むしろ回収しない方が妄想の羽を広げられて健康に良いまである。
啓蒙に目覚め、脳に瞳を宿すのです…(その眼は狂っていた)
いろいろと取りまとめた結果、希望レースにはトライアルレースへの出走が勿論必要という事になり、それを纏めていくと全体像が浮かび上がった。
まず一番最初に二月にヴァーミリアンが渡米、アメリカトリプルティアラのトライアルのケンタッキーオークスのさらにトライアル、ラスヴァージネスステークス(G3)に出走。
次に三月初めに日本でシーザリオが出るチューリップ賞(G2)とディープインパクトが出る弥生賞(G2)をこなし、中旬に同日開催のラインクラフトが出るフィリーズレビュー(G2)と、ヴァーミリアンが出るアメリカ開催の二度目のケンタッキーオークストライアル、サンタアニタオークス(G2)。
アメリカのレースは着順によるポイント制でポイントが高いウマ娘が優先して出走できるシステムを持つレースが結構ある為、複数トライアルに出る場合がある。
そして此処から本格的に地獄が幕を開ける。
四月初めに、ジュニア期の内に、ちゃっかり出走条件を満たしていたカネヒキリがフロリダダービー(G1)に出走、その一週間後にサンタアニタダービー(G1)の強行軍。
その翌日には日本でラインクラフトとシーザリオのトリプルティアラ一つ目の桜花賞(G1)と、同日でイギリス三冠2000ギニーのトライアル、ディープインパクトが出るグリーナムステークス(G3)が開催。
その一週間後には日本でクラシック一冠目、皐月賞(G1)が始まり、およそ一週間後にシーザリオの出るフローラステークス(G2)、さらに一週間後、四月末日にディープインパクトのイギリス2000ギニーステークス(G1)が開催。
そして5月初めにヴァーミリアンのケンタッキーオークス(G1)が開かれ、その一日後にアメリカ三冠の一つ目、カネヒキリのケンタッキーダービー(G1)、そしてその翌日に日本でディープインパクトとラインクラフトの出るNHKマイルカップ(G1)。
約二週間置いて五月中旬、アメリカ三冠二つ目のプリークネスステークス(G1)が開かれ、その翌日に日本でトリプルティアラ二つ目のオークス(G1)、その一週間後に日本クラシック二つ目の日本ダービー(G1)。
一週間後、六月の初めに今度は英国三冠の二つ目イギリスダービーステークス(G1)があり、その四日後にアメリカトリプルティアラ一つ目のエイコーンステークス(G1)、その三日後にアメリカ三冠最後の一つベルモントステークス(G1)。
七月も移動距離がえぐく、まず日本に帰ってきたカネヒキリがジャパンダートダービー(G1)に出走、その翌日にディープインパクトのパリ大賞典(G1)、一週間後ヴァーミリアンのアメリカトリプルティアラ二つ目のCCAオークス(G1)が開かれ、その二日後にイギリスでキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(G1)。
八月も行ったり来たりする事となる、中旬にフランスでジャック・ル・マロワ(G1)、その三日後にアメリカトリプルティアラ最後の一つアラバマステークス(G1)、そしてその十日後にアメリカでヴァーミリアンとカネヒキリの第一戦目が行われるトラヴァーズステークス(G1)。
九月には前半にイギリス三冠最後の一つセントレジャーステークス(G1)が在り、同日開催でラインクラフトが出る紫苑ステークス(G3)とその一週間後にシーザリオのローズステークス(G2)。
十月からやっと日本に留まり始めると思ったら一番最初がフランスでディープインパクトの凱旋門賞(G1)である。
ただしそこが終わればあとは日本となるが、ローテーションが地獄ではないというわけではない。
十月中旬にトリプルティアラ最後の一つの秋華賞(G1)、その一週間後に三冠の最後菊花賞(G1)、一週間後にディープインパクトが出る天皇賞秋(G1)なのでレースの密度はほぼ変わっていない。
十一月はシーザリオがエリザベス女王杯(G1)、ディープインパクトとラインクラフトが出るマイルチャンピオンシップ(G1)、ダート二人が出るチャンピオンズカップ(G1)とその翌日のジャパンカップ(G1)と、ディープインパクトが相変わらず頭おかしいローテーションなだけで普通と言えるのかもしれない。
十二月は正真正銘平和に終わる、何せ芝を走る三人が出る予定の有馬記念(G1)とダート二人が出る東京大賞典(G1)しかレースが無い(感覚麻痺)。
