チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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お待たせしました、あともう少しでダービーですね…
それまでにはこっちもダービー終わらせたいなぁできっかなぁわがんね!


第四十話 ダービーまであともう少し(前編):それぞれの……

 あきが超音速旅客機にまた運ばれて日本に着けば、始まるのはオークスである。

今年はチームレグルスがG1を総なめする勢いで快進撃を続けている事もあり、オークスも桜花賞ウマ娘ラインクラフト、桜花賞二着のシーザリオが二強と見られていた。

あきの見立ても全くその通りであったが、世間がラインクラフトを一番人気に推すのとは別に、あきはシーザリオが有利とトレーナーとして冷静に見ていた。

何故かと問われれば、得意距離の差である。

勿論、レグルスのメンバーで走れない距離、他のウマ娘に勝てない距離などというものは無い。そんな生温い鍛え方をしていない。

しかし、個人によって得意距離というものはどうしても出てくるのだ。

ラインクラフトならば、芝の1800m以下、マイルとスプリント。

シーザリオならば、芝の2200m以上、王道の中長距離~長距離。

ヴァーミリアンならばダートの1600m以上、マイルから長距離まで。

カネヒキリはダート限定で距離不問で走り。

ディープインパクトは地形も距離も不問で走る。

どいつもこいつもおかしい距離適性をしているが、地形適性まで無視できているディープインパクトが一際異常である。

無論あきの指導が常識を覆す程有用である事と、本人の才能ありきではあるが、全て走って勝てるようにしようとする執念が一番おかしかった。

 

「(ん~…7、いや8割でアタマ差、1割5分でクビ、5分で同着…かな)」

 

 今までのトレーニング、筋肉の質、骨の状態、体幹の強さ、ありとあらゆるデータと今まで見て、作り上げてきた二人の身体を勘案し。

あきの頭脳は『ラインクラフトの勝ちはまず無し』と算出した。

これが2000m、秋華賞であれば完全には読み切れないくらいに拮抗しているのだが、オークスの2400mではシーザリオの優位が揺らがない。

桜花賞の時の様に『限界』まで走っても、もしくはNHKマイルカップのように『限界を踏み倒して』走った場合でもだ。

どこまでも怜悧に、あきのトレーナーとしての目が、チート故の看破技能が結果を算出する。

あきは教え子達を信じているし、全員に勝って欲しいし、そうなるよう指導もしている。

彼女達の為ならば地獄のようなスケジュールもこなすし、睡眠時間が減ろうと適合するし、オタクとしてもトレーナーとしても全身全霊をかけて彼女達を推す。

 

 だが、レグルスのメンバー達があきの予測算出結果を超えた事は、未だ一度として無い。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 駆ける、駆ける、駆ける。

緑のシャツに白ネクタイ、ラメの入った白の燕尾服。紅い手袋をつけた男装の麗人が先頭を走る。

追うのは緑のフリルシャツに桃色のディアンドル、身体を紅いリボンで彩って、背中に大きな星型の穴を開けたウマ娘。

 

『シーザリオ先頭!シーザリオ先頭!ラインクラフト追い上げるこれは追いつくか!?後続テイタニヤとダンスパートナーエアメサイアもスパートをかけた!』

 

 シーザリオは中長距離において、自分の方がラインクラフトよりも強いと思っている。

それは概ね事実だ。10回走れば必ず8回はシーザリオが勝つ。

だが、レースにおいて、勝負の世界において、その『1回か2回』を引き寄せる者がいる。

チームレグルスの面々は皆、そういう者だ。

多少の有利があるから安心などととんでもない。

ゴールまで残り1mだとしても、勝利の確信など有り得ない。

向こうは全力で差す気でいる。気を抜こうものならば一瞬で引っ繰り返される。

シーザリオの有利など所詮薄紙一枚程度しかないと、彼女は自認している。

 

「(だが!その薄紙一枚でも!私が先にゴールする!)」

 

 スイッチが入る。優れたウマ娘はレースの最中、極限の集中力を発揮する時、己の心の中の領域を垣間見るという。

例えばそれは前に誰も居ない、朝日に輝くターフを駆け抜ける景色であったり。

例えばそれは夜空を駆け抜ける流れ星をその身に宿したり。

シーザリオも、それを見た事がある。

舞台の上で満身にスポットライトを浴びる自分。

万雷の喝采の中、光を吸収した己が、夜の闇を輝きながら切り裂いていく情景。

そうだ、この樫の舞台で、スポットライトの光を浴びるのは自分だ。

 

