勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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SAO見てたので突然二刀流の剣士とか出てきても怒らないでください。






彗星に魅入られたモノ

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ようやく起きた。おはよ」

 

「……おはよう。状況を聞いていいか?」

 

 さっきまで魔王軍幹部と戦ってた気がしたのに、目が覚めたらスーイに膝枕されていた。驚いて飛び起きてスーイに頭突きをかまさなかっただけでも褒めて欲しいくらいだ。

 

「全部終わったよ。敵は殺した。君の肩も、ちょっと痛むだろうけど治ったよ」

 

「つつ、ほんとだ。しかし、作戦失敗したはずなのによく勝てたな」

 

 肩の傷は完全には治ってはいなかったが大方塞がっている。これなら動いても問題ないだろう。軽く動かしつつ、スーイの方に目を向けると彼女の背中から翼が生えていた。

 

「…………スーイ?」

 

「私の顔を見つめてどうしたんだい? 何か付いてる?」

 

 何故ソレを俺は翼だと思ったのか。

 鳥、飛竜、蝙蝠、虫。どんな飛行を可能とする生物の『翼』とも違うスーイの背中から突き出しているその鋼の塊のような何かを俺は何故か一目で『翼』と認識していた。

 治癒の後遺症か、変な幻覚でも見ているのだろうか。なにか見覚えのあるその鋼の塊から目を背けたい。けれど、その翼から目を背けてはいけないと、逃げ切れるはずがないと脳の奥底で何かが叫んでいる。

 

「スーイ、その、背中のは」

 

「あーこれ? まぁ気にしなくていいよ。んー……やっぱ出してるとしまってる時より楽だなぁ。私の本体はこれだから、しまっているとどうしても窮屈なんだよ」

 

 体を伸ばして大きく息を吸い込むその姿はいつも通り。いつも着ているローブを脱ぎ捨ててマジマジと見るその顔は非生物的な、宝石のような美しさがあった。

 

 同時に、その顔には確かに見覚えがあった。

 

「って、え、あれ!? 師匠!?」

 

 間違えるはずがない。俺に魔術師相手の戦い方を仕込み、沢山のことを教えてくれた人。絶対に見間違えじゃないのに、何かを間違えてしまっているかのような、そんな嫌な予感がする。

 

「風も気持ちいいし、空気も美味しい。星も綺麗で今日はいい日だね。なんでずっと翼を使うのに制限かけてたんだっけ……まぁいっか」

 

「あの、スーイさん? というか師匠でいいの? とりあえず説明とか……」

 

「そろそろ出発しようか? あ、傷が痛むならもう少し待つよ。どうせここにはしばらく誰も来ないだろうし」

 

 なんだかおかしいぞ。スーイは話を聞かない事は結構あったけれどこれは違う。話を聞いていないと言うより、聞こえていない。会話をするという選択肢がまるでなく一方的に語り掛けてきている。

 

「そうだなぁ……。この前行った海も良かったね。波の音を聴きながら2人でずーっと暮らすんだ。素敵だろう? でも、やっぱり私は洞穴も好きだ。暗闇の中で、お互いの体温や鼓動しか聞こえない方がより親密になれると思わないかい?」

 

「なんの話ししてんだよ、今はリスカ達を」

 

 

「なんで他の人間の名前を出すの? 今君と話しているのは私だよ?」

 

 

 明確に、鈍感な俺でも気が付き自分から諦めて呼吸を停めてしまうくらいに。

 スーイは俺に向けて殺意が籠った瞳を向けていた。苛立ちを隠そうともせず、額に青筋を浮かべて瞳を翡翠と赤色に点滅させて、青色の髪を逆立たせて怒っている。

 

「今君の前にいるのは私でしょ? なんで、ずるいよ。なんで君は私を見てくれないの? 君が私を見れる時間はほんの数十年なんだよ? 君が私と語れる時間はほんの数十年なんだよ!? ずるい、ずるいずるいずるい狡い!」

 

 でもね、と。

 殺意も怒りも抑えていつもの調子で笑いながらスーイは一歩俺に近づく。

 

