勇者は従者を追放したい   作:ちぇんそー娘

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ワートリ読んでたので遠隔斬撃を放つ命と引き換えに作り出す武装とかでても許してください。







断ち切れないオモイ

 

 

 

 

 

 

 

「いやー死にかけましたわね! お母様が見えましたわ〜」

 

「まさか急いで戻ってきたらギロンが死んでるとは。一生懸命ホシと一緒に治療したのに戻ってこなくてもうダメかと思ったら無意識に自分で祝福使って心臓を動かすとは……もう天晴れとしかいいようがないよね」

 

「………………」

 

 

 普段ならば「醜い化け物自慢とか気持ち悪いんでやめてもらえますか? だいたい自分で蘇生できるなら先に言ってくれれば無駄な労力とか割かないんですけど?」くらいのことを言ってきそうなホシが、瞳を潤ませて、かつ頬を膨らませてただじっとギロンの顔を見ているだけだった。

 

「そ、そういえばスーイ、妾何故か右目が全然見えないんですけど、ちゃんと神経繋げました?」

 

「そういうのホシ担当だから私は分からないな」

 

「ホシさん、その、片方見えないと不便なんですわよね〜うふふ」

 

「…………ぷいっ」

 

 ぷいって、ぷいって口で言った。

 なんだかやりにくくてスーイに視線で助けを求めようとするギロンだったが、スーイもスーイでぽやぽやと何かを思い出すように頬を弛めて虚空を見つめたりいまいち集中力が途切れていて話にならない。

 

「ギロン」

 

「はい」

 

「死んだら終わりってことはわかってますよね?」

 

「そりゃあもちろん。妾、何をするにも死なないようにがモットー。最終的に勝てばいいんですわ」

 

「はい、正座」

 

 ギロンに母の記憶はない。自分を産んですぐに亡くなってしまった母の代わりはほとんど乳母と姉であったが、未だに2人に頭が上がらないくらいにギロンにとってその2人の存在は大きい。特に姉は勝つビジョンの方も浮かばないくらいやばい。

 

 それと同等の圧を今のホシは持っていた。いや、このレベルの圧は姉が大切にしていた観葉植物を欲しくなってうっかり食べてしまった時並み。幼少期のトラウマを掘り起こされ、巨躯を縮こまらせて正座をしていた。

 

「貴方、死んでましたよね?」

 

「生き返ったからセーフということで」

 

「死んでましたよね?」

 

「はい死にましたわね」

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜?」

 

「ひえっ、その……ごめんなさい」

 

「……本当に、死んじゃったのかと思ったんですからね? 死んだら終わりってわかってるならもう二度と無茶はしないでください」

 

 

 コツンと、軽くゲンコツをギロンの頭に落としてホシはそっぽを向いて震える声でそう口にした。

 

「…………んん?」

 

「なんですか、その信じられないものを見るような目は。本当に反省してるんですか」

 

「そりゃ妾は常に反省して生きているからしてますけど、怒っていませんの?」

 

「生まれてから、死んでからも一番怒ってますよ?」

 

 普段のホシならば本当に怒っているのだとしたら、軽く神経を捻って激痛をぶち込んできたりするだろうにその気配も一切なくただじーっとギロンの顔を見つめて、たまに大きな溜息をついてはちょっと安心したように微笑むばかり。

 

「…………ホシ、もしかしてめちゃくちゃ心配とかしてました?」

 

「はぁ? アンタみたいな猪よりタチの悪いケダモノを心配するだけ無駄って事くらい私でも知ってますよ。自惚れないでください」

 

「こうは言ってるけどホシ、ギロンが目を覚まさなかった間ずっと泣いてたよ。『やだやだ、なんで、なんで戻ってこないの!? ギロン死んじゃやだ』って」

 

 火がつくんじゃないかってくらいの本気の舌打ちと共にホシがスーイを睨みつけたが、この状況ではどれだけ強く睨んでも照れ隠しにしかならないと、本人も諦めたのか何度目かの大きな溜息を吐いてから、小さな体で覆い被さるようにギロンに抱きついた。

 

「こうして心臓の音が聞こえるのを間近で実感するとやっぱり安心しますね。生きてるって、ちゃんとわかる」

 

