チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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お待たせしたな!


第四十四話 日本ダービー決着編・空を駆ける

『さぁ1600を過ぎて残り800m此処で展開が動き出しました!』

『シンボリクリスエスとサクラスターオー差を詰めにかかるキズナも後方から動き出した他はどう動くのか!』

 

 盤面が動き出す中、観客達は固唾を飲んでレースを見つめていた。

前年よりもさらにハイペースの展開、無敗の絶対的王者の動き、それに対抗する為走る各ウマ娘達の動き、瞬きすら惜しいと目を見開いて見つめている。

今の世代のレースは、素人目にも解るほどレベルが高い。

年度代表ウマ娘に選ばれてもおかしくないようなウマ娘達が、ぽんぽん出てくるのだ。

正に魔境、トゥインクルシリーズにおける特異点と言ってもまるでおかしくない。

レースを見つめる観客達は、拳を握り締めながら予感している。

間違いなく、このダービーは『最速』のダービーになるのだと。

ウマ娘達だけではない。多くの人の熱気が、東京レース場を包む。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「どいつもこいつもポンポン開きやがってバーゲンセールかってーんだよなぁったくよー」

「まさしく魔境だねぇ。これダービーじゃなくて宝塚記念か、有記念なんじゃないかな?」

 

 複数人が領域に入り込もうとしているのを感じ取り、オルフェーヴルは胡乱げな眼を向け、ディープスカイは溜息を吐いた。

普通、たとえダービーとはいえ、領域に入り込めるウマ娘は一人か二人くらいなものである。

才能有るウマ娘でも、クラシック期にはまだ入り込めないなんて事は珍しくも無い。

だというのに、もう入り込めるレベルが五人。最早グランプリレースと言ってしまっても過言ではない。

 

 ちなみに、今年の有記念になるともっと酷いと予想される。

筆頭ディープインパクトのラインクラフトとシーザリオのチームレグルスの三人。

ハーツクライ、キングカメハメハが確定のシニア組の二人。

既に踏み入れているカブラヤオー、シンボリクリスエス、キズナ、サクラスターオーのクラシック同期の四人。

さらに此処からナリタトップロード、ダンスインザダーク、サッカーボーイ、ジャスタウェイの今年中には足を踏み入れてるんじゃないかという四人。

シニア組でも才能のある者は他にも居るし、下手したらジャパンカップと有記念両方に外国のウマ娘が殴り込んでくる可能性だってある。

何せディープインパクト自身が散々に海外芝レースを荒らす予定なのだから、向こうだって同じ事をしてくるかもしれないのだ。

故に、最低九人、下手したら十八人全員領域に入り込めるウマ娘達による夢のグランプリ有記念が開催される。

G1勝利数やレース出場数によるドリームシリーズ移行規定が無かった昔ならともかく、今ではちょっと考えられない。

 

「カブラヤオー君は確定か」

「おう。ちょっとおもしれーぜ?」

 

 確かにカブラヤオーは領域に入り込んだが、それだけでは片手落ちだ。

領域に入り込むには極限の集中が必要で、レース中にその集中を作り出すのは難しい。

多くのウマ娘にとっては、領域に入り込むまでをルーティン化する事により、それを発動している。

ルーティンは様々で、それを達成できなければ普通は領域には入れない。

中には精神一つであらゆるルーティンをぶっ飛ばして領域に入り込むなんて奴もいるかもしれないが、そういうのは例外中の例外だ。

ともあれ、ルーティンを崩されれば領域には入り込めない。

 

 故に、カブラヤオーには『絶対に入り込めるよう』仕込んだ。

 

「タネは簡単よ。この世代はやたらと領域に入り込むからな」

「あぁ…そういう事か」

 

 そう、仕掛けは簡単。カブラヤオーは破滅逃げと呼んでいい逃げウマ娘である。

そして、同じ世代でカブラヤオーに匹敵する逃げができるのは例外一人だけしかいない。

他の領域持ちは、必ずカブラヤオーの後ろで領域に入り込む。

 

 ならば、その領域に反応するようにしてやれば良い。

 

