チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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ウマ娘に転生した、競走馬に転生してウマ娘になった、オリジナルウマ娘をブッ込んだ、馬じゃないモンスターとかロボとか超能力者をウマ娘にした。
いろいろ見たけど純粋にただのウマ娘に生まれ変わってもう明らかにウマ娘の枠をブチ抜けてるようなチートオリ主なかなか見たことないなって思ったら筆が滑った。



第一話 クロスオーバータグが付いていないことはどうやっても読めない主人公

 とある次元、とある時空、とある場所。

そこは魂の集積場であり、洗浄場であり、加工場であり、出荷場である真白い彼方。

はたして故意なのか、偶然なのか、バグなのか、それは全く以て判別しないが――

とある魂が、洗浄されず、ある特殊な加工をされて送り出された。

 

 ある世界に、『ウマ娘』なる人種がいる。

不思議なことに女性しか生まれないその人種は走るために生まれてきた。

ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前を持って生まれ、その魂を受け継いで走るのが彼女たちの運命。

本来ならば、彼女たちが持ち、受け継ぐものはおおよそ名前と魂であり。

魂に染み付くほどの思いは例外として、そこに記憶は受け継がれない。

 

 だが、何の因果か悪戯か。

とある別世界の『男』の記憶をそのままに持つ魂が、一人のウマ娘として生まれ落ちた。

この物語はそのウマ娘が生まれ落ちてから5年。

両親から『早熟だなぁ』とのほほんとした感想を抱かれながら、一人で図書館を利用することを許され、何かを必死になって調べていたそのウマ娘から始まる。

 

 お昼を少し過ぎたころ。日曜日の図書館に、そのウマ娘の姿はあった。

彼女は幼い頃から妙に手のかからないウマ娘であり、夜泣きの回数も少ないし、乳離れの離乳食も早く、トイレトレーニングもすぐに済ませるという、年若い夫婦の初子としては手のかからなすぎる赤子であった。

育児は大変だと聞いたり習ったりしていた両親もこれには最初拍子抜けしたものの、世界の気質としてのんびりのほほんとした所がある為か、気にせず『優秀なのだ』と無邪気に喜んでいた。

だが手のかからないなら手のかからないで寂しく感じているのか、娘に何くれと構い、娘は娘で若干うざったそうにしながら両親に応えるというのがこの家族の日常であった。

 

 文字もすぐ読めるようになった娘はなにかと読書家で、この時ばかりは立場が逆転し、両親にもっと本を読みたいだのいろいろな種類を読みたいだのとしつこくせがむのだ。

わがままらしいわがままを言わない娘に両親は喜んでいろいろと本を買い与えた。

ただやはり幼児である故か絵本や物語などの比率が多く、もっといろいろな本が読みたいと駄々を捏ねた娘が『一人で図書館にお出かけする』という権利を勝ち取ったのだ。

さて、そんな彼女が何をしているかと言えば。

 

「(……っしゃぁああぁぁ!セェェェフ!)」

 

 持ってきた本や図書館の備品が並べられた机の前で、勝利のガッツポーズをしていた。

並べられているのは様々な歴史年表と百科事典、法律書やレースルールブック。

そして図書館使用者に無料で解放されているちょっと型の古い――前世の『彼』にしてみると大分新しめの――ノートパソコン。

画面にはWikipediaや日本地図、世界地図が広がっている。

調べ、検索した単語が『無かった』ことを確認した彼女にも、公共の場で大声をあげないでいられるだけの理性はまだあった。

 

「(最悪は、最悪は無い!

  法と混沌で争い中庸で皆殺しするゲームのカルト宗教も!

  明らかにキナ臭いシェルター建設会社も!

  特撮系の組織はちょっと調べられないが摩訶不思議な事件とかは起きてない!

  製薬会社のくせに生物兵器作ってる会社の名前も無し!

  週刊世界の危機やってる卓ゲシステムいろいろで出てくるような組織名もない!