「ホシってばそんなに妾のこと……」

 

 

「えぇ。もういいですよ。貴方達みんな大切で死んで欲しくありません。だからもう二度と無茶はしないでください。死にさえしなければ私が何があっても治してあげますから」

 

 

 

 本気で怒って本気で泣いて、本気で笑っている。

 そんなホシの顔をギロンとスーイは初めて見た。

 

「………………あー、もう恥ずかしい! 私ちょっと寝ますね! アグネとの戦いでもうエネルギー残量0なんですよ。ちょっと休ませてもらいますね」

 

 それだけ言うとホシは電池が切れるようにその場に倒れてすぅすぅと寝息を立て始めた。睡眠等の肉体的な疲労回復とは無縁の彼女であるが、魂を燃やされるという前例のない負傷で受けた疲労は全ての機能を停止させて修復に注ぎ込まなければ治るものでは無い。

 

 言いたいことだけ言って寝てしまったホシを傍目に、ギロンとスーイは何となく顔を合わせて、どちらが先にという訳でもなく一緒に笑いだしてしまっていた。

 

「外面だけかと思っていたら、案外可愛いところがありますのねホシったら。昔、お姉ちゃんに慰めてもらったのを思い出しましたわ」

 

「私も、本当にもう二度と立ち上がれないどころか自分の無力さと矮小さで水分が際限なく瞳から溢れて指先すら動かせずにこのまま地面の染みになるんだって本気で思ってた私を回収しに来てくれた師匠を思い出したなぁ」

 

「それ虐待されてません?」

 

「愛じゃない?」

 

「妾に愛は分かりませんわね〜」

 

 改めて地面に寝っ転がって空を見ると、ふと今日はいい天気だなぁと気がついて余計に笑顔になる。

 

「随分と来るのが遅かったですけれど、何かありましたの?」

 

「こっちも1体魔王軍幹部に襲われてた。確かヒルカと名乗っていたかな。彼は私が作れる最高の結界に眠らせて閉じ込めといたから安全は保証する」

 

「そうですか。こちらは2体倒しましたから……これで全部ですわね」

 

『視殺』のエウレア。

『万解大公』ベルティオ。

『回刃』グレイリア。

『夢幻』のノティス。

 

 そして、裏切り者(ギロン)に今回の3体を入れて8。現在確認されている全ての魔王軍幹部はこれにて攻略したことになる。

 

「いやぁ、ここまで大変だったね。特にギロンがあの擬態魔獣(ミミック)に引っかかった時」

 

「あれは普通に死を覚悟しましたわね。まさかあんな明らかに怪しい宝箱が逆に罠とは」

 

「罠だってわかってるのになんで突っ込んだの?」

 

「ワンチャン罠じゃないかもと、根拠の無い自信ですわね。若気の至りですわ」

 

「……ほんと、こんな短い期間なのにびっくりするくらい濃い時間だったね」

 

「スーイもホシも、どうしましたの? なんか急にセンチメンタルなこと言い出して」

 

 ぺたぺたと指にその触り心地と形を覚え込ませ、その形が失われても忘れてしまわぬようにスーイは丁寧にギロンの顔に触れてみる。さすがにこそばゆいのかギロンは軽く抵抗して手を振りほどくが何故かそれすらも面白くてスーイはまた笑っていた。

 

 

「実はね私、彼に抱きしめてもらったの」

 

「おい話が変わってきますわよ抜け駆け女。今すぐ腕を引きちぎってやりますわ」

 

「はぁ〜? 私の信じるギロンは抜け駆けとか言わないで相手の行動力を素直に賞賛してその上で自分の方が上手くやってみせると豪語するんですけど〜」

 

「勝手なイメージ押し付けてるんじゃねぇんですわよ! どんな理由があろうとも好きな相手に抱きつかれたとなれば嫉妬するのは乙女の嗜み! ここで殺してくれるわ!」

 

 

 そんな流れで取っ組み合いになりかけたのもつかの間。

 口では元気であったが2人とも体力面でだいぶ限界が来たのかふと、強烈な眠気に襲われて静かになり、ギロンが小さな寝息を立て始めた辺りでスーイの方も意識を保っているのが難しくなってきた。

 

