チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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第四十六話 ダービー終わってまたダービー/めにみえぬもの

 あきがラムタラを一目見てその強さに気づいた頃、他の出場ウマ娘達はどうかというと、勿論気づいていた。

この場に集まるのは押しも押されもせぬ一流のウマ娘達だけである。ラムタラが強いウマ娘である事は一目瞭然であった。

 

「ふぅん。あれが鬼気迫るってものか」

 

 感じた戦慄は顔に出さずとも、背中に冷汗を一筋垂らしながらシンダーが呟く。

あれが1勝クラスのウマ娘?一体なんていう冗談なのか!

彼女から感じる圧は重々しく、鋭い。クラシックどころか、シニアのウマ娘を探しても此処までの圧を放てる者はいるかどうか。

ディープインパクトだけでもお腹いっぱいであるというのに、いきなりとんでもない伏兵が飛び出てきた。

 

「いやはや。これだから世界ってのはわからないものさ」

 

 ガリレオが肩をすくめて零す。全くのノーマーク、欠片も意識していなかった選手がいきなり要注意に変貌した。

デビュー戦に勝利しただけのウマ娘、という認識で、意図して今日まで隠してきたとしたら、ウマ娘もそのトレーナーもとんだ策士である。

初見の印象だけでいうなら、まんまと向こうに持っていかれた形となる。

実際に、レースに出るウマ娘はもう彼女から目が離せない。元から目が離せない化物が一人いたというのに、二人に増えたのだ。

 

「………」

 

 そして、ディープインパクトはただ、無言でラムタラを見ていた。

いつものように強い相手が来た、と微笑むのでもなく。ただ、推し量るように。

その眼は闘志に満たされるのではなく、何かを見通そうかというように、透徹な眼をしていた。

 

 ダービー。一国の宰相となるよりも得難きもの。

 

 ダービー。数多の夢と、輝きを飲み込む舞台。

 

 ダービー。灼熱の勝負の世界。

 

 波乱を秘め、欧州三大レース、その一つ目が始まる。

 

 

――――――――――――――――

 

 

1枠1番 ドバウィ

2枠2番 ガリレオ

3枠3番 ディープインパクト

4枠4番 ラムタラ

5枠5番 モティヴェーター

6枠6番 シンダー

7枠7番 オラトリオ

 

 

――――――――――――――――

 

 

 今、ベルの音と共にエプソムダービーのスタートが切られた。

それを、ラムタラのトレーナー、その『代理人』と呼ばれる彼はじっと見ていた。

この日の為に、多くの鍛錬を積んできた。数多の作戦を考案した。擦り切れる程にデータを見返した。

この瞬間に始まった、たった150秒にも届かないだろう、短い時間の全てを駆ける為に。

その為に。その為に、また多くのものを捨ててきた。ウマ娘として、走るレースに関わる多くのものを。

 

 狙ったのは、欧州三大レースだ。

しかし、欧州三大レースといえど走る国はたった2ヶ国。

だから、適性はその2ヶ国の芝だけでいい。

だから、英国芝と仏国芝以外の適性を『捨てた』。

 

 狙ったのは、たった三つのレースだけだ。

しかし、その三つどれもが2400m台の距離。

だから、その距離だけを走れればいい。

だから、それ以外の距離適性は全て『捨てた』。

 

 彼女の『トレーナー』は、遺した彼女の育成プランを、実に見事に立てていた。

彼の元々想定していた適性は欧州の主要国の芝全て、距離適性は1800~3000m。

こうすればラムタラはそれら全てで活躍できるウマ娘になれる筈だと、心から信じて。

だからこそ、そこから逆算したのだ。

2400m未満のレースに出る為のトレーニングを削り。2400m台より長いレースに出る為の鍛錬を削いで。

彼の、『トレーナー』のプランも『捨てた』。

 

「だからこそ、届く。この場所。この距離。ただそれだけに研ぎ澄ませた」

 

 それ以外は、全て不要だ。

 

「走れ。駆けろ」

 

 彼の遺志。己の夢。彼女の決意。持っていくのはそれだけでいい。

 

