チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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新設チームでジュニア走ってる子達ばっかだから合宿いけない…じゃあこうするんだよ!っていうお話。


第十六話 夏休み期間はどうするって?合宿だよ!

 さてディープインパクトが衝撃のデビューを果たして数日後。

世間は夏休みシーズンが到来していた。

しかしトレセン学園においては八月はその限りとはならない。

なんなら夏開催のレースもあるし、むしろトレセン学園に所属するウマ娘はほぼ丸々一年トレーニングとレースに費やすのが普通である。

となれば世間様が夏休み期間だのなんだので浮かれている時、トレセン学園の生徒達は何をしているか。

そう、夏の合宿である。

 

 さて、夏の合宿であるが新設チームであり、まだデビューしたての新人ウマ娘ばかりしか居ないレグルスでは合宿所の予約ができなかった。

だが持つべきものはコネである。

キングカメハメハの縁で繋がりがあるチームリギルに一緒に合宿しないか提案して、そこからなんともう一つの強豪チームであるスピカも合同で合宿する事になった。

なんでも東条ハスミトレーナーはスピカのトレーナーの妹弟子でもあるらしい。

意外な繋がりに驚きながらも、合宿人数が増えて施設やトレーニング器具が豪華になるのは良い事だとあきは考えた。

なにせトレセン学園双璧チームの合同合宿だ、使える場所も機材もそりゃあ豪華である。

来年はレグルスだけで合宿する事もあるかもしれないし、書類のノウハウなどを教えてもらう事にもなった。

これは合宿で恩を返さなければなるまい。

あきはそう決心した。

 

 

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 青い海、輝く太陽、白い砂浜、そして転がる死屍累々。

リギル、スピカ、レグルスのチーム合同合宿は、今まさに地獄だった。

 

 何をやっているかと言えば、体幹トレーニングである。

ただし、条件が異常だった。

レグルスのトレーナーがどこからか持ってきたバネギブスを着せられ、身体各所に重りがつけられ、ツルツルの金属球の上に置かれた板の上でひたすらバランスを取り続けるのだ。

バネギブスは強力で放っておけば腕が身体の横にぴったりくっつけられるというのに、腕は肩まで上げて水平を保てという。

足は必ず肩幅まで開きその上中腰でバランスを取り続けろというのだ。

キツさが尋常ではない。

まずは三チーム全員合同での訓練ということであるが、最初からこんな飛ばして大丈夫なのか。

だがトレーナー自身が『はい、こうやってね』と、目の前で実演されたらやらないわけにはいかなくなった。

レグルスのメンバーの四人が虚無を見つめる魚のような眼でギブスを受け取り、ディープインパクトだけが『頑張る』とふんすふんすしていたのが印象的だった。

 

 まず開始十分でスピカのカブラヤオーが沈没した。

まず他のウマ娘に囲まれている事とディープインパクトがじっと見てきた事に耐えきれなかったらしい。

み゛ぎゃあ゛と女子としてはどうかと思われる悲鳴を上げてリタイア。

 

 次にリギルの新人キズナとスピカの新人ジャスタウェイが二十分で音を上げた。

腕を上げていられなくなり、バネによってバチンと体の横に腕を張り付けてリタイア。

メイクデビューしたばかりのウマ娘として頑張ったが流石に無理だったようだ。

 

 開始三十分ではディープスカイとハーツクライがリタイア。

長距離を走るには厳しいスタミナのディープスカイと、あきの特別ケアを受けていなくて、レコードを大幅に更新した激走の日本ダービーの疲労が抜け切れていないハーツクライは此処が限界。

 

 次はしばらく待って五十分、キングカメハメハ、アパパネ、ブエナビスタが揃ってダウン。

変則三冠ウマ娘、トリプルティアラウマ娘の意地を見せた素晴らしい根性だと言えるだろう。

ブエナビスタは空腹で盛大に腹の音を響かせていなければもう少しだけ耐えられたかもしれない。

 