 状況は悪くない。

 少々無理やり『翼』を使ったせいで体力の消費が大きいがこの程度なら数分眠れば回復する。ホシも、それくらいで回復して周囲の死体を取り込めば最低限の戦闘は行えるだろうしギロンはなんか多分寝たら復活する。

 リスカの姿がどこにも見えないのは少々不安の材料だが、何かあってもリスカは身の危険を感じればしっかりと退くことを選べる賢く臆病な少女だ。()()()()()()()()()()()()ちゃんと仲間を頼るだろう。

 

 なら、自分たちがやるべきなのは彼女を信じて彼女が頼ってきた時に備えて体力を回復させることだ。今の状態だと足を引っ張りかねない。あの子は意外と弱虫だから、しっかりと助けてやらないと。なんてったって彼がとても大切にしている女の子だ。頼ってくるなら助けてやらない理由はない。

 

 

 

 ……何か見落としているような、そんな不安があった。

 けれどもその答えに辿り着くよりも先にスーイの思考はほんの数分だけの休眠状態に陥った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『双死双哀(ダブリトゥリステサ)』」

 

 唄うように紡がれた『異能』の名前。その言葉と共に魔王の姿がぶれる。幻覚か、視覚に干渉されたか。ほんの少し目を細めて勇者は魔王を観察し、狂ったのが自身の視覚ではなく現実そのものであることに気がついた。

 

「分身の異能か」

 

「「うん。ただし両方本物だよ。片方が死んでも時間経過でまた生み出せる。すごく便利で助かってる」」

 

 自身を増やす異能。強力で使い勝手が良いのはわかるが、魔王を名乗る存在の異能としては少々地味、というのが勇者の正直な感想だった。これならば幹部の異能の方がよっぽど厄介。それどころかこの異能でどうやって彼らを力でねじふせたのかが想像つかない。

 

「「それじゃ、始めようか」」

 

「言われなくても、全部ぶった斬って終わらせてやる」

 

 その言葉通りに、勇者は剣を一閃する。

 それだけの行為で城そのものが横一筋に『切断』される。延長線上に居た2体の魔王はすんでのところで回避するが、何もしてなければ今の一撃で全てが終わっていた。

 

「これが『切断』か。直で見ると聞いていたよりずっと怖い!」

 

「しかもこの能力、こっちが『本質』じゃないってんだから狡い!」

 

 魔王が増えるのに合わせて増えた彼女の持つ華美な装飾の施された剣も増え、二方向から息のあった斬撃が勇者を襲う。勇者はそれを避けようともしない。彼女にとって相手が近づいてきてくれるのならば、なんの遠慮もなく叩き切ってやるだけ。

 

 そうして、魔王の片割れが振り下ろした刃に対して勇者は剣を振り上げ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

「『金剛不穢(オンリ・ジンギ)』」

 

 魔王の持つ剣は、確かにただの剣ではなく多重に魔術による強化の施された魔剣である。だが、だからといって勇者が切れないと認識するような代物ではない。ならば何故一方的に切断することが出来ないのか。

 

 異能? 

 それはありえない。何故ならば魔王の異能は『自分を増やす』力であるはずだから。祝福や異能は一人に一つ。その理由が今の勇者にはよくわかっていた。

 そもそもの話、この力は生き物には過ぎた力。生き物が本来持つ『何か』を消去して生まれた隙に巣食うこの世界全体のエラーのような力の総称。

 

 だからだろうか。勇者は世界で唯一、この力の出力を無理やり上げる方法を理解していた。

 

「まだ、捨てられる」

 

 己の脳に刃を振るう。力を持った人間ではなく、力を持った人間に己を純化する。腕が軽くなり世界が遅くなり、刃の鋭さが増していくのが確かに感じられた。

 

「速いね。これが『勇者』か。正直、予想以上だよ」

 

「でもワタシは負けないよ。負けるには、ワタシは()()()()()()()()

 

 魔王の片割れが距離を取り、入れ替わるようにもう片割れが距離を詰める。2対1というのは面倒だ、と勇者はそれに対して突っ込むことを選択した。

 だが馬鹿正直に突っ込んでも恐らく避けられてしまう。まだ足りない。まだ魔王という壁を貫くには、もっと鋭い刃になる必要がある。

 

 

 

