チート持ってウマ娘なるものに転生した、芝生える   作:白河仁

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評価と感想ありがとうございます!
『ちょっと妄想吐き出しといてみるかー、読まれなくても別にいいから宣伝しなくていーやヘーキヘーキ』とか思ってた一週間前の自分に今の結果見せたらひぇってなりそう(小並感)
割と読者さんが気になっているであろうチートオリ主がどのくらいチートなのか、お披露目の時です。


第六話 『チートオリ主』のチート具合とは

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース。

衝撃の走りを見せつけた中等部生徒代表から放たれた一言は、何故かその場に居たシンボリルドルフ学園理事長が聞きおよび。

授業時間を超過して、何故か距離も延長され、芝2400mコースがディープインパクトと津上あきの為だけに用意された。

なお、此処までの流れであきは一切口を挟めず挟ませてもらえず、まるで宇宙を見る猫のような表情で体操着とシューズを押し付けられている。

 

「何故こんなことに…」

 

 遠い眼をしているが、あきはトレーナーについてもらってレースに出る気など欠片も無い。

教え子達の指導もあるし、最近あまりにも成果が無いので実はこの世界平和なのでは?と思い始めた世界調査もある。

無論、そうやって油断した所に愉悦をブチ込んでくる邪神には心当たりしかないので油断はできないとも思っているが。

と、なると、自分が走る気は無いので他のトレーナーがディープインパクトのトレーナーになる事は有り得ない。

しかし自分が走らないのでディープインパクトが自分をトレーナーにしてくれない。

なだめすかそうとしても無駄だ、あれは指導中見た絶対に諦めない眼だった。

というか推しの全力のお願いに断る事なんてありえないと騒いでるオタクの自分がいる。

では自分がやる気出して全力で走るしかない。

 

 別に全力で走る事はいいのだ。

走る事は好きだし、賞賛も喝采も、もう唸るほど浴びたい。

前世の記憶さえ無ければかなり自己顕示欲強めである自覚があるあきは、レースに出て消えない歴史を刻み、世界中から喝采を浴びて唯一絶対王者に君臨していただろう。

だが前世の記憶がストップをかける。

その記憶が教えているのだ。

『創作の世界って割と簡単に世界とか星とか国とか街とか滅ぼせる力を持った奴がポンポン出てくるぞ』、と。

それが怖い。

本当に、本当に怖い。

身体を動かすだけなら、走るだけなら良いのだ。

だが、自分が創作かもしれない世界に生まれ変わり、創作かもしれない世界が他に有ると知ってしまった。

それらが割と簡単に、世界の壁を越えたり、壊したりしてしまう事をこの世界の誰よりも知っていた。

ならばこの並外れた身体能力が、隔絶した肉体が、それらと戦う為に用意されたのだと言われて、一体誰が、一体何が、否定できるのだろうか。

この星から出てくるかもしれない異常な存在や、宇宙から降り注いでくるかもしれない危険物や、異世界からの侵略者など。

普通なら気にも留めない事を、津上あきは本気で警戒していた。

 

「あきちゃん」

「翔ちゃん…」

 

 この世界に居る筈が無い秘密結社を警戒し、いやでも今まで何の痕跡も無いし、と悩んで体操着とシューズを持って考え込んでいるあきに、ディープインパクトが話しかける。

彼女はその整った顔で眉をハの字にし、小首を傾げ、ちょっと切なそうな顔でこう言った。

 

「私のお願い、きいてくれないの?」

「今すぐ準備してくるよ!!」

 

 津上あきはこの星から出てくるかもしれない異常存在や宇宙から降り注いでくるかもしれない危険物や異世界からの侵略者を本気で警戒している転生者である。

だがそれはそれとして、推しのお願いを断る事などできる筈が無い割と重度なオタクだった。

 

 かなり速度を出して更衣室まで走るあきを見て、少し離れた場所で見ていた生徒四人は『知ってた』と味わい深い顔で頷き。

お願いをきいてもらえたディープインパクトは満足そうに頷いていた。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース、エクストララウンド、芝2400m。

それはトゥインクルシリーズでも最も栄誉あるレースであり、最も注目される日本ダービーと同じ距離である。

2000mをぶっちぎりのレコードで走り切ってまだ余裕のディープインパクトがどう走るのか、そもそも一緒に走らされる事になったウマ娘が一体誰なのか。

レース場内は未だにざわついていた。

 

