また独自設定が生えます。
「『優駿荘』? 優駿賞の駄洒落か?」
「そっ、今日からここが少年達と私が一つ屋根の暮らす場所さ!」
「えっ駄洒落なのか?」
華美とも質素とも言い難い二階建てのアパート──『優駿荘』
ヤツが用意した俺達の
あの時、古朋が言った提案を俺は受け入れる事にした。勿論、鍛えてもらう云々の話は拒否した訳だが。
テイオーの家で暮らすのは精神的にキツいが、まだ小学生の身では金もまともに稼げないし長期間の家出も出来ない。そこにこの提案は渡に船だった。
ただ少し引っかかるのは、最初は渋っていたテイオーの家族がヤツの名前を聞いた瞬間、喜んで送り出そうとなった事だ。
どうにも、と言うよりはあからさまにトウカイ家とヤツには繋がりがある。だが俺は敢えて何も言わなかった。
テイオーの家族か、古朋とパーマーか、それなら後者の二人と一緒に居た方がまだ精神的な負荷がマシだと思ったからだ。……パーマーは俺に"テイオー"を押し付けて来なかったからと言う理由もある。
「わあ……」
で、隣にいる大荷物を背負ったパーマーは優駿荘を見て目を輝かせていた。
コイツも何だかんだ言ってはお嬢様、庶民の暮らしに憧れがあったりするのかもしれないな。見た目はお嬢様と言うよりは王子様だが。
パーマーの方は実家に家を出たいと言った時、どうやらヤツが一緒に頭を下げに行った様で、説得の末、何とか現メジロ家当主を頷かせたらしい。
「まずは大家さんに挨拶だ」
「はい、分かりました!」
そう言う訳もあってか、パーマーのヤツに対しての警戒心はすっかり無くなっていた。まあギスギスしてても困るだけだから何も問題は無い、勝手によろしくすれば良い……
……おいパーマー、なんだその目は? 「構ってあげられなくてごめんね」だと? やめろ! 触るな、撫でるな! クソッ、体格差がッ!
…………ヤツは優駿荘の隣にある一軒家へ向かい、ドアベルを押した。
ピンポーン。何年経っても、世界が変わっても変わらないお馴染みの音だ。借金取りが
「はーい」
そして少しすると、ゆったりとした声と共にドアが開き、中から藤色をした着物姿の嫋やかなウマ娘が現れた。真っ直ぐ伸ばされた長い栗毛の髪は金糸のように輝いている。
しかし、大家と呼ぶにはあまりにも若い。高校生くらいの若さだ。大家の娘なのか?
「大家? ……ああ、
俺は一瞬、疑問符を浮かべ、すぐに自己解決した。
俺達を視界に入れ、古朋に視線を移した瞬間。まるで重力が狂ったかの様な圧が俺達を襲ったからだ。
そうして
──こいつもまた、"ウマ女"の類だと。
有無を言わせない、その存在の"重み"。
同種であるからこそ分かる、その個体の"強さ"。
一歩二歩と歩くだけで魅せる流麗な立ち居振る舞いは、さながら厳かな儀式を彷彿とさせる。
間違いなく、あの時ギアを入れた古朋と同等かそれ以上の実力者。
パーマーも、何が起きているのか分かってはいない様子だが、額に汗を滲ませていた。
「あらあら、古朋先輩、こんな幼気な子供を連れて何の御用件ですか? 110番した方が良いかもしれませんね、うふふ」
「違う、誘拐じゃないって! "フジちゃん"!」
「言い訳とは、大和撫子としてあるまじき行いですね?」
「やめて、その目はやめて! 袖口から
一瞬にして古朋を翻弄する様は、間違いなく歴戦のソレだった。と言うかここまでの覇気を出しながら対応されてるのはヤツの所為らしい。なんと傍迷惑な……いや、俺が言えた義理じゃないな。元を辿れば俺達の願いでそうしているのだから。
後、ヤツの口調が俺を追いかけていた時と同じ物になっていた。恐らくヤツの"素"はあの見た目相応の口調なのだろう。と言う事は、あの着物のウマ娘はヤツの友人なのだろうか。
「さて、冗談はここまでにしておいて」
「えっ、今の冗談だったの? 本気で
「……私の苗字は影が無いと書いて、"
「ちょっとー? フジちゃーん?」
……俺の後ろで涙目になっている古朋の事はとりあえず置いておこう。
彼女の名──影無くつわ。
彼女がウマ娘なのは分かっている。耳も尻尾も隠していないからだ。つまりこれは便宜上の氏名である事は察せる。
だがカゲナシもクツワも……何も俺の中に引っかからない。だが、影無にも古朋の様な
「なら、さっきコイツが言っていた名前は?」
「ちょっとテッちゃん!? 失礼だよ初めての人に!」
「いえいえ、子供はこれくらい
フジ……か。世代を外れた馬の知識は途端に乏しくなっていく。しかし間違いなく俺の知っている1970〜00世代以外の強豪の筈……
「んん、コホン! ……フジちゃん、今日から優駿荘二階のぶち抜き部屋、使わせて貰うからその連絡をしようと思って今日来たんだよ」