「げふっ、あれ……ほんっとうに、思ってたよりはや……」

 

「まずは1()()

 

 

 

 返り血を浴びながら、勇者は魔王の胸から剣を引き抜く。

 そういえば父親と母親の顔と名前が思い出せなくなってしまったが、これも仕方ないことだろう。それを寂しいと思う感情は、最初に削ぎ落としていた。

 

「もう分身は使えない。どうする?」

 

「まぁ再使用可能時間まで粘ってそれから……あれ、ちょっと待って。……そっか、それが勇者の力か」

 

 勇者が魔王の片割れの命と共に貫いたのは、『双死双哀(ダブリトゥリステサ)』という力そのもの。切り捨てられたその力は恒久的に失われて二度と蘇ることは無い。

 

 

「作戦変更、物量作戦と行こう。さぁ踊り狂え! 『紅惨流水(ミズミューズ)』!」

 

 

 魔王の号令と共に勇者の視界が急激に歪む。地面を地面として捉えることが出来ず、転びそうになり手を地面に突こうとするもいつまでたっても手が地面を触れることが出来ない。

 本当に突然天地がなくなってしまって何も無い世界に放り出されたかのような、そんな感覚と言うよりは感覚そのものが破壊されてしまったかのような気持ちの悪い浮遊感。

 

 目も鼻も、耳も肌も、味覚ですら狂ってしまって外界をろくに認識することが出来ない。

 

 だが、それだけだ。

 その程度で目的を見失うなど、『勇者』の名が廃る。

 

「うっそ、なんで……受け止められるの!?」

 

「この程度でお前を見失うわけないだろ。巫山戯てるの?」

 

「いやなんで会話出来てるの? 『紅惨流水(ミズミューズ)』まともに食らったよね?」

 

「勘」

 

 返しに放たれた蹴りが魔王の頬を掠め、その『切断』を以てまた1つの異能が切り裂かれ、消滅する。元に戻った視界の中で、勇者は肩で息を繰り返す魔王を視る。

 

 

「この程度?」

 

「腹立つなぁその言い方。こっからが魔王の真骨頂だって魅せてあげる」

 

「そう。じゃあ私も──────本気で殺る」

 

 

 勇者はまた背負っていたものを切り捨てる。

 何か大切なものがあったと言う空白が心の中に出来て、ほんの少しだけ寒くなるがそんな感覚も戦いの高揚が揉み消してくれる。

 

「『麤肢大葉(ブラトベルク)』!」

 

 魔王もまた己の内に秘める、背負った異能(ちから)の名前を解放する。

 叫びと共に地面に足を叩きつけると、堅牢な城の床が紙細工のように陥没し、床が抜けて足場を失った2人の体は重力に従って落下を開始する。そしてその最中で、勇者は下層の構造が先程登ってきた時と変化していることに気がついた。

 

「『甲乱乙駁(コーラー・レフコス)』!」

 

 床が、天井が、壁が。城の全てが生き物のようにうねり狂いながら勇者を挽き潰す為に迫り来る。そのうねりを一息で細かな小石の破片の集合体に変えながら、勇者は魔王の動きだけを目で追い続ける。

 

 さすがに、これだけ多彩な芸を見せられれば嫌でも気がつく。

 魔王は()()()()()()使()()()()()。それも、恐らくは他者の異能。決め手になったのは『麤肢大葉(ブラトベルク)』という異能の名前だ。

 

 勇者は戦いの記憶だけは決して忘れない。相手の名前も顔も覚えていなくとも、戦闘の内容だけはよく覚えている。

 比較的大柄な体格の斧使いの魔族。自身の触れている物と自身の肉体の重量を変化させる異能『麤肢大葉(ブラトベルク)』を所有していた、かつて自身の手で斬り殺した魔族がいた。

 

 

「『空空縛縛(イミ・テンション)』」

 

 

 その名と同時に、魔王の手が勇者の左腕を微かに触れる。

 目で追っていたその姿は先程まで間合いの外に映っていたのに、瞬間移動としか考えられない移動速度で勇者に触れていた。

 

「『白手渇裁(イノセンスバグ)』」

 

「させるか」

 

