今日、俺はテイオーになった。   作:ダイコンハム・レンコーン

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調子に乗って2話目です。

既に独自設定がチラつく本作品ですが、より増えます。

2021/07/19よくよく考えたらテイオー家よりトウカイ家の方が意味合いが正しいのに気付いたので修正です。

2021/07/20地の文での古朋あぶみの呼び方を変更


ひねくれ者の友人 前編

「……やだね」

 

 口ついて飛び出したのは、咄嗟の悪あがき。

 

「え? 今のはいって言う所じゃないかい?」

「そんなに素直に見えたか、俺が」

「ある意味素直だと思うけれど……でも少し怯え過ぎかな」

 

 ヤツは俺が恐怖で萎縮していた事に気付いていた。よりにもよってコイツにだ。恥ずかしくて俺は目を背けてしまった。

 

 頭の中には先の光景がつらつらと浮かぶ。

 

 負けた事、逃げた事、翻弄された事。どれもどうしようもなく情けない。

 

「でもレースをするならポーカーフェイスは必要かな、それじゃあ中身がモロバレだ」

「だからやらねえって!」

「──いんや、やるね。少年は必ずやるさ」

 

 それは確信めいた言い切りだった。

 

 まるで大好きなおもちゃを見つけた子供の様な無邪気さすら感じる瞳は、俺を中心に煌めいている。

 

 期待、なんて言葉ではまだ軽い。

 

 "希望"と呼ぶに値する物が、その中にはあった。

 

「やめてくれ、俺は梃子でも走らない」

「いや走ってたじゃないか」

「アレは走ってた訳じゃない……逃げてただけだ」

「ほうほう、脚質は逃げ、と」

 

 やりにくい、そう思ったのはヤツの飄々とした態度にあるのだろう。悔しいが俺の口先じゃどうしようも無い。人生経験らしい物もない俺には。

 

「まあまあ、そう頑なにならずにさ、走ってみようよターフを」

 

 ヤツは態度を変える事なく、俺との距離を詰めてくる。いっそ威圧感すら感じていた。

 

 だが、落ち着く時間にはなった。そうするとまた、ヤツの"顔"について疑問を飛ばす時間が生まれてくる。

 

 この世界に於いて、特にウマ娘はその元となった馬の魂と魂の関係性がその見た目に反映される場合が多い。

 例えば、馬としてのシンボリルドルフとトウカイテイオーは親子の関係かつ、共にグッドルッキングホースと言う関係にある訳だが、こちらの世界ではそれが容姿が似ていると言う点に繋がっている。

 

 ()()、それを加味した上でも尚、ヤツは()()()()()()のだ、テイオーに。

 

 外連味すら感じる程の風格は、成る程確かにテイオーにすら引けを取らないだろう。だがそれだけじゃない。

 

 髪型はショートで顔付きは丁度テイオーを怜悧にした……どこかの"女帝"を彷彿とさせる見た目をしていた。

 

 しかし、ヤツは一体何の馬の魂を受け継いでいるのか、まるで見当が付かなかった。

 

 いや待て……考えればそうだ。競馬の歴史は日本単体でもそう浅くは無い。俺の知らない馬が居たとしてこの世界に来ない道理はない。あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 つまり、()()()()()()()()()からこそヤツと出会った、と言う事だろうか。

 

 ──テイオーから逃げたつもりが別のテイオーに追い詰められる? 冗談にしては出来過ぎている。

 

 やっぱり運命ってのはクソッタレだ。

 

「──そのしなやかな身体、()()()()()()()()()()()()、少年はもっと高いレベルで活躍出来る」

「……っ」

 

 仄暗い考えの中に、不意にヤツから放たれた言葉。

 

 それを言った後、ヤツの顔は感心と驚きに変わっていた。それは恐らく、俺が齎した物である事は分かったが、理解は出来ずにいた。

 

 ……なんだ、俺はどんな顔をしている? 

