チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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省略したいレースは結構あるけど書きたいレースもかなりあってじゃあどれを書いていこうどれを残そうというジレンマ。
時間が足りない!

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


第三十話 もう一人の主人公が起こした衝撃の余波について:皐月賞準備編

 激戦に終わった桜花賞であるが勿論あきは客席でもライブでも全力で応援していた。

ゴール後に二人が頬っぺたをむにむにしていた時などちょっと涙が滲んだ目で『うんうん、青春だね!』と腕を組んで師匠面(実際に師匠)をしていた程だ。

 

 そしてレースもライブも終わった後、ラインクラフトとシーザリオの脚のケアを入念にしていたあきであるが、同日にほぼ世界の反対側で行われるディープインパクトのグリーナムステークスにまだ向かっていないのも理由がある。

時差の関係もあるが、レグルスのチームでのレース日程を見た名門達が本気を出してくれたのだ。

 

 なんと超音速旅客機を丸一年チャーターである。

レースの賞金や発表された研究その他経済効果で余裕でペイできるどころかリターンが圧倒的に大きいから心配するなと言われても、あきは最初、まるで安心できなかった。

前世も今世も産まれは庶民の津上あきである。

自家用ジェットだけでも処理落ちしそうなのにそれを飛び越えられるとまずどう反応していいか解らなかった。

 

 勿論、レースに期待しているだけではなく、あきの提供した『故障しない身体作り』の影響も大きい。

関係各所でもっと増産をもっと精度を筋肉の最適範囲の測定可能とせよなど、世界を巻き込んで研究と開発が爆発的に進んでおり、アグネスタキオン女史もその濁流に飲み込まれてカンヅメ再開である。

なまじ第一人者が未成年かつ現在活躍中のチームのトレーナーである為、その次に専門家であるアグネスタキオンがとても頑張る必要があるのだ。

題材的にも意欲的にも望む所であるが、忙しさに今日もアグネスタキオン女史は助手の膝の上でぶー垂れている。

 

 ともあれ音速でイギリスまで輸送されたあきは無事ディープインパクトのレースに間に合った。

先に現地入りしていたディープインパクトと合流し、最終確認もOK。

今日も万全と送り出し、実際に芝の違い程度で止められるとでも思ったのかと宣言するかのように圧勝。

海外であろうとディープインパクトはディープインパクトだったと証明し、予定通り、イギリストリプルクラウン一冠目、イギリス2000ギニーステークスへの出走をインタビューにて宣言した。

今日から一週間後(4/17)には日本で皐月賞、2000ギニーはその二週間後(4/30)である。

このような前代未聞のローテーションでクラシックを挑むのは本来才能に驕った無謀と謗られても文句が言えない。

しかし彼女は結果を示し、今、世界を席巻している『アキ・ツガミ式トレーニング』を直に受けたウマ娘の一人である。

もしかするかもしれない――芝レースのもう一つの本場、欧州に、確かな衝撃が走った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 あきとディープインパクトは、二日ほど休養がてらイギリスを観光し、日本に帰る為に機上の人となった。

 

「いよいよ皐月賞だね!初めはどうなることかと思ったけど、いやーなんとかやれるみたいで良かった良かった」

「うん。あきちゃんは凄い。普通のトレーナーさんは此処までできないから」

「いやぁー!それ程でもあるけど!」

 

 ふふーん!と胸を張るあきだが、実際にそれ程の事をしている。

普通のトレーナーでは過労で入院しているか、ウマ娘のコンディション管理をミスっている。

しかも国外で走っているウマ娘の方がチームでは多いのだ。

いくらサブトレーナーが居るとはいえ、あき自身が非凡だからこそ完璧なコンディション管理を実行できているのだ。

 

「まぁ、いよいよクラシック本戦だからね。きっと気合の入れ具合も違ってくると思うよ」

「うん。楽しみだね、あきちゃん」

 

 ディープインパクトがうっすらと笑みを作る。

きっと皆強くなってきてくれるんだろうなぁと無邪気な期待を抱いていた。

それが楽しみで仕方ない。

じんわり漏れ出している闘気、今日も順調にディープインパクトは修羅っていた。

 

「ふふーん!翔ちゃんなら誰が来ても大丈夫だからね!」

「うん。頑張るよ」

 

 ほのぼのと洒落にならない事を話す師弟は、日本でトレーニングしているであろう皐月賞に出てくるウマ娘達に思いを馳せるのであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 時は少しだけ遡り。

 

 サッカーボーイとナリタトップロードは諦めを投げ捨てていた。

基礎力向上の為に、朝からひたすらに、坂路を走っている。

 

「姐さーん!あの!これ!キツイ!すごく…キツイです!」

「っせぇ!んなこたー解ってんだよ!」

 

 ディープインパクトと自分達の違い。それはまず何はともあれ基礎性能の差だ。

作戦どうこうで何とかできる範囲を超えている程、スピードもスタミナもあちらの方が上なのだ。

なので其処をどうにかしないと勝負も何も無い。同じ土俵に上がれないのだ。

故にこそ、地道なトレーニングを積むしかない。

相手だってそうしている事は百も承知だ。もしかしたらこちらが一段積んでいる間に相手がもっと積み上げているかもしれない。

だが、それは諦める理由にはならない。

 

「おら立て!走れ!負けたまんまでいられるか、あぁ!?」

あああぁぁ!?」

 