  だいたい60年周期で魔術師達が戦争やってる街も無い!

  吸血鬼が連続殺人やる市も無いし魔術師が変なマンション建ててた筈の市も無い!

  此処までないってことは天文台な国連組織も無い可能性は高い!

  都市内だけ異常に技術が進んでる学生の街も無い!

  人を灰にする古代兵器も無い!

  魔王の妹が何故か管理者やってる日本の町も無い!

  カードゲームが世界的にあらゆる手段になってるなんてことは無い!

  スーパーなロボットとかがお祭り騒ぎで集まるみたいな事も現状無い!

  小笠原諸島に伝わる未知の巨大生物伝承は無い!

  何かよくわからない立ち入り禁止汚染地帯なんかも無い!

  つまり今現在、ボクが知る限りでサクサク世界滅亡系の作品とのクロスオーバーの心配は無い!)」

 

 何故彼女がこんな奇怪な行動をしているのか。

それは、消されずに魂に染み付いていた記憶に原因があった。

『彼』は自分が何に転生したのか、それは生後間もなく把握していた。

『ウマ娘 プリティダービー』という作品があることは知っていたのだ。

 

 ただ、その作品についての知識は余りにも薄かった。

さもありなん、何かそのような名前のゲームアプリが出ると発表されたものの延期に延期を重ね、ゲームより先に漫画やアニメなどが先に出て、友人が騒いでいたのを知るくらいなのだ。

競馬にまるで関心の無かった彼は、そんな自分でも知っているようなオグリキャップやトウカイテイオー、ハルウララやディープインパクトも出るのかと聞いたことがある。

友人は味わい深い顔で、最後の一頭以外は出る、いやそういうのはいいからアニメを見てみろ、と勧めていた。

 

 まぁ、そこまで言うならと、スペシャルウィークという名前の女の子が主人公だというそのアニメを見てみるか、という所で記憶は終わっている。 

前世の『彼』がネタバレにならない程度に聞いた内容としては、特殊能力や超常能力とかは無い爽やかなスポ根ものだと聞いていた。

つまり、スポーツで世界の支配を企む秘密組織だとか、たった数名で世界の命運をかけた勝負をやるとかは無いと判断してよい筈だ。

ならば現代日本、あるいはそれを上回るような技術水準を持つこの世界に生まれ変わったのはアタリなのではないかと判断していたのだ。

性別が変わっていたのはそれなりにショックだったが、下手に中世的な異世界だとか技術水準が圧倒的に違う場所に生まれ変わるより余程いいと。

まぁ其処まではっきりした思考ができるようになったのは乳児からようよう脱し始めた時くらいからであるが、文字を読めるようになった辺りくらいから彼女ははたと気付いた。

 

 果たして此処は本当に『ウマ娘 プリティダービー』の世界であるのか、と。

 

 前世ではそれなりに異世界転生ものの小説を読んでいた『彼』は、二次創作でもいろいろと流行っていたのを知っている。

彼は果たして、自分がどのような立場で此処に在るのか、ということは早々に理解を放棄した。

高次元観測者によって一挙手一投足を見られていたり、世界自体、何かによって作られたものであったりなどは考えだしたらキリがないからだ。

せめてまだ意識があまりはっきりしていなかった乳児時期の赤ちゃんプレイだとかトイレやお風呂のシーンは見られたり描写されてないと良いなぁと完全に割り切った。

世界がなんだろうと自分がなんだろうと、結局は今を生きていくしかないのだ。

 

 だが、しかし。

『彼』の知る二次創作では『クロスオーバー』もの、複数の世界を組み合わせて舞台設定を作る作品もあった。

もし、この世界がそうであったなら?健全なスポ根世界が別の作品と混ぜ合わされて奇想天外な方向にカッ飛んでいたら?