「良いですよ。元々三つとも先輩に貸している部屋ですから。はい、部屋の鍵です。ちゃんといつ使っても良い様に掃除してありますからね」
「ありがとうフジちゃん。騒音クレームが来たらフジちゃんの方行く様にしとくから……あいたたたたたっ!?」
会話をインターセプトした挙句影無に卍固めを決められる古朋を見て、俺達は顔を見合わせこう思っていた。
──コイツ大丈夫か? と。
「さあ少年達よ! 練習の時間だッ!」
「はい!」
「……俺はやらねえからな」
と言う訳で3部屋ぶち抜きの18畳間で俺達は暮らす事になった。
そんでもって早速ヤツが口を開いた。開いたらこれだ。
どう言う訳かパーマーにも練習を教える約束をしたらしいが、それを受け入れるパーマーもパーマーだ。
「う〜ん、ならひとまず君と私だけの練習を……」
「…………待った、俺も行く」
「え?」
……少なくとも、俺にだって罪悪感はある。
何にって? パーマーをコイツの言動に巻き込んだ事に、だ。
もしこの練習で変な事教え込まれてパーマーが活躍出来なかったら、それはきっと俺の所為だ。まだヤツの練習が少なくともパーマーにとって悪いものにならないかを見極めるまでは、俺は責任を背負うつもりだ。
すると、奇特なものでも見た様な顔をしたパーマーが言う。
「テッちゃん……変な物でも食べた?」
「違う、俺がそんなヤツに見えるか?」
パーマーにとって俺はどんな存在なのか、かれこれ三年は経ったが、未だに知ることは出来ていない。もしかしたら本当に拾い食いをするアホに思われているかもしれない。そう言う事だとリアクションに困る。
「「見える」」
「おい待て、パーマーはまだしもアンタは何だアンタは?」
──古朋まで流れに乗り出したら収拾がつかなくなると思った俺は、さっさと二人を追い出して後に続いて行った。
東京には陸上競技場付きの公園と言う物がそれなりにある。
中には一般開放されている物もあり、毎年トレセン学園の受験が始まる前にはウマ娘達でごった返す光景もすっかり風物詩と化している。
今日は休日と言う事もあり、そこは家族連れで賑わっていた。
子供達に振り回される父親達。……羨ましいと思える時期はとっくに過ぎている筈なのに、未練がましく目で追っていた俺自身に気付き、唇を噛む。
「……俺は見ておくだけだからな」
「本当にテッちゃんは素直じゃないなあ」
いつからだったか、パーマーが俺の悪態を見ても笑ってやり過ごす様になったのは。内心呆れているのだろうか……いや、別に知った事じゃない。おいコラ頭撫でるな。
「じゃあ見ててよ。私の走りっ!」
「こっちも準備完了! いつでも大丈夫だぞ!」
どうやら古朋は最初に走りを見て練習の方針を決めるらしい。
呼ばれたパーマーはトラックの1レーンに行き、半身を前に出しスタート体勢を取る。
「──普通だな」
思ったよりも模範的な流れに、俺は少し落胆してしまった。
しかし普通や常識的である事が悪いと言う訳ではない。普及していると言う事にはそれ相応の理由があるのだから。寧ろ全てが異常の練習など信じる方が難しいだろう。
それでもやはり、"予想外"を期待してしまうのは人のサガなのだろうか。
「位置について、よーい、ドンッ!」
歯切れの良いスタートの合図、同時にヤツはその手に握るストップウォッチのスイッチを押し込む。
ぐるりとカプセル型の楕円を描くトラックは一周400m、ハロンに換算すればたったの2F。平然とこの三倍はある短距離の1200mを全力疾走出来るサラブレッドあるいはウマ娘にとってこの試走は50m走どころか15m走の様な物だろう。
このトラックは赤錆色のポリウレタン樹脂で出来ている。程よい反発力と水捌けの良さを誇る物だ。俺の世界では当然ながら人間だけが使っていたが、この世界は違う。
「──もうすぐ半周!」
数秒考え事をしている内に、パーマーは既にトラックの向こう正面に居た。200mを僅か12秒程度で走り抜ける走る為に生まれた、いや作られた脚は異様な速度を叩き出す。
「あの走り方は……」
目の前に居た古朋はパーマーの走る姿勢に驚きを示していた。それもそうだ。アイツの走り方は、限りなく"人間"に近い。
"馬"は基本的に首を寝かせて地面と平行に近くなっている方が走る際に理想的とされている。しかし中には首を立てて走る馬も居る。
その一例が"メジロパーマー"だ。
恐らくその影響により、ウマ娘となった彼女もまた背骨を立てて走っているのだろう。因みに他のウマ娘は基本的に背骨が地面と平行になる様に前傾姿勢で走っている。
"馬"ならば不恰好と評される。
"ウマ娘"ならば変わっていると評される。
ならば、"人間"としてならば?