『しかし先頭はこの二人!シーザリオにラインクラフトは届くか!?ラインクラフト迫る!だがシーザリオだ!だがシーザリオだ!!シーザリオ先頭ゴォール!!』

『最後ラインクラフトが追い上げましたが僅かに!僅かに届きませんでした!三着にはテイタニヤ、四着と五着は判定かダンスパートナーとエアメサイア!』

 

 日本オークス芝2400m、一着シーザリオ。二着にアタマ差でラインクラフト。

タイムはオークスのレコードどころか、ダービーの記録さえ超え、世界記録を刻んだ2分20秒9。

 

『これでティアラ路線は1勝1敗!チームとしては2冠独占!果たして最後のティアラはどちらが、誰が戴くのか!』

『今から楽しみですねぇ』

 

 最初のティアラはラインクラフトが、二つ目のティアラはシーザリオが戴いた。

最後のティアラは誰が獲るのか、未だ先は解らない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 世間がオークスに沸く暫く前、とある山の中。

山頂にある突き出した岩の上で、座禅を組むウマ娘が一人。

山に籠り長いのか、元は艶が見て取れた黒鹿毛の髪もどこかボサボサで、褐色の肌も土に汚れていた。

しかし、その身体はまるで衰えたようには見えず、柔らかそうな少女の肌の下には縄のような筋肉が詰められている。

土に汚れた道着に身を包みながら、背筋をピンと伸ばし、半眼で下界を見るその姿は、見るものに自然の中に聳える大樹を連想させた。

今も彼女の肩や膝の上には、数羽の鳥が羽を休め、リスなどの小動物が乗っている。

小鳥達の囀りを聞きながら、細く、長い呼吸をする彼女の名はシンボリクリスエス。

彼女は弥生賞の敗北を受け、クラシック一冠目の皐月賞を捨て、身も心も極限に追い込む為に山に籠ったのだ。

 

 最初の一週間目はただ我武者羅に鍛えた。

ディープインパクトどころか他のウマ娘達に負け、彼女達を見ていなかった己の不明を罰するかのように。

 

 次の二週間目、持ち込んだ食料が尽き、食料を得る為に這いずり回った。

時には食料が見つからず、湯冷ましだけで腹をごまかし、すきっ腹を抱えて眠った夜もあった。

 

 そして三週間目、何故己がこんな事をしているのか分からなくなった。

孤独は人を、ウマ娘を蝕む。望んでこの環境に身を置いた筈なのに、何で此処までするのか、どうしてレースに勝ちたいのか、理由が解らなくなった。

それでも身体は、足は、走る事を求めていた。

 

 四週間目、走った後に座禅を組む事にした。

一つトレーニングをこなしては座禅。一つ山を駆け登れば座禅。深く、深く、己の内に潜った。

 

 五週間目にして、座禅の間、鳥や小動物がシンボリクリスエスにとまり始めた。

心や魂に炎を灯す為に此処に来た筈なのに、何故か心は穏やかだった。

レースとは勝負の世界だ。身体を鍛え、心を研ぎ澄まし、魂を燃やす、鉄火場である。

強さを、速さを貪欲に求め、手強き相手に己の方が速いと示す、修羅の如き舞台である筈だ。

たしかにライブではそれも横に置き、ファンに笑顔を送り、観客のみならずライブに関わる皆を楽しませたい心は有る。

しかしレースは違う。純粋に、あの場を走るウマ娘、幾つもの個と個がぶつかり合う場所だ。

その炎を灯しに来た。だのに、こんなにも心は凪いでいる。

 

 六週間目。凪いだ心が、走る身体に気づいた。

心は落ち着き払っている。闘志は僅かにも無い。されど、身体は走っている。

心と身体が別々に動いているのか。否だ。どちらもシンボリクリスエスである。

どのように足を踏み出せばいいのか、地面が教えてくれる。

どのように動けばいいのか、風が撫でてくれる。

己の身体の事が手に取るように解る。

幾つもの景色を垣間見た。

己を送り出してくれた家族。己の為に尽力してくれたシンボリ家。己の事を羨ましそうに見ながらも激励してくれた憧れの皇帝。

ただ走る事が楽しかった子供の頃。己にかけられた期待を自覚した時。誰よりも速い黒鹿毛を追いかけたレース。

成程、それで良いのだとシンボリクリスエスは悟った。

シンボリクリスエスを形作った全てに感謝を。彼女に関わった全てに、義を果たそう。

 

