チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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マニアワナカッタ…


第四十三話 日本ダービー・中盤/開く

「今日は追込みかい。一体どんな仕掛けを企んできたんだ?」

「いやだなぁ、そんな人を悪人みたいに。シンプルに、『翔ちゃんの一番強いレースを見せてきて』って言っただけですよ?」

「それだけでも殆どのウマ娘がどうしようもなくなるのだから、全く嫌になるわね」

 

 観客席の一角、そこにリギル、スピカ、レグルスのトレーナー達が集まっていた。

口調だけは世間話の様に軽く装っているが、その眼はどこまでも真剣にレースを見つめている。

ウマ娘をレースに送り出した後、トレーナーにできる事は祈る事、見守る事、応援する事。

そして、分析する事だ。

どうやって勝ったのか、何故負けたのか、自分の愛バが次も、あるいは次こそは勝つにはどうすればいいのか。

ぱっと見には和やかに見える三人の会話も、その裏には常に思考が張り巡らされている。

 

「まぁ翔ちゃんが一番なんですけどね」

「そりゃあ聞き捨てならないな?」

「うちのキズナが劣るとでも?」

 

 おほほ、あはは、と笑いながら目は何処までも笑っていなかった。

確かにトレーナーはレースの外でも思惑を巡らし、勝利を掴む為に足掻くものである。

それはそれとして、誰が相手だろうとも己の愛バが一番!と主張をしないトレーナーなんているわけが無いのであった。

 

「あれほっといていいのー?」

「処置無し。放置推奨」

「いやー。場外乱闘も期待できるんじゃねーのー?実際やったらやべーのの一人勝ちだろうけどな!」

「トレーナーくんは丈夫だけどあくまで人間の範疇だからねぇ」

 

 一時帰国した米国組含めレグルス、リギル、スピカの残りのメンバーの呆れた声をバックに、レースは進んでいく。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『レースは依然、カブラヤオーがアタマを走り軽快に飛ばしていきます。そろそろ1000mを通過タイムは56秒台!これは速い!』

『このペースをどれだけ保てるかがキモですねぇ、彼女もかなり強いので、これはもしやがあるかもしれません』

 

 会場ではお馴染みのカブラヤオーの逃げに歓声が飛ぶ。ダービーで1000mを56秒台はかなりのハイペースである。

どれくらいかと言えば、前年のキングカメハメハのレコード量産ダービー、キングカメハメハが1000m57秒台ペースで走っている。

普通ならばこんなペースの逃げウマ娘は確実に潰れるものと見られ、マークもされず放置が常道。

しかし、カブラヤオーにそれは通じない。

 

「(それしか無いってのは重々承知だけど、差す足残るかしらこれ!?)」

 

 ポコポコは逃げウマ娘であるが、ダービーに出る事が決まってからひたすら差しの練習も追加していた。

何故ならば自分以上の逃げウマ娘が確実に一人はいる事になるからだ。

ディープインパクトが逃げ戦法を取ってきたのならばどちらをマークすべきか迷う所であったが、今回彼女は差し、もしくは追込み。

故にマークはカブラヤオー一択になるわけだがしかし、それは決して楽になるという事ではない。

むしろハイペースに付き合わされ、スタミナが切れた途端に沈んでいくかもしれない諸刃の刃である。

 

「(仕掛け所は直線って言いたい所ですけど…!)」

 

 ナリタトップロードが狙うのは第4コーナー終えての直線一気、しかしそれだけに決め打つにはディープインパクトがあまりにも怖い。

逃げに合わせてペースを上げ過ぎれば直線まで残す足が無くなる。しかしペースを落とし過ぎても逃げを捕まえられない。

ディープインパクトは後方集団からでも捕まえられる自信があるのだろうが、カブラヤオーに対してそれができるのは稀有な例外だけだろう。

普通に考えるなら徐々にペースを上げてロングスパートなのだろうが、彼女の事だから最終直線で纏めて撫で切っても不思議ではない。

そもそもカブラヤオーを差す足を残しながら、差せる距離を保つというだけで相当に難易度が高い。

 

「(けど、やるしかない)」

 

 キズナは敢えてカブラヤオーの事は意識から外した。キズナが見るべきはカブラヤオーではない。

彼女が意識すべきはただ一人であると、ただディープインパクト一人をマークするべきと決めた。

決めたのならば、あとは走り切るだけである。

 

『此処からが中盤戦各ウマ娘未だ隊列を保ったまま!先頭は変わらずカブラヤオー、ポコポコ付いていくが足は残るか!』

『先団先頭はサッカーボーイ、虎視眈々と狙いを定めます遅れて内にシンボリクリスエス外ナリタトップロード!』

『注目ディープインパクトはまだ後方此処からどんな展開を見せるのか!』

 

