“『・・・憬は緊張しない?』”
中3の冬。受験勉強と役者の仕事の合間で俺が初めてメイン級の役を演じた映画を蓮と一緒に観終えたあと、スタバに行くまでの道程で“いつかの役作り”としてセンター街の中を恋人繋ぎをして歩いたことがあった。向こうからしようと仕掛けてきたにも関わらず、どういうわけか蓮のほうが謎に緊張していたのはずっとはっきり覚えている。
“『別に緊張なんかしてないよ・・・
どうして緊張してるのか聞いた俺へ、返ってきた答え。それを聞いて純粋に“やっぱりまだ役者として蓮には敵わないな”と俺は本気で思った。僅かにたどたどしいトーンや、ぎこちない視線を視て、“もしかしてこいつは本当に・・・?”なんて一瞬だけ勘違いしそうになった。
けれどあのときの芝居が、もし
「憬・・・私がいま憬の前にいるのは、堀宮さんとのことを言いに来たってだけじゃない・・・・・・だから・・・今から私が演技じゃない
本当の気持ちでそのまま返して欲しいと、蓮は言った。
「・・・・・・・・・好きです」
そして真っ直ぐに俺の眼を見つめる少し頬が赤くなった親友が、消え入りそうなほど小さく、だけど自分の言葉をはっきりと相手に伝えようと前を見据えて気持ちを俺へ伝えた。言葉通り、これは芝居ではない。俺のことを親友だとしか思っていなかったはずの幼馴染から言われた、“好きです”という本音。
「・・・いつから俺のことそう思ってた?」
正直な気持ちをぶつけた蓮へ、俺もたった今思ったことをそのまま言葉にして伝える。直前までは動揺を隠せなくなるほど次の言葉に身構えていたはずなのに、いざ言われたら嘘みたいに冷静になっている自分に驚く。相手の感情と言葉から何となく予感していたから辛うじて受け止められているのか、それともいま起きている
「自分でも全然わかんないんだよ・・・でも、気が付いたらそうなってた」
いつから好きになっていたかを聞く俺に、蓮は戸惑いを隠せない様子で分からないと答える。
「ほんとさ、意味わかんないよね。私がよりによって君に対してこんな感情を持つことになるなんて。憬からしてもおかしいでしょ?」
そして現在進行形で感じている戸惑いを自嘲に変えて、蓮は無理やり口角を上げ目を細めて笑みを繕う。確かに蓮の言う通り、親友からこういう感情を向けられるのは意味が分からなくておかしな話と言われたらそうだ。
「・・・正直、まだちょっと理解が追いついてない感じはするな」
その前に、
「けど・・・蓮がいま言った言葉が芝居じゃないのだけは分かる・・・」
“『あたしが演じる雅のこと、本気で“好き”になってよ』”
親友と言えるほど仲が良い人から“好き”という感情を向けられると・・・・・・心はこうなるんだな・・・・・・
「・・・ありがとう。蓮」
何かを言おうと考える前に、自然と口から出てきた蓮への気持ち。
「“ありがとう”って、どういう意味?」
“ありがとう”と呟くように言った俺に、正面に立つ蓮は後ろで手を組んだまま問いかける。
「お前からそう言われて、なんかすげえ嬉しいんだよ・・・」
“『やっと自覚したみたいだな。もうサトルにとってレンちゃんの存在は“ただの親友”では収まらないところまで大きくなってしまったことに・・・』”
嘘偽りなく、本当のことを言ってしまえば俺は蓮のことが好きだ。自分でも未だに何故こんな感情を抱いてしまったのか、後悔に似た感情に襲われたこともある。親友のままでいたい気持ちと、先へ行きたい気持ち。それが純也の気持ちを理解するのに繋がるのかと言われても違っていて、ずっと分からないままだった。
「・・・そっか」
でも俺だけが抱いていると思っていた感情を、蓮も持っていた。その事実が俺の中にある喜怒哀楽では収まりきらない数多の感情を刺激して、嬉しさに変わる。
「・・・じゃあ俺も、蓮に
その嬉しさは、蓮から“好きだ”という気持ちを向けられたことへの純粋な嬉しさではなかった。いま感じているこの気持ちをそのまま包み隠さずに伝えるということは、ある意味で蓮の気持ちを踏みにじってしまうようなものだ。俺だって出来ることなら、“好き”をそのまま何の柵もない想いとして伝え返したい。ただそれは同時に、役者として生きている自分を否定することになる。俺たちはどこにでもいる普通の高校生なんかじゃない。カメラが回れば赤の他人に成る異端な世界を生きる
どちらかの気持ちに嘘を吐くことこそ、親友を更に傷つけることになる・・・・・・それは恐らく、蓮も
「俺も・・・・・・蓮のことが好きだ」
“好きだ”という気持ちを俺も告げる。黄金色の瞳が驚きを隠さずパッと見開くのが見えて、次の言葉が思わず喉仏の真下で一旦詰まる。
「だけど・・・蓮の気持ちには応えられない・・・」
