チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

23 / 61
さぁいよいよ始まります翔子ちゃんのG1レースです。
関係者の方ではチートオリ主のなんかわけわからん能力が取沙汰されてますが、さて世間や実際に走るウマ娘達がどうかっていうと。

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


第二十二話 G1ホープフルステーク・レース編『未来に託すものの名は』

『さぁ各ウマ娘ゲートイン完了しました。果たして来年クラシック戦線希望を齎すのはどのウマ娘か』

『ホープフルステークス夢の先へと2000m、今、スタート!』

 

          ガタン!

 

『さぁ各ウマ娘出遅れ無しの絶好のスタートハナを切ったのはやはり2番のカブラヤオー!坂があっても関係無い先頭は絶対に譲らないとこのレースでも主張します!』

『内側に二番手ナリタトップロードすぐ後ろに8番ディープインパクト外側三番手!先頭集団定まりましておっとあとは三バ身四バ身離れて全員中団後方集団はありません!』

 

 やはりこのレースでも先頭を取って大逃げをするのは狂気の逃げウマ娘カブラヤオー。

通常なら此処までの破滅逃げなら後ろに控え、バテるのを待つのが常道だ。

だが彼女に対してはそれはできない。

何故なら彼女は垂れないのだ、そうでなければ『狂気』とまでは呼ばれていない。

後方集団で機を伺っていたら、そのまま置いて行かれる。

カブラヤオーにはそれをするだけの能力が在る、ならば勝利する為には最低でも中団で勝負を仕掛ける必要がある。

自然とペースが上がる為、追込みウマ娘の天敵とも言えるようなウマ娘だった。

 

「(ひぃん!やっぱりディープインパクトさんこっちに来てる!しかも今日はもう一人のウマ娘さんがいる!なんで!なんでぇ!)」

「(このハイペースやっぱキツイです!でも後ろに居ても千切られるだけ!前目につけて差すしかない!)」

 

 だがそんな思惑など関係も無く、カブラヤオーは相変わらずのディープインパクトの圧と、インコースにつけたナリタトップロードからの圧に内心ガクブルしていた。

しかしそれが彼女を速くする。

 

 ナリタトップロードの脚質は先行寄りの万能型だ、しかしカブラヤオーに対していつも通り好位追走なんてやってたら、おそらくこのレースでは追いつけないと判断した。

何せ出ている面子が面子だ、末脚でそうそう負ける気は無いが、中団からスタートとなれば、おそらく団子状態でラストスパートを駆け抜ける事となって互いに邪魔。

ならば前につけてカブラヤオーを差す勢いで走るしかない。

しかし誤算はカブラヤオーのペース、二人に追われる彼女のペースは異常だ、二番手につけてる自分でさえ普通は『大逃げ』と呼ばれるくらいだろう。

果たして脚が保つか、それが焦点。

 

『三番手ディープインパクトからおよそ五バ身キズナ外側ついてサッカーボーイ大外にサクラスターオー内にダンスインザダーク最内シンボリクリスエス!』

『しかし四番手から最後尾までさほど差はありません先頭から最後尾までおよそ七バ身!これは稀に見るハイペースなレース展開でしょうか!!』

 

 カブラヤオーに引っ張られ、展開は高速化。

追込みを得意とするキズナだがカブラヤオーの逃げ脚とディープインパクトの差し脚を知っているので少しでも追いつくように前で構えた。

他にもこの中団は差し、追込みを得意とするがいつもの2000mのペースでは影も踏めやしないと直感、ペースを上げている。

 

「(注意すべきはディープインパクトさんだ、中山の直線は短い!かなり手前で仕掛けるとは思うけどタイミングを間違えれば背中すら見えない!)」

「(トプロは前目につけてやがるな、末脚じゃあのオジョーサマに勝てねぇって判断したか?ケッ、だがそのペースでテメェのスタミナが保つかよ!)」

「(流石見事な驀進です!これは私も凄い驀進を見せなければなりませんね!残り600mで張り切らねば!)」

 

 キズナは今この時点でディープインパクトに勝利できるとは思っていない、合宿やこのレース以前の重賞で見せた基礎能力が違い過ぎた。

だが弥生賞では、皐月賞では、日本ダービーでは?

