チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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これでもレースまだまだ残ってるんだぜ、震える…(白目)


第二十七話 心に火をつけて

『ウマ娘達がコーナーを曲がりました最後尾は変わらずディープインパクト!先頭はカブラヤオーハイペースで集団を引っ張ります!後続のウマ娘変わらず先頭のペースについていくぞこれは何処まで保つのか!?』

「(まだ誰も脚は衰えていない…しかしそれがどこまで続くか)」

 

 カブラヤオーのハイペースについていきながら、シンボリクリスエスは目線だけで周囲を見回す。

当然ながら、このハイペースで全員ついていけるわけではないとシンボリクリスエスは判断していた。

必ず何処かで誰かが脱落する、その時に果たして如何に上手くブロックできるかで勝負は決まると考える。

 

 結論として、自分に安定的にレコードで走るだけの能力、レコードを更新する強さは無いと、自覚せざるを得なかった。

しかし相手は出してくる。つまり好きに走らせた時点で、敗北が確定する。

ならば相手の強みを封じて走り方を縛るしか方法は無い。

巡航速度も末脚勝負も、肉体的にこちらが遥かに負けているなら、頭を使って勝つしか無い。

 

 ただシンボリクリスエス自体、この戦い方での勝率はそれ程高くないと思っている。

あの怪物的なフィジカルに大外を周る程度のハンデがどれだけ作用するか、判別がつかないからだ。

しかしやらなければ勝利など見えない。

シンボリクリスエスにとって、正しくこのレースはこれからの為の前哨戦だ。

ディープインパクトがどう攻略してくるか、それがこのレースで一番見るべき所だと思っていた。

 

「(クソが、ペースは速ぇが緩める事はできやしねぇ、あの1000mからのスパートが伸びてねぇ保証なんざねぇんだ、最初から前を塞ぐしかねぇ!)」

 

 サッカーボーイは内心舌打ちをする。このペースで全員走れるなどと思ってもいないが、ホープフルステークスでの逃げ戦法からのあのロングスパートが強烈すぎた。

つまりディープインパクトはカブラヤオーの破滅逃げの一つ前、逃げのスタイルで走りながら1000mのロングスパートを決めれる異常なフィジカルがある。

今のレースなら最後尾とて普通のペースで言えば先行、つまり脚をさらに溜めていてスパートの距離が伸びても不思議ではない。

前を好きに走らせれば追いつけず、さりとてこちらが前を走るにしてもペースを格段に速めなければならない。

相手にするのは最悪の類のヤツだと内心で吐き捨てた。

 

「(相手に驀進させず!こちらは驀進する!さすれば必ず勝てる!これぞ最高に頭の良い戦法です!!!)」

 

 サクラスターオーの頭の中は最高に最強な戦法で埋まっていた。

 

『さぁ先頭カブラヤオーのまま1000mをもうまもなく通過します!タイムはなんと57秒台だこれはなんというハイペース!』

 

 中距離としては途轍もないハイペースであるが、彼女達が集団でこのハイペースを維持し、何故もっと後ろで壁を作らないのかには理由がある。

その理由こそが今現在先頭を逃げるカブラヤオーである。

彼女は最初は飛ばして最終直線に入る頃にはもうバテバテの、そんじょそこらの大逃げウマ娘とはものが違う。

彼女の逃げ足は最終直線からでもなお伸びるのだ。

彼女が先着を許したのは、途轍もない末脚と規格外のロングスパートで彼女を二回切り捨てたディープインパクト以外、虎視眈々と脚を溜めて乾坤一擲、末脚勝負に賭けたシンボリクリスエスの二人だけである。

前者はともかくとして、後者はギリギリ、タイム差無しのアタマ差での決着という大接戦だったのだから、カブラヤオーが最後の逃げ足でもまるで脚が衰えていない事を示している。

つまり下手に余りにも後ろで機を伺っていたら、今度はカブラヤオーに逃げ切られるのだ。

前門のカブラヤオー、後門のディープインパクトに挟まれているウマ娘達の勝利の為には、一瞬のタイミングを見極める眼と、破滅逃げにつきあいながら自分は決して潰れないようなシビアなペース管理が求められた。

 

 そして、それを最後まで続けられるウマ娘は少数派なのだ。

 

『残り800m時点おっとここでギターリズムがペースダウン!後続に――えぇ!?』

 