 

「ん? 何だいその顔? もしかして──()()()()()()()()()のかい?」

「っ、褒められた性格じゃねえからな」

「いやいやいや、その意地の張り様は競技者に必要な素質だ」

「ケッ、調子付きやがって」

「はは、私はいつだって絶好調さ!」

 

 もういい加減に解放してくれ、とっくに朝方になってるんだ。流石に日が変わるまで家を出たら警察沙汰にされかねない。

 

 と、言おうとした時、俺の背後から声がした。

 

「あ〜!! 見つけたッ!」

 

 この少し気怠げな低めのソプラノボイスは、間違いない。"アイツ"だ。

 

 

「"パーマー"……何でこんな時に」

 

 

「何でって、心配して来たに決まってるじゃん!」

「……ああ悪かったな。これで良いか?」

「良いわけないでしょ!」

 

 アイツと俺は昔から幼馴染、いや腐れ縁だった。そして縁を繋いだのは家同士だったか。

 

 この世界には幾つか、ウマ娘の名家がある。

 

 トウカイ家も有力なウマ娘を輩出した事でその地位を上げていたし、テイオーに深く関わる家としてメジロ家も挙げられる。メジロ家は文句なし、名家中の名家で、数々の有力ウマ娘達を輩出している。

 

 そして、メジロ家には同世代のウマ娘がいた事もあり、家ぐるみの付き合いもしょっちゅうの事だった。ただ、トウカイ家は一度凋落してここ最近に復興した家だから()()()ではメジロに軍配が上がる訳だが。

 

「ねえ聞いてる? と言うか怪我とかしてない? "テッちゃん"って昔からどこかおっちょこちょいだし……」

 

 そんな中、落ちこぼれとして孤立していたメジロパーマーと言うウマ娘が居た。今俺の身体を隈なく調べているウマ娘だ。

 

 

 

──✳︎──

 

 

 

 パーマーとの関係は、珍しく俺から声を掛けたのがきっかけで生まれた。

 

 あれは、メジロ家主催のパーティにお呼ばれした時だった。

 

 パーティの空気と客人達の群れに酔って一人でそこを抜け出し、花畑のある正門へ向かった際、偶々一人黄昏れるパーマーと俺は出会った。

 

 元々テイオーが小柄だったと言う事もあるが、パーティでの顔合わせの時、一歳年上のパーマーはやたら大きく見えた。だと言うのに、その時の蹲って黄色い花を眺めている姿はまるでミジンコみたいに小さかった。存在感が。

 

『こんな所で何してんだ』

 

 俺は、何故パーマーが一人で居たのか見当は付いていた。だからこれは相当に意地の悪い質問だったと今でも思う。

 

『……はは、ちょっと人に酔っちゃって』

 

 振り返れば、互いに小学生低学年位の話になる。なのにこの返し、俺は随分なお嬢様だと思ったし大人びていると感じていた。

 

 ただ、震える声色までは隠せていなかったが。

 

『原因はライアンか? マックイーンか?』

『っ、……違う、よ』

 

 ライアンとマックイーン。彼女達の家名は"メジロ"だ。つまりメジロパーマーと同じくメジロの家に連なる者たちだ。

 

 メジロ家の期待の新星と呼ばれたライアン。

 

 才能を発揮しどんどん活躍の場を増やしていったマックイーン。

 

 この名前を出すと、お嬢様の仮面で内心を隠そうとしたパーマーから年相応の動揺を垣間見る事が出来た。一体名前を出して何がしたかったのか、まだ取り返しがつくかも知れないと言う希望に縋っていた俺の事は今の俺では分からない。

 

『ま、皆次期当主はライアンだマックイーンだって言ってたもんな』

『言ってたの?』

『いいや言ってない。が、予想通りだったらしいな』

『ぐっ、いじわるぅ……』

 

 気付けば俺は、今にも泣き出しそうな彼女の隣に足を運んでいた。

 

 何故そうしたのか、今になっても分からない。

 

 ただ間違いなく言えるのは、そこに憐憫や同情の感情は無かったと言う事だ。

 

