しかもまだ年齢的に中学生なんだから労わってあげましょう!
なお年齢的に一つ年下のチートオリ主の扱いについては棚に上げるものとする。
レグルスにトレーナー名門一族の一員、桐生院桜が合流し、月日はあっという間に流れていく。
その間にあきは書類手続きでひーこら言ったり、自分を含め国外に出るメンバーのパスポートを作ったり、世界各国で使える端末をメンバー全員分用意したり、どうせなら観光もしたいので現地の良さげな観光スポットを調べたりした。
桜の指導についても、共感覚を使った脚の見方をあきが『視』た情報から割り出した『音』の指摘でさらに洗練させたり、桜の私生活が壊滅的なのが判明してご飯を作ってあげたり、寝食を放り出してお風呂すら時間を惜しんで入らない桜を無理やり浴槽に叩き込んだり、『あれ?これ指導より生活習慣の改善の方に時間割いてない…?』と思いながら最適な骨格強度とその筋肉配分を教えたり(流石にこれは桜もできなかった)。
そんなこんなであっという間に二月に入り、まずはヴァーミリアンの米国G3ダート8ハロン、ラスヴァージネスステークスである。
様々なサポートもあり移動も滞在先も問題無く確保され、最初のレースということで余裕もあって一週間前に現地入り。
海外初挑戦、オークストライアルとはいえ、あきの調整を一週間しっかり受けたヴァーミリアンがG3で苦戦するわけが無く、あっさり勝利。
三月のサンタアニタオークスに弾みをつける。
ちなみにこの一週間であきが用意した端末で実際に指導したりなどテストも行ってみたがそちらも問題無くクリア。
ただし見ている方(桜、ハスミ、スピカトレーナー)は何故そこまで的確に指導できるか、まるで理解できなかった。
遠距離からの指導も問題無くこなせたという事で、此処であきは一旦帰国である。
まずはヴァーミリアンと桜が米国に残り、後にはカネヒキリと合流して夏まで走る事となる。
都度にあきも米国に渡る事になるが、果たして何往復する事になるのか、あきは飛行機の中で少し遠い目をするのであった。
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『いよいよ始まりが見えてきた今年のクラシック戦線であるが、その前哨戦、弥生賞から早くも嵐が吹き荒び始めているようだ。
年末の奇跡、コースレコードを全員更新したあのホープフルステークス全ウマ娘が既に出走を表明している。
それに加え、朝日杯FS二着のマイネルレコルト、オープン戦で手堅い勝利をあげたリボンロック、メイクデビューでの勝利から直行のギターリズム、メイクデビュー以来勝ち星は無いものの掲示板も外していないジュエルジェダイトの計十二名で行われる。
この中で注目はやはり此処まで全戦全勝、無敗のレコードブレーカー、ディープインパクトだろう。
彼女のみならずチームレグルスは日本だけでなく、海外への遠征レースを行う事を公式発表した。
先駆けとしてダート路線の新星、ヴァーミリアンがアメリカにて早速勝ち星をあげており、同じくダート路線の駿メ、カネヒキリ共々アメリカンクラシックロード制覇を狙う。
そしてディープインパクトは日本のみならず海外のレースでも走る事が公式発表された。
彼女が狙うは日・英・欧州・秋シニア三冠という前代未聞のローテーションである。
世界記録保持者とはいえ、果たしてこの無謀な挑戦の行く末はいったいどうなるのか?
