今日、俺はテイオーになった。   作:ダイコンハム・レンコーン

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先に此方が書けたので投稿です。

注意:今回は全く話が進みません。

原作キャラクターの輪郭を捉えるのが難しい……。間違ってたら修正します。


暴君のまつりごと

 野良レース。

 

 その存在はウマ娘の存在が確認された時代から存在している。

 

 かつてはウマ娘のレースが男子禁制かつ神事としての側面を強く持っていたと言うのは周知の事実だろう。

 日本に古くから伝わるスポーツであり女子禁制であり神事の側面を持つ相撲との関係性の指摘は古くから学者達の間で口角泡を飛ばして来た事だ。

 

 しかし、それ故にレースに出られるウマ娘とはごく限られた存在だった。

 

 ウマ娘にとって、走りたいと言う欲求はレースをしたいと言う欲求と隣り合わせだ。レース、つまり神事に出られないウマ娘は不満を溜め、思いを同じくする他のウマ娘達と非公式なレースを行った。

 

 それが野良レースの始まりと言われている。

 

 今も尚、レースに出られない事情を持つウマ娘達の間では野良レース、もといストリートレースが行われている。

 

 ──ここ、府中でも。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ここは府中のある一角、高度経済成長の遺産、再開発の波に取り残された廃工場。

 

 そんな昼夜問わず人気(ひとけ)の無い廃工場の側にやたらと明るい場所がある。

 

 その明かりに惹かれてみれば、廃材で作られた土台を工業用ランプがライトアップする手作りのパドックと、それに群がるウマ娘達の姿。

 

 周りには露天が並び、辺りはさながら祭りの光景だ。中には出張占い屋などと言う怪しげなものも。アンダーグラウンドめいた雰囲気は、ウマ娘でなくとも魅力的に映るのか、人間の姿もチラホラとある。

 

 皆その場に満ちた熱に浮かされ、半狂乱気味に叫んでいた。

 

「……何故私はこんな格好をしている」

「これも会長の指示だ」

「面倒だな」

「副会長の自覚は無いのか?」

 

 深く帽子を被りマスクとサングラスを身につけて、スカジャンを着込んだ2人のウマ娘は、その群衆の外から帽子の(つば)をつまんでステージ兼パドックを垣間見ていた。

 

「第一、ここにはトレセン学園に入学出来なかった者や訳有りでレースに出られない者らが集まる場だろう。私達の目に留まる存在が居るとは思えないが? 居たとしても、こんな低レベルな場所に居るなら高が知れている」

「口を慎め()()()()()。私達トレセン学園生徒会は学園の外であっても生徒会として見られる。品性を疑われる様な言動は私が厳に戒めるぞ」

「まったく、()()()()()()はそう肩肘を張って息苦しくならないのか? ここに居る奴らは私達が居るなんて思っていないだろう」

「それでもだ」

 

 2人の会話の間に、司会者と思われるウマ娘が壇上に立ち、ひと夜の祭りの狼煙を上げる。

 

「お前らッ! 今夜もレースがしたいかッ!!」

 

『したーい!!』

 

「今夜もレースが見たいかッ!!」

 

『見たーい!!』

 

「なら待たせたな野良ウマ娘ども!! ストリートレース、開幕だぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

『おぉぉぉぉぉッ!!』

 

 慣れたコールアンドレスポンスと共に、会場のボルテージは最高潮に達する。

 

「まずはコイツら……」

 

 そして、パドックには続々とウマ娘達が現れる。

 

 中には、ウマ耳ウマ尻尾を取り付けただけの人間も居た。

 

 しかし、観客達はそれに何も言わない。

 

 訳有りでレースに出られないとは、つまりこう言う事だ。

 

 人間の中にはウマ娘のトレーナーを志す者も居れば、時折ウマ娘自体を目指す者も居る。当然ながら、種族の差がある為に叶うべくもない。

 

 それでも、胸の熱を抑え切れない者達は、自ずとここへ辿り着く。

 

 誰もが走れる、誰もがレースに出られるこの場所へ。

 