それでも伝えなければ嘘を吐いたことになると、次の言葉を紡ぐ。
「いま感じているこの気持ちと、蓮が俺に対していま向けている“好き”という気持ちを俺は
蓮のおかげで気付くことが出来た、純也を演じる上で重要な視点。親友のおかげで見つけることが出来た、純也を理解する上で最も必要な
「・・・俺は
蓮のおかげで気付いてしまった・・・・・・日を追うごとに普通に生きるための感情を失って、心が根元ごと芝居に支配されつつある自分自身と、そんな自分に
「・・・ははっ」
気持ちを伝えた俺を見て、蓮は小さく笑う。
「もうほんっと、芝居バカだよなぁ」
まるで自分の気持ちを隠して強がるように、わざとらしい呆れ笑いを浮かべて蓮は俺の隣に移ってフェンスに寄りかかる。
「けど憬だったらそうするよね」
「・・・ショックか?」
「ホントに正直に言うと多少はだけど、そんな予感はしてたからへっちゃらだよ」
「・・・そうか」
ショックかどうか聞く俺に、“へっちゃらだよ”と強がった笑みで蓮が答える。少なくとも、俺はたったいま親友のことを傷つけた。
「言っておくけど・・・俺は謝らないから」
「うん。謝ってたらグーパンしてた」
「サラッとすげえこと言ったな今」
「大丈夫。やるとしても顔じゃなくて鳩尾だから」
「格闘技かよ」
だからと言って、俺は蓮の気持ちを断ったことも、蓮の気持ちを役作りに利用したことも謝らない。これが罪滅ぼしや埋め合わせになるだなんて全く思わないが、前にだけ突き進むことが俺なりの誠意だ。
「そもそも私たちは一応芸能人なわけだから、こんな大事な時期に余計なことをすれば色んな人に迷惑をかけることになる・・・だから君に断られて良かったよ。おかげでパパラッチの人からこっそり写真撮られて週刊誌に載るっていう事態は100パー避けれたわけだし」
「おう。確かにな」
何も気にしていない素振りのまま、蓮は前を見据えながらいち芸能人として最もな結論で俺の選択を肯定する。ただ横顔からは、納得していると見せかけた悔しさが見え隠れする。どれだけの勇気と覚悟を使ったのかが分かるなんて烏滸がましいことは口が裂けても言えないが、その答えがこれなのは少なからず蓮からすれば悔しいものだろう。
「だったらどうして言った?」
心底では納得していないことを親友として察している上で、俺は聞く。
「そんなの決まってるじゃん。私は嘘を吐く人が嫌いだし吐くのも嫌いだから、気持ちは伝えたかった」
「・・・何だかお前らしいな」
返ってきたのは、何とも蓮らしさのある真っ直ぐな答え。これというきっかけは、数えるとキリがないくらいあるとも言えるしこれといって無いとも言える。それぐらい俺からすれば蓮は当たり前の存在と言えた。
「ごめんね。急にこんなこと言って」
「蓮が謝ることはないよ。てか、こういうのは誰が悪いとかの話じゃないだろうし」
「ははっ、君は優しいな」
「思ったことをそのまま言っただけだっつの」
数秒の沈黙を挟んで、隣に立つ蓮が謝る。俺はこれ以上この屋上に漂う空気を重くしないように軽めの口ぶりで返す。蓮がクスリと笑って、パッと傍から見れば昨日までと変わらない距離感が生まれる。
「・・・私とずっと親友でいたかったでしょ?」
「それこそお互い様だろ」
「でも、嘘は吐けない」
「・・・だな」
変わってしまったのは・・・・・・お互いが
「・・・だからさ・・・」
そう徐に呟いた蓮が、寄りかかっていたフェンスから再び俺の前に身体を移して、互いの息がかかるほど顔を近づける。当たり前だが芸能人なのも相まって、綺麗で今更になって内心焦る。
「
真ん前に顔を近づけて、言葉を紡ぐように、力強く蓮は言った。俺の眼を真っ直ぐ見つめる瞳は今にも泣き出しそうなほど潤んでいて、頬は赤くなっていた。芝居でも計算でもない、本気の感情と言葉。それでも役者に成りきるために受け入れたくない現実を心を鬼にして受け入れて、“落とし込め”と俺に覚悟を訴える。
「・・・やっぱり敵わないな。
この瞬間、好きな映画や俳優の話をしながら学校からの帰り道を一緒に歩いていた普通の日々にどう足掻こうともう俺たちは
「じゃあ、先に教室戻ってるね」
俺に気持ちを伝えると、そのまま逃げるように蓮は駆け足で屋上を後にする。
「・・・はぁぁ」
「・・・・・・マジか。蓮」
直後に押し寄せる、蓮から“好きです”と言われたことへの形容できない衝撃。思えば時々どことなく様子がおかしかった瞬間がいくつかあったが、まさか俺のことをあんなふうに思っていたなんて夢にも思わなかった。ようやく頭が理解に追いつき始め、また思考回路が混乱を極めていく。
「いや・・・俺もか」