 

――――――――――――――――

 

 

 シンボリクリスエスは先頭を走るカブラヤオーを見る。いつも通り、見事な逃げだ。

彼女も研鑽を積んだのであろうと一目でわかる。否、ダービーに出ているウマ娘全員に、それは言える事だ。

走るべき道は風と芝が教えてくれる。身体は在るがままに動く。

シンボリクリスエスの身体は疾走を続けながら、その心は凪いでいた。

 

 無念無想。焦りも、威圧も、今のシンボリクリスエスには効果が無い。彼女の走りは一切乱れない。

どんな存在がプレッシャーをかけようと、駆け引きをしようと、まるでぶれない。

全てを受け止めながら、すり抜けるかのような空の心。

駆け引きなどで他のウマ娘の走りを乱して勝利を狙う策士タイプのウマ娘にとって、彼女は天敵の一人となった。

シンボリクリスエスはこのレースでただ一人だけ、後方からのディープインパクトによるプレッシャーの効果を受けていない。

 

 まもなく1600m、残り800m地点にまで差し掛かる。

威圧や焦りに振り回されぬ彼女だけは、カブラヤオーが少しだけペースを落とし、ディープインパクトがじわじわと差を詰めてきているのを感じ取っていた。

風が教える。機、であると。

芝が囁く。今、であると。

シンボリクリスエスは自然と、どこまでも深く心を研ぎ澄ませた。

 

 彼女の領域が開く。そこは、真っ暗な闇である。無明の中に、ただ輪郭だけが浮かぶシンボリクリスエスだけが居る。

周りにあるのはただ漆黒の闇の中、しかしシンボリクリスエスには迷いが無い。

地面が進むべき先を教えてくれる。身に受ける風がその正しさを後押しする。

暗闇の中、駆ける彼女の先には一筋の光が見える。否。その黒鹿毛の髪と、褐色の身体が黒を吸い込んで、光が見えるのだ。

 

 加速する。既に集中は極限である。コースは身体が自然と取る。ただ、走るだけを考える。

 

 漆黒の帝王が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースも1600mを過ぎ、残り800m。サクラスターオーの心に過ぎるのは、今までの事。

 

 意外に思われるかもしれないが、サクラスターオーの生来の得意の走り方は驀進ではない。

憧れと並ならぬ鍛錬で『最初から最後まで全力』の驀進を身に着けたが、彼女が得意としているものは王道の先行、差しの走りである。

そして、彼女は己の生来の武器を鈍らせていた訳ではない。むしろ、逆だ。

驀進にとって多く相手となるのがむしろそれなのだから、相手の事を知る為に、驀進に活かす為に、劣らずに磨いていた。

しかし、彼女は憧れを追う事を優先した。彼女の走りは公式レースで使われる事は無かった。

 

 あるいはこの世代で無ければ、それでも良かったかもしれない。

驀進的な走りでも、彼女は多くを勝ち、程々に負け、世間を賑やかに彩ったであろうことは間違いない。

しかし、三女神が何を思ったかは知らないが、そうではなかった。そうはならなかった。

 

 ダービーより前、驀進では勝てない、そう悩む彼女に、一本の電話がかかってきた。

悩んでいた彼女はディスプレイに表示される名前を確認もせず、反射的に電話を取って応答した。

 

「はい、もしもし」

『こんにちは!お久しぶりですね!スターオーさん!』

「え、そ、その声は…」

『はい!サクラバクシンオーです!!』

 

 相手は、サクラバクシンオー。サクラスターオーの憧れ、サクラスターオーの驀進の原点。

そんな彼女が、何故サクラスターオーに連絡を取ってきたのか。

 

『あなたが悩んでいるとあなたのお母さまやトレーナーさんから聞きました!』

「そうだったのですか…」

 

 どうやら、想像以上に心配をかけていたらしい。ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで一杯になる。

そして、バクシンオーが電話をかけてきてくれたという事。やはり、自分の悩みは見通されているという事だろうか。

 

『だいたいの事は聞いています!ですが!スターオーさんご自身の口から仰ってください!』

「…はい。実は…」

 

 妹が居る筈だった事。好きに走れなかった事。驀進に憧れた事。驀進で勝とうと思った事。それでも勝てなかった事。

全てを吐き出した。

 

『ふむ、ふむふむ。そうですね、私も罪なウマ娘でした!』

「ええと?」

『私に憧れてくれた事、まずはありがとうございます!しょうがないですね!だって私は凄いですから!』

 

 えっへん、と電話越しからですら、バクシンオーが胸を張っているのが窺えるかのような声だった。

だが、それは確かに事実なのだ。短距離、スプリントに限れば正に彼女の独壇場。

現役時代、ライバルと呼べるような相手はニシノフラワーただ一人だけ。

スプリントの絶対覇者、そう呼んでいいくらいには、バクシンオーは強かった。

 

『ですが!私のバクシンとは、私だけのバクシンなのです!何故なら私はサクラバクシンオー!私の走った道こそがバクシンです!