世界全てのウマ娘に挑戦状を叩きつけた彼女達に今後も目が離せない一年となるだろう』
――日刊デイリーウマ娘 弥生賞当日特別号より抜粋――
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三月六日、中山レース場、芝2000m、弥生賞。
前日に阪神レース場で行われたシーザリオのチューリップ賞での勝利とライブを見届けたあきは、直行で中山へと馳せ参じていた。
その元から頑健極まりない身体に、ハードスケジュールに早速適応進化し始めた事で、あきのコンディションはバッチリであり、今日もオタ芸のキレは一切鈍らない事だろう。
むしろアメリカに置いてきた(三食きちんと取って睡眠を取るよう口酸っぱく指導した)桜の健康状態の方が余程心配である。
向こうに居る料理人に毎日レシピを送っているが、食事を抜いたり残したりして、ヴァーミリアン共々調子を崩していないか毎日映像でチェックをするくらいには心配している。
世間ではレグルスの日程が無理無茶無謀の代名詞、トレーナーは何を考えているのかと叫ばれているが、此処最近睡眠時間が一時間を切り出してなお元気に活動しているあきの実態が知れれば黙ってしまうかもしれない。
短い睡眠と休息でもバッチリ完全に回復してくれるように進化してくれたチートには感謝の念も覚えているが、むしろこんな肉体になっていざ戦うとなったらどんな存在が来るか戦々恐々としているあきであった。
あきの終わりの無い不安はともあれ、あきは控室に居るディープインパクトの調子を細かく『視』ていた。
結果は上々。今日も問題無し、パーフェクトである。
「翔ちゃん、今日もコンディションはバッチリだね!」
「うん。今日も楽しいレースができそう」
年末のホープフルステークス以来、じっくり仕上げてきたであろう七人と、ジュニア期に重賞レースで何回か抜き去った二人、全くの新顔が二人。
特にホープフルステークスで一緒に走った七人はあきの見立て通り、『全力で走っても壊れない身体』が出来上がり始めている。
無論、身体を鍛え続ける限り、骨を強くし体幹も同じく鍛え続けねばならないが、バランスが出来始めているのだ。
「相変わらずカブちゃんとキズナちゃん、シンボリクリスエスさんが強いね。でもサッカーボーイさんとサクラスターオーさんも無視できないかな。脚と身体が出来始めたならこの二人がカブちゃん達を差し切ってもおかしくないよ」
注目は以前と同じカブラヤオー、キズナ、シンボリクリスエスの三人。
しかし脚の不安を解消しつつあるサッカーボーイとサクラスターオーがこの三人に劣るかと言えばそんなことはない。
むしろ才能を発揮すればその三人を相手に十分な勝率があるのだから、いよいよ誰が勝つか解らない領域である。
「ダンスインザダークさん、ナリタトップロードさんには2000はやっぱり短いかなぁ。それでも例年なら一着狙えたんだろうけど、多分根本的に変えないと皐月賞とダービーじゃ掲示板も難しい。二人は菊花賞が本番かな」
対してダンスインザダーク、ナリタトップロードの二人は以前に言った通り、ディープインパクトを除外しても先にあげた五人に中距離で先着するのは難しい。
身体が出来上がってきた分、逆にステイヤーの素質が明瞭となってしまっている。
勝ち目が無いとは言わないが、かなり薄いと言えるだろう。
「翔ちゃんも何回か一緒に走ったマイネルレコルトさんとジュエルジェダイトさんだけど、流石にこの面子じゃあ掲示板は無理かな。リボンロックさんとギターリズムさんは1600か1800なら勝負できそうだけど、2000は長い」
マイネルレコルトもジュエルジェダイトも決して弱くは無いが、他の面子が強すぎた。
不可能とは言わないが今の状態では掲示板入りはまず無理だろう。
リボンロックとギターリズムについては脚の質的にマイラー寄りである為、マイルまでならサッカーボーイ相手に健闘できるだろうが、2000は彼女達にとって長すぎる為、先頭争いには関わってこれないだろう。
「でも翔ちゃん、皆勝ちたいわけだから、そろそろいろいろ仕掛けてくる頃合いだと思う。特に、翔ちゃんはちょっと他の子じゃあ考えられない連闘を予定してるからね。多分、尚更負けるかってなる」
「うん。良いよね、そういうの」
そろそろ勝つ為にレースで正攻法だけじゃなく、搦め手も使ってくるだろうというあきの言葉に、ディープインパクトはむしろにっこりと笑う。
勝つ為に全力で立ち向かってくるのは歓迎すべき事だ。正攻法でも勿論良いが、奇策、奇襲、何でも使って勝ちに来て欲しい。
それをこちらも堂々と打ち破ってみせるし、もし打ち破れなくても全力で戦えればそれで良いのだ。
今日もディープインパクトはにっこり爽やかに修羅っていた。
「まぁ細かくプレッシャーかけたり隙間をブチ抜いたりとかもできるけど、今日は置いておこう。翔ちゃん、今日は――」