その能力差が縮まらないと誰が決めたのか、いや絶対に縮めて追い抜いてみせる、これはその試金石だと。

G1レースでそんな事をするのは普通は有り得ないだろうが、キズナはその『有り得ない』をしなければとてもじゃないがディープインパクトには勝てないと、勝つ為に全力で全て使ってやると心を決めていた。

 

 サッカーボーイはナリタトップロードがステイヤーとして超一流を張れるスタミナがあっても、このハイペースでは最後に差す脚は残らないと判断する。

長距離で走るスタミナとハイペースで中距離を走るスタミナは使う部分が違う、あいつは絶対落ちてくる。

ただし彼女の脚で勝ち筋を残すのならばその戦法しかないというのも事実だと解っていた。

いつも通り好位追走からの末脚を発揮しようとも、あのカブラヤオーについていった上で、常識外の末脚を見せたディープインパクトには届かない。

いつも通りやってもそれでは結局二番手争い、勝つ為にはどこかで賭けが必要だ。

ナリタトップロードは前につける事でそこに賭けたのだろう、ならば自分はどこで賭けに出るか。

 

 サクラスターオーは最後の600mでどれだけ驀進するかだけで頭を埋めていた。

 

「(深淵なる衝撃の同胞の最終天空飛翔疾走は此れまでにいずれも歪み無き翠色の絨毯でしか発動させておらぬ。ならば此の身は戦場に表出する歪みの間を縫いかの英雄に詰め寄る…!(ディープインパクトさんのラストスパートはいつも直線で見せていました!ならこっちはコーナーで少しでも近づかなきゃ!))」

「(ペースは高速化している、勝負は前半1000mを過ぎた辺り、彼女がどの時点でスパートをかけるか。おそらく…)」

 

 ダンスインザダークは今まで見たレースでディープインパクトが直線でしかスパートをかけていないのを見ていた。

それがブラフかどうかは解らないが、今の自分では彼女の直線での加速に勝てない事は解っている。

ならばコーナーで加速し少しでも差を縮めるしかない。

インコースから外に入って加速、再び内に入る。

多少のロスは加速で補うと決めた。

 

 シンボリクリスエスはおそらく一番冷静に展開を読んでいた。

ディープインパクトはあの論文の元となった津上トレーナー直接の教え子だ。

ならばおそらく、今このレースを走るどのウマ娘よりも頑丈な身体をしているに決まっている。

ならば、それをどう使うのが有効か、どれだけの距離でスパートするか、もしできるとするならば、そう――

 

『ここで前半1000mを通過しますタイムはなんと58秒!?本当にジュニアのペースかとても速いあっ!?ここで、ここでディープインパクト頭を下げたぁ!?』

 

 

――――――――――――――――

 

 

観客席ではあきやレグルスのメンバーが応援している。

前半1000mを越えた時、彼女達はディープインパクトがスパートの体勢に入ったのを見た。

 

「うわ、おじょーひさびさにアレやるつもりなのー?」

「今まで直線でしか見せてなかったからな…此処で見せつけて他の連中がクラシックでどう対応してくるか、見るつもりじゃないか?」

「お嬢のあれ、えぐいのよね。評判的に、頑丈さと単純な速さばかり噂されてるんだろうけど…」

「それだけなら。私達がとっくに勝ち越してる」

 

 今までディープインパクトが見せた頭を低くしてのスパートは最後の直線でのみ見せてきた。

勿論、それは普通の事だ。

普通のウマ娘はスパートしている時に曲がったり坂を同じペースで駆け登ったりなんてできないし、しない。

だが、ディープインパクトだけは違う。

 

「ふふーん!ボクが『翔ちゃんならG1全部獲れる』って言ったのは嘘でもなんでもないもんね!」

 

 絶対的なボディバランス、どこまでも精密な身体制御、作り上げられた強靭な骨格と心肺と筋肉により高められた耐G性能。

いっそ狂気的なまでに仕上げられた、肉体に任せるだけでレースに勝てるような、そんな身体性能にあきはディープインパクトを仕上げたのだ。

普通ならそれだけでいい。

普通ならそれだけで満足する。

 

「翔ちゃんは『最強』だよ、例え他の子がG1何度も獲ってようがコースレコード出してようが、ボクの翔ちゃんが絶対に勝つもんね!」

 

 だが二人はそれで満足しなかった。

どうすればより正確に精密にロスが無くコーナーを駆け抜けられるか研究した。

どうすれば強く速く短時間で消耗少なく坂を駆け抜けられるのか編み出した。

どうすれば少しでも距離を時間を長くスパートできるか鍛錬した。

 