 故に穴が開く。其処に道ができる。勝利の為には一刻も早く塞がねばならないと、シンボリクリスエスとサッカーボーイはコーナーを曲がりながら少しだけ穴を埋め。

それでも無理をすれば一人、抜けられる、抜けられてしまう、此処で来るか、とちらりと後方を確認し、その眼を見開いた。

 

 何故なら、其処には必死になって追い縋るギターリズムの姿しか、見えなかったからだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ディープインパクトは思い出す。

最も頼れる幼馴染にしてトレーナーは、垂れたウマ娘の間を抜けとも、プレッシャーをかけて道を作れとも、技術を使い道を開けとも言わなかった。

彼女が指示したのはもっと別の事。

ウマ娘だからこその常識を打ち壊し、禁忌を投げ捨て、ディープインパクトだけの道を拓いて駆けろと言った。

 

『まぁ細かくプレッシャーかけたり隙間をブチ抜いたりとかもできるけど、今日は置いておこう』

『翔ちゃん、今日は皆の度肝を抜いてやろう。レースを走るウマ娘だからこそ、誰もやりはしない事をやって勝つんだ』

『仕掛け所は残り800から600にかけての第三コーナー。多分この辺から垂れてくる人がいるだろうけど、其処は狙わない。其処で抜いても普通に驚かれるだけで、度肝は抜けない』

『だからね翔ちゃん、走るべき場所は――』

 

 コーナーに入る。類稀なるボディバランスと。鍛え抜かれた体幹と。研ぎ澄まされた脚で。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 インは狙わない。其処は狙わなくていい。彼女が指示した、走るべき場所。それは――

 

『大外すらも越えていい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(あいつ!?一体何処に消えやがった!?)」

「(コーナーに入る直線までは後ろに居た筈だ、何処だ、何処に消えた!?)」

 

 サッカーボーイとシンボリクリスエスが目を見張る、確かに後ろに居た筈のディープインパクトが消え去った。

視線を動かし――ただ一人だけ、キズナだけが其処に目を向けていた事に気が付いた。

 

「(マジかよあいつ!?)」

「(な、其処を走るだと!?)」

「(内から抜かないなら、貴女なら――ディープインパクトさんなら、其処にいると思ってました!)」

 

 ディープインパクトが走る場所。観客達以外には、ただ三人しか気づいていないその場所。それは。

 

『な、なんとディープインパクト!外ラチギリギリ、外も外まさしく最大外に居ます!加速をかけるスパート体勢だこれはなんということかぁー!!!』

 

 ウマ娘だからこそ走らない、レースを走る者だからこそ有り得ない、三コーナー外ラチギリギリからの勝負。

大外を周るロスなんてものじゃない、何より不利なコースを圧倒的なフィジカルで踏み散らした。

 

『第四コーナーに入ります先頭変わってディープインパクト!しかしカブラヤオー脚が全く衰えないこれは凄い!?』

 

 そして、この外ラチギリギリを周った事で、他のウマ娘にとっての誤算が一つ。

カブラヤオーが、ディープインパクトに抜かれた事を全く気付いていない。

これがどういうことか?

今までカブラヤオーがディープインパクトに抜かれた時、カブラヤオーは『前に近づきたくない』為に『後ろに追いつかれない程度に』脚を無意識に緩めていた。

ホープフルステークスでシンボリクリスエスがカブラヤオーを差し切ったのも、この無意識のスピードダウンがあった為だ。

しかし、今回カブラヤオーは自分を抜いたディープインパクトに気づいていない。

それによって何が起こるのか。

 

「(カブラヤオー君の脚が緩まない…!これでは彼女を差し切る事すら…!)」

「(クソが!緩まない所かペースあげやがったぞあいつどうなってやがる!!)」

「(流石カブラヤオーさん、速い…!)」

 

 十人からの圧を受け、最内を走るカブラヤオーの脚の回転が上がる。

最早心臓が爆発したかのように高鳴り、頭の中は(恐怖で)真っ白で、このレースが早く終わってくれとゴール板しか見えていない。

 

『残り200mディープインパクトが先頭で坂を駆け登る速い速い!二番にカブラヤオー必死で最内追い上げる後続をさらに引き離すが差は詰まらない!』

『三番手にキズナが上がるシンボリクリスエスこれは苦しいか!サッカーボーイ粘るもキズナかわすカブラヤオーに差を詰めなんとカブラヤオーまだ伸びる!?』

『しかしディープインパクト詰めさせない外ラチ沿いに伸びる伸びる今一着でゴールインッ!最内カブラヤオー、二着に入りました!三着はキズナ、詰めましたが一歩及ばず!』

 