 魔王がまた別の異能を発動させる、神経伝達の速度と同等の時間よりも速く勇者はその首を叩き落とすために剣を振るった。即座に回避行動に移っても間に合わず、魔王は左耳とまた1つの『異能』を削ぎ落とされ、勇者はかつて『万解大公』に触れられた時のように、片腕が上手く動かなくなる。

 

「くそっ、ミズのに続いて、ベルティオのも斬られた。本当に腹立つ」

 

「さっきからちまちまちまちま。烏合の技を重ねるだけじゃ私には届かない。殺したいなら、死ぬ気で飛び込んでこいよ」

 

「死ぬ気じゃない時なんて、今まで生きてきた中で1度もないよワタシは。だって、ワタシは数え切れないほど多くの想いを背負っている。その全てが、ワタシの力だ」

 

 形のない『祝福』や『異能』という概念すら切り落とす勇者の目には、魔王が背負うモノの姿がはっきりと映る。

 体の中を駆け巡る幾つもの光。数え切れないその全てが『異能』と呼ばれる現実を、そして所持者を歪める恐るべき力。

 

「ワタシの『異能』は、1人では何も出来ない。ワタシを信じて、力を貸してくれる仲間が居てこそ力を発揮する」

 

 

 …………何それ、と。

 理由の分からない怒りが勇者に沸きあがる。

 切り捨てた1人の平凡な村娘が、喉が破れんばかりの怒号を上げている。

 

 

「覚えておけ勇者。魄異粛清(エオス・ダクリ)。それがお前を倒す、この世で最も弱く、この世で最も多くのモノを託された異能の、そして魔王(ワタシ)の名前だ」

 

 

ずるい、と。

 何も無くなってしまった伽藍の少女が叫んでいた。

 

 魔王の内側にはたくさんの光があった。幾つもの想いがあった。きっと、彼女はたくさんの仲間との繋がりを大切にして、それを力にしてこの場に立っている。大切な仲間との大切な時間を、力に変えられる。

 

 

 勇者と魔王。

 想いを力に。

 

 同じはずなのに、決定的に違う。

 全てを捨てることでしか完璧に至れない自分と、全てを背負うことで完成に至る魔王。

 

 私はこんなになったのに。

 

ずるい

 

 勇者になるためにたくさん苦しい思いをしたのに。

 

ずるい

 

 こんなになってまで、がんばったのに。

 

ずるい

 

 

 

 リスカ・カットバーンは。

 

 幼い日の自分を褒めてくれたあの瞳も。

 炎の中で助けてくれたあの手も。

 罪深い自分を赦してくれたあの笑顔も。

 

 体を拭くために順番決めにジャンケンしたりとか、料理を教えてあげたりとか、酔い潰れた神官の介護をさせられたりとか、魔術を教えてもらったりとか、そういうどうでもいいけど忘れたくない思い出も。

 

 

 黄昏の中で、誰でもない少女として彼を見つめられた時間も。

 

 

 

 

 

 何もかも捨てて、泡のように消えてしまったのに。

 

 今や空白だけがその思い出の証拠なのに。

 

 なんでお前は、捨ててないのにそんなに強く在れるんだ。

 

 

 

「ぁ、ああああああああぁぁぁ!!!」

 

 

 勇者の礎になった少女の慟哭が木霊する。

 目の前の敵を全身全霊で殺し、否定する必要ができた。何も残してはいけない。相手に成果を与えてはいけない。その時点で自分の負けだ。何もかも失う、失ったものの意味が失われる。

 

「死ね、死ね死ね死ね! なんでお前だけ! なんで、なんで!」

 

 剣速が上がり、勇者の剣を捌ききれなくなった魔王が少しずつ全身を切り刻まれ始める。その度に、彼女が背負っていたものが切り裂かれ、勇者はそれに暗い快感を覚えていた。

 

「全部失え! 私みたいに、私のようなバケモノになっちまえ! 何もかもなくして、何にも残らなくて、何のために戦ってるかも忘れて!」

 

「……さっきから言わせておけば。なんだそれは? そんな勝利になんの意味がある? そんな強さになんの価値がある? 本来ワタシ達は戦う必要なんてない。それでも、譲れないものがあるから戦うんだろ? 戦う理由もわからないやつに、負けてやれる理由なんてどこにも無い!」

 