総括してみれば日程がギチギチなのはディープインパクトだけで、あとの四人はそうでもない。
ダートの二人組は夏までアメリカで走るだけだし、ティアラ二人組も海外なんて行かない普通のティアラ路線のローテーションだ。
同日開催のレースはどうしようもないがこれで殆どのレースは応援できる!やれる!あきは目をぐるぐるさせながら拳を握りガッツポーズを取った。
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無論こんなのがあき一人でできるわけが無いので即座に理事長室に土下座しに行った。
レースで勝たせる事は可能でも、走らせる段階まで持っていくにはあまりにも経験も伝手も足りていないのである。
まず書類で死に、次に滞在場所の確保で死に、最後に移動手段の確保で死んでスリーアウト、何もできずにゲームセットである。
では素直に国内で走らせればいいのではないか、となるかもしれないが、実はこの無茶苦茶なスケジュールをこなせるかもしれない可能性が有るのを、あきは知っていた。
以前、あきがこの世界の歴史を調べた時に、『この世界では世界大戦が起こっていない』世界であり、『技術の開発経緯が違う』事を学んでいた。
そしてこの世界の車や船、飛行機などの大量輸送手段が『もっと遠くのレースを見たい・走りたいから』である事をその時に知っていたのである。
あきの前世だったならば、無理だっただろう。
移動手段の確保もあれば、実際に走る『馬』の健康状態、他の人間達の害意でこんなことは不可能だ。
だが、この世界ならば、それが可能であると、走って勝つ事ができるならこれは通ると、あきは判断した。
この世界はレースの事柄に対してはとことんまで純粋だ。
もしこんな日程で勝つ事ができるウマ娘が居るなら、もしそんなチームがあるなら、この世界の人類が抱くのは夢と希望だと、あきは思っている。
何せこの世界、『レースしようぜ!月まで行って無事帰ってきたらゴールな!』と言った国があって、他の国が『何をバカな事を。――で?レギュレーションは?』と返して本当にレースが始まった歴史がある。
ちなみに勝ったのは言い出しっぺのアメリカである。
有人宇宙飛行まではロシアがリードしていたが、そこから思いっきりマクって月面一番乗りを果たした。
一着の証拠として月面に国旗を突き立てて帰ってきたのは有名な話だ。
そんな世界であるから、あきは知ってる人の中で一番力になってくれそうなシンボリルドルフ理事長を訪ね、間髪入れずに土下座したのであった。
ディープインパクト達が強すぎてトゥインクルシリーズをどうしようという問題はまるで解決してないが、故障の根絶という、全てのウマ娘の幸福という大きな夢に前進して上機嫌だったシンボリルドルフ理事長はいきなり土下座してきたある意味での元凶にフリーズし、『今度は何を言い出すのか』と厄介事の臭いを嗅ぎ取ったエアグルーヴ秘書が、絶妙にやさぐれた眼で溜息を吐いた。
トレーニング方法を開示してくれたというのは本当にありがたいし、他のウマ娘達の為になるのだが、その事務処理とか関係各所への折衝をしたのは主にこの二人が中心として行った為、この年末でようやく一息ついた所だったのである。
望んでやった事とはいえ、激務は激務であった為、二人がここ最近、家にはほぼ寝に帰るだけで働き詰めであり、お互い家族とどう過ごそうか話していた所に、御代わりが追加されれば眼の一つや二つは流石に死んでいた。
そして提出されたチームレグルスの出走プランに二人して頭を抱えた。
何が酷いかと言えば『移動手段と書類手続きが万全であり、予定しているレースに勝利できる』なら何一つ問題が無い事だ。
ティアラ路線の二人は問題無い。というか文句のつけようが無い完璧に国内ティアラ路線ルートでこの中ではむしろ癒しである。
ダート路線の二人も国外であるということ以外は問題が無い。こちらはパスポートと書類をきっちり完備し、申請を出せばあとは移動手段の問題だけである。
だが最後の一人が大問題だった。
日本と欧州を何回行ったり来たりするんだ?あと欧州内でも移動かなり多くないか??
走るレースも日本三冠に英国三冠に欧州三冠ってそんな欲張りセット何故個人でやろうと思ったのか???
地味にトレーナーの移動も問題だ、こいつ何回日本とアメリカと欧州を移動するんだろう?
可能な限りライブに出たいとかそもそも同日開催は確実に無理だし、移動時間で出れないライブだって多数なんじゃないか??
そもそもそんな移動ばっかりしてて本人の体力とトレーニングの指導は可能なのか???