 カブラヤオーは度を越した臆病である。後ろのウマ娘の気配が変われば即座に気づく。

そして、相手の領域に気づいた時に、カブラヤオーの頭の中を恐怖で振り切らせるよう、オルフェーヴルは仕込んだのだ。

今のカブラヤオーには、もう誰が前に居ようが関係は無い。後ろで領域に入り込んだウマ娘が現れた瞬間、カブラヤオーの心はたった一つに埋まる。

 

 破滅逃げと言われるスタイルと、それで最後まで走り切れるスタミナを持つからこそ成り立つ、全自動カウンター式領域。

それが、オルフェーヴルがカブラヤオーに仕込んだ手品である。

それでもあのディープインパクトに勝てるかどうかと言えばぶっちゃけかなり厳しいだろうが、少なくとも勝負の場には持っていけるとオルフェーヴルは思っている。

 

 しかし、今回のダービーでスピカ所属のウマ娘はカブラヤオーだけではない。

では、そのもう一人が今回どうかと言えば……

 

「で?そっちのカブラヤオー君は入り込んでるだろうけど、ジャスタウェイ君は?」

「まぁ今回のレースじゃ無理だろ。だって葦毛いねーもん」

 

 スピカ所属、ジャスタウェイ。才能は確かにピカイチなのだが、今現在、チームメイトにもライバル達にも葦毛が居ない為、低調である。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 カブラヤオーは才能に溢れたウマ娘である。

少なくとも、適切なトレーニングを積み、適切な時を選び、怪我という不運がないとしたら、シンボリルドルフ以来の無敗三冠すら可能であっただろうウマ娘だ。

津上あきから見て『ディープインパクトに勝てる項目がある』とはそういう事である。

 

 その上で、カブラヤオーのメンタルはどうしようもない程貧弱である。

そもそもカブラヤオーの根性は『鍛える』や『克服する』といったことに一切の適性が無い。

熾烈な競走やせめぎ合いで、最後に頼るべき精神的な強さを、マイナス方面でぶっ千切っている。

 

 溢れる素質に弱すぎるメンタル、それがカブラヤオーの領域が中途半端であった本質である。

もし、カブラヤオーにレースに出る一般的なウマ娘並の根性があれば、とっくに領域をものにしていた。

そして、普通のトレーニングではカブラヤオーに領域を目覚めさせる事はできない。

何故ならば、カブラヤオーにメンタル的な訓練の適性がまるで無いからだ。

 

 それを理解したオルフェーヴルは、だからこそ『逆』のやり方でカブラヤオーに領域を習得させた。

というより、それ以外にカブラヤオーに領域を会得させる方法が無い。

澄み切った精神や迸る闘志など望むべくもない故に、本来ならばマイナス感情の恐怖で精神を振り切らせる。

普通ならば精神が折れて、レースになど出れる筈も無いのだが、カブラヤオーだけは例外だ。

そもそもとしてカブラヤオーの心は元から折れるどころか木っ端微塵に粉砕されているからである。

 

 ウマ娘にもヒトにも極度の対人恐怖症にしてコミュ障、外側を取り繕えているのも全く知らない他人とは喋れないし表情が固まってしまうからだけ。

少しでもコミュニケーションが取れる対象にはすぐ化けの皮が剥がれ、泣くわ喚くわ縋るわ甘ったれるわ。

およそ競技者として度胸というものが欠片も無いカブラヤオーは、可能ならレースに出ることなく部屋に引き篭もっていたいとトレーナーにすら臆面もなく言う。

心が折れるどころかまず建設されてないレベルである。普通、そんなウマ娘が領域に入り込める程強いウマ娘である筈が無い。

 

 だが、カブラヤオーはそれでもレースに勝てる。勝ててしまえる。

それが、逆説的にカブラヤオーが領域に入り込める事を証明する。

 

 

 カブラヤオーの心を占めるのは多くの恐怖と、走る事、逃げる事、ほんのちょっぴりある勝ちたい気持ちだ。

しかし、鋭敏なカブラヤオーの感覚が、後方を走るウマ娘の気配が変わるのを捉える。

間違いない、領域に入り込んだウマ娘達がいるのだ。

その瞬間、カブラヤオーの精神は恐怖に振り切れた。

 

 彼女の領域がこじ開けられる。カブラヤオーが必死に逃げる。

後ろには追ってくるものがいる。右にも。左にも。そして前にも出現した。

泣き顔で周りを見渡したカブラヤオーがバッと上を向く。そうだ、空なら開いている…!