 胸に込み上げるモノがある限り、走るのだ。あのすまし面に吠え面かかせてやる。

 

 

 ダンスインザダークは悩んでいた。

トレーニングをすればするほど、自覚してしまうのだ。自分にとって、2000mは短すぎると。

走れないわけではない。他のウマ娘達と勝負ができないわけではない。

だが、ディープインパクト(一番勝ちたい人)には勝てない。それが解ってしまう。

皐月賞に出れば負ける。ならば、目指すべきは――

 

「…深淵なる衝撃の同胞よ。不甲斐無くも相見えることができぬこの身を許せ。されど『絢爛タル灼熱ノ決戦場』にてまた再び相見えん…!(ディープインパクトさん…皐月賞を私は回避します。でもダービーで…!)」

 

 2400でも足りないかもしれない。それでも、それ以上は待ちたくない。

 

 

 シンボリクリスエスは決断した。

皐月賞は、出ない。今の己には、足りないものが多すぎた。

ホープフルステークスでカブラヤオーを差し切った時。残る相手はディープインパクトだけだと思っていた。

とんでもない増上慢だ。あの弥生賞で、自分は着外。掲示板にすら入れなかった。

彼女達が自分に並ぶ、あるいは超えるウマ娘であったというのに、ただ一人に目を眩ませて見ようともしなかった。

なんという未熟。なんという傲慢。基礎力以前の問題だ。

だからこそ、鍛える。身体を、心を、魂を。

彼女を捉える為、彼女達に誇れる自分になる為に。

 

「まだだ、まだ、足りない。修練を。身も心も魂にも、炎を灯せ」

 

 シンボリ家からすらも一時的に離れ、山に籠る。名門の名すらも今は邪魔だ。

 

 

 サクラスターオーは決心した。

滝に打たれよう。

滝は一直線に地面へと流れ落ちる。つまり驀進だ。

今の己には驀進が足りない。かの先人も1200mを二回驀進できれば2400mを驀進したのと同じ事だと言っていた。

ならば1000mを二回同じ日同じ時同じレースで驀進すればいい。方法はまだ思いつかないがとても冴えた手段だ。

だが問題はディープインパクトもかなりの驀進である事だ。自分でも勝てるか自信が湧かない驀進は彼女が初めてだった。

だが、諦めてなるものか。

滝という驀進に打たれながら、サクラスターオーはかっと眼を見開いた。

 

「そう、1000mを二回驀進するのが無理なら、2000mを驀進すればいい…!」

 

 結論は出た。そう、答えは驀進の中にある。いざ、驀進。

 

 

 キズナは決意していた。

今までのレースも、皐月賞も、全て試金石。決着は、ダービー。

それまでに鍛え、それまでに積み上げ、そこで勝つのだ、と。

しかし鍛えれば鍛える程、積み上げれば積み上げる程、見えてきたのはあまりにも高く、分厚い壁だった。

同じだけの時間をかければ、あるいは乗り越えられたかもしれない。

だが、そんな時間は残っていない。手元にあるもので勝負しなければならない。

勝ち目は、薄い。

 

「そんなことは、知っていました…!」

 

 あの時、東条ハスミトレーナーからデビューを一年遅らせても良いと言われた時に。

ダービーを獲れる素質はある、G1を獲得できる、でも彼女達がいる以上、それはとても難しいと言われた時に。

トレーナーとしての力不足を謝られた時に。

それは違うと言ったのだ。貴女が私のトレーナーで、私のトレーナーは凄いのだと、私だって負けてないのだと。

諦める為の理由や言葉は山ほどあった。でも、それは選ばなかった。

勝つ。何度負けても。勝つ。たとえダービーで負けても。

彼女の背中を越えて、私と私のトレーナーは凄いでしょう、と笑う為に。

 

 

 カブラヤオーは後悔していた。

たしかに負けたくないと思った。勝ちたいと思った。でもこんなのは聞いてない。

 

「おら走れ走れー!そんなんでアレ相手に戦えると思ってんのかテメー!」

「ひゃっほー!ひゃっふー!ひゃっはー!」

「ごめんね、これもカブラヤオーちゃんの為だから…」

 

 隣でオルフェーヴルが併走し、何故か居るオジュウチョウサンが一定地点を通る度に真横から自分達をジャンプで飛び越し、後ろからはハーツクライがぴったり追い上げてくる。

怖い、凄い怖い。特にオジュウチョウサン、なんで居るのとかそういうのを超越して、レース場を周るんじゃなくて直線でジャンプを挟んだシャトルランしている。

練習にもなってるんだろうけど実はただ悪ノリしてるだけなんじゃないだろうか。

背面飛びとか宙返りとかやめて欲しい、障害物競走だと二~三メートルのハードル跳びながら技を決めると高得点だって言っても限度がある。

 

「むりぃ!?これむりぃ!?」

「無理なんて言葉使ってんじゃねぇー!」

び゛え゛ぇ゛え゛ぇ゛ぇ゛!!

 

 レースってこんなにも辛いことしないと勝てないのか。此処までやらないと無理なのか。

正直今すぐやめたいし、正真正銘後悔だってしているが。

それでも勝ちたいという気持ちは消えなかった。

 

 

 それぞれが、それぞれの思いを抱き、走る。

 

 皐月賞、もう間もなく。


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