「これからはずーっと一緒にいよう。ね、逃げちゃわない?」

 

「逃げる……?」

 

「うん。魔王とか難しいことは全部忘れて。この世界の端っこで2人だけで暮らすんだ。危険なことも苦しいことも何も無い。楽しいだけの毎日! 素敵だろう?」

 

「こんな時に何言ってんだよ! 俺達が攻撃されたってことはホシやギロン達も──────」

 

「いい加減にして。今は私と君の話をしているんだ。君がどうしたいかを聞いているんだ」

 

 説得は不可能。そもそも本当に会話出来ているのかも怪しいくらいの相手なのだから当然だろう。気絶している間に魔王軍の奴に洗脳や意識の改変の類の異能を受けた、とも考えたがそれなら俺を生かしている理由はないだろう。狙撃をしていた魔王軍幹部が俺を殺して、スーイはリスカ達の方に差し向けるはずだ。

 

 確証はないが、スーイはほぼ間違いなく俺の師匠だ。だから、それをずっと明かさずに旅してきた理由も何か関係しているのだろう。とにかく今はスーイの本心を探り、説得する他ない。

 

「それは……素敵かもな。特に苦しいことも無いってのがいい。俺は苦しいのとか嫌いだしな。正直、痛いのは嫌だ」

 

「だろ? だから──────」

 

「でもそれはここから逃げる理由にならない。苦しんでいる誰かを、仲間を見捨てる理由にならない」

 

「…………」

 

 スーイは笑顔を浮かべてじっと俺の目を見つめている。

 それだけなのに口の中から水分が失われ、額に大粒の汗が浮かぶ。首に刃を押し当てられているかのような緊張した時間が数量続き、スーイは目を開いた。

 

 

 

「は? 何それ」

 

「何それ……って、何かおかしいかよ」

 

「おかしいでしょ。だって、誰かが苦しんでいるのと君に関係ある?」

 

「いや、でも……」

 

「それとも何? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて醜い集団性を信仰しているの? 数を集めても欲望だけが肥大化して大きな集合体にも成れない、蛆の寄せ集めのような肉の塊の一部に喜んで成るのが正しいとでも言いたいの?」

 

 

 

 心の底からの侮蔑。そうとしか思えない口ぶりで彼女は人の世を嘲っていた。

 

 口にしてはいけない言葉が漏れかける。

 絶対に、それだけは彼女に口にしてはいけないとわかっていたけれど、だからこそこの言葉を止めることは出来ない。だって、目の前にいるこの生き物は。

 

 

 

「お前、誰だ…………?」

 

「そういう事、言っちゃうんだぁ」

 

 

 

 人の努力を、愚かさを、醜さを、生き方を。

 見下し弄び笑い、目を輝かせて宝物のように愛でていたあの魔術師と、この生き物はあまりにも違いすぎる。

 確かに人間の集団性には醜かったりする部分もあるとは思うけれど、スーイ・コメーテストという人物はそれを醜いと認めることはあっても決して真っ向から否定だけはしなかった。

 どこを訪れても受け継ぎ、積み重ねてより良い明日を作り出そうとする社会性と継承について目を輝かせて語っていた。

 

「スーイなら、心の底からのそんな言葉を吐くことは無い」

 

「君は私をどのくらい知ってるの? ……いや、言い方を変えよう」

 

 

 

 

 

 

 

「君には私を知る時間が、どのくらい残されていると思ってるの?」

 

 

 

 

 

 

 翼が開かれる。

 台風か噴火か地震か。例えようもないエネルギーがその噴出口から溢れているのを自分のような存在でも理解出来る。戦うとか、相手するとかそういう次元じゃない。

 

 どのようにして五体満足で逃げ切るか、それだけに全てを賭けろ! 