 あり得る可能性としては、俺が運命に悩んでいた時に同じくメジロ家と言う運命に悩まされていた彼女に、どこかシンパシーを感じていたからなのかもしれない。

 

 

『──アンタは勝てるさ、運命にだって』

 

 

どこか祈りを籠める様に、俺は言ったと思う。

 

『……え?』

『いつかアンタは自分を知って、揺るがない信念を持つ。その時、アンタはきっと誰よりも輝いてる』

 

 思い出すだけでサブイボが出そうな浮ついた言葉をベラベラと……酔って頭がおかしくなっていたのだろう。

 

 でもあの時の俺にはこんな事を考える余裕は無かった。

 

『ふふ、それってもしかして、慰めてくれてるの?』

『全然違う、マジの本気の話だ。アンタは絶対に一流になる』

『本当の本当に?』

『本当だ!』

『え〜、本当に?』

『本当だって言ってんだろ?!』

 

 思わず声を荒げたが、俺は確かに知っている。

 

 ハナに立って他を振り切る大逃げ、いや爆逃げする彼女の姿を。

 

 未来の事を証拠に引っ張り出すなどナンセンスだが、目の前のパーマーを捨て置く気にはなれなかった。

 

 

『へぇ…… "本気"、なんだね。ありがとう、そこまで言ってくれたのなんて、君が初めてだよ』

 

 

 そんな俺の言葉に何を感じたのか、パーマーはすっかり笑顔になっていた。悪い気はしなかったが……まあいい。

 

 結局は、パーマーを通して自分を慰めたいだけだった様に思えてならないのだから。

 

『……後、一人で溜め込む位なら、俺程度でも良いなら相談に乗るぞ』

『え、良いの?』

『ただ、俺は競技者になるつもりは無い。だから練習とか走り方とかの質問はNGだからな』

 

 この時点で俺も相応に()()()()のだろう。かなり人格が崩壊していた。馬鹿正直なひねくれ者なんてねじれの関係ではないか。

 

 それに、無用に情けを振り撒く立場など、俺が立つには烏滸がましい。

 

『分かった……えと、君の名前は?』

『…………トウカイテイオーだ。ただし、トウカイともテイオーとも呼ぶなよ』

『え? う〜ん、じゃあテッちゃんって呼んでも良いかな?』

『……まあ、トウカイかテイオー以外なら何でも良い』

『じゃあさじゃあさ! テッちゃんはいつもどんな事してるの──』

 

 でも結局メアドの交換はして、その後パーマーとはメル友の様な関係になった。パーティの度に、俺はパーマーと一緒に花壇を見に行く様になりして、いつしか曇っていたパーマーの表情にも光が射す様になっていた。あの頃の俺は何を考えていたんだろうな。

 

 そして何故か、その頃から家に結構な頻度でパーマーがやって来ては朝起こしに来たり弁当を作ってくれる様になった、何故か。料理の腕前は最初ダメダメだったが今はそこらのプロにも負けない和洋中の実力派になっている。ひねくれの自覚がある俺でも素直に美味いと口に出してしまう位だ。

 

 

 

──✳︎──

 

 

 

「うん、大丈夫だね! ……でもまた家出しちゃうなんて、どんな了見なのかな」

「……俺が全部悪いのは分かってる。それで良いだろ」

「だからよ・く・な・い! 私だってキミの力になりたいんだよ? 少しくらい相談してくれても良いと思うけどなあ」

 

 パーマーは俺を半眼で睨む。美人は怒ると怖いと()()()()()()が言っていたが、実際問題は居心地の悪さの方が際立っている気がする。何故だろうか。

 

 更に、俺の肩を握るパーマーの手がより一層強く締め付けられる。

 

 どうしてパーマーは俺なんかに構うのだろうか。俺の取り柄なんてテイオーである事位なのに。……自分で言ってて悲しくなって来た。

 