「……ふん、ただの遊びだな」

「しかし誰もが真にレースに参加出来る・楽しめると言う意味では理想的でもある」

 

 ブライアンと呼ばれたウマ娘はニヒルな笑いを浮かべ、対してエアグルーヴと呼ばれたウマ娘はこの光景に微笑みを浮かべている。

 

 その光景は互いのスタンスを表していた。あくまでもレースとは真剣勝負の中にあるべきだと言う前者と、レースが大衆に親しまれる為にはこうした方法もあると言う後者。

 

「会長は、私達に考えて欲しかったのだろう」

「まだレースは始まっていないが」

「莫迦かブライアン。レースの在り方自体を問う事だ。新理事長と会長の思想には共通する点がある。この様なレースの在り方を考える事は、今後のトゥインクル・シリーズひいてはトレセン学園の為になる」

「……会長の考える事はよく分からん」

「ふっ、精進する事だな」

 

 朗らかな会話の中に、壮大な文言を詰め込んだ2人の会話。

 

 勿論2人は只者ではない。

 

 ブライアン、その正確な名はナリタブライアン。エアグルーヴと呼ばれた彼女共々、トレセン学園生徒会の副会長を務めている。

 

 実力に加え、勤勉さや理路整然とした働きが評価されて副会長となったエアグルーヴに対し、ナリタブライアンはその実力のみで副会長となった強者だ。

 

 2人は今、会長であるシンボリルドルフと言うウマ娘から指令を受け、府中の一角で行われるストリートレースを視察することを命じられ、ここに居た。勿論、非公式なレースの場に生徒会の面々が居るのは問題となる為、不良風の変装もしている。

 

「どうやら、もうすぐ始まる様だな」

「コースはどうなっている、廃工場周りの道路を走るのか?」

「ブライアン、前もって調べておけと言っただろう。……コースは2400mの障害レースだ。見れば分かるが、前半は道なり、後半からはこの一帯にある廃工場二つを線で結ぶ様なコースになっている。後、コースの道中にある廃工場の中では指定の出口に向かって廃工場の中を走り回る事になるそうだ。どうやらパルクールの使用も許可されているらしい」

「……随分と詳しいな」

「会長から事前に指示を頂いてからと言うもの、その夜から此処には通い通していたからな」

「なあエアグルーヴ、私は……ハブられていたのか?」

 

 腑に落ちない様子のブライアンを尻目に、エアグルーヴはいよいよだぞ、と視線をステージ上の大型モニターに向けている。

 

 恙無く進んでいく選手紹介。

 

 しかし、エアグルーヴの顔は驚愕に歪む。

 

 群衆の外に立つエアグルーヴの側を、1人のウマ娘が通り過ぎた。

 

「会長!?」

「何を言っているエアグルーヴ、こんな場所に会長がいる筈……」

 

 そう、ブライアンが言いかけた時だ。

 

「おい! あれ見ろよ!」

「アイツ……レース嫌いで有名な!?」

「府中の不良ウマ娘を一年掛からずに全員叩きのめしたって噂の……」

 

 振り返り、ざわめく観客達。

 

 その観客の波を縫い、そのウマ娘は真っ直ぐにステージへ向かう。

 

 やがて、その体がステージの端に触れた瞬間、彼女は躊躇いなくステージに上がった。

 

「……」

 

 ステージに上がった彼女は、何やら司会と会話をしている様だったが、その内容は聞こえてこない。

 

 しかしながら、勝負事の場に立ったウマ娘(走者)がする事など、きっと一つしかない。ブライアンはしたり顔でその次第を見守る。

 

「なんとここでサプライズ! 乱入者のエントリーだ!」

 

 長いコードを引いたカメラマンが、急いで壇上の乱入者にピントを合わす。そして背景一杯に広がる大型モニターに、乱入者の顔が明かされた。

 

「なるほどな。これは似ている」

「まさか、会長に隠し子が……?」

「おいエアグルーヴ、会長絡みのトラブルになるとどうしてそこまでポンコツになるんだ」

 