 そんなレース場内、ゴール板前観客席にあきの教え子達四人が集まっていた。

 

「しかしいつかおねだりするんじゃないかと思っていたが…我慢できなかったのか?お嬢様は」

「たぶんー、他のトレーナーさんに纏わりつかれてー、うっとーしかったのもあってー、これ幸いにー、って感じだと思うのー」

「あー、お嬢ならやるわよねー」

「先生はチョロ甘」

 

 どこか宝塚的な、凛々しい顔に疑問を浮かばせてディープインパクトの行動を訝しがるシーザリオに、間延びした声でラインクラフトが答える。

さもありなんとヴァーミリアンが肯定し、カネヒキリがあきを割と辛辣に評した。

付き合いが長い為か、あきの一度懐に入ってしまえば割と甘いのは全員解っていたが、自分でレースに出ない事だけは徹底していたのも知っている。

それがこうなるとは…多分公式なレースじゃないからだろうなぁと思っていた。

仮に、これが中山などのレース場で行われる公式なレースならあきは走らなかっただろう。

そもそもあの人、出走登録もしてないし、と。

 

「失礼。此処を良いだろうか」

「! あなたは…」

 

 何処か微妙な表情でスタートを待つ四人に話しかけてきたのは、このトレセン学園理事長。

無敗の三冠ウマ娘、たった『一度』の敗北、それすらも翌年のジャパンカップで借りを返し、そのまま有マ記念に出て勝利した、驚異の『十冠』。

『皇帝』、シンボリルドルフ。

今なお生きる伝説であり、競技者として引退した後もURA重鎮として活動する名ウマ娘である。

そんなウマ娘が、自分達の先生とディープインパクトに注目していた。

何をやってんだ、とも思うが、同時に納得しか湧かない二人に、幼馴染四人は呆れればいいのか、嘆けばいいのか。

 

「君達は、津上トレーナー君の生徒かい?」

「は、はい。あの、師匠が何か粗相でも…?」

「いや、特に問題になる事はしていないよ」

 

 シンボリルドルフの質問に、アイコンタクトで相手役を押し付けられたシーザリオがお前たち覚えてろよ、とばかりに三人を睨んでから答える様子を、シンボリルドルフは苦笑しながら見た。

自分はどうにも初対面のウマ娘達には怯えられる、やはり会話にはユーモアが必要だな、と。

ただ、今回は聞きたい内容が内容な為、ユーモアは挟まない方が良いかもしれない、とも。

 

「君達は、津上トレーナー君がレースに出ない理由を知ってるのかい?」

 

 瞬間、四人の顔が固まる。

あぁ、やはり彼女達も同じなのだろうか、とシンボリルドルフは思う。

 

「……興味が無い。とだけ」

「でも、先生はそれだけしか答えてくれないのよね」

「師匠の考えは、はかり知れませんから」

「おじょーさまだけー、明らかに鍛え方が違うけどねー」

 

 瞳に宿るのは、嫉妬か、諦観か、闘争心か。

この四人にも解っているのだ、ディープインパクトがどれだけ特別か。

この四人にも解っているのだ、津上あきがどれだけ規格外なのか。

ただ、この四人が向ける闘志は主にディープインパクトへと向かっており、津上あきにはそうではない。

それを諦めと言ってしまうのは、あまりにも酷な事だろう。

 

「そうか、答えてくれて、ありがとう」

 

 生徒たちの中でただ一人、津上あきだけに拘っているディープインパクト。

決定的な、覆しようのない差を見せられ、彼女がどうなるか。

シンボリルドルフは、それだけが気がかりだった。

 

 トレセン学園中等部一年第一回模擬レース、エクストララウンド、芝2400m。

今、出走開始。

 

――――――――――――――――

 

 二人しかいない、1枠1番のゲートの中、ディープインパクトの心は奇妙なまでに凪いでいた。

彼女の全力を見れるからか。

一番の友達と走れるからか。

誰よりも勝ちたい人と走れるからか。

全部そうであるような気もするし、全部違うような気がする。

ただ、とても心が静かで。

血管の中を通る血液の一滴一滴すら、手に取るように解りそうな気分で。

ゲートが開く瞬間がスローモーションのように目に見えて。

これまでの中でも、最高のスタートを切った。

 