いや解っている、一人では無理だと判断したからこうして頭を下げに来たのだろう。
だがもう一つの問題もある。
シンボリルドルフ理事長は聞きたい事があると、あきに頭を上げさせた。
「ふ、む。そうだな。そもそもとして、勝算は?」
「出れさえすれば勝てます。っていうか、翔ちゃんに勝ち目を見出せるウマ娘ってチームメンバーの四人…と、あとはギリギリでオルフェさんしかいません」
それはとても自信に満ちた断言だった。
レコードを連発し、時にはワールドレコードまで出すディープインパクトに並ぶ者は同じチームメイトと、ギリギリのラインで今なおドリームシリーズを走っている三冠ウマ娘しか居ないと。
「……それ程か?」
「んーと、そうですね。オルフェさんはこのままだと10:0で無理です。翔ちゃんに勝てません。一ヶ月時間を貰えれば9:1まで引き上げられます。リオちゃんも同じくらいですね。ラフィちゃんとリアンちゃんならそれぞれの分野なら8:2で。キリちゃんなら6:4で一番拮抗してますね」
エアグルーヴ秘書の問いにあきはすらすらと答える。
オルフェーヴルなら自分が一ヶ月時間をかければディープインパクトに勝ち目は作れる。
シーザリオも勝ち目はあるが、ディープインパクト自体中長距離の芝が得意なので、勝ち目はあるというところまでだ。
ラインクラフトなら芝のマイル、ヴァーミリアンならダートなら二割の可能性がある。
ヴァーミリアンは芝も少しは走れる分ダートへの特化が足りず、ラインクラフトは芝という同じ戦場なのでどうしても分が悪い。
そしてレグルスのチームメンバーの中で、ディープインパクトの次に才能があるのがカネヒキリだ。
ヴァーミリアンと違って芝の適性はほぼ無いが、その分ダートに特化しており、全地形対応のディープインパクトに四割の勝率を残す。
つまりレグルスのメンバーは全員、その気になればレコードで走れるだけの能力がある。
それを今までのレースでしなかったのは、この為だ。
確かにレコードは出せるが、その時にあきが常に傍にいるとは思ってない。
あの二人ならとんでもない事をやらかすと、信頼と信用と、確信があった。
だから『本気』では走るが、『全力』では走らない。
もし全力を出すとすればお互いの路線のチームメイト兼ライバルと走る時か、もしくはディープインパクトと走る時だけだと。
まぁディープインパクトは強いウマ娘が居るとつい嬉しくなってレコードタイムでブッ飛ばすのだがあれは例外だ。
生まれ持った図抜けた才能と、幼児期からの究極的なトレーニングと、あきを見て育った逸脱した精神力のどれ一つ欠けてもああはできない。
あきと出会わなければ『日本を代表するレジェンドウマ娘』で済んだだろうが、出会ってしまったから『既にワールド級レジェンドなのにまだ強さを追い求める修羅』というとんでもないものが生まれてしまった。
この件について、幼馴染四人は『まぁ責任はあきにとってもらおう』という生暖かい共通認識で二人を見ている。
「……津上トレーナー君。勝てるのだね?」
「はい。勝てます。ボクのチームは『最強』です」
改めて問うたシンボリルドルフ理事長に、あきは胸を張って断言した。
シンボリルドルフ理事長の個人的な感情としても、実際にあのワールドレコードを出した走りを見た者としても、たしかにディープインパクトは夢を見るに値するウマ娘だ。
そして今目の前に居る彼女は己達が必死になって整備した『故障を回避するトレーニング』のオリジナルにして第一人者、今はまだ技術的にできない事を完璧にこなす事ができる規格外である。
日本のチームによる、日本のウマ娘による、日・英・米・欧州三冠独占。
そのあまりにも輝かしい夢が、目の前に提示されていた。
「……了承。書類手続き、移動手段の手配、滞在先の確保。こちらで全身全霊、粉骨砕身の心持でバックアップしよう」
「理事長!?」
「エアグルーヴ。これはおそらくチャンスだ。日本のウマ娘が確かに世界に通用するという、またとないチャンスだ」
シンボリルドルフ理事長とて、理事長となる前は一選手であり、日本一国に留まらず世界という舞台を夢見た事がある。
様々な要因でそれこそは叶わなかったが、しかし全てのウマ娘の幸福を実現せんと夢を掲げる者として、自分の時のような挑戦の機会すら与えられなかったような、そんな事はしたくない。
さらに言えば彼女達の存在がある事で、誰もが夢見ても実現はできない、正しい意味での無差別級ワールドカップ、真の意味でのURAファイナルズの実現すら可能とするかもしれない。
世界各国のスターウマ娘がレグルスを打倒する為に、彼女達を追い抜かんと闘志を燃やしやってくるのだ。
別に開催が日本じゃなくて各国持ち回りになっても良い。というかそうするべきだろう。今度URAの国際会議で提唱しよう。仕事もそっちに振れるし、とても良い考えだ!