 

 

「なんで、なんでスーイとこんなことしなくちゃならねぇんだよ!」

 

「鬼ごっこかな? じゃあ私は10数えるからほら逃げて逃げて。負けたら言うことを聞いてあげるけど私が勝ったら君は私のものだからね?」

 

 

 会話に既に意味は無い。だからとにかく足を動かした。肺に酸素をいっぱいに取り込んで、少ない魔力と酸素の全てを走行という運動につぎ込んで距離を離す。入り組んだ森の地形を活かして複雑な逃走路を描く。視覚的にも物理的にもとにかく相手が認識できない所へ、あの双眸が捉えられない場所へ、全身を駆け抜ける悪寒だけを頼りに走り続ける。

 

「鬼ごっこかぁ……やだなぁ。君達はそうやってすぐに私の前からいなくなっちゃう。やだよ、怖いよ。うん、怖いから、今度はちゃんと掴まえるよ」

 

 10秒が経った。

 スーイが動く様子はなく、ただ自分の呼吸と鼓動しか聞こえない。振り向いても既に彼女の姿は見えず、それでも安心出来ずに走り続けようと足を前に出そうとした時、少しおかしなことに気がついた。

 

 体の左側が妙に軽い。バランスが取りづらいくらいに軽く感じる左半身を不思議に思い見てみれば、そこに俺の左腕は存在していなかった。

 

「まずは、左腕。芋虫にしちゃえばもう逃げられないもんね」

 

 音が遅れて聞こえてきて、同時に何かが高速で通り過ぎた故の衝撃が俺を襲い周囲の木々ごと吹き飛ばされる。

 

「……改めて、ほんと俺の周りにいるヤツらってデタラメすぎるだろ!」

 

 すぐに起き上がり、走りながら状況を確認する。

 左腕は肘のすぐ上あたりで切り取られている。断面は焼き塞がれていて出血もなく、痛みすらない。だからこそ、突然左腕が無くなったという違和感があまりにも強い。急にバランスが変わった体でどうにか転ばないように走りながらあれやこれやと思考を巡らせる俺の耳にスーイの声が届く。

 

「あんまり逃げても四肢が減るだけだよ? いくら私がいるからって、四肢が無いのは不便だと思うけれどねぇ。まぁ、私からしたら大好きな君の手足を君よりも自由に扱っていいって考えると、正直興奮しちゃうから好きにしていいけれど」

 

 空に浮かぶ彼女はなんとも趣味の悪いことに切り取られた俺の左腕を長い舌で丁寧に舐めながら頬擦りをしている。その一挙一動にはスーイにあった気品とかそういう雰囲気がまるでなく、本当に別人を相手しているようだった。

 

 別人。

 今相手にしているのをスーイだと考えれば、俺はきっと容赦なく手足をもぎ取られるだろう。ならばどうするかなんて、そんなことはかつて師匠に教わるまでもなく知っている。

 剣を取り、知恵を絞り自らより強大なものに立ち向かい、屠る。それこそが俺達の強さなのだと、確かに彼女はそう言っていた。

 

「やってやるよ。どれくらい俺が成長したか、見せてやるからな」

 

「左腕……あ、待っててね。今治してあげるから。君は、傷つく必要なんてないんだよ」

 

「あーもう! せめて会話してくれよ、やりにくい!」

 

 かと言って相手は空を飛べるのにこちらは空を飛べない。唯一の攻撃の機会は向こうが攻撃するために近づいてくる時のみ。その時までは逃げ回ってひたすらに時を待つしかない。

 

 ……と思ったがそれはダメだ。

 

 スーイは魔術師だ。ある程度遠距離からの攻防であればリスカでさえ封殺できると豪語していた彼女相手に距離を保ちつつ戦闘なんて実現するわけが無い。

 かと言って近づく手段もない。逡巡の中で足が止まり、なにか妙案が思いつく可能性に縋るように空を舞うスーイに目を向けた時、また彼女が視界から消えているのに気がついて、それから遅れて彼女が移動した際に発生したであろう風圧で周囲の木々ごと体が吹き飛ばされた。

 

「あはは! ボールみたいにコロコロコロコロ! 可愛いね、痛くない? 大丈夫? あ、腕に私の名前を書いといてあげたけど気に入ってくれた?」

 

 すぐに右腕を確認すると丁寧に皮膚が彼女の名前の形に切込みを入れられていて、その事実に気がついてようやく痛みという感覚がその神速の技に追いついた。

 

 だが、さすがにそろそろ違和感が強くなってくる。

 なぜスーイは魔術を使わないのだろうか。確かにあの『翼』によって生み出される飛行と速度はそれこそ『祝福』や『異能』に匹敵する脅威だ。それでも、たとえ彼女が今俺を弄んでいるのだとしても、スーイ・コメーテストという少女が魔術を使わないなんてことはあるのだろうか? 