 その表情は、カメラマンに睨みを、否、ここに居る観客達に睨みを効かせている様だった。

 

「乱入者の名前は『暴君』トウカイテイオー! 夜の府中にその名を轟かせるウマ娘だ!」

「その名で呼ぶんじゃねぇ! 俺はトウカイでもテイオーでもない!」

 

 司会が叫び、トウカイテイオーは即座に司会のマイクをぶんどりその文言に訂正を加える。暴君と言う文言にツッコミを入れないあたり、その名前に対するコンプレックスは筋金入りだと初対面の者達でも悟る事が出来た。

 

 が、大声で叫んだが故に、ハウリングとノイズによって耳敏いウマ娘以外には、その言葉の意味を正確に読み取る事は不可能だった。

 

 だから観客は……割れんばかりの歓声でこれを返した。

 

「……なんだお前ら! ふざけてんのか!?」

 

 マイク越しに聞こえた困惑の声に、観客は更に歓声を上げる。

 

 気を取り直したエアグルーヴはそれもそうだ、と腕を組んでカラカラと笑った。ブライアンもまた同じく。

 

 レースは観客にとって様々な意義を持つ、ならば選手にとっては? 

 

 その答えは両者変わらない。観客が持つそれと同じに、大なり小なり様々だろう。

 

 その中でも、レースは客商売だと考える者が居る。レースと言う興行を成立させるのは、ひとえに金を落としてくれるファンや観客達やスポンサーだからだ。

 だからこそレースには様々な『ロール』が存在する。役割だ、それがある事で、レースは勝負事の枠を超えた壮大な物語となる。

 

 今、トウカイテイオーがやっているのはある意味での『ヒール(悪役)』だ。

 トウカイテイオーは無意識の内にエンタメ的なヒールの枠に滑り込み、観客もまた、無意識の内に彼女を典型的なヒールと認識した。

 

 レースの在り方や知識に精通している副会長2人は、そう言う構図を理解してしまった為に、思わず笑ってしまったのだ。

 意図した悪ぶれとそれがレースと言う観客が刺激を求める場に奇跡的な噛み合いを見せた事。それが科学反応を引き起こし、一瞬にして『暴君(ヒール)』トウカイテイオーを誕生させてみせた。

 これが可笑しくなくてどうする、そう2人は呆れながら笑っていた。

 

「お前ら! 笑うんじゃねえよ!!」

 

 ステージで道化になりつつあるトウカイテイオーを前に、ブライアンは唐突に予感を覚えた。

 

 ……少しは楽しめそうだな、と。

 

 ブライアンの笑みは人間的な頬を緩めた笑みからいつの間にか、野生的な口端を吊り上げた笑みへと変わっていた。

 

 渇きしか知らぬ獣の前に、僅かながらの水が一杯。

 

 エアグルーヴはこう考える。

 

 暴君の器はどれ程の水を湛えているのか、と。

 

 歴戦の瞳は、今始まろうとするレースに向けられた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 空撮用ドローンが古びた道路を走る者たちを映し撮る。

 

 工場のパイプラインが作り出した幾重にも連なるアーチの中を、ウマ娘とウマ娘の格好をした人間が走り抜けていく。

 

 人間はウマ娘の後塵を拝さざるを得ないが、流石はレースに名乗りを上げるだけあり、それでも常人と呼ぶには十二分に速すぎた。

 ウマ娘達もまた、エリートコースに乗れなかったとは言えウマ娘、その走りは人間と一線を画すものがある。

 非公式の名ばかりレースとは言え、その走りはアマチュア以上のそれだった。

 

 しかしながら、頭抜けて1人飛び出す影があった。

 

 ──テイオーだ。

 

 後ろを定期的に確認しながらも脚色は衰えない。寧ろ早まっている気すらする。

 

「暴君まさかの大逃げからの逃げ切り態勢か!? 既に二番手以下とは7バ身以上の差があるぞ!!」

 

 モニターを確認しながら司会が語る。

 

 しかしながら、そうではない、と感じていた2人が居た。

 