踏み切って、まるで矢の様に空へと飛び出した。もう、何処に誰が居ようと関係ない。

彼女の足が『全てから逃げきれ』と身体を急かすのだから。

 

 加速する。もう誰であろうと、彼女の逃走は止められない。

 

 風を切り裂く鏑矢が、音を鳴らして府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 ディープインパクトは強い。スピード、パワー、スタミナ、メンタル、テクニック、全て図抜けている。

そんな彼女は勿論、領域に入り込める。しかも、ただ入り込めるだけではない。

勿論、精神の中のそれであるので一つではあるのだが、逃げ、先行、差し、追込み、戦法によってそれぞれ効果が微妙に違うのだ。

 

 レグルスのメンバーに脚質の得意不得意は無いが、好みがあるというのは、其処にある。

ディープインパクトは走り方では追込みが一番好みなのだ。それが一番『深く』入り込める。

 

 ディープインパクトの眼の前で走るウマ娘達が、次々と領域に入り込んでいく。

実に嬉しかった。彼女達に大差で勝った事は自覚している。それでも、諦めてなかった。

勝とうとしている。負けたくないと思っている。勝ちたいと歯を喰いしばっている。

あぁ、そうだ。そうなのだ。『自分と似ている』のだ。

『一緒』だとは言わない。言えない。幼馴染達は、直接知っている。あれを見て、まだそう思う自分の方が変だとは自覚がある。

 

 でも。あぁ、それでも。

『たった一人に勝ちたい』と走る彼女達も、『自分と同じように』、『彼女』を目指してくれないかと期待してしまう。

勿論、その為に負ける気は無い。むしろ、『彼女』を目指す為にはもっともっともっと勝利を積み上げて。

それでも到底届かないその高みを目指して、駆け上がる必要がある。

その為にも負けられない。負けるわけにはいかない。

何故ならば、自分は彼女が認めた『最高』なのだから。

 

『さぁ第四コーナーを回って!先頭カブラヤオー!だが後続が次々と上がってきました!』

 

 最終直線に入る。直線525.9m。高低差は最早関係が無い。全て、全部、何もかも。

 

凌 駕 す る 。

 

 彼女の世界が塗り替わる。どこまでも澄み渡る青空の上。雲を切り、風を追い越すディープインパクト。

その遥か先を行く光が微かに見える。何処までも速く。何よりも輝く。彼女を導き、ただ彼女だけが追いかける光。

遥か遠くに在っても届くその眩しさに、彼女は目を細めない。

――嗚呼、未だ手も届かぬ光だとしても。

走る。離されるだけの疾走と理解しながら。

走る。その光を決して見失わないように。

顔を下げる暇は無い。絶望する時間は無い。諦めている余裕は無い。

手を伸ばせ。足を踏み出せ。たとえ道など見えぬ果てだとしても。何故ならば、光は教えてくれたのだ。

 

 だって、走るのはこんなにも楽しい!

 

 加速する。加速する。加速する。風を切り、地面ではなく、空を駆けるかのように。

勝利への執念も敗北への恐怖も走る事の楽しさも、全部、全部を推進力に変えて。

『奇跡』が認めた、『奇跡に最も近いウマ娘』が、府中を駆ける。

 

 

――――――――――――――――

 

 

『最終直線に入った此処でディープインパクト動いた外に回る!』

 

 最終直線、ついにディープインパクトが動いた。否、観客にはそう見えただけで、実際にはコーナーに入る前からじわじわと加速していたのだ。

だが、直線に入ってスパートをかけた、だからそう見えているだけ。外に持ち出したのは、其処が空いているから。

スタミナが切れ、ずるずると落ちるポコポコをあっという間に交わし。

 

『残り400を切った先頭カブラヤオー粘るキズナとサクラスターオーが追い上げたシンボリクリスエス迫る!』

 