 

 

 ……駄目だ。今はそんなことを考えている余裕はない。

 とにかく近づいてきてくれるならカウンター狙いで倒すしかない。まずは少しでもあの速さに対応する時間を稼ぐために距離を稼がないと。

 

 

 

「……行かないで」

 

 

 

 風に乗って、そんな悲しげな声が聞こえた気がした。

 振り向いて確認したスーイの顔は大地の全てを見下ろしながら嗤っているだけで変化は無い。

 

 

 変化は見ることが出来ないけれど、その言葉を聞いてしまった時点でもう全ては決まっていた。

 今の言葉だけは、絶対に聴き逃してはならない言葉であったから聞こえたのだと。本気でそう思えるほどになにかが俺を駆り立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ち良くて、気持ち悪い。

 頭の中で色んなものが巡り巡って戻ってくる。

 

 自分が誰なのか、彼が誰なのか、それすらも曖昧になってはそれが大切なものだと思い出す。私にとって彼は弟子で、大切な人で、それから、それから。

 

 

 沢山鍛えてあげたくて、ボロボロになるくらい頑張ってるところが可愛くて、どんな時でも諦めなくて、その短い命を彗星のように輝かせて生きて、そうして生きた人達の輝きを継いでいて、君は大好きな『人間』で。

 

 

 傷つけたくなくて、独り占めしたくて、どこにも行って欲しくなくて、私だけを見ていて欲しくて、貴方以外何もいらなくて、人間でなくなってもいいから、ずっと一緒にいて欲しい『君』で。

 

 

「……いたい」

 

 

 頭がズキズキと痛む。昔もよくこういう痛みがあったけれど、あれは魔術という仕組みに慣れてなくて神経が痛んでいたんだっけ。呼吸するようにそんなもの使わなくても同じことが出来る私にとっていらない術。それを使えるようにすることはとても大変で、それでも私はそれを何故だか使いたくて、そしてそうやって頭を抱えた私の隣にはいつも『師匠』が。

 

 

 

「……ずっと、一緒に、()()()

 

 

 

 いない。

 右を見ても左を見ても師匠はもうどこにも居ない。消えてしまったことを思い出して、それがどれくらい前だったのかを思い出す。

 長い長い時の中で、ほんの数刻、瞬き程度の時しか一緒に過ごしていなかった誰か。その一瞬の輝きが、私という龍の何もかもを焼き尽くしてしまっていた。

 

 真っ暗な夜を照らしてくれた灯火。

 光を失った私の前に現れた夜の光蝶。

 

 喪失の痛みに耐えられるほど私は強い生物ではなかったらしい。

 

「……『骸天苅地(エスパシオ・ネゴ)』、駆動」

 

 欲しいものは無理矢理でも手に入れろと本能が囁く。君の全てを私の掌に収めて、ずっと、ずーっと、一緒に居たい。それが輝きを消してしまう行為だと知っていても、もう私は私を止められない。

 

「私は、君に恋をしているんだ」

 

 だから受け止めてくれと。

 翼に力を込めて彼に向けて飛ぶ。龍の翼の最高速度は人間が捉えられるようなものではなく、増してや祝福も異能もないただの人間の彼が見えるわけが無い。

 

 私と彼ではあらゆるものの縮尺が違う。

 

 花を愛で、風を愛し、大地と共に生きる人間と、只一つで完結した生き物とでは感受性が違いすぎる。

 流れ星のように消えてしまう君達のココロを私は捉えられず、彗星のように空を駆ける私の姿を君の目では捉えることができない。

 

