チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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やっとこさ皐月賞ですが此処から待っているレース日程を見てちょっと血の気が引くんだぜ!
重複もあるけど翔子ちゃんだけでもこのクラシック期間G1レースあと14個、これ含めて15個とかバカじゃねぇの(素)
でもキャラは勝手に動くねんな…

*トプロさん実装&アンケートの結果に伴い、トプロさんの台詞を改訂しました。


第三十一話 いざ栄光の三冠へ―皐月賞、開始編―

 皐月賞。それは最も速いウマ娘が勝つという、栄光あるクラシック一冠目。

中山レース場で行われる伝統と格式あるレースであり、このレースを走ろうとしても、フルゲートである18人の枠に入れず、走りたくとも走れないというウマ娘の方が多い。

近年において、皐月賞がフルゲート18人でない時を探すのが難しいほど、このクラシック一冠目は多くのウマ娘と、それに関わる数多の人が出走を希望してきた。

しかし、今年の皐月賞においては、話が違った。

 

 出走人数、12人。

レース黎明期はさておいて、近年の皐月賞での出走人数が15人を割る事など、本来は有り得ない筈だった。

それが、何故12人という少人数で行われる事になったのか。

その理由はただ一人のウマ娘にある。

 

 ディープインパクトが残した、ホープフルステークスでの1分55秒0という数字。

弥生賞で第三コーナーから外ラチギリギリを走って残した、1分55秒9という数字。

ならば、皐月賞でも1分55秒台を、下手をするならば55秒を切るのではないか?

そうすると、見えてくるのだ。

普通に生活していれば、まるで意識しないであろう、6秒という壁。

レースにおいて絶対の『タイムオーバー』というルールが。

 

 事実、弥生賞での十二着、ギターリズムは2分02秒5、ディープインパクトより6秒以上遅れてゴールした為に、一ヶ月の出走停止となっていた。

誤解なきように言えば、中山2000mを2分02秒台というのは決して遅いわけではない。

弥生賞や皐月賞でもこれより遅いタイムで勝ったウマ娘もいるし、間違ってもタイムオーバーになるような数字ではない。

だが、この世代では、それが起こり得てしまうのだ。

日本のレースに携わる者は全員に激震が走った。

何故ならば皐月賞から、もしも一ヶ月間レースに出れないとしたら、ほぼ確実に出走すらできないとあるレースがある。

 

 日本ダービー。クラシック二冠目にして、最も栄誉あるレース。

このレースに出る事だけを、このレースに勝つ事だけを目指し、他を全て捨て去る者が居てもおかしくない大レース。

このレースに出るには事前のトライアルレースに勝利するか、それだけの実績を積むかしかない。

しかし、皐月賞から一ヶ月間レースに出れないとしたら、トライアルレースに出る事も、実績を積む事も不可能となる。

それに、もし皐月賞に出ずにタイムオーバーを回避したとしても、タイムオーバーしなかった上位陣が実績を積む為、G2やG3レースに出てくる事も充分にあり得るのだ。

 

 普通ならば、2000mを2分00秒台で走り抜ければ、皐月賞は十分勝てる筈であった。

だが、それが通用しない領域が、今の世代。

皐月賞の出走人数が少ない訳は、その差を僅かでも詰めようと、今はレースをそっちのけで必死に鍛えるレース関係者が多かったのである。

むしろ、今までを思えばよくぞ他に11人も集まったと言えるかもしれない。

 

 出走人数が少ないにも関わらず、中山レース場の席は観客で埋まっていた。

最早不動の一番人気、ディープインパクトは時の人である。

日本三冠、英国三冠、欧州三冠を一度に目指すという、前人未到の発表。

しかし、彼女の走りにはもしかしてと思わせる強烈な光があった。

そして、そんな彼女に挑む綺羅星の如きウマ娘達。

世代さえ違えばと惜しむ声と、だからこそ勝つ姿が見たいと望む声があった。

 

 とても良く晴れた春の日、バ場は良。

四月の中山に、ただならぬ熱気が集まっていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 パドックに集まったウマ娘達は、一様に顔つきも身体つきも変えていた。

サッカーボーイの目つきの鋭さや、カブラヤオーの無の表情は変わらずとも、皆良く鍛えられ、気迫の籠った表情だ。

三白眼の目つきを更に鋭くさせ、みっちりと筋肉が詰まったトモを惜しげもなく晒しているサッカーボーイ。

深呼吸をしながら、過度の緊張をしないよう身体を解しているナリタトップロード。

自信満々な顔でどこか煌めいたオーラを発しているサクラスターオー。

どこか揺らめいた闘志を身体から表出させ、凛とした顔を引き締まらせているキズナ。

変わらず虚無的な表情ながら、たまに眼に光を灯らせるカブラヤオー。

他にも我こそはと闘志を漲らせたウマ娘達が、最後に入場してくる一人に対し、負けるものかと待ち構えていた。

観客達もウマ娘達の戦意を感じ取り、レース場は熱い騒々しさに支配されている。

 

 だが、彼女がレース場に足を踏み入れた瞬間、『一人を除いて』場が『静寂に波打った』。

 