彼女は早急に調べる必要があった。何故ならば――

 

「(この何だか知らんが異様に高い肉体性能で戦闘させられる、って可能性は、低い!)」

 

 そう。彼女の肉体性能は、ウマ娘と比しても高かった。

魂に刻み付けられている記憶なんてオマケだと言ってしまってよい程度にはチートと言えてしまうほどだ。

同じく極めて高い肉体制御能力で、高めではあるがまだウマ娘の範疇の身体能力を装っているが、もし本気を出せば現時点でさえ1000mを60秒フラットで走り抜けられるだろうか。

まだ、ろくに身体が育ち切ってない5歳の時点で、である。

この世界のことを少しは調べた彼女も、この速度をこの世界で行われる大規模競争大会、トゥインクルシリーズやドリームシリーズで走る競技者達が出すなら不思議ではないと解っている。

しかし、常人より遥かに身体性能が高いウマ娘とはいえ、5歳の幼児が出す速度ではないとも解っていた。

 

 勿論、成長するに従いもっと速くなるとも予想できる。

彼女の身体は確実に、ウマ娘としての枠組みを超越していた。

ならば、それを使って何かさせられるのではないかと疑ったのは当然の事であった。

調べようにも、5歳の幼児が個人的な端末やパソコンが欲しいと言ってもそうそう与えられるわけがない。

 

 故に、彼女は図書館に一人で来て、資料を片っ端から集めて調査した。

結果として彼女の心配は今のところは杞憂であるとわかったが、無論、今、何も無いとはいえ将来もそうであるかはわからない。

突然ワープゲートが開いてそこから異世界の軍勢がやってくるとか、隕石に乗って未知の生命体が飛んでくるとか、誰も知らない海底に巨大生物が居ないとも限らない。

何かあっても最低限逃げれるよう、油断せずに身体はある程度鍛えておこうと決めた。

 

「(さて、そうなると。どうする、この世界はわりと『ゆるい』。

  いやダーク方面に思いっきり振り切れてるより余程マシだけど)」

 

 さて、『彼』の転生したこの世界であるが、驚くべきことに『世界大戦が発生していない』。

 

 この理由はヒトとウマ娘が深く交雑してきたことによる。

ウマ娘とはヒトより何倍もの力と速さを持ち、走る事が大好きな種族である。

そして走る事に対して闘争心や競い合う心を持つが、殴り合ったりなどの暴力的な戦いはそんなに好きではない、どこか牧歌的でのほほんとした所がある種族だ。

さらにウマ娘は何故か女性しか産まれず、ウマ男なるものは産まれないが、しかし、ウマ娘『から』産まれてくる種族は違った。

そう、ウマ娘からはヒトの男女も産まれてくるのだ。

 

 最初はウマ娘はウマ娘からしか産まれなかったのだろう。

しかし時代が降ると、今度はヒトの男女の夫婦からウマ娘が産まれるようになるまで遺伝子的交雑が進んだ。

そうなるとこの世界のヒトは、『彼』の前世のヒトとはもう根本的に違ってくる。

正しくヒトでありながら、どこかこの世界の人は『前』と比べてより平和的で、のほほんとしているのだ。

ただ、レースとなるとヒトもウマ娘も種族が変わったかのようにどこまでも熱くなるが。

 

 この奇跡的な塩梅によって、『ヒトがウマ娘についてけないと不便だから』と自動車やバイクが発明され――モータースポーツもレースである為かまた別枠で人気である――たり。

『もっと遠くの、世界中で開催されてるレースが見たい、走りたい』とかで大規模輸送手段が発明されたり、開発動機や経緯が微妙に違ってきたり。

『レースの為に作ったんだから戦う為に使っちゃいけないよね』と若干お花畑が入った思想がデフォルトだったりと。

流石にどこぞのカードゲーム並とは言わないまでもこの世界はかなりの割合で『レース』が基準となっている。

 

「(やはりレースか。でもなぁ。転生したおかげか走るのは抵抗ないんだけど…チートで蹂躙するのはどうなんだ?)」

 