 結局。カブラヤオーがディープインパクトに気づいたのは、ゴールをしてからの事だった。

 

 レース結果

 

一着 4枠4番 ディープインパクト 1分55秒9

二着 1枠1番 カブラヤオー 大差 1分57秒8

三着 7枠10番 キズナ 3バ身 1分58秒3

四着 2枠2番 サッカーボーイ 3/4バ身 1分58秒4

五着 8枠11番 サクラスターオー 1バ身 1分58秒6

六着 6枠7番 シンボリクリスエス クビ 1分58秒6

七着 8枠12番 ナリタトップロード 1バ身 1分58秒8

八着 5枠5番 ダンスインザダーク 1バ身 1分59秒0

九着 1枠1番 マイネルレコルト 6バ身 2分00秒0

十着 7枠9番 リボンロック 6バ身 2分01秒0

十一着 3枠3番 ジュエルジェダイト 3バ身 2分01秒5

十二着 5枠6番 ギターリズム 6バ身 2分02秒5

 

 

――――――――――――――――

 

 

 弥生賞ライブ後、カブラヤオーの控室。

 

「…………」

 

 カブラヤオーは、もやもやとしたものを抱えていた。

ディープインパクトに負ける事は初めての事ではないのに、それまでの負けではこんな気分にならなかったのに、これは一体なんなんだろうか。

 

「どうした、カブラヤオー」

「トレーナーさん……あのね、あのね…」

 

 カブラヤオーには解らなかった。だから、自分がトレセン学園で一番信頼している人に聞いた。

終わったのに、前もあった事なのに、何で今日はこんな気分になっているのか。

カブラヤオーには、わからなかったから。

 

「……それはな。お前はきっと、悔しいんだ」

「…悔しい?」

 

 それは、カブラヤオーには無縁の感情だった筈だ。レースに出るのは、怖い。早く終わってくれと思っている。

早く終わらせたいし、他のウマ娘が近くに来ると怖いから、だから速く駆け抜けようとしてきた。

其処に悔しいとか、嬉しいとか、そんなものは無かった筈だ。

ただ、ただ、怖いものだった筈だ。

 

「ディープインパクトに負けるのは初めてじゃない。いつだって、お前は目の前であいつに抜かれてきた。けど、気付かなかったのは今日が初めてだ」

「お前はあいつに気づかずに、本当の意味で全力で駆け抜けた。『前に誰も居ない』と思って。だが、違った」

「前には本当はディープインパクトが居た。お前が気付かなかっただけで。お前は今日、『全力を出して初めて負けた』んだ」

 

 トレーナーの言葉が、腑に落ちた。

あぁ、負けたのだ。全力を出して。前に誰か居たからなんて言い訳も無く。

だから。だから、こんなにも胸を焼くのか。叫びたくて、もどかしくて、こんなにも、こんなにも心が騒ぐ。

 

「ト゛レ゛―゛ナ゛ー゛さ゛ん゛っ゛」

「あぁ」

「く゛や゛し゛い゛…わ゛た゛し゛く゛や゛し゛い゛っ゛」

「あぁ」

「か゛ち゛た゛い゛っ゛……わ゛た゛し゛は゛じ゛め゛て゛…ま゛け゛た゛く゛な゛い゛っ゛」

「あぁ。そうだな」

 

 ボロボロと涙と鼻水をシャツに染み込ませるカブラヤオーの頭を、スピカのトレーナーは優しく撫でた。

いつもみたいに顔を押し付けるななんて言いもせず。

初めて、本当の意味での負けの悔しさを味わうウマ娘を、優しく受け止める。

 

 きっと、カブラヤオーはこれからもっと強くなる。してみせる。だから見ていろ。必ず追いついて、追い抜いてみせる。

わんわんと泣く彼女の悔しさを分かち合いながら、スピカのトレーナーは硬く決意した。




怖いから先頭を走る、早く終わらせたいから先頭を走る、他のウマ娘が怖いから競り合いを拒否する。
でも、本当の負ける悔しさを彼女は知らなかった。どうしようもなく苦いそれを、本当の意味で知らず。
だが、本当に知って折れるのかというとそれはまた別というお話。

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