 憧れるのも仕方ないでしょう!しかし、スターオーさん!走った道をなぞるだけで満足でしょうか!?』

 

 どきりとした。憧れるままでいいのか、と言われた。

 

『どうやって走るのを決めるのはスターオーさんでしょう!生まれた時代が違っているので、直接競走できないのは仕方ありません!勿論同じだったら私が勝ちますが!

 それでもです!スターオーさんは、それで良いのですか!?』

「……私の、走り」

 

 どうやって走るのか。何の為に走るのか。何を目指すのか。サクラスターオーのオリジン。

 

「……走って、良いのでしょうか。あの子は走れなかったのに」

『はい!誰が何と言おうと、私はスターオーさんの!あなた自身の走りが見たいです!』

 

 サクラスターオー自身の走り。彼女本来の走り。憧れの、借り物の驀進ではないそれ。

府中芝2400m、ある世界では、決して走る事の無かった其処で、ついに覚醒する。

 

 彼女の領域が開く。そこは、満天の星である。空の下に居るサクラスターオーに、一筋の流れ星が降り落ちてきて、目の前で浮かぶ。

それは、彼女の灯火だ。サクラスターオーは、大事に、大事に、その光を両手に包んで、胸に抱き締める。

胸に抱き締めた星から溢れ出すのは、大量の光と、桜の花びら。

光の中、桜吹雪を切り裂いて、サクラスターオーが走り出す。

 

 加速する。もう迷いは無い。彼女は彼女の『星』を見つけた。

 

 季節を問わず、満開に咲く桜の花が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 キズナは常に考えていた。己にとっての一番は何なのだろう、と。

レースに勝つ事は大事だ。あの人を追い抜きたいと感じるのは尤もだ。

だが、それが一番大事なのかと問われれば、腑に落ちない気がした。

『魂』が感じるそれと、今此処に居る自分。それを繋ぐのは、何なのか。

 

 考えて、考えて、皐月賞の頃に、一つの答えが見えたような気がした。

自分の事を見てくれているトレーナー。

鍛錬は厳しくも、しかし決して怪我をせぬよう、どこまでも心を砕き、自分を導いてくれる人。

あぁ、そうだ。騒ぎ立てる『魂』と自分を確かに繋いでくれる人が、この人なのだと。

 

 彼女がいつまでも夜遅くまで起きているのを知っている。

少しでも自分のチームのウマ娘達の勝率が上がるよう、常に手を打っているのも知っている。

ウマ娘の為ならば、今まで築いてきたブランドやプライドだって放り出せるのも知っている。

1mだってトレーニングで余分に走らせない事も、絶対に怪我をさせたくないからだと知っている。

 

 それに応えたいと思った。応えて、走りたいと思った。

 

 荒れ狂う『魂』を制御する。

うん、知っているよ。勝ちたいんだと知っている。走りたいんだと知っている。

きっと、自分はウマ娘が持つというその『魂』と特別縁が深いのだろうと思っている。

そして、その気持ちは、自分だってきっと同じだ。

越えたいと思う。勝ちたいと思う。でも、それだけでは駄目だ。だって、走るのは『自分』なのだから。

 

 レースも1600mに差し掛かる。ディープインパクトは今、キズナのすぐ後ろ。

キズナは深く集中する。

 

 彼女の領域が開く。鮮やかなターフの上にキズナが居る。目の前に居るのは、トレーナーだ。

トレーナーがいるからこそ、彼女は走りたいと思う。その気持ちに、応えたいと願う。

キズナはトレーナーの手を握って、彼女の額に持っていき、誓うのだ。

あなたとの『絆』を証明してみせます、と。

 

 加速する。誓うのは絆の証明。『魂』と自分を一体化させて、走ってみせる。

 

 己の愛バこそが最高と大事な人に言わせる為に、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『さぁ1600を過ぎて残り800m此処で展開が動き出しました!』

『シンボリクリスエスとサクラスターオー差を詰めにかかるキズナも後方から動き出した他はどう動くのか!』

 

 レースが動く。終わりは、まだ見えない。




シンボリクリスエス:デバフ完全耐性&発動条件ゆるゆる固有
サクラスターオー:スキルお化け&固有は2種類あって選択制
キズナ:固有確定発動&トレーナーとの友好度に応じて効果アップ
みたいなイメージ。
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