 そして、『それ以上に完璧のスタートを切るなんてあきちゃんには当然』の事で。

 

 すぐさま目に入ったその背中を追おうとして。

 

 たなびく、吸い込まれそうになるほどの黒い髪を視界に捉えようとして。

 

 脚を踏み出した瞬間、加速しようとした瞬間。

 

 ディープインパクトは、一瞬で千切られた。

 

――――――――――――――――

 

「…速い」

 

 シンボリルドルフの見る限り、ディープインパクトは完璧なスタートを決めた。

彼女の長いレース経験の中、また、引退してから見たレースの中でも、一二を争う程のスタートダッシュだ。

だが、津上あきはそれを軽く凌駕した。

まるでゲートがいつ開くのかタイムラグ0で把握し、即座に反応したかのように、それはウマ娘の反射神経すら超えて、しかしフライングにならないように。

完璧以上の、異次元のスタートダッシュだった。

それに加えて。

 

「おい、なんであんな加速してるんだ、かかっているのか?」

「いや待て、なんだあの加速は!?」

 

 ただ、ひたすらに速い。

200mで既に一般のウマ娘のトップスピードに乗り、なお加速して、400m時点で津上あきは『このレースでの最高速度』に到達した。

どういう加速だ、どういう速度だと、周辺のトレーナー達が騒ぐ。

スタミナは持つのかなんて、ただの愚問だ。

それができないウマ娘ならば、シンボリルドルフの眼を以てして『計り切れない』などと思いはしない。

きっと彼女は走り切るだろう。

コーナーも坂も関係無い。

トップスピードのまま、残り2000m『程度』走り切る。

シンボリルドルフには、確信が有った。

 

――――――――――――――――

 

 遠い、遠い、遠い。

彼女の背中は豆粒のようにしか見えない。

コーナーを曲がって、もう見えなくなった。

 

 あぁ、貴女はそこまで速かったのか。

 

 あぁ、貴女はそこまで遠かったのか。

 

 あぁ、貴女はそこまで強かったのか。

 

 ターフの上に、彼女が踏み抜いた跡が残る。

とても深く、散弾銃でも撃ち込んだかのような跡。

きっと彼女には誰も追いつけない。

きっと私でも彼女には追いつけない。

そんな事は、何よりも、誰よりも、承知していた。

 

 ――だけど、それでも!!!!

 

 それは、私が全力で走らなくていい理由にはならない!!!

 

――――――――――――――――

 

 ディープインパクトが加速する。

模擬レースで走っていた時と比べものにならない程に本気で、全力で、前を走る津上あきに追いつかんと、必死で駆ける。

だが、どうにもならない、もう、どうにもなりはしない。

ディープインパクトが56秒で1000mの標識を越えた時。

津上あきは、既にそこから300mよりさらに前を走っていた。

シンボリルドルフの予見した通り、カーブも、坂も、まるで直線と同じだというかのように一切減速せず。

2000mを全く同じ速度で駆け抜けて。

彼女が走ったタイムは、ゴール板を駆け抜けたタイムは。

 

 1分39秒0。

 

 上がり3F、24秒0。

 

 それは、ウマ娘が理論上出しうるとされた速度を遥かに超えた、正真正銘の規格外。

再現も、模倣も、試す事すらできはしない、もう二度と現れない、正真正銘の『奇跡』。

他の誰も、影すら踏めず、背中すら拝めず、ただ遥か遠くで誰かがゴールしたとしか解らない。

 

 あぁ、なのに。

 

 あぁ、もうお前が追いかける背中は遥か遠くで、もう勝負は決まっていて、走る必要は無いというのに、諦めてしまってもいいのに、走るのを辞めてしまっても誰も責めないというのに。

 

 ディープインパクト、お前は、何故そうも走るのか。

 

――――――――――――――――

 

 苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

前には誰も見えない、誰も居ない、居る筈が無い。

当たり前だ、彼女はもう既にゴールした。

もうコースを走る者は、自分以外に誰も居ない。

 

 独りだ。

このレースで、後ろには誰も居ない。

前を走る者はもう居ない。

隣になんて居る筈が無い。

 

 もう彼女はゴールしたのに。

彼女は約束通り全力で走り切ったのに。

なんで私は走っているのだろう。

こんなに苦しいのに。

彼女はもう走っていないのに。

なんで、私は。

 