 ぱらぱらとレースルールブックを開き、目当てのページをぴたりと開く。

そこに書かれていたのは『タイムオーバー』ルール。

それは1着のウマ娘と2着以下のウマ娘の差があまりにも離れていた場合、『調整不足』として一定期間、レース出走禁止とするルールである。

無論、例外はあるが、それはレース中の病気や怪我、他のウマ娘の転倒に巻き込まれてなど、『競争能力』に関係が無い理由で遅れた場合のみだ。

では、これの何が問題かというと。

 

「(たしか菊花賞とかいう大きなレースが3000mで、レコードタイムが3分ちょい。

  で、成長したこの身体なら…多分2分30秒は余裕で切る)」

 

 そう、彼女の『チート』とも言うべき肉体は、あまりにも『速すぎた』。

ウマ娘と比べても高すぎる肉体性能が、それによって強化された脳細胞から弾き出された高性能演算が、『それだけの速度で走れる、その速度で走っても何も問題が無い』と告げる。

しかも消耗品とも呼ばれるウマ娘の足も、彼女にとってはまるで問題とならない。

高すぎる肉体性能は勿論回復力にも及び、レース程度の消耗なら、健康的に食べて寝るだけで、どれだけ消耗してようが翌朝には治っていると確信できる。

いや、むしろどんな大怪我しても、必要な栄養を取って安静にしてれば1日で完治するだろう。

もはや、ウマ娘の姿をした別の生命体と言っていいくらいには彼女の身体は普通とはかけ離れていた。

 

「(この身体になって走るのは好きになったけど別にどうしてもレースに出たいってわけでもない。

  ……この世界が普通のガールズスポ根モノだとしたら、むしろ競技に出るより横で見てたいかなぁ)」

 

 彼女は前世、いわゆる消費型のオタクであり、今世でもあまりそれは変わってはいない。

高校生の少女達が戦車に乗って大会を競うアニメにはとてもハマっていたし、円盤もグッズも集めていたが自分から二次創作を作ろうなどそういうことはしていなかった。

もしこの世界が前世で見る予定であったアニメと同じような世界だというなら、いわば自分は異物である。

ガワがいくら美少女といえど、走り、競い、青春の汗と涙を流す美少女たちの間に自分が混ざるのは前世がおじさんであった身では抵抗がある。

 

 さりとて、自分の才能、というよりは肉体の性能を活かさないのはなんとも損であるようにも感じる。

それならば―――

 

「(……なってみるか!トレーナー!)」

 

 ウマ娘のトレーナーとは、ウマ娘を支え、共に夢に向かい走る誇り高き職業である。

ウマ娘の身体や脚質に合ったトレーニングの考案や指導、作戦の立案、ウイニングライブの教導など、様々な事柄を修め、ウマ娘と共に笑い、共に泣き、共に歩む。

この世界のヒト種の子供が選ぶなりたい職業第1位。

 

 しかしウマ娘でトレーナーになりたいと思う者はまずいない。

何故ならばウマ娘ならばまず自分で走って勝ちたいと本能的に思うからで、ウマ娘のトレーナーになりたいと思うなど余程の変人か例外くらいだ。

彼女はこの例外に当たるだろうが、思った以上にこの選択はアリだと思考する。

勉強は問題ない、この肉体は脳味噌も大概ハイスペックだ、記憶力もかなり良い。

トレーニングの指導も問題ない、この眼球は高性能、筋肉の付け方や個々に合わせた走り方を見抜くことはできる。

なんなら自分が一緒に走って教導すれば良い、いやむしろ一緒に走って教えられるとかトレーナーとして得難き才能になるんじゃね?と。

 

 降って湧いた閃きに自分の将来設計は明るいと笑顔になる彼女はついぞ気付かなかった。

『レースの事になるとどこまでも熱くなる』この世界において、『明らかに強いウマ娘』がどう思われるかなどと考えも寄らず、お気楽に人生設計を練っていたのだった。


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