「アレは……()逃げか?」

「いや、ヤツは前を見ていない、相手を見ていた。()()()()()で様子見をしようとして肩透かし……そんなところだろう」

 

 怪訝な顔をするエアグルーヴに対し、ブライアンは腕を組んでどっしりと構えていた。まるで最初から結果は見えている、とでも言いたげに。

 

「他の相手が遅過ぎた、と言う事か?」

「そうだ。アレでも二番手くらいならトレセン学園の最下層にいる可能性はあるだろうウマ娘だが……一体、誰の走りを比較しているんだろうな」

 

 しかしながらそんなブライアンにも分からない事があった。

 

 ──誰を比較しているのか。

 

 レースでは様々な戦略が立てられる。真っ向勝負はあっても、ゴールを前にした時で、それ以外は基本的に戦略が勝負の鍵となる。

 

 戦略の一つは、ウマ娘達が得意とする走り方『脚質』だ。

 

 先頭に着けてセーフティーリードを築きつつゴールを目指す『逃げ』。

 

 先頭集団に潜り、常に先頭に喰らいつける位置を保ちながら粘り勝ちでゴールを目指す『先行』。

 

 先頭集団から下がって中団以降で脚を溜め、最後の数ハロンで一気に追い上げてゴールを目指す『差し』。

 

 後方集団で力を蓄え、中盤終盤から全力で前に踊り出してゴールを目指す『追い込み』。

 

 また芝やダートと言ったバ場への適正や『距離適正』も忘れてはならない。

 

 短距離に適正を持つスプリンター。

 

 1マイル、約8ハロンに適正を持つマイラー。

 

 中距離に適正を持つミドルディスタンスウマ娘。

 

 長距離に適正を持つステイヤー。

 

 これら『脚質』そして『距離適正』。

 

 これらだけでなく、最後に勝負を左右する決定打。

 

 それこそ『対戦相手』だ。

 

 これら脚質や距離適正諸々を知り、相手がどんな戦略を弄するのか、レースとは勝負事であるが故に、これが必須となる。

 

 また、相手の情報が無ければ、戦うのは己の想像の中にある敵と言う事になる。その相手とどうやり合うか、それは若くして最強となったブライアンにとって、排する事の出来ない大きな課題であった。

 

 だからこそ、ブライアンは知りたかった。

 

「ヤツは何を見て来た。お前の前に走っていた存在は、それ程に疾かったのか?」

 

 気付けば、スクリーンの向こうに問いかけていた。当然、答える者は居ない。

 スクリーンの中に居るテイオーは何か悩ましい表情をしながら、前を睨んで走っていた。

 

 しかしブライアンの目は、テイオーの視線の先に何かが居るように思えてならなかった。

 

 廃工場に深く射した闇の中に、何か、走る影が。

 

 求めるが故の妄想か、はたまた縁を通じて現れた生霊の如き存在か。

 

「問い詰めた方が早いか」

 

 ブライアンは、そんなテイオーを問い詰める事を1人決意した。

 

 走り終えれば、今以上に悩ましい事態になるなど、テイオーは知る由もないだろう。

 

 ──レースはやがて、廃工場へと場を移す。

 

「……何?」

 

 そしてここで驚嘆を見せたのは、エアグルーヴだった。

 

「おっと! まさかまさかの暴君のパルクール!? 使えるのは脚だけじゃあないと言う事か!?」

 

 ウマ娘ならば、走り抜けても構わないだろう廃工場のキャットウォークを、テイオーはアクロバティックなパルクールでするりするりと抜けていく。

 

 H状のキャットウォークは、平行状態の通路を繋ぐ垂直の通路ではなく直接向こう岸へジャンプしてショートカット。

 

 階段は段を飛び越えるのが当たり前、手摺りすらも足場にするその姿は、テイオーの身軽さをこれでもかと表していた。

 