「ごちゃごちゃ正論をうるさいんだよ! 黙って死んで! 消えて! 私を、私を見ないでよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 全ての能力は勇者の方が優れていた。

 幾つもの異能を束ねても、その全てを平等に切り裂き魔王の積み重ねた想いを断ち切るべく迫り来る。

 

「これが、勇者か。強い、強いよ。キミは本当に強い」

 

 それでも、魔王は決して余裕を失わなかった。

 どんな状況でも優雅に振る舞わなければ魔王らしくないという見栄っ張りな理由と。

 

 

 

「でも、()()()()の勝ちだ」

 

 

 

 勝利の布石は整っていた。

 魔王の肉体を突如として霧が包み込み、それと同時に勇者は緩やかに意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『夢幻抱擁(フォー・ファー)』。ノティスは常時あの大規模に展開できたけど、ワタシではほんの一瞬、近距離の敵に使うことしか出来ないししかも準備に時間もかかれば一日に使える限度は一度。改めて、あの子の凄さを思い知らされるよ」

 

 かつて一度この攻撃を受けたことがあると、勇者はしっかりと記憶していた。そしてこの力が今の自分には大して効力を発揮しないことも。

 

「幸福な夢に閉じこめる異能。きっと、今のキミには直ぐに目覚められてしまうだろう。だから、こうしてワタシはキミの夢に直接乗り込んできた」

 

 目の前にいる魔王は夢の中の仮想の存在ではなく、実際に本物の魔王が勇者の夢の中に侵入してきた姿なのだと、その言葉を勇者は真実として捉えて剣を握る手に力を込める。

 

「つまり、私の間合いに自ら歩いてきてくれたってこと? 随分と殊勝な心がけね。感動して涙が出てきそう」

 

「その通りなんだよね。ノティスも、他人の夢は相手の領域だから絶対に踏み込んじゃダメって言ってた。でも、こうしなきゃ勝てないからね。今、ワタシはキミの精神を直接見ているんだよ」

 

 だからなんなのかと言ってしまえばそれだけの事。

 それでも魔王は決して余裕の笑みを崩さずに、異能の名を口にして起動する。

 

 

「──────『空空(イミ・)……』」

 

 

 企みがあるならそれが効果を発揮する前に潰す。幸いにもここは勇者の夢の中、精神世界。現実よりも速く動くその体が魔王を斬り裂くまでにかかる時間は、異能を発動するよりも絶対に速い。

 

 

「……リスカ」

 

 

 優しい幻覚がそれを遮ろうと、現れる。

 知らない女の子の名前を呼ぶその影が最後の壁。これを斬ってしまえば勇者の勝ち。魔王は死に、世界は平和になって勇者は本当の意味で『勇者』になれる。

 

 だから、こんな影さっさと切り裂いてしまえばそれでいい。それでいいのに。

 

 

 

 

 

『お前の背中も正面も全部俺が守ってやる!』

 

 

 

 

 

 

 顔も名前ももう思い出せない。

 けれど、確かに大切だとわかるその影を、断ち切ることが出来なかった。

 

「あれ、なんで……」

 

 ほんの一瞬の停止。

 ほんの一瞬の迷い。

 だが、それで魔王の異能が発動してしまう。

 

「これが成功するかは、最後まで賭けだった。キミが大事だと思う誰か。その想いが消えず、尚且つその思いの大きさと同じくらいに()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで、ようやく全ての条件を満たすことが出来る」

 

 グレイリアと呼ばれた魔族が持っていた異能『空空縛縛(イミ・テンション)』。その効果は、視界内の主観で同程度の大きさの2つの物体の位置を入れ替えること。

 

 夢という精神世界だからこそ、魔王は勇者の中の想いというものを可視化できるモノと認識して、発動条件を満たすことが出来た。

 

「ま、まおう……私は、お前……アンタを……」

 

「ワタシを、どうしたいの? もう何も我慢しなくていい。ワタシは、キミの全てを肯定するよ」

 

 勇者の敗因はただ一つ。

 最後まで、本当に大切なその想い。意味も理由も投げ捨てても、断ち切りたかったその想いだけは斬り捨てることが出来なかったこと。この想いさえ斬り捨てていれば、きっと、この世界で勇者に勝てる存在はいなかったのに。

 

 