 こんなに、走っていたいのだろう。

 

――――――――――――――――

 

 最後の第四コーナー、回った直線。

ディープインパクトは内ラチギリギリを綺麗に周る。

そんなもの、もう適当で良い筈なのに、結果は覆らないというのに、ほんの少しでも、僅か0.01秒だろうとタイムを縮めようと、何より速く駆け抜けようと。

 

 最後の直線、ダービーと同じ525.9m。

坂を駆けのぼり、ラストスパートをかける。

雄叫びをこぼしながら、何より、誰より必死に、ぐんぐんと伸びる。

諦めてたまるかというように。

脚を止めてなんていられるかと、世界に叫ぶかのように。

 

 どこか、とても楽しそうに。

 

 鹿毛の髪をたなびかせながら、ほんの少し、まるで、見間違えかもしれないが。

ディープインパクトは、微笑みを溢してゴールした。

 

 彼女の走りを見て、拳を握りしめたトレーナーが居る。

 

 彼女の走りを見て、目を潤ませたウマ娘が居る。

 

 彼女の走りを見て、叶う筈が無いのに、負けるなと溢してしまった人が居る。

 

 彼ら、彼女らの心に灯ったそれは、今はとても儚くて弱いものかもしれないが。

それでも、彼女の走りは、確かに何かを灯らせたのだ。

 

 シンボリルドルフ一人の拍手が響く中、ちょっと時間を使い、息を整え終えていた津上あきは。

自分より1分弱遅れた、上り3Fを30秒6、トータルタイム2分19秒0でゴールしたディープインパクトを抱き止めた。

 

 

――――――――――――――――

 

「翔ちゃん、大丈夫?」

 

 息が苦しい、足が棒のようで、身体に酸素が足りなくて、疲労が全身にのしかかっている。

彼女に心配をかけたくはないけど、声を返す余裕が今はちょっとない。

 

「あー、えっと。翔ちゃん。そのー、ごめん!」

「……?」

 

 何故だか気まずそうに声をかけ、しかも謝る彼女。

一体何がそうさせているのか、ディープインパクトには皆目見当がつかなかった。

 

「あのさ、ほら、全力で走れって言われたじゃん?あれなんだけど」

 

 確かにそう言ったし、彼女はそれに応えてくれた。

400mで最高速度――タイムから逆算して100m4秒、時速90㎞――まで加速して、そのまま走り続けてくれた。

解っていた事だが、まるで追いつけなかった。

……『そのまま走り続けた』?

 

「あのね。シューズが保てなくてさ。『ラストスパートできなかった』んだ」

 

 ほら、とあきが履いているシューズを脱いで裏を見せると、蹄鉄が見事なまでにガタガタのブレブレになっていた。

なんなら他の部分の靴底までダメになっている。

つまり、もしシューズが壊れなかったら、彼女はもっと速く走っていたということで。

 

「きちんと出せる全力で走ったから、そこは勘弁してくれないかなーって。ね?ね?ボクが翔ちゃんのトレーナーだよね?」

「……ぷふっ」

 

 今、目の前でおろおろしてる彼女と、隔絶した速さを見せつけた彼女を見比べて、ギャップでどうしてもおかしくなってしまった。

身体が疲れ切っているというのに、笑いが止まらない。

――あぁ。

 

「ねぇ、あきちゃん」

「え、お、へぅ、な、なぁに?」

 

 何で自分を見て笑ってるのか、そもそも許してもらえるか、おろおろしてる幼馴染に、このくらいの意地悪はしていいだろう。

 

「私が取れるG1全部取ったら、また私と全力で走ってくれる?そしたら、いいよ」

「ふぇ?」

 

 きっと、彼女はまた今回みたいに、模擬レースで二人だけの状況を思ってるんだろうけど。

 

「ふ、ふふーん!良いよ、約束だ!でもこれで翔ちゃんのトレーナーはボクだからね!」

「うん、約束」

 

 この安請け合いした約束が、同じ場所、同じ状況で走る事になるのかなんて、一言も言ってないのだから。

 




チートオリ主『ふ~、ちょっと焦ったけど無事ボクがトレーナーだ!』
翔子ちゃん『約束。ふふっ』
幼馴染四人『うわぁ…(ドン引き)』
リジチョー『あれを見て、体感して、なおまだ諦めないのだな、君は……!(感動)』

 大 惨 事

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