「──ってアナタ誰?!」

「いや遅いな?」

「っと、いきなり会話を振られたか。名乗るほどの者じゃないけど、敢えて名乗らせて貰えるなら……私の事は古朋(ふるとも)あぶみ、って呼んで欲しいね」

「ふる、とも……」

「あぶみ……」

 

 そして、パーマーは今やっと目に入った様子でヤツ──古朋に話の流れを向ける。無視されていた古朋がパーマーが気付いていない間露骨にしょげていたのは俺の中にしまっておくか。

 

 ……にしても、ふるとも、古い、朋? ……何か引っかかるな。

 

 妙に残った言葉の形を、俺はどうしても流す事が出来ずにいた。

 

「──テッちゃん、この人に何もされなかった?」

「うぉっ!」

 

 そんな考え事をしていると、気付けば目の前にパーマーの顔があった。

 

 いつもは飄々とした雰囲気を醸すパーマーのタレ目も、この時は確かな熱を帯びていた。睨む様な、心配する様な、そんな目だ。

 

  ──下手な事を言えば、パーマーは恐らくヤツへ殴りかかるだろうな。

 

 そう思ってしまうのも仕方ない事だろう。

 

 勿論、嘘を吐く気も無かったので全部洗いざらい吐いた。

 

 

 ──ヤツとは街中で偶々出会った事。

 

 ──俺が()()()()()()()()()()事。

 

 ──コケそうになった所を助けて貰った事。

 

 

 そしたらそれを聞いたパーマーは即座に古朋に頭を下げた。

 

「疑ってごめんなさいっ! それと……ありがとうございますっ!」

「いやいや、私は偶々少年に出会っただけさ」

「テッちゃんを助けてくれたんですよね。なら感謝して当たり前ですよ!」

 

 やはり、こう言う時のパーマーの素直さは尊敬出来る物がある。

 

 パーマーは基本的に姉御気質だ。実直で面倒見が良く社交的、包容力もある。俺がまともな練習も無しに走れているのも、パーマーが時折無理矢理連れ出して自主練に巻き込んで来るからだ。

 

 ただ、それだけが俺が今走れている理由ではないが──

 

「あ、テッちゃん見つけたって君の家に連絡しないと」

「やっぱり、家から連絡されたんだな?」

「うん、私の家に泊まってないかって。それで話を聞いたら日が変わってもテッちゃんが見つけられてないって聞いて、居ても立っても居られなくてさ、飛び出して来たんだよね」

「……"俺"が居なけりゃ、何も問題なかったんだろうな」

「問題大アリなんだけど!?」

 

 そう怒鳴りながらもパーマーは慣れた手つきでスマホを操作し、メールを送信していく。きっと俺の方にもメールは来ていたのだろう。だが俺はいつもスマホは家に置いて家を出るから意味は無い。かと言って家で使う訳でもない、スマホに慣れないからだ。

 

 家の皆に心配を掛けている自覚はある。あるのだが、あの家に居ると"俺"が削れていく気がして、どうにも落ち着かない。だからって肯定される行いではないだろうが。

 

「…………ふ〜ん」

 

 そして蚊帳の外では一人、古朋が何か納得した様に頷いていた。正直に言うと気味が悪い。

 

 

 

 ──そう感じていると、唐突に踏み出した古朋は俺達の肩を抱き、纏めて抱えて来た。

 

『!?』

 

 いきなりの接近に戸惑う俺達。そして纏めて抱きしめられた所為で頭抜けて背の低い俺は二人の胸元で窒息の危機に陥る事となる。……苦しい、苦しい。

 

 ……それから間もなく解放されたのだが、不覚にも、俺はまだ次の事態に備える態勢を取っていなかった。

 

 この短時間でヤツが──古朋が──突飛な行動を起こすとロクな事にならないと言う体感は得ていた。と言うのに、予想はまるでつかない。

 

 ──何が来る。何が……

 

 

「──なら、二人とも私の所で暮らさないかい?」

 

 

「は?」「え?」──俺とパーマーの素っ頓狂な声は、目覚め始めた街並みの中にかき消えていった。

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