 同じく最終直線に入ってスパートをかけ始めたサッカーボーイやナリタトップロード、ダンスインザダーク達を追い抜き。

 

『逃げ切るか!?カブラヤオーまだ抜かせない必死で逃げるしかし外から!外から一人このウマ娘!』

 

 領域に入った五人を射程に捉え。

 

『大ォ外からディープインパクト先頭五人に並ぶぁわない!一気にかわす直線外一気ぃー!』

 

 そして、全てを抜き去り。

 

『強い!速い!無敗を貫くのは最早運命なのか!先頭ディープインパクト圧勝ゴォールイン!』

 

 空を駆ける英雄が、その強さを証明した。

 

『二着争いは解りません今五人並んでゴォール!これは解りません写真判定でしょうか!』

 

 そして、審議の末、掲示板に表示された番号は。

 

東京 11R 確定

 

Ⅰ 5

   >7

Ⅱ 1

   >同着

Ⅲ 12

   >ハナ

Ⅳ 7

   >同着

Ⅴ 10

       レコード

芝良 タイム 2:19:5

 

1着ディープインパクト、しかしとうとう着差が『大差』ではなくなった。

それ以外にも、2着同着のカブラヤオーとキズナ、4着同着のサクラスターオーとシンボリクリスエスのタイムは2分20秒7。

そう、オークスでのレグルスのメンバー、シーザリオの2分20秒9を僅かに上回っている。

ディープインパクトは未だ無敗。しかし、他のウマ娘達も確かにその身に届かせんと切磋琢磨している。

 

 ディープインパクトは右手でピースサインを作り、天に掲げる。

既に英国一冠、日本二冠、G1勝利数は5。果たして、無敗は何処まで続くのか。

人々は、彼女の背中に夢を見る。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 レースが終わった後、ライブが始まるまでの間。

記者たちに囲まれるディープインパクトとあきが、ふと己に向けられる熱く、純粋な視線に気づく。

其処にいたのはまだ小学校低学年くらいの、二人のウマ娘だ。

きらきらとした眼でディープインパクトを見ている。

一目見て解った。あぁ、これは。

 

 報道陣の間を割って、二人の元へと歩み寄る。騒めく報道陣は察した幼馴染が抑えてくれた。

突然の事に驚く二人に、しゃがんで目線を合わせる。

 

「私を応援してくれてたのかな」

「は、はい!ダービー!他のレースも!凄かったです!」

 

 緊張で二人とも固まっていたが、声を掛ければ右耳に飾りをつけた幼いウマ娘が興奮して返す。

 

「うん。ありがとう」

「あ、あの!私!私、ディープインパクトさんみたいな凄いウマ娘になります!」

 

 きらきらと夢を信じて輝く瞳を受け止めながら、ディープインパクトは微笑んで二人の頭を撫でる。

 

「なれるよ。あなた達なら、なれる」

 

 きっと、この子達なら凄い事をやれるのだろう、という確信が有る。

あぁ、この子達が自分のクラシックにいなくて残念だとも思う。

 

「あなた達の名前は?」

「わ、私はデアリングタクトです!」

 

 今まで緊張で話せなかった左耳に飾りをつけた子が答える。目指すのはトリプルティアラだろうか。

そして。

 

「私!私の名前は――」

 

 きっと多くの夢を乗せて走るだろうこの娘。見た人の夢を背中に走るだろうこの娘。

 

「コントレイルです!!」

 

 大丈夫。きっと、未来のレースも絶対に面白い。




カブラヤオー:他のウマ娘が固有を発動したら確定発動。ステータスはスピードとスタミナが高いけど根性クソ雑魚ナメクジ、さらに根性の成長補正にマイナスついてる。

ディープインパクト:逃げ、先行、差し、追込みで固有効果が違う。
逃げ・加速+自分が発動したスキルの分だけスタミナ回復(回復補正・微)
先行・加速+他のウマ娘が発動したデバフの分だけ追加加速(追加加速補正・微)
差し・加速+自分が発動したスキルの分だけ追加加速(追加加速補正・小)
追込み・加速+相手が発動した固有の分だけ追加加速(追加加速補正・大)

こんなイメージ。
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