技術は見せても良いが、まだ、細やかな技術や搦め手をこちらも使えるという事を相手に見せる時期ではないと、あきはそう判断する。
ならばどうするべきか。このレースでどう走るべきか。あきはディープインパクトに作戦を提示した。
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『各ウマ娘ゲートの前に集いました、集まりました十二人、クラシック一戦目、皐月賞の前哨戦、弥生賞がいよいよ始まります』
『三番人気はこのウマ娘、カブラヤオー。ホープフルステークスでは差し切られ三着となりましたが今日は果たして最後まで逃げ切れるのか』
『二番人気はシンボリクリスエス、今日こそついにあのウマ娘を差し切れるのか、気合も十分です』
『そして堂々一番人気、ホープフルステークスと同じこのレース、今日もぶっちぎりで駆け抜けられるか、ディープインパクト!』
実況の声が響く中、ウマ娘達がそれぞれゲートインしていく。
パドックでもゲート前でも、(一人を除いて)誰もが自分に負けないと宣言してきたのを、ディープインパクトはとても嬉しく思う。
それはきっと記録を出したり、レースに勝つ事よりも得難い事だ。
ディープインパクトは自分が誰よりも挑戦者の顔をしているから、周囲もそれに触発されているのだという事を気付いていなかったが、結果を誰よりも享受していた。
中山レース場、芝2000m、誰もが夢への挑戦者、弥生賞。
1枠1番マイネルレコルト。6番人気。
2枠2番サッカーボーイ。7番人気。
3枠3番ジュエルジェダイト。10番人気。
4枠4番ディープインパクト。1番人気。
5枠5番ダンスインザダーク。9番人気。
5枠6番ギターリズム。12番人気。
6枠7番シンボリクリスエス。2番人気。
6枠8番カブラヤオー。3番人気。
7枠9番リボンロック。11番人気
7枠10番キズナ。4番人気。
8枠11番サクラスターオー。5番人気
8枠12番ナリタトップロード。8番人気
クラシックの冠を我こそはと目指すウマ娘は、以上12人。
皐月賞トライアルレース、弥生賞。
出走の時である。
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『さぁ各ウマ娘ゲートイン完了しました。クラシック一冠目を占う前哨戦、勝ち上がるのは盤石かそれとも打ち破るものが現れるのか』
『弥生賞目指すは2000mあの娘より先へ、今スタート!』
ガタン!
『各ウマ娘綺麗にスタートしましたハナを目指すは1枠1番マイネルレコルトと6枠8番カブラヤオー!』
『しかしカブラヤオーはハナを譲らず先頭に立ちますおおっとぉ!?』
実況の戸惑った声と観客のどよめきで、会場の空気は大きく揺れた。
何故ならば――
『一バ身差二番手マイネルレコルトしかし!しかし他のウマ娘ほぼ間を空けずカブラヤオーの大逃げについていきます!最後尾はなんと一番人気ディープインパクト!』
『しかし先頭カブラヤオーから最後尾ディープインパクトまでおよそ六バ身!しかし内から外まで壁ができている!』
カブラヤオーが変わらずの初手大逃げ、逃げウマ娘のマイネルレコルトがそれについていくかと思えば、なんとディープインパクト以外の全員がカブラヤオーについていく超ハイペースの逃げを打ったのだ。
ホープフルステークスで、カブラヤオーに先行の位置でついていったディープインパクトは、1000m時点でスパートをかけて先頭を抜き去り、あとは影も踏ませず走り続けた。
ならば1000mの地点で前に動かれたら即ち、勝ち目は無い。では前に行かせないにはどうするか?
そう、最早全員でカブラヤオーのペースについていくしか、他に方法が無い。
差しても追込んでも追いつけはしないなら、最初から前を走ったまま先にゴールするしか無い。
ディープインパクトはカブラヤオーよりさらに速いが、もしこの集団を追い抜くには大外を周り込むしかなく、それは確実に大きなロスになる筈だ。
そうなれば、差し返せるだけの可能性が発生する筈。
打合せも何も一切無いにも関わらず、カブラヤオーを除いたこのレースを走る内十人のウマ娘は、ディープインパクトに勝つ為に同じ結論に到ったのだ。
カブラヤオーはホープフルステークスの時より格段に人数の増えたプレッシャーに、内心嘔吐しそうになりながら必死に逃げていた。
『各ウマ娘一斉に最初のコーナーを曲がりますがまだペースは落ちない!とんでもないハイペースこれはどうなる!?』
皐月賞トライアルレース弥生賞、波乱の幕開けである。
皆勝つ為に必死で頑張るから尊いっていう。
実際好きに走らせると先頭辺りからとんでもないロングスパートでブチ抜いてくるから、対抗するにはそれ以上の速さで走るか蓋するしかないよね…じゃあ蓋するんだよ!ってしただけ。
なおその為に狂気の破滅逃げについていかなきゃ蓋もできないとかいうあたおかな事やってるけどそうでもしなけりゃ勝機見出せねぇ!じゃあやるしかねぇな!
誰も彼も覚悟ガンギマリだぁ(白目)