 さふり、さふりと彼女が芝を踏む音さえ聞こえそうな静けさがある。

だが、誰もこの場が静かだなんて感じてなんかいなかった。

びゅうと吹いた風にたなびく鹿毛の髪。炯炯と光を宿す眼差し。引き結ばれながら、僅かに弧を描いた唇。

そして、世界を飲み込まんとするような、圧。

どくり、どくりと音がうるさい。雨も降っていないのにざぁざぁと耳元で音がした。

壇上で彼女が天高く拳を上げた時、何処かで『翔子ちゃーん!』という声が響いて、やっと口元や隣でひゅっという空気を吸い込む音がした。

 

 瞬間、歓声。

 

 轟々とした声に包まれている彼女は、ただ現れただけでこの場を支配した。

『最高傑作』、『前人未到』、『英雄(ヒーロー)』。ディープインパクト。

己に向けられた闘志を楽しむが如く、されどまるで己こそが挑戦者だというように、彼女は対戦相手達に視線を向ける。

 

 目を逸らしたウマ娘は、一人として居なかった。

 

 中山レース場、芝2000m、いざ栄光のクラシック、皐月賞。

 

1枠1番ローゼンクロイツ。8番人気。

2枠2番カブラヤオー。2番人気。

3枠3番ナリタトップロード。6番人気。

4枠4番サッカーボーイ。5番人気。

5枠5番キズナ。3番人気。

5枠6番サクラスターオー。4番人気。

6枠7番シックスセンス。12番人気。

6枠8番アドマイヤフジ。10番人気。

7枠9番アドマイヤジャパン。11番人気

7枠10番マイネルレコルト。7番人気。

8枠11番ジュエルジェダイト。9番人気。

8枠12番ディープインパクト。1番人気。

 

 注目のディープインパクトは最大外、しかし1番人気は小動もしなかった。

一生に一度の大舞台、トゥインクルシリーズクラシック、開幕。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『奇しくも人数は先月弥生賞と変わらず出走人数十二人。クラシック一冠目皐月賞としては異例の少人数と言えるでしょう』

『三番人気はキズナ、前を走った大逃げウマ娘に借りを返せるか』

『二番人気はカブラヤオー、三度目の正直を狙います。今日こそ果たして逃げ切れるのか』

『一番人気、ディープインパクト。この中山2000mは三度目、今回も絶対王者として君臨するのか』

 

 実況の静かな口調ながら、異様な熱が込められた言葉が会場に響く。

観客達のボルテージも最高潮、スタートを今か今かと待ち望む。

 

『ウマ娘達のゲートインが完了しました。栄光のクラシック一冠目、誰もが目指すその冠を掴み、三冠への一歩を踏み出すのは果たして誰か』

『いざ皐月賞、今スタート!』

 

          ガタン!

 

『各ウマ娘抜群のスタートを決めましたハナを目指すのはやはり内枠カブラヤおぉなんと!?

 

 これが何度目か、会場が驚愕に満ちる。

そう、今まで彼女が見せたレースで、この展開は誰も見た事が無かった。

 

カブラヤオー突出しますがハナは違います!クラシック一冠目先頭を切ったのは!

 

 ハイペースで走った時も、前を防がれた時も、彼女は途中から先頭を走る事はあっても。

 

大外一番人気!ディープインパクト!!大逃げカブラヤオーは初めて二番手でのレース開始です!三番手にはサクラスターオー!

 

 最初から先頭を走るレースは、今まで誰も見た事が無かったのだ。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「(やっぱり戦法を変えてきた!でも此処で逃げ…!)」

 

 このレースに出走しているウマ娘の中で、おそらくディープインパクトの事を一番知っているキズナは彼女がどんな脚質でも走れる事を知っていた。

好みだから先行や差し、(結果的には)追込みで走っているのであり、彼女に不得意は無い。あるのは得意だけだ。

だから何処かで逃げのレースもしてくると思ってはいた。

だがしかし。

 

「(あのカブラヤオーさんよりさらに前を走るとか、ディープインパクトさん何を考えてるんですか…!)」

 

 ナリタトップロードが考えた通り、カブラヤオーの脚質とは破滅逃げだ。

最初から飛ばして先頭を走り、リードを保ったまま先頭でゴールまで駆け抜ける異形の戦法。

そんな破滅逃げよりさらに前を走るなど、最早それは狂人の発想としか思えない。

けれども。

 

「(あのヤローにだけはそれができる…こう言ってんだろぉ、『お前達はできるか?』ってよぉ!)」

 

 サッカーボーイは感じている。ひしひしと前から迸るプレッシャーが、自分達を手ぐすね引いて待っているのを。

『追ってこい』『ついてこい』『お前は抜けるか?』『やってみろ』『見せてみろ』と。

語りかけるかのように、誘うように、きっと先頭を走るアイツは。

 

「「「「「「「「「(((((((((舐めるな!!!)))))))))」」」」」」」」」

 

 そうまでされて黙っていられるウマ娘であれば、この皐月賞に出ていない。

後続を走る九人は燃え盛る闘志にさらに火を入れた。

元々、向こうとの基礎能力の差で言えば、第四コーナー周って十バ身以上の差がついていれば、おそらくは差し切れない。

勝利の為にも、走るしかない。

心は熱く。されど頭は冷静に。それをできる者だけが、彼女に挑める。

これはそういうレースだ。彼女達は理解した。

 

 クラシック一冠目、皐月賞。

レースは未だ、始まったばかり。


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