 見えるはずがない、見てくれるわけがない。

 わかっているのに、それでも確かに私は彼の美しい瞳が私を見てくれているのだと信じていたくなってしまう。

 

 

「あぁ、来いよ。スーイ!」

 

 

 彼は逃げも隠れもしなかった。

 好ましいほどの蛮勇。彼はいつだって退くことを簡単に選ばない。だからその灯火はいつか消えてしまう。それが怖くて怖くて、私の翼には更なる熱が篭もる。次のすれ違い様に確実にその腕をもぎ取って、それで全部終わりだ。両腕が無くなればさすがの彼でも何も出来はしない。

 

 神経を高速移動に合わせて切りかえて、標準を定めて己を射出する。

 鋭敏化した神経は、空気の中を進む事さえ鉛の海を沈んでいくかのような重さ。だがこれくらいの重さがなければ『骸天苅地(エスパシオ・ネゴ)』の速度は幾ら龍骸精霊(ドラコ・エルフ)と言えども完全制御は困難だ。

 

 

 さぁ、どうする人間。

 龍の精霊の全速力の突撃だ。ただ立ち向かうだけでどうにかなる代物ではないぞ。

 

 止まった時を泳ぐ私の瞳には、彼の動きの全てが見える。私と相対して、剣を握りしめ、そして剣から手を離した──────

 

 

 剣から、手を離した? 

 

 

 見間違えじゃない。確かに彼の手が剣から離れた。しかも動きがおかしい。迷いも淀みも何も無いのに私が予測し、真横をすり抜けて腕をちぎり取ろうとした軌道を遮るように彼が動く。けれどあまりに遅い。人間の動き程度ならば見てから軌道修正なんて爪の手入れをしていても間に合うくらいに遅い。

 

 

 だから、もう一手と。

 彼はただ手を広げた。

 

 

 まるで幼子を抱きしめるように。片腕のない不格好な姿でもそうとわかるくらいにあからさまな抱擁の仕草。それともそれはそう見えただけでも降伏の意思表示だったのかもしれない。どんなものだって自分の都合の良いものだと思い込むのは人間の悪い癖だ。

 

「……あぁ」

 

 でも、まぁそれはそれとして。

 

 

「……とても、()()()ね」

 

 

 大好きな男の子の胸の内に飛び込むのを我慢出来るほどロマンのない乙女でもないのだと、全力で速度を弛めながら龍は人の胸に飛び込んだ。

 

 

 龍の唯一の間違いは、彼が手を広げた瞬間に思考停止したせいで減速が間に合わず、二人仲良く勢いのままに転がって行くはめになったことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しずつ、師匠の体が衰えていく姿を見ていた。

 毎日毎日、朝起きる度に師匠の肉体は衰えて、死に向かって行っていた。私は一度だけ、師匠を永遠のモノにしてあげると言ったら本気で怒られたのをよく覚えている。後にも先にも、師匠が本気で怒っていたのはあれが……いや、普通にちょくちょくブチ切れていたわ。

 

 とにかく、そうやって師匠がすっごく怒っていたことはよく覚えている。その後、本当に優しく私の頭を撫でてくれたのもよく覚えている。

 

 何一つだって忘れたくない、大切な思い出。

 それでも、時間は残酷にあの人の姿を、声を風化させていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようスーイ。頭は冷えたかこのオオボケ野郎」

 

「…………嘘」

 

 自分が意識を失っていたことがスーイは信じられなかった。

 それ以外にもあの速度で突っ込んで、一応減速したとはいえ人間である彼が無事であり自分より早く目を覚ますなんて、そんなことありえないと思ったところで考えるのをやめた。

 

 ありえない、なんて。

 そんな言葉、彼に適用できるものでは無い。それこそ何か愛の起こした奇跡とでも言った方が納得出来る。例えば、あの寂しがりで独占欲の強い勇者様からの祝福とか。

 

「さすがに説明してもらうぞ。その翼とか、なんでいきなり俺に襲いかかって、俺の腕ちぎったのか。それと……師匠、なんだよな?」

 

「説明しないと、ダメ?」

 