 どれか一つでも極めたら、それはG1レースで勝利できるような立派な武器だ。

『だから』二人は全部を求めた。

強い肉体を誇るウマ娘が居れば、それよりさらに強靭な肉体を。

速い脚を持つウマ娘が居るなら、それよりさらに速い脚を。

技術で以ってレースをコントロールするウマ娘が居るならば、それよりさらに巧い技術を。

誰よりも強靭な肉体で。

誰よりも速い脚で。

誰よりも巧い技術で。

最強、最速、最巧の、二位の項目など一つもない正しく最高のウマ娘。

オールマイティなどではない、何処を切り取っても全てがハイエンド。

 

「走れ!翔ちゃん!キミが『最高』だぁー!」

 

 映像で、現実で、あらゆるウマ娘を『視』てきた津上あきが、それでもなお『一番』と自信を持って言うウマ娘。

それが、ディープインパクトだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 風を切る。地を駆ける。揺らさず、ぶれさせず、真っ直ぐに、高さを変えず。

まるで大空を飛ぶ飛行機のように真っ直ぐに。

されど大空を舞う鳥のように鋭角に。

ディープインパクトは残り1000mの時点でスパートをかけた。

 

「(ひえっ!?何でディープインパクトさんが前に居るの!?コワイ!)」

「(まさか、此処からスパートかけて最後まで保つんですか!?嘘でしょ!?)」

 

 抜かれてしまったカブラヤオーがディープインパクトを見て動揺するが、すぐ後ろにもウマ娘が居るのでペースは落とせない。

ナリタトップロードも前に出られた事に驚愕するが、すでにペースはいっぱいギリギリだ。

そう、二人はまだ1000m58秒というハイペースを崩してなんていない。

だというのに、ディープインパクトは抜き去ったのだ。

 

「(600mより仕掛けてくるとは思ったけどこの時点で!?まだ早すぎる!)」

「(クソが!残り800よりさらに前だと!?どういうスタミナしてんだ!)」

 

 中団のウマ娘もあまりの早仕掛けに動揺し、少しだけペースが上がる中。

ただ一人だけ、それを読み切って変えなかったウマ娘が居た。

 

「(やはり1000m時点で仕掛けてきたか。周囲のウマ娘もそれに影響されてペースが上がった、此処までなら差し切れるな)」

 

 ペースを上げた周囲とは違いペースを守る、現在最後方を走るシンボリクリスエス。

焦燥に駆られる周囲と違い、彼女だけは落ち着いていた。

 

「(――今は無理だ。私の脚では1000mの正真正銘超ロングスパートなどできない。彼女以外ではペースを変えなかったカブラヤオーだけが相手だ)」

 

 読み切ったからこそ、冷静だったからこそ理解した。あれは今の自分では及ばない。

否、成長した自分ですら敵うかどうか解らない、正しく尋常でない才能と常識外の努力を積んだ怪物だ。

ディープインパクトに前を取られてもムキになって競り合おうとしなかった――いろいろな意味でできなかっただけだが――カブラヤオーだけが、自分が差し切れるか解らない範囲となる。

他のウマ娘はこの時点でかかっている、スタミナを消費しすぎて最後の直線では伸び切れないと見切る。

――勿論悔しい思いはある。ディープインパクトに勝ちたいという気持ちはある。

だが自分の実力不足を棚に上げるつもりも毛頭無い。

彼女とは勝負の土俵が違っていたのだ、それを実際にこうして走るまで読み切れなかった自分の未熟である。

このままでいるつもりは欠片も無い。だが今は闘志を深く、深く、深く沈める。

いつか見ていろ、そう思ってディープインパクトを見据えた、その時。

 

「(――!?)」

 

 ちらり、と、彼女が自分を見た気がする。

いや、確実に見たのだろう。

だって目線が語っていたのだ、『楽しみにしている』と、まるで好物を待ちかねる子供のように。

沈めた闘志が一瞬浮かび上がりそうになるが抑えた。

今は認めなければならない。まだ挑戦状を叩きつける段階ではない。あぁ、だがしかし――

 

「(ふ、ルドルフ様に『覚悟しておけ』と言われたが)」

 