 そして一時間であきから終了の合図が出された。

達成者はチームレグルスメンバーとオルフェーヴル。

あきの手によってギブスを脱がされた六人は、終わったと大きく息を吐いた。

ただしラインクラフト、シーザリオ、カネヒキリ、ヴァーミリアンの四人は息も絶え絶えで、オルフェーヴルも『やっぱこいつヤベーわ』とかなり疲れた表情。

ディープインパクトも流石に疲れた表情でゆっくり息を整えていた。

 

 一方あきはギブスと重りをつけたままぴんぴんして機材の片づけを始めていた。

 

 レグルスのメンバー以外が『こいつマジか』と目を見開き、幼馴染四人は『そうだろうな』と遠い目で見て、ディープインパクトだけ手伝おうとして体を休めるよう窘められていた。

 

 

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 トレーニング後はあきによる身体のケアである。

これにはリギルとスピカの両トレーナーとどうやら二人に呼ばれて一緒に来ていたアグネスタキオンが一緒になってデータを取っていた。

その場でのサプリ調整や各人に合わせたケアをしているあきを見るアグネスタキオンの眼がどんどん怪しくなっていき、『是非とも私の下で実験器g…げふん、助手を』『君が居るだけで実験機材費がどれだけ浮くか』など妙に熱烈に誘っていたのが印象的だ。

助手の男性とディープスカイが一緒になって抑えていたが、『離したまえよぅ!浮いた費用でどれだけ研究が進むかぁ!』と未練タラタラだった。

 

 食事もあきの手製である。

ウマ娘達の疲れた身体に染み渡るような味で、あのカブラヤオーですら目を輝かせて御代わりしていた。

調理を手伝ったというアグネスタキオンの助手の男性とあきが何故か専門用語飛び交う料理談義をしていたのも印象に残っている。

一方ブエナビスタは御代わりをしすぎて腹をぽっこり膨らませており、食べすぎをスピカのトレーナーに叱られていた。

 

 昼食が済み、食休みが終われば個別トレーニングである。

スピード、パワー、スタミナ、メンタル、レーステクニックなど、それぞれ鍛えたい箇所別にばらけてトレーニングをする。

カブラヤオーはそのまま部屋に引き篭もろうとしてたが、オルフェーヴルに強制的にメンタル訓練へ引きずられていった。

 

 個別トレーニングが終わればまたケアをして、あきの手製の夕食を食べ、自由時間の後、就寝。

これを基本として、約一ヶ月この合宿は行われる。

 

 さて、このような合宿が何故開催されたのか。

新設チームのレグルスにチーム合宿というものを教えよう、というだけならリギルだけでも足りた筈だ。

それを何故ライバルチームと言えるスピカや、研究者のアグネスタキオンまで巻き込んだのか。

いずれレグルスが台頭するであろうから、今の実力を測っておきたいというのもあるだろう。

だがそれよりも何よりもこの合宿で重要視された事は、『ウマ娘を故障させない方法』の探求だ。

 

 ウマ娘がレースを走る場合、故障とは切りたくても切れない、どうしてもついて回る問題だ。

故障と無縁でトゥインクルシリーズを走り抜けられたウマ娘など、本当に数えるくらいしか居ない。

トゥインクルシリーズを走るウマ娘は大なり小なり怪我を抱え、酷い時には故障を理由に引退する。

速さを求めれば故障は必ず発生し、それを如何に抑えるか、故障が発生したとして、如何に短い期間で立ち直らせるか。

ウマ娘による競走が始まって以来、どのウマ娘もトレーナーも頭を抱えてきた問題である。

 

 だが其処に現れたのが津上あきだ。

彼女が担当したディープインパクトは、一日に2000mと2400mを走って翌日もぴんぴんしていた。

2400mなど明らかに限界を振り絞った走りを見せた筈なのに、である。

普通、そんな事をしたらウマ娘の脚は多少なりとも故障する。

むしろレースでなくとも、トレーニングですら怪我の可能性があるのだ。

だが、彼女の担当するウマ娘は他の幼馴染四人を含めても一度も怪我をしたことなど無いという。

 

 これは、もしかすればもしかするかもしれない。

些細な事でもいい、ウマ娘の故障する確率が1%でも下がるなら、やる価値はある。

そう考えて合意したリギルの東条ハスミとスピカのトレーナーは、以前からハスミが最新機材を頼んでいたアグネスタキオンを呼びこんで、この合宿で少しでも糸口を探る事を決めた。