──答えは一つ、"最高"だ。
人間の走り方は、まさに背骨と地面を垂直に保つパーマーの走りこそが理想とされている。
人間の体を持つウマ娘だからこそ、あの走りは輝きを見せるのだ。
あの走りを手本にしていたから、今の
そして、既にパーマーはホームストレッチへと突入していた。
僅か2Fの走りだったが、パーマーはあまり体力が無いのか身体の芯に若干のブレが見える。本来ならば、力を付けるのはもっと後期になる為、仕方ない事ではあるのだが。
最後の最後に加速したパーマーがゴールラインを越える。何事もなく、淡々と見極めの試走は終わった。
「──ゴール! 25.07ッ!」
超短距離であった為全力で飛ばした、と言った所だろうか。
しかし最初からの全力疾走で3ハロン37秒代ペースは力が足りていないように思う。
それでも俺がパーマーにケチを付け出した
「はぁ……っ、どうでした?」
「……走りに力を乗せきれてない感じだ。まずはしっかりとトモを鍛えないと駄目だな。でも大丈夫、トモは友達、鍛えた上で信じれば必ず答えてくれるさ」
あっちも俺と似たような感想を持っていたらしい。少し口をまごつかせていたが、どっち道ヤツが言わなければ俺が言いに行くつもりだった。感覚派特有の言葉足らずと言う訳でもなく、しっかりと口で伝えている。
「今、俺は必要無い、か」
……ヤツが俺の代わりにパーマーを見てくれるなら、それで良いだろう。寧ろ真っ当だ。少なくともウマ娘に対する思いの丈はミミズと龍程に違うのだから。
俺は公園を後にしようとし──
「ふべっ!」
──何かにぶつかった。
それは、柔らかで。にも関わらず重厚で。
まるで鉄板に張り付いたマシュマロ……これでは例えにすらなっていない。
ともかく、そう感じた程の"異質さ"と"存在感"が、急に現れたのだ。
背筋を走るのは、身を強張らせる危険信号。
ヤツも、あの大家も、彼女らに間違いなく匹敵する何か。
……恐る恐る、俺は一歩二歩と下がり、首を上に傾けた。
「……誰だ、アンタ」
「へぇ、アタシにメンチ切れるなら、相当に肝が据わってる。いや、それともただの命知らず、か。その目、ルドルフのヤツにも似てるな」
いいや違う、そのどちらでもない。
身を蝕む恐怖を身に迫る危険で押さえつけただけ。
……勝てないと思っても逃げられない、なんて思った経験は無かった──この前までは。
ヤツに……古朋あぶみに負けた事。
悔しいが、ソレは俺にとって何かが変わる力になっていた。
ソレを皮切りに、まるで意思を持ったかの様に運命が壁を作る。
そして今もそう。
目の前に
──
「けど、あのおっかないセンパイが連れてきた後輩だ。ちゃんと可愛がってやるよ」
「……アンタは──」
歴史に名を残す馬は、いくつもいる。
しかし、人の心に残り続ける馬と言うのは、その人にとって数える程しか居ない。
目の前の存在は、間違いなく"後者"だろう。
「アンタの、名前は──」
どれだけ古い御伽噺になったとしても、"俺"の中にあの名前は刻み込まれていた。
「……ん?」
何度、あの映像を見ただろうか。
何度、あの走りに打ち震えただろうか。
何度、その生き様に憧れただろうか。
俺が競馬を好きになり、競馬を嫌いになった
「へぇ……!」
書き終えた後の自分「えっ、この子たちがうまぴょいするんですか?」
──✳︎──
今後使いそうにない設定置き場
ウマ娘のひみつ
影無 くつわの推しウマ娘はライスシャワー。
親戚の娘であるライスシャワーの為に、嫁入り道具として自分の勝負服に似せたドレスと刀鍛冶に弟子入りして作ったドレスに似合う西洋風の短刀を用意している。
また、この世界でライスシャワーのトレーナーになると例外なく短刀を持った影無の見極めを受ける事になる。そしてライスシャワーへのブーイングは「頸を斬り落としてくれて構わない」と同義のサインとなる。