おそらくきっとたぶん、シンボリルドルフ理事長はとても疲れていた。
「よし、では移動手段は当家の自家用ジェットを貸し出そう。滞在先の確保はまぁ、そこまで手間では無い。あとは手続きだな」
「自家用ジェット」
そこでポンと自家用ジェットという単語が出てくるのか、名家ってやっぱ凄い、とあきはオウムのように言葉を繰り返しながら思った。
なおエアグルーヴ秘書は書類手続きだけでも大変だろうと胃と目頭を押さえている。
「しかし津上トレーナー君もこれだけの手続きや、現地での指導や日本残留組の指導など手が回らないだろう?」
「あ、はい。なので事務員さんだけでも紹介してくれないかなー、と」
実際、チームを率いるトレーナーは激務である。
サブトレーナーをつけていないチームはあっても、事務員がいないチームなどは、新しすぎてまだ事務員がどれだけ必要かすら判明していなかったレグルス以外、存在しない。
あのスピカやリギルでも書類仕事の大半は専属の事務員に任せているのだ。
そうでなければ時間がとてもじゃないが足りはしない。
十数年前は事務仕事すらトレーナーがこなしていたチームもあったそうだが、元から問題視されていた所を過労で入院したトレーナーが出たので抜本的に見直しをされた。
これによってトレーナーはウマ娘達のトレーニングやレースのプランニングに専念し、他の煩雑な仕事は事務員にという分業体制が成り立った。
それでも各ウマ娘の一人一人に合わせたトレーニングの構築やレースでの戦術構築、相手ウマ娘の戦力分析などやる事は沢山あって激務なのは変わりないのだが。
レグルスについても提出されるレースローテーションによって、配属される事務員の人数を決定する予定だったのだ。
「あぁ、勿論事務員も派遣する。そしてこれは提案なのだが、津上トレーナー君。サブトレーナーを迎える気はないかね?」
「む…いえ、ボクが飛び回るにせよ、どうするにせよ、必要になりますか」
「うむ。場合によっては君の親交のあるスピカやリギルの手を借りる事もできるだろうが、アメリカや欧州でトレーナーをつけずに送り出す事は流石にできない」
そして、このレースローテーションで一番の問題がアメリカを飛び回るダート路線二人組と、日本に残るティアラ路線二人組、日本と欧州を行ったり来たりするディープインパクトで、どうしてもトレーナーが居ない状態が起きてしまう事である。
日本に残るティアラ路線二人組はまだいいだろう、スピカやリギルが今年のクラシックでティアラ路線を走るウマ娘が居ない事もあり、短期間の間面倒を見てもらうあてがある。
しかしダート路線の二人と日本と欧州を飛び回るディープインパクトは別だ。
あきが分裂できない以上、どうしても一人になる期間がある。
リモート通信など技術の進歩は目覚ましいが、直接指導したりケアしたりする方がどうしたって効率がいいのだ。
それにトレーナー資格を持つ者がいないと利用できない施設だってある。
日本のトレセン学園で言えば合宿場など、選手のウマ娘だけでは申請しても使えないのだ。
「むむむ、いえ、仕方ない事ですね。というか、ボクらみたいな新設チームに入ってくれる人なんているんですか?」
「あぁ、そうでなければこのような提案はしないよ」
あきにすればディープインパクト達がいくらG1確実の将来有望なウマ娘の集まりとしても、今現在のチームレグルスは新興もいいところ、重賞だって勝ってるのは所詮ジュニア期のものでしかないチームだ。
サブトレーナーなどといった存在は、もっとクラシックやシニアのオープンレースや重賞で結果を残しているチームでなければ希望者も居ないし、配属だってされないものと思っていた。
しかしシンボリルドルフ理事長が言うには、向こうから是非に、と申し出があったのだというそうだ。
「一体誰なんですか?かなり物好きな人だと思うんですけど」
「ふむ。まぁ、物好きなのは否定しない。だがある意味納得もしたものだよ。彼女、というより、家の方が有名だが」
シンボリルドルフ理事長が言う、レグルスに是非ともサブトレーナーとして配属してほしいという人。
その人の名は。
「彼女の名前は、桐生院桜。君と同じ、飛び級をし、中学生でトレーナー資格を取得した俊英だ」
トレーナー名門、桐生院家。そのご令嬢の名である。
追加メンバーその一はトレーナーのやべーヤツだ!
ウマ娘の事ばっかり考えてて社会常識が欠落してる部分があるゾ!
流石にデータ面とかフィジカル面ばっかり見てて交流しないといった前例の過ちは踏襲しないがそれはそれとして流行とかそういうのはガン無視なんじゃないんスかね(適当)