 シンボリクリスエスはシンボリ家の新星と呼ばれる。

勿論、シンボリ家の重鎮、最も強いと謳われる『十冠の皇帝』シンボリルドルフと知己がある。

その彼女に言われたのだ、『ディープインパクトと同じ世代で走るのならば覚悟をしておけ』と。

真摯な表情の中に、隠しきれぬかすかな羨望と嫉妬が混じった眼差しで。

たしかに、シンボリルドルフの世代にライバルと呼べるライバルは居なかった。

唯一負けたレースも疲労を抜かし切れなかった調整不足故になったものだ。

彼女に自分の夢と目標はあっても、夢と目標になるウマ娘は居なかった。

それに比べて、自分はなんと――

 

「(――今は、いい。このレースで少しでも結果を残す事を考えろ)」

 

 思いを深く、深く沈める。

今はその時ではない。まだ早い。いずれ必ずその時が来るまで、大きく育つように深く、深く。

シンボリクリスエスに隙は無い。

才能に振り回されず、感情に引きずられず、己の実力を最大限に出し切るまでだ。

いずれ前を行く彼女に借りを返すその時まで、シンボリクリスエスは冷静沈着に走るだろう。

 

「(――うん、やっぱりG1レースは凄い)」

 

 スパートをかけ、コーナーも坂も全てお構いなしに飛ばしていくディープインパクトは思う。

G1レースは凄い。まだ誰も勝ちを諦めていない。

今、このレースに勝てないとしても、最終的な勝利は絶対に譲るものかという闘志を何処までも感じる。

それはとても、得難いものだと彼女は思う。

強すぎる者は、孤独だ。

いずれついていく事を諦められ、追いつく事を目標にされ、それすらできないと嘆かれる。

それはきっと、とても寂しい事で、とても哀しい事だと思う。

だからきっと、ディープインパクトは走るのだ。

それ以上強くなるのかと、なんでそこまで速さを求めるのかと言われても。

きっと、何処までも空を駆けるように、ディープインパクトは走り続ける。

 

『ディープインパクトがまだスパートを続けますコーナーも坂も関係無い!後続のウマ娘も必死に追いかけますが差が縮まらないまま今残り400mの標識を越えます!』

『ディープインパクトがまだ落ちない!まだ落ちない!直線飛行を続けます!カブラヤオー二番手のまま此処で後続も上がってきたっ!』

『ナリタトップロード粘るも苦しいか!最後尾シンボリクリスエス上がってくるぞ他のウマ娘は伸び切らない!クリスエスがカブラヤオーまで捉えたがカブラヤオー必死に逃げる!』

『だが二人も前を行くディープインパクトには届かない今一着でディープインパクトがゴールインッ!強い!並みいるウマ娘を寄せ付けず圧巻の、圧勝のゴール!!』

『二着はシンボリクリスエスが差し切った!カブラヤオー僅かに逃げきれませんでした三着です!』

 

レース結果

 

一着 8枠8番 ディープインパクト 1分55秒0

二着 1枠1番 シンボリクリスエス 大差 1分58秒0

三着 2枠2番 カブラヤオー アタマ 1分58秒0

四着 5枠5番 キズナ 2バ身 1分58秒3

五着 4枠4番 サクラスターオー 1バ身 1分58秒5

六着 3枠3番 サッカーボーイ クビ 1分58秒5

七着 7枠7番 ダンスインザダーク 2バ身 1分58秒8

八着 6枠6番 ナリタトップロード 1バ身 1分59秒0

 

 一着、ディープインパクト、タイムは1分55秒0。

二着のシンボリクリスエスに3秒の大差をつけての圧巻のゴール。

タイムは芝2000mのワールドレコードを0.4秒更新した。

このレースは最下位ですら1分59秒と、例年より遥かにハイペースであり、最下位のタイムですらレースレコードの更新をした事でこのレースに出たウマ娘達が如何に強かったのかを雄弁に語る。

彼女達は決して弱くない、世代に居ればG1を最低一つ、もしくは世代を代表するような強いウマ娘だと評されただろう。

しかし、ただそれよりもディープインパクトが遥かに強かった。否、強すぎたのだと。

 

 来年のクラシック戦線は、一際人々を熱狂させるだろう。

『最強』ディープインパクトに、他の強豪がどう挑みかかるか。

彼女達が一矢報いるか、はたまた最強が蹴散らすのか。

人々は、確かに彼女達に夢と希望を見た。

 




ちなみに翔子ちゃんは第五話で2000mを走ってますがあれはそこそこの力で走ってます。
その時のタイムから1秒縮めてるのが今現在の本気の走りですね!
ワオ……(白目)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。