 しなやかな足腰の筋肉に加え腕力、身体全体を使うとされるフランス発祥のスポーツ、パルクール。

 元は軍の訓練の一環と言う事もあり、それを既知としていたテイオーの中に居る()は、骨の強度を高める事に拘泥していた。

()の骨の事は知らない彼だが、人間の骨については彼も知る所。彼は人間の骨は衝撃を加える事で、より強固になると知っていた。

 故に走るのみならず、上下動も取り込みより衝撃を感じられるスポーツ、パルクールに目を付けた。

 

 何故拘泥するのか? それは彼にとって、骨折と言う事故もまたテイオーをテイオーたらしめる()()()()だったからだ。だが皮肉にも、危機を回避する為に始めたパルクールにより、テイオーの危機感は麻痺してしまっていると言うのはなんとも言えないオチである。

 

 骨折すれば、彼はテイオーに近付き、彼は彼でなくなる。

 

 そんな事を考える拗れた性格が災いし、また幸いした。

 

 災いとはブライアンに目を付けられた事、レースが終われば、もれなく一滴残らず搾り取られる危険が忍び寄るだろう。

 

 幸いとはトレセン学園生徒会に顔を知られた事、もしかすれば、これは彼にとって顔繋ぎの良い機会になるかもしれない。

 

 災いと幸いは紙一重。

 

 ならば、勝者と敗者もまた、紙一重。

 

 やがて勝負は決する。

 

「さあ、2つの廃工場を抜けて最終コーナー! 先頭は依然暴君の独擅場! 後ろは見えないッ!!」

 

 この野良レースでも滅多に見られない大差勝ちの予感に、会場のボルテージも上がっていく。

 

 が、事態は風雲急を告げる。

 

「なっ! 第一廃工場エリアで事故ッ!?」

 

 場面を切り替えて二番手集団へドローンのカメラを移した時、事故は起こった。

 

 見れば、廃工場の中に張り巡らされたキャットウォークの一部に老朽化からか穴が空き、1人の人間がその穴の縁にしがみ付いている映像が流れていた。最後尾を走っていたヒト娘だ。

 キャットウォークから地面まで十数m、落ちれば怪我では済まない。

 

「助けに行くぞ」

「ああ」

 

 たった二言、映像を見たエアグルーヴとブライアンはそれで即座に行動を開始した。

 2人が目指すのは、後半からの廃工場エリア、しかし間に合うかどうかは怪しい所だった。だからこそ、彼女達は迷わなかった訳だが。

 

 そして、それとは別に動き出したウマ娘が居た。

 

「なんと、暴君が逆走している!?」

 

 ──またもや、テイオーだ。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「エアグルーヴ! 最短距離を教えてくれ!」

「ここから直進するなら……北北西、左30度だ!」

 

 そう言われて私は、そちらに向けて脚を向ける。エアグルーヴには悪いが、私の方が幾らか早く着けるだろうと思い、エアグルーヴの事は置いていく。

 

 目の前にはまた別の廃工場があり、シャッターで閉じられていたが、緊急時だ、致し方ないと、壊して進んだ。

 

 距離にして1200m程、幾らウマ娘が瞬足であろうともその距離は易々と埋まる事はない。その事実に苛立ちを覚えるが、脚を止めるわけにはいかない。

 

 何故なら私は、最強だからだ。

 

 拒む者も阻む者も、運命だって薙ぎ倒して進まなければならない。

 

 これしきの困難は、越えなければならない。

 

「……っ、どこだ……!」

 

 自然と焦りが口をついて飛び出す。ここまで焦ったのはあの時以来久しぶりだ。幾つかの廃工場を貫くも、モニターに映っていた廃工場はまだ見えない。

 

 ──レース中に怪我人が出る。

 

 それは勝負事には珍しくもない話だが、当たり前であって良いものではない。幾らそれぞれが最高の結果を求めたからと言って、その末に起きるのが悲劇では、悲劇でしかないのだから。

 

 堕落に甘んじず、最善を目指す改革。

 

 それこそ会長が掲げた物で、私達はそれに納得して下に着いた。

 

 それなのに私が、それを成せずしてどうする。

 

 最高だけでなく、最善を。

 

 シンボリルドルフではなく、トレセン学園生徒会長にとってのゴールとは、ウマ娘、ひいてはレースに関わる者皆の幸福だ。

 

 その前に立ちはだかる影は、私が払わなければならない。

 

 ──ガシャンッ! 

