(アリ)ィ! 喰らえ、我が異能『夢幻抱擁(フォー・ファー)』! 奇跡は3度起きないから奇跡と呼ぶ! 今度こそこの魔王軍幹部が1席、『夢幻』の異名を賜りしノティス様の異能で永遠に醒めぬ幸福の中で眠るが良い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が遠のいて、また同じ夢を見る。

 さすがに3度目となると何となく記憶もはっきりしていたので、適当な瓦礫に頭を打ち付けて死んでみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして目を開けると何となく勝ち誇った顔をしている気がする魔王軍幹部、ノティスを名乗る仮面の悪魔がいた。

 

「…………現実(マジ)?」

 

「ああ、夢の時間は終わりだよ。さすがに、3度もやられたらもう会話の余地はないよな?」

 

 相手は手ぶら。恐らく魔術くらいは使えるだろうし、発動条件不明の相手から意識を奪う異能がある。下手に距離を詰めて目の前で意識を失うのは避けたいところ。ならば、確実に殺せると判断出来るまで一定の距離を保ちつつ……。

 

 

「…………私の『異能』を過去に3度以上破った知性を持つ生命体は、魔王様だけです」

 

「突然何の話だ」

 

「私の異能を破った時のことを詳しく教えてください。場合によっては、私はこの霧の『異能』を解除して、貴方達の仲間になります。……なので、とりあえずその刃を下ろしてもらえないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが夢であることはすぐに理解出来ていた。

 リスカ・カットバーンは『勇者』だ。今まで幻覚を見せてくる魔族と戦ったことは何度もある。

 

 実の所、彼女の精神というものはホシが心配するほど弱いものでは無い。

 何故ならば、リスカ・カットバーンにとっての勇者とは折れず、曲がらず、決して切れない最強の刃。肉体も、精神もそのようでなければならないと定義した以上、勇者は何があってもあらゆるものを『切断』し、あらゆるものに『切断』されない。

 

「リスカ、怪我の調子はどうだ?」

 

「……うん、もうだいぶ良くなった」

 

 こんな幻、『切断』してしまえばすぐに消える。彼女に与えられた『祝福』は概念すらも切断が出来る。そんなことわかっている。早くこの夢から抜け出して、みんなを助けに行かなければ、自分が『勇者』でなくなってしまうことなんて頭ではわかっているんだ。

 

「ずっとベットの上ってのも暇じゃないのか? 何か欲しいものとかあったら持ってくるぞ?」

 

「ううん、別にないよ。編み物とかしてたら、意外と時間ってすぐ経っちゃうし」

 

 夢の中のリスカは、あの故郷が無くなった日に足を怪我していた。

 夢の中の彼は、勇者になるとは言わずにずっとリスカの傍にいてくれた。

 

 これが間違いであることも、リスカへの、彼への最大の侮辱であることも聡明な彼女は、理解していた。

 だって彼は勇者なのだから。絶対に、ここで立ち止まったりしない。どんな時も前を向き続ける彼が、私と一緒にずっと後ろを向き続けてくれるなんて有り得ない。

 

 

「っと、もうこんな時間か。そろそろ俺も戻るよ。また明日な、リスカ」

 

 

 そう言って何日目かの夢の中での時間が終わり、彼が背を向けてリスカの部屋から出ていこうとしている。

 あまりに無防備な背中。リスカは軽く手刀を振って、自分の服の端を切断する。『祝福』は夢の中でも有効だ。ならば、こんな幻は早く切り裂いてしまえばいい。

 

 怪我していた足も、ここが夢だとわかってしまえば問題なく動く。

 息も殺して、音も殺して、気配を消して。そうやって近づくリスカを彼が気が付くはずが無い。

 狙うなら首だろう。一撃で確実にこの『夢』を否定するのならばそれが都合が良い。この光景を夢だと否定することこそ、ここから抜け出す唯一の方法だと既にリスカは理解していた。

 

 

 だから、『切断』する。

 まやかしの彼の首目掛けて、万物を切断する刃を振るう。

 

 

 

 

 

「ん、どうしたリスカ。って、足の怪我、もう大丈夫なのか?」

 

 

 

 切れない。

 

 リスカ・カットバーンが得た祝福『切断』。

 彼女が切れると思ったものはどんなものであろうとも切れる。勇者であればどんなものでも切れる以上、彼女が持つことでこの力は神すらも斬り伏せる力へと変質している。

 

 

 ……だが、この祝福には一つだけ大きな欠陥がある。

 切れると思ったものは切れる。そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この世で唯一つだけ、リスカが切れないと思っているものは『勇者』だ。

 何故ならば、『勇者』は絶対に切れないから。だから勇者は切れない。それがリスカ・カットバーンを守る最大の認識。

 

 

 例えそれが夢幻であると知っていても。

 例えそれが偽物であると知っていても。

 

 

 少女にはそれを切る事は出来ない。

 だって、信じているから。勇気ある君の背中は、何者であっても切れないものなのだと信じているから。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

「え、なんか悪いことしたのか■■■?」

 

 

 だから、もう詰んでいた。もう諦めるしかなかった。こんなことは『勇者』には許されない。こんなことをすれば、自分は『勇者』ではなくなってしまう。

 

 

 ……でも、こうすることが粉々に砕けて消えてしまった、勇者になる前の■■■が望んだ、唯一の幸せだったのです。

 

 

 

「私は、貴方のことが好き。貴方さえいてくれるなら、何も要らない。だから、お願い。どこにも行かないで。ずっと、永遠に私と此処に居て」

 

 

 

 被っていた『勇者』の外殻が砕け散る。ぐちゃぐちゃでドロドロの、汚い中身が飛び散ってしまう。

 もう私は君の傍には立っていられない。その資格を自らの手で捨ててしまったのだと悟った時、自然と涙が溢れて心のど真ん中に大きな空洞が生まれてしまった。大切な支柱を抜かれて、立っていることも出来なくなったその体を『彼』が抱きしめる。

 

 本物の彼がここでどうするのかは分からない。

 ただ、抱きしめてもらうというずっと秘めていた夢が叶って、とても嬉しくて、少女はただ笑っていた。

 

 なにか思い出さなければいけない事を忘れてしまった気がするけれど、なにか思い出したくもないことを忘れてしまった気がするけれど、今はただ、この幸福をかみ締めていたいと。

 

 

 

 

 

 女の子は、現実を否定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・ノティス
魔王軍幹部を名乗る可哀想な子。か弱い。


・従者くん
魔王軍幹部と直接会うのは、ギロンを入れると3回目なのでかなり運がない。でも生きてるので運が良い。弱い。







・スーイ
終わりがあるから美しいとわかっていても、終わりのない輝きの魅力には抗えない。

・ギロン
知らなければ求めることも無い。貪欲な胃袋は在りもしないものを探していられるほど腹持ちはよくない。


■■■
勇者にならなくていいのならそんなものになるはずが無い。けれど勇者でない自分が誰なのかはもう分からない






好き

  • リスカ
  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。