勿論、あきにも協力してもらう手前、そういう事であるから頼めないかと許可は取ってある。

あき自身もウマ娘に故障してほしくない心は全く同じである為、これに快く応じた。

 

 そして調査してみて判明した事は、『津上あきのトレーニングとケアは極めて個人的才能により成り立っているが、ある程度の再現は可能』ということであった。

最初に、あきのトレーニングの土台になっているのは、これでもかと言わんばかりの骨の強靭化だ。

まずは此処が強くなくては話にならないと全てが『骨、在りき』となっている。

どれだけ速度を出そうが、どれだけ長く走ろうが、骨が強ければそんな問題は大抵が踏破できると骨を作り込む。

筋肉は全てが連動してるなら骨も全て連動させろと全身の骨を強化するのが文字通り骨子となる。

 

 次に鍛えるのが体幹である。

身体の中心を鍛えて鍛えて鍛えて、何があってもブレない身体とバランス感覚を刻み込み、エネルギーを良く取り込む内臓に強い心肺を作る。

全力の体当たりをされても微動だにしない身体の中心と、消化吸収の良い内臓で回復力を高め、心肺機能を強化し走る活力にする。

言うは易いが、実際にやるとしたら、食事の管理から呼吸の深さから何から何まで把握して鍛え抜く必要がある。

 

 そして最後に手足の筋肉である。

執拗なまでに鍛えられた骨格と体幹という土台に、まずは載せられるだけ載せた筋肉を想定し、其処から過剰な部分を削ぎ落し、さらに成長の余地を残すように調整してから、筋肉を作っていく。

まず『この部分にはどのくらい筋肉を載せられるか』を正確に解るのがおかしいし、そこから『骨は絶対に壊れないが最も速く走れる理想値』を弾き出せるのも訳が解らないが、やっている事は単純だ。

さらに筋肉はわりと容易く変動する為、適宜修正を加えていく必要がある。

 

 そう、あきがウマ娘の身体面に対しやっている事は、ある意味、個人の能力の上で成り立った最高のゴリ押しである。

 

 あき以外がこれをやろうとしたら、まず研究所を建ててそこに様々な検査機械を詰め込み、トレーニングしたりレースした直後にそこにウマ娘を突っ込み、様々な精密検査とプランの適宜修正を行うという、予算も手間も一人のウマ娘にかけるようなものじゃない事をやらなければならない。

ハスミもスピカのトレーナーもアグネスタキオンも、どうやったらこんなのを再現できるんだと頭を抱えたが、それで諦めるなら此処にまで来る前に、とっくに諦めている。

三人の心は燃えていた。

今はたしかに小さな一歩かもしれないが、いずれ全てのウマ娘が、故障と無縁の夢の世界へと至る一歩にするのだと。

 

 一方あきは面倒を見たウマ娘達にすっかり心を開き一緒に泳いだり遊んだり花火したりと夏休みをきっちり堪能していた。

 

 そして合宿は終了し、いよいよレースの時期となる。

ディープインパクトはジュニアの重賞をまた幾つか蹂躙し、ラインクラフトやシーザリオも年末のG1を見据えオープン戦を勝利。

カネヒキリやヴァーミリオンはダートレースが本格化するのは二年目からなので目立たないが、少ないレースの中でも存在感を放ち始める。

 

 そして残り二つのチームも黙ってはいない。

スピカのカブラヤオーとジャスタウェイもオープン戦で勝利を遂げ、ハーツクライは前哨戦の神戸新聞杯を勝利し、菊花賞への弾みをつける。

リギルのキズナもまたオープン戦を勝利し、キングカメハメハは毎日王冠に出走、見事勝利し、天皇賞秋を射程に捉える。

 

 目指すは十月後半、クラシックの冠とグランプリの冠。

一人は『大王』が不在とて、弱いウマ娘など居ないと示す為。

一人は『己こそがトゥインクルシリーズ最強』と、証を打ち立てる為。

 

 いざ、決戦の秋である。




どっちを先にやるかはその時の筆者が考えてるさ(適当)

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