後悔のような、喜びのような、罪悪感のような、達成感のような・・・複雑怪奇で解読不能なこの感情。分かっているのは、もう今までの親友という関係には戻れなくなったということ。どちらか片方が今のままの関係を続けたいと心から思っていたとしたら可能性はあっただろうが、2人揃ってとなれば余程のタラレバが起きない限り不可能だ。
“
自分の中にいる純也に問いかける。雅と
“・・・・・・”
答えは返ってこなかった。ただ無言で、純也は俺の眼を見たまま消えた。
「・・・・・・」
こんな形で気付かされるとは思わなかった。結局、堀宮が言っていた秘策とやらは初めて演じるタイプの役柄を理解するための
堀宮さんから言われたんだよ・・・・・・
さっき蓮から言われたばかりの一言を思い出して、“まさか”の予感が頭をよぎって消える。普通に考えればあり得ないだろうが、あの人ならそうとも言い切れないところがある。
カチャッ_
いずれにしろ、結果として俺は得をしたことになる。だから気分は晴れやかだ。蓮から“好きです”と思われていた驚きも、その気持ちを“応えられない”と断った申し訳なさも、視えていなかったものが視えた嬉しさによってあっという間に埋め尽くされた。
そんな自分に、恐怖にも似た気持ちが身体中を巡っていくのを感じた。
『ありがとうございます。おかげで掴めました_』
俺が、思い込みではなく本当に身も心も
2018年_9月下旬_
「・・・・・・」
いつかの学校の屋上を捉えていた景色が、朧げになってゆっくりと移り変わっていく。静かに隙間から入り込む夜明けの光に照らされた、まだ見慣れない古民家の板張り天井。
「・・・はや」
まだ半分も目覚めていない意識でも何となくアラームより早い時間に起きてしまったことに気付くも、どうにもこのまま二度寝する気にもならず徐に目覚まし代わりで枕元に置いていたスマホを立ち上げると、設定していた朝6時より25分も早く目が覚めていたことを知って、思わず独り言。
「(・・・もう起きて走りに行くか)」
このまま25分だけ寝ようか一瞬だけ考えて、私は寝るのを諦めてそのまま布団から起き上がる。夏の始まりにハリウッドへ飛び立った静流から大河ドラマの仕事が終わる間まで当人に代わり手入れすることを条件に借りた鎌倉にある築100余年の別宅で迎える初めての朝は、
「(・・・秋だ)」
布団を畳んで、ランニングに向かう準備をする前に気分をリラックスさせるために縁側へ出て、早朝の空気を浴びる。9月も下旬に差し掛かったからなのか、ほのかに当たる風が涼しくて不意に秋を感じる。
チュン_
少し遠くから雀の鳴き声が聞こえてきたかと思えば、まだ少しばかり薄暗かった晴れ空にオレンジ色をした一筋の光が加わり、空を一段階ほど明るくする。ごちゃごちゃした都会から離れた郊外の空気は澄んでいて空も広く、静かだから鳥の声が聞こえすぎるくらい聞こえてくる。心なしか時間の流れも、ゆったり進んでいるように感じる。
「(この感じ・・・おばあちゃん
その音と空気に身を任せたまま目を閉じて浮かんでくるのは、日本で一番早く桜が咲く小さな町にあるおばあちゃんの家の風景。さっきまであんまり良くなかった気分も、のどかで落ち着いた空気に触れて少しずつ浄化されていく。静流が“もうひとつの住処”として度々この別宅に帰っていた理由が、徐々に分かってきた。
「(・・・にしても、なんであんな夢を私は見るかね)」
“『好きです』”
という気持ちを、親友だった
“『私を視て。ちゃんと視て焼き付けて・・・・・・これが、
もちろん、憬が
嘘に染まらず、馬鹿という言葉すら陳腐に思えるほど真っ直ぐ芝居にのめり込んでいくあいつに、追いつきたかった。
“『敵わないな。
ただこの辺りから、私は憬が考えていることや感情を少しずつ理解出来なくなっていった・・・・・・心の中にあった私が知らない
“『オレから言わせるとレンはずっと囚われてるよ。
「・・・・・・」
閉じていた瞼をゆっくりと開ける。見たくない
「(・・・何だかんだ10年ぶりなんだよなぁ・・・あの人と会うのは)」
こういう類の夢を見るときは、大抵は
「・・・・・・」
16のときに準主役で出演した映画の撮影であの人からされた
“『あなた。何でここにいるの?』”
「・・・
皮肉と共にありったけのマイナスな感情を吐き出して、私はさっさと支度をして朝のランニングへ出かけた。
本当にすいません。あまりにも続きの展開が思いつかなさすぎてモチベが全く上がらず、気分転換という名のリハビリで始めた他作品のSSに今やモチベのほうを完全に持ってかれている始末でして・・・・・・早い話がちょっともう色々と詰んでる感じです。
なのでまたしても次回はいつになるか分からないパターンです。ごめんなさい。