「…………全部忘れちゃったけど、これだけは覚えてる」

 

 

 勇者は剣を捨て、目の前の仇敵に抱き着く。

 その行為になにか矛盾を感じつつも、それが正しいことなのだと感情が肯定してしまう。

 もう居なくなってしまった女の子が、最後の最後まで望んでいたこと。ずっとこうしたかったのだと、

 

 

 

 

「私は、貴方のことが、この世界で一番大切なの。自分すら捨ててしまえるくらい、大切だったの」

 

「ありがとう。ワタシもキミにそう思って貰えると知れて、幸せだよ」

 

 

 

 

 最も大切なモノと、最も憎いモノ。その2つの『位置』を入れ替えられる。

 あまりに大きな転換、大きな変更に麻痺した勇者の脳は深く物事を考えずに、大切な誰かの胸に抱きついてただその感触を享受する。

 濁った目で、歓喜の涙をポロポロと零しながら、ようやく本当に欲しかったものを手に入れた。

 

 

「私は、勇者じゃないと、貴方の隣に立てない。これじゃあ私……また前の弱虫な私に戻っちゃう。やっと本物の勇者になれたのに……でも……」

 

「大丈夫。大丈夫だよ。ワタシは、キミの努力を肯定する。キミはもう、ワタシの隣に立つことが出来ている」

 

 

 

 

 ずっと隣に立ちたかった。

 隣に立っていいと認められる自分になりたかった。

 

 

 勇者はずっと、あの人と共に歩ける従者になりたかった。

 少々歪められてしまったが、その夢はようやく此処に叶うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









・ホシ
ママにして姉。最強の保護者。好きな人には守ってもらいたい。
・スーイ
実は妹属性持ち。エルフの里では死ぬほど甘やかされて育ったが、師匠にボコボコにされて矯正された。根は割と怠惰。

・ギロン
実は妹属性持ち。おねえちゃんこわい。家族は好きだが、母親というものがよく分からないので自分がなれるものなのかに不安はある。



・エオス・ダクリ
『魔王』という宿命を背負った1体の魔族。

・勇者
最後の最後に『勇者』としての自分を貫けなかった。



・『魄異粛清(エオス・ダクリ)
魔王エオスの異能。
発動条件は相手と自分が心から信頼し合える関係を構築し、相手を自分の『従者』にすること。相手の気持ちが少しでも離れたり、自身が相手を信じきれなくなれば発動はしなくなる。
効果は『従者』の持つ祝福、異能を自分のモノとして使用が可能になる。
この世のありとあらゆるものを切り捨て、純化する『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』の究極のカウンター。この世のありとあらゆるものを認め、背負うことで世界を覆う魔なる王の力。

双死双哀(ダブリトゥリステサ)
ランという魔族が持っていた異能。自身を2人に増やす、単純だが恐ろしい異能。ランには双子の妹がいたが、人間との戦いで死亡しておりこの異能の事をあまり好んではいなかった。本人は死亡済み。

紅惨流水(ミズミューズ)
ミズという魔族が持っていた異能。自身の血液に触れた相手の感覚を暴走させる異能。ミズは音楽が好きで相手の聴覚に干渉するのが主な使い方で魔王もそれに倣い聴覚への攻撃を主にしている。本人は死亡済み。

麤肢大葉(ブラトベルク)
アンデスという魔族が持っていた異能。自身と自身の触れたものを重くする。重量限界はよくわかっていないが、アンデスは重くし過ぎると酔い、魔王は重くし過ぎると頭に血が回らなくなるので主に近接戦で一瞬発動させる。本人は死亡済み。

金剛不穢(オンリ・ジンギ)
レニヨンという魔族が持っていた異能。自身の最も大切な武器を一つだけ絶対に破壊不能にする異能。使い勝手が悪く、一つの武器しか対象にできない上に命と同じくらい大切でなければ発動しないのでレニヨンは『役立たず』の異能と言っていた。この異能が魔王が最初に得た、最も信頼している異能。正確には『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』による『切断』を防ぎ切る事は出来ておらず、下手に撃ち合えば剣が折れていたが、それでも数少ない『神断祈泡(セレネ・へスペリス)』の所有者との剣戟を可能とする異能。本人は死亡済み。




好き

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