「流石に、今回はそれなりに怒ってる」

 

「いつもギロンに食いちぎられかけてるし……」

 

「ギロンは……なんか違うから。とにかく話してくれよ」

 

 なら説明しないとダメだろう。

 私が実は龍骸精霊(ドラコ・エルフ)という御伽噺の精霊達の、更に向こう側の御伽噺の世界の存在であること。

 色々と理由を自分に言い聞かせていたけれど、結局のところ良い雰囲気で別れたのに普通に再会するのが恥ずかしくて認識阻害をかけて初めてを装ってずっと着いてきていたこと。

 

 そして、彼の事が大好きであるということ。こればっかりは、気恥ずかしくて直接口に出せなかったけれど。

 

「…………その、信じるけどな? さすがにこの状況でそんな冗談言わないだろうし信じるけど……信じられない」

 

「でも全部本当だよ。私は2000年以上の時を生きる、君達人間とは違う、この世界にひとりぼっちの生き物なんだ」

 

 一応驚いてはいるが、それでも驚くだけなあたり彼の胆力と言うか肝の太さは相当なものだ。精霊であることを告げた時は師匠ですらもっと驚いていたのに、そんなこともあるんだなぁくらいで流されるのはさすがにスーイでも想定外だった。

 

「そういえばさ……」

 

「待て、今は俺が質問してる。結局なんで俺の腕ちぎったの?」

 

「後でくっつけるから無しじゃ……」

 

「ダメ」

 

「…………」

 

「……本当にそんなに嫌ならいいよ。別に、そんな大したことじゃないだろ」

 

「流石に……それは甘いと思うよ。状況によっては私は君を殺していたかもしれないし」

 

「たまにギロンに殺されかけたりするし、そんな気にしてもな」

 

「ギロンと同じに扱われるのはちょっと……嫌かな……」

 

 ただ彼が欲しかった。

 

 本当にただそれだけだった。

 スーイ・コメーテストはどうしようもないくらい彼という人間が欲しくなってしまった。抑えきれない、溢れ出す思いのままに自分のものにしてしまいたかった。

 

 これまで積み上げてきた全てを投げ出してしまっていいと、大切な人から教えて貰った誰かを大切にする気持ちすら、その欲望の前に本気で一度捨ててしまおうとさえ思った。

 

「でも本当にあんま気にすることでもないだろ」

 

「そんな簡単に許さないでよ。私は、私が私を許せないのに」

 

「機嫌悪い時のリスカみたいな面倒くささだな……」

 

「あんなに面倒くさくない」

 

「いや、申し訳ないけど全員面倒臭い時は同格の面倒くささだよ」

 

 マイナス思考の渦にハマった時のリスカ、酔っ払ったフリで酔わないくせに気持ちで酔っ払ったホシ、いつものギロン。あれと同じなのか、と考えるとさすがにどうにかしようと思うけれど、あれくらいかぁ。

 

「ふふっ、そんなに私って面倒だった?」

 

「時々な。でもみんなそんなもんだよ。俺だって、本当に一度だけリスカの事を殺してしまいたいと思ったこともあるし」

 

「君が、リスカを? え、えぇ!? なんで!? だって、君はあの子の事が……」

 

「そこは言わないでくれ。まぁ、アイツの背中に俺はずっと憧れてたんだよ。あんな風になりたいってのが、俺の全部の原動力なんだけど、それでもそんな背中を妬ましく思った時はある。あの眩しい輝きが、消えて欲しいと心の底から思うくらい疎ましく思ったことが、確かにある」

 

 彼にとって、リスカという少女がどれだけ大切かはスーイもよく知っている。比喩でもなんでもなく、彼はリスカの為ならば命を賭けられる。だからこそ、その考えはあまりに矛盾している。

 

「実際に行動に移してないから、言わないでくれよ? アイツ、実際に聞いたらめちゃくちゃ気にするだろうし」

 

「言わないよ。あの子そんなこと言われたら死ぬよ?」

 

「さすがにそこまでリスカは弱くはないだろうけど……とりあえずな、それでも同時にリスカは俺にとって憧れで、輝きで、大切な奴で……あー、纏まんねぇ」

 