「勝て。ラムタラ」

 

 炯炯とした光を目に宿らせながら、彼は亡き友の――そして己の愛バの勝利を願った。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 まずハナを取ったのはオラトリオとシンダー。およそ差が無く先頭を二人が走る。

続いてモティヴェーター、ガリレオ、ドバウィが続き、ディープインパクトとラムタラは後方から。

しかし先頭からシンガリまでそれほど差は空いていない。およそ10バ身の範囲に収まっている。

 

「(――重い。凄く、強い思い。『勝ち』にかけた願い)」

 

 すぐ横を走るラムタラからディープインパクトが感じた事。

彼女が強い事はすぐ解った。どれだけ強い思いを抱いているかも。

楽しみと思う筈だった。怖いと感じる筈だった。

だけど、違う。

確かに楽しさも怖さも感じたけど、違う。それで走るべきじゃあないと、そう思った。

 

 パドックの間中見て。レースが始まる前まで見て。こうしてレースが始まって。

あぁ、やっと解った。

彼女はただ、必死で。多分、『まだ』、必死であるだけなのだ。

捨てて、捨てて、捨てて、多分、おそらく、彼女にとって大切な『それ』だけに。

走る事の楽しさすら捨てて。

 

「(――だから。負けられない。勝ちたい――勝つ)」

 

 負けられない。負けてはいけない。恐怖でもなく。楽しさでもなく。

ただ、ただ、ディープインパクトはそう決意した。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「英国と仏国…いや、正確にはエプソム、アスコット、ロンシャンのみ特化。距離適性2400台のみ……」

 

 レースを見つめるあきの眼には正確にラムタラのデータが映し出される。

彼女でも他に類を見ない程に、そのデータは完全に狂気の域に達していた。

元の脚質からして1800から3000まで問題無く走れたものを、完全に2400台に特化。

芝への適性もその三つのレース場のみ完璧にし、月単位の修正をかける事で理論上の最高値を本番で発揮させる。

おそらく、調整をミスればその三つのレース場でも掲示板が精々。

そして三つのレース場以外なら論外である。

距離に関しても適性はぴったり2400台、それ以外の距離は100mの違いで入れて掲示板、200m違えば着外に沈む。

 

 本当に、ただただ『欧州三冠だけを獲る為だけ』に整えられた肉体。

確かに、確かにそこまでやればディープインパクト達に勝てるかもしれないが、やろうとする人もやれる人も存在するとは考えていなかった。

やろうとするならばその難易度の前に挫折し、やれるならば正気のまま狂気に突っ込んでいる。

繊細なんてものじゃない調整を、正しく実行せねばできよう筈も無い。そんな事ができるのはあきだけであると。

 

「あぁ…いや…そうか、『だからこそ』可能なのか」

 

 そして、気付く。アグネスタキオン達に言われた事。

あきの技能を再現するならば、研究所を一つ建てて、ウマ娘が何かする度に其処で調査して調整せねば、と。

だが、アグネスタキオン達研究者の尽力のおかげでこの難易度も多少、本当に多少だが下がっている。

しかし、不可能ではないのだ。そう、莫大な資金と技術さえあれば。

 

「オイルマネー。それさえあれば、不可能じゃあない」

 

 だから、それを実際にした人がいた。これは、ただそういう話なのだ。

ラムタラの『代理人』という、褐色の肌を持つ彼が、それをできる立場に居たという、それだけの話。

 

「でも、それでも勝つのは翔ちゃんだ…!」

 

 いつだって、彼女は期待に応えてくれた。いつだって、彼女は駆け抜けてくれた。

あきが初めてファンになったウマ娘は、いつだって輝きを放つのだ。

己の愛バの勝利を疑うトレーナーなど、居はしない。

 

「がぁんばれー!翔ちゃあぁぁぁん!」

 

 だからあきは信じる。きっとディープインパクトが1着になると。

それが、レースを走る愛バにトレーナーができる、ただ一つの事なのだから。




柵『ユルシテ!オネエサンユルシテ!』ミシィ!
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