 法界定印に作った掌に、一羽の鳥がとまる。

シンボリクリスエスは鳥を乗せたまま、ゆっくりと右手を空に伸ばした。

伸ばした人差し指に掴まった鳥が羽を広げ飛び立つ。肩や膝に乗った鳥や小動物たちも同様に。

彼女の心は穏やかなままだ。されど、鳥たちには山が動いたと感じられたのだろう。

シンボリクリスエスは立ち上がる。そろそろ下山しなければなるまい。

ダービーに出るには一つ、出ておかなければならないレースがある。

答えは得た。ならば、それを皆に返さねばならない。

 

 果たして、シンボリクリスエスは青葉賞を1着で駆け抜けた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「うおーいボリクリのヤツも仕上げてきたじゃーん。あの、あれ何?何か別次元でヤベー感じになってない?」

 

 トレーニングコースの上で、オルフェーヴルがタブレットで青葉賞の映像を見ながらボヤく。

スピカからは、日本ダービーに二人のウマ娘が出る予定である。

一人はオルフェーヴルや何故かスピカに良くいる部外者オジュウチョウサンに可愛がられているジャスタウェイ。

もう一人は実は未だレースで三着より下になった事が無い、破滅逃げの化身、カブラヤオー。

ノミより劣る度胸により、本人の希望はステージの隅っこなのだが、そこに立った事が無いという、いろいろな意味で規格外なウマ娘。

 

 そんな彼女が今、トレーニングコースのターフの上でうつ伏せになりながらずりずりと這いずっていた。

 

「ひっ、ひゅー、ぜひっ、ひー」

 

 涙と鼻水で顔をぐしょぐしょにしながら、少しでも、僅かでもオルフェーヴルから離れようとする。

 

「カブちゃんよー。それじゃーダメだぜ駄目駄目だ。もう何回も言ってんだろー?」

 

 オルフェーヴルがスピカのトレーナーに対し、『カブラヤオーに最後の仕上げをする』と勝手に言って、カブラヤオーを拉致してから早8時間が経過していた。

その間、オルフェーヴルは常にカブラヤオーを追いかけ続けたのだ。

それも、いつもの併走の様にではなく。

 

「きちんと逃げろよ。 殺 す ぞ ? 」

「かひゅっ」

 

 まるで全力のレースの様に。威圧を、覇気を、殺気をこれでもかと込めて。

オルフェーヴル。いつもチームスピカでおちゃらけた姿を見せているクセウマ娘。

だが忘れてはならない。

彼女こそは、セントライトに始まり。

シンザンが神話を作り。

ミスタシービーが伝説を打ち立て。

シンボリルドルフが絶対を築き上げ。

ナリタブライアンが群れを否定し、駆け抜けた。

彼女達に続いた6人目の三冠バ。

黄金の暴君。激情の覇王。

忘れてはならない。確かに、津上あきは『ディープインパクトはオルフェーヴルに勝てる』と言った。

津上あきは『一ヶ月あればオルフェーヴルにもディープインパクトに対し勝ち目を作る』とも言った。

『10年間ずっとあきのトレーニングを受け続け、年齢的にも身体能力的にも上昇し続けるディープインパクト』に。

『トゥインクルシリーズを走り抜け、ドリームシリーズに移り、身体能力的にはピークに達し緩やかに落ち続けるであろうオルフェーヴル』を。

スピカのトレーナーは間違いなく優秀であり、あきの指導が劇的であろうとも、ただのウマ娘がたった一ヶ月でディープインパクトに勝ち目を作る事は、不可能だ。

それができるオルフェーヴルは、超一流のウマ娘である。で、あるが故に。

 

「見えてんだろ?感じてんだろ?そォら引き出さないと本当に心臓が爆発して死ぬかもなぁ」

 