 彼は頭を掻きながら言葉を選ぼうと脳から語彙を引き出そうとしていたが、結局良い言葉は見つからなかったのか、大きな溜息を吐いてから咳払いをして言葉を続けた。

 

 

「人間って色々なこと考えてるから、態度と言葉と本心って結局どこにも偽物なんてなくて、考えることは全部本物であって、そこにある奇跡ってことだろ。……俺の師匠が、そう言ってたよ」

 

「私は、人間じゃないから」

 

「変わんないだろ。誰かを大切にできるなら、人間とかそれ以外とか大した違いでもない」

 

 

 色々と言いたいことはあった。言葉を引きずり出して、何もかも否定してこのまま消えてしまうことだってできるし、実際そうしたい気分だった。

 

 

 でも……もういいや。

 だって彼が許してくれたなら、どうでもいいなと思えてしまう。どうやら私は自分が思っているよりもずっとこの人に恋をしてしまっていたらしい。

 根本的に何も解決していない。私はきっと、またいつか彼を失うことを恐れて、何かしてしまうかもしれない。

 

 それでも、きっと彼はどこにも行かないのだろう。

 いつか命の灯火が消えてしまうその日まで、消えてしまったあとでさえ私の心に寄り添ってくれる。……といいなと希望的観測をしておこう。

 

 

 

「本当に、ごめんね」

 

「もういいっての」

 

「それとありがとう。私を私でいさせてくれて」

 

「なんかよくわかんないけど、とりあえず受け取っておくよ」

 

 

 

 

 

 

 私には人生なんて、本当の意味で生きられないと思っていた。

 でも、私はずっと人生を生きていたんだ。大好きな人間(君達)と寄り添い生きる、それは紛れもなく私の『人生』なのだから。

 

 

 私はスーイ・コメーテスト。

 世界で唯一の龍骸精霊(ドラコ・エルフ)で、最高の魔術師の一番弟子で、素晴らしい勇者の師匠で、君の隣を歩く一人の魔術師なんだ。

 師匠から貰った愛を、君から貰った光を、君に教えて貰った恋を確かに受け継いだ、人生を生きるモノなんだ。そう思えるだけ、自分が君の隣に近づけたことが嬉しかった。

 

 

 

 

 でも、ほんの少しでいいから。

 もうちょっと私を見て、私と一緒にいて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなセリフは胸の内にしまっておくとしよう。

 あんまり師匠っぽくないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはそれとしてだね。師匠としても、私としても普通に今回の戦いは君、足でまといだと思うから眠らすね」

 

「え、ちょっとまっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







・スーイ・コメーテスト
規格が人間と違うので人間と同じ生活は人間が虫と同じ生活をするのに等しいくら位の行為。すごく真面目な幼子。師匠と従者くんのことが好き。

・従者くん
しょうがないな、っていつも言っている。本当にしょうがないって思ってる。よくわかってないけどスーイが悲しそうだったので頑張った。スーイとホシの態度にいつもアイツ俺のこと好きなんじゃないかってドキドキしてたりした。

・師匠
スーイのことが好き。



・マイナス思考の渦にハマった時のリスカ
この世のありとあらゆる負の状況を自分のせいだと思い込み自尊心が欠片もなくなった時のリスカ。とても面倒臭いが放っておくと自分は勇者だからと自己回復するが、何かきっかけがないとループ継続する事が多い為早めにホシを投入することが推奨される。

・酔っ払ったホシ
アルコールは本来効かないが気分で酔っ払う。最悪の絡み酒でとりあえず服を脱ぐ。誰にでも好きって言う。ボディタッチが増える。シンプルな面倒くささと気分で酔っ払ってるので対処が難しい。無自覚なため反省もしない。厄介。

・いつものギロン
とりあえずで不意打ちとかしてみる。味見しようとしてくる。齧ってくる。自己肯定感が無敵なのであらゆる注意が効かない。どうしようもない。


好き

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  • ホシ
  • スーイ
  • ギロン
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