 

「あれか……!」

 

 三度目の廃工場を突き抜けた先に、ようやく目的地を捉えた。

 

 しかし、一足遅かった。

 

 目的の廃工場に入った瞬間見えたのは、三階程の高さから落下を始めた人間の姿。

 

「くそっ──」

 

 脚を踏み出そうとするものの、私の中の勘で分かってしまう、彼女には届かないと。

 

 視野が狭窄し、時間の流れは鈍化する。

 

 生物なら誰しもが持つ本能、それに伴い使用される未使用の領域、ゾーン、あるいは超直感とも言えるそれを使っても、私の手に届かないのは明らかだった。

 

 ──だが、来ている。

 

 ──間違いなく、何かが。

 

 ──そしてその感覚が、この場に居ない筈の第三者を捉えた時。

 

「……くははっ!」

 

 ──……私は何故か、笑っていた。

 

 私より疾く彼女の真下に飛び込んだのは、私よりも小柄なウマ娘。

 

 何故か、会長にそっくりな見た目をした、謎のウマ娘。

 

 廃工場の窓から射し込む白い月光に染まったヤツは、まるで御伽噺にでも居そうな白バの様で。

 

 彼女に手を届かせたその瞬間、強張っていたヤツの顔がフッと和らぐのを見て、私はこう思った。

 

 きっとヤツは、とんだお人好しに違いない、と。

 

 私の目には、会長とヤツが重なっている様に見えた。

 

「ぐふっ!」

 

 落下した彼女はヤツの細い腕と身体に抱き止められる。

 

 ヤツは……締まりのないうめき声を吐いていた。ブーブークッションの様だ。だが、平気そうにため息をついている。まずは一安心、だろうか。

 

 ヤツの手から離れ、ごろんと地面に寝かされた彼女の方は……外傷も無く無事そうだ。ウマ娘の膂力があれば、三階程度から落下する人間を受け止める事は、まあ無理ではなかったろう。落下中に気絶してしまったようだが、心配なら後は救急車でも呼んで精密検査でもすれば良い。

 

「……大丈夫か」

 

 遅れて彼女の元へ辿り着いた私は、彼女を助けた暴君……トウカイテイオーに手を伸ばす。

 

「お前は……別に俺は大丈夫だ」

「そうか、随分と汗をかいている様に見えるが」

「そう言う体質なんだよ」

「強情だな、必死だったんじゃないのか?」

「そっちこそ、人命の危機に余裕そうな顔して到着しやがって」

「私はレースに出ていないからな。それに年齢や鍛え方も違うだろう」

「……ふん」

 

 どうやら暴君の名に違わず、随分な捻くれ者らしい。トレセン学園には良くも悪くも真っ直ぐな者が多く、こう言うタイプのウマ娘は珍しい。

 

 そのせいか、私の中に妙な悪戯心が影を出す。

 

「まるで英雄の様だったな、トウカイテイオー」

「ッ! その名で呼ぶんじゃ……」

「何故だ。何故、その名を否定する」

 

 次の瞬間、私はトウカイテイオーの上に覆い被さっていた。

 

「私から、平地で逃げられると思うなよ」

 

 膝をトウカイテイオーの両足の合間に滑り込ませ、逃げられない様にする。私を押し退けようとする細い両手は、私の一回り大きな両手で押さえ付けた。

 

 今のトウカイテイオーは、ただ首と腰と脚をもぞもぞと動かす事しか出来ないただの少女同然だ。

 

「それは、お前が()()()()ものと関係があるのか?」

「ッ! 関係、ねぇだろう……がッ!」

 