 彼女には、カブラヤオーが『領域』を引き出しかけているのが見えていた。己がそれを引き出せるが故に。

勿論、それが具体的にどんなものかは、オルフェーヴルは知らないし、見えない。

そもそもそれは他人に見えるものではないのだ。

レースの中、極限の集中に達した時に、己の中の時間が引き延ばされ、ただ己だけの世界を垣間見る。

しかし、他人のそれを見る事はできずとも、『同類』は解る。

レグルスの面々はどいつもこいつも同類だ。

キングカメハメハは皐月賞で片鱗を見せ、ダービーでは使いこなしていた。

ハーツクライはダービーの後、菊花賞で足を踏み入れ、有記念でモノにした。

シンボリクリスエスも動画で見た限り、あれは使えるようになっているのであろう。

今のトゥインクルシリーズで走っている奴らではっきり解るのはこいつらだ、とオルフェーヴルは感じている。

そして、目の前に居るカブラヤオー。

 

「(こいつは『領域』に無自覚のまま、半歩踏み込んでいる。心の底から他のヤツらにビビッて本気で逃げ出したいからだ)」

 

 だが、カブラヤオーの場合はその無自覚が問題だった。

レース中にウマ娘達が垣間見る領域とは、才能と、鍛えた身体、そして極まった精神が揃って初めて成立する。

才能、これは問題が無い。鍛えた身体、こちらも問題が無い。では、精神はどうか。

カブラヤオーの異常な程のビビり。これもある種極まった精神だ。それが、中途半端に条件を満たしてしまった。

カブラヤオーの根性はノミにも劣るミジンコ級である。

それこそウマ娘が怖いからこそ全速力で逃げるのに、ウマ娘が前に居ればそれが怖くて減速するくらいに。

だが本当の意味で領域に入るなら、集中力の極限を目指すのならばそれではいけないのだ。

むしろそんな『周りを見る余裕の有る中途半端さ』で領域に足を踏み入れかけているカブラヤオーの才能にこそ驚くべきなのか。

だが、此処に至ってはそれが邪魔をしている。

この根性クソ雑魚メンタルに、領域に到れる程に極まった闘争心だの競争心は、望むべくもないとオルフェーヴルは理解していた。

こいつはビビりなのだ。負ける悔しさを理解したとしても、それを大きな爆発力にする事はできない。

こいつはビビりながら、周りを見て走り方を調節する事ができるくらいに、才能が溢れている。

だから、生半可な追込み方では覚醒しない。レースでも、トレーニングでも、カブラヤオーは本気になった事はあっても、必死になった事がない。

だから、『必死』にならせる必要があるとオルフェーヴルは判断した。

今だって這いつくばっているが、それは肉体の限界を迎えているわけじゃない。目的に好都合なのでそのままにしているが、精神の方に重圧がかかっているのだ。

最初の数時間はまだトレーニングの一部かもしれないという甘えがあった。

だが日が暮れようとしている今、そろそろ『本気なのだ』と思い始めただろう。

 

「まぁ、これで最後か。じゃあな。カブラヤオー」

 

 暴君が莫大な殺気を向けたまま、カブラヤオーに向けて走り出そうとした。

地べたに這いずる虫を踏み殺そうとせんばかりに。

 

 ターフを這うカブラヤオーの精神は限界に近づいていた。

もう何もかもが怖かった。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのかまるで解らなかった。

何故こんな目にあってまで走ろうとしていたのかと後悔もした。

だが、疑問も後悔も、ありとあらゆるものがただ一つの感情に塗り潰される。

恐怖。ただただ、恐れに精神が振り切れた、その瞬間。

 

 カブラヤオーは、己の世界を垣間見た。

 

 

「――なぁんだよ。やりゃできんじゃねぇか」

 

 金色の暴君が笑う。目の前から一瞬で走り去った後輩が、確かに門を開いたのを認めたからだ。

これでやっと、勝負の舞台が整った。流石に勝利なんて確約できやしない。なんせ相手が規格外すぎる。

だが、『勝負』できるのだ、充分だろう。

 

「おうおう、やっと面白くなってきたぜ。30人単位で具材持ってきた闇鍋みてーにな」

 

 あとは、勝負を見物するだけだ。

果たして後輩どもは、己が手にしたダービーでどんな勝負を繰り広げるのか。

オルフェーヴルはとても楽しみにそれを待つ事にした。




ダービー馬が弱い訳がないのだ。

*この後オルフェーヴルはメタクソに怒られました。是非もないネ!
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