 必死になって身体を動かしているが、恐らくトウカイテイオーは小学生。中学生相応の体躯の私には、逆立ちしても勝てはしない。

 それに、トウカイテイオーが会長の顔に似ているせいか、私の中にある闘争心のスイッチが壊れてしまったらしい。トウカイテイオーはこんなにも逃げ出そうとしているのに、まるで離そうという気にならないのだ。

 

「教えてくれ、お前は何を見ていた。いや、誰の走りを見ていた」

 

 勝利より大切なものがあると言う考えを持った会長にも、目の前のトウカイテイオーはよく似ている。

 私が最短距離でコースの半分を抜けても後半の序盤にある第一廃工場には間に合わなかった。なら、私よりは遅い筈のトウカイテイオーがゴールしてからUターンするのは間に合わない可能性が高い。

 つまりトウカイテイオーは目先の勝利を捨てたのだ。今寝転がっている彼女に距離的に違いウマ娘は幾らでも居た筈にも関わらず。結果としては彼女を助けると言う結末だったが、別のウマ娘に助けられて、トウカイテイオーには何も残らない可能性もあった。

 

「お前は、一体何を考えている」

 

 最初は、トウカイテイオーが見ている何かを知りたかっただけだったが、今になってトウカイテイオー自身の事も知りたくなった。昔から姉貴には我儘だと言われていたが、どうにもその性分は曲げられないらしい。

 

「クソッ、離しやがれ……ッ!」

 

 いっそ、このまま私が連れ去って、鍛えるのも悪くない。トウカイテイオーはまだ未熟、私でも十二分に御せる筈だ。姉貴には道端で拾ったと言えば良いだろうか。

 

 ……そうすれば、私の渇きも癒えるかもしれない。

 

 ──そんな風に、思考は影の中へ脚を踏み入れようとした時。

 

「ブライアン、年下相手に何をやっている」

 

 その声は、あまりにも厳かだった。

 

「副会長として品性ある言動を、と言った筈だが?」

 

 その手は、身震いする程冷たかった。

 

「お前があの人間を放置していると言う事は、無事だったのだろうが……それとこれとは話が別だとは思わないか、ナリタブライアン」

 

 その笑顔は、恐ろしい程無感情だった。

 

「な、なあ、エアグルーヴ、落ち着いて話を聞いてくれないか?」

「話とはなんだ? 年上として相応しい振る舞いについてか?」

「このトウカイテイオーが一体何を見て走ったのか! 気にならないか!?」

 

 この瞬間、私はトウカイテイオーから拘束を解いてしまった。

 

 その隙にトウカイテイオーは……

 

「くっ、逃げた!?」

 

 私の身体から這いずり出し、逃げ出してしまったのだ。

 

 私は咄嗟に追いかけた。

 

 別に怒られるのが嫌だとか、トウカイテイオーが欲しいとか、そんなやましい気持ちではない。断じてない。

 

「待てブライアンッ!!」

 

 エアグルーヴは私の名を叫ぶばかりで追ってくる気配が無い。エアグルーヴの性格ならば、倒れている人を置いておく事は出来ないだろうと、私は分かっていた。

 

 そして始まる夜の廃工場にたった2人だけのレース。

 

「簡単に捕まってくれるなよ……トウカイテイオー」

 

 私はいつもより上機嫌に、脚を踏み出した。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 そうして、物語は今朝の一幕に続く。

 

 高低差のある廃工場、地の利を得ていたテイオーはパルクールを利用しパルクールの技能を持たないブライアンを朝まで捌き続け、朝になって深まり出した濃霧に紛れて何とか逃げ切った。

 

「オイ、アンタ大丈夫かよ!?」

「川の向こうで親父が手ェ振ってやがる……今行くぞ、親父……」

「どう見てもマトモじゃねえ?!」

 

 しかし、それ相応の疲労と喉の渇きに朦朧としていたテイオーは、あるウマ娘に助けられる。

 

 日本ダービーを夢見るウマ娘──ウオッカに。

 

 そしてまた、運命の糸に結ばれた者は出会いを果たすのである。




因みに、トウカイテイオーが事故に気付いたのは単に耳が良かっただけだからです(何も考えてない顔)
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