1LDKの女王モルガン   作:粗茶Returnees

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1話目 モルガンと料理

 

 週末をどう過ごすか。どこかの部に入っている人なら、部活動に励んでいるだろう。友人とどこかに遊びに行ったり、ゲーム三昧だったり。各々が自由に、何割かは自堕落に過ごすことだろう。

 

「ヤマト、この玉ねぎというものはどこまで剥けばよいのですか?」

 

「茶色のとこだけでいいけど?」

 

「? 皮を剥くと言ったではないですか」

 

「説明が悪かったです。はい」

 

 ヤマトと呼ばれた少年は、にんにくサイズにまで皮を剥かれ続けた玉ねぎを見て唸る。まな板の上には、乱雑に剥かれ続けた他の皮たち。茶色の部分を捨てて、その他の残骸を集めれば、どうにかなりそうだ。どうせこの後小さく切ることになる。

 下手に玉ねぎを所々潰しているせいか、女性の目には涙が溜まっている。本人は「何事もありませんが?」とシラを切りたいようなので、少年も指摘しない。

 茶色の皮を集めたらそれを捨てる。残った部分を、重ねられるところは重ねて、その塊を何個か用意。これから作るハンバーグの中にねじ込む予定だ。

 

「これを細かく切っていって」

 

「わかりました」

 

「……なんで包丁を掲げてるんですかね?」

 

「斬るのですよね?」

 

「そうだけども! まな板すら切りそうな勢いだよね!」

 

「この板は斬れないようになっているのでは?」

 

「耐久性があるだけ! てか包丁が先に折れそうだな!」

 

 女性が1回その高さから振り下ろした。叩きつけるように。薪割りぐらいの勢いで。

 

──バキッ!

 

「あ」

 

 振り下ろしたはずの包丁が宙を舞っている。綺麗な縦回転。10回転ほどしてからその切っ先は床に突き刺さる。そのすぐ横では、包丁が折れたことにショックを受けた少年が膝から崩れ落ちていた。

 

「……脆い」

 

「脆いじゃねぇわ! 使い方ってものがあるの!!」

 

 飛びつく勢いで起き上がった少年が、女性の顔や手をペタペタ触って確認。人形のように、身動ぎせず女性は疑問を口にする。

 

「どうされたのですか?」

 

「いや……包丁の破片とかでどこか怪我してないかなって。ガラスもだけど、金属の欠片って危ないし」

 

「そうでしたか。ご安心をヤマト。防げますから」

 

「普通料理にそれ用の魔術は使わないんだけどな?」

 

 「当たり前ですよ」みたいにくすりと笑う女性に呆れて、少年はため息混じりにツッコんだ。そのため息には、安堵の意味も篭っていることを女性は察している。

 

「掃除するから、ちょっとここで動かずに立っといて。いいか、一歩も動くなよ」

 

「それは振りというやつですか?」

 

「ガチの心配です!」

 

「ふふっ。大げさですねヤマト」

 

 裏のない言葉。心からの心配。それがひどく胸に染み込んで、女性は言われた通り動かずに少年を見つめた。まずは大部分を拾ってそれを何重もの紙で包み、袋の中へ。それを玄関に持っていったら、掃除機を持ってきて、あるかも分からない破片の掃除。最後に、フローリングの隙間に破片がないか目視でチェックし、それっぽいものがあれば小さな箒で取り除く。

 

「これでよしと」

 

「魔術を使えばその手間はいらなかったのでは?」

 

「魔術は極力使わないって話をしたろ?」

 

「この程度なら問題ないと思いますが」

 

「いいんだよ。使わずに済むのなら使わない。それより買い物にいかないとな。包丁がないと料理ができない」

 

 ジーッと女性と視線が重なり合い、数秒後にぷいと逸らされた。自覚はちゃんとあるようだ。

 作りかけの料理は、大皿やボールに入れておいてラップで包んでおく。火元の確認も済んだら、マイバッグと財布を用意。財布の中身を確認し、お金を下ろす必要があることを確認。

 出かける準備を済ませると、視線を感じてそちらを向いた。

 

「私も同行しましょう」

 

「…………服装をどうにかしてくれ」

 

「どこに問題が?」

 

「全部かな!」

 

 付けていたエプロンを外した彼女は、胸元だけでなくお腹まで露出している。ドレスのような衣装ではあるのだが、脚を隠す布地にはスリットが入っているどころではない。際どいというかほぼアウトではなかろうか。動作次第では……というやつだ。

 それは彼女にとても似合っている。その美貌を、美しさを際立たせている。だが、現代日本でその格好は大変目立つ。コスプレもいいところだ。確定で注目を集めることになるし、少年としてはそんな注目を浴びたくない。

 よって、彼女には留守番を頼むことになる。

 

「つまらないです」

 

「そうは言うけども……。いや、服を買えば解決なんだけどさ」

 

「ではついでに買ってきてください」

 

 少年は言葉を詰まらせた。言いそうだと思っていたし、自分でもそれは考えた。しかし問題がある。大問題がある。

 

──年頃の少年が女性用の服を1人で買う

 

 この絵面が少年にとって大変厳しい。女装癖があるだなんて思われたくないし、そうならなくても「変態だこいつ」と思われる。そんなことがあった日には、もう外を出歩けない。

 しかもだ。服を買うとなると、下着も必要となってくる。服以上のハードルの高さだ。年頃の少年にそれは過酷が過ぎるというもの。

 そんなこんなで、服を買ってくるという選択肢が取れない。なんとか理由をつけて、やんわりと断りたい。はっきり言うなんて、照れと恥ずかしさと諸々で無理だ。

 

「サイズとか……」

 

「採寸すれば問題ないでしょう?」

 

 絞り出した答えが速攻で潰された。彼女はなんとも思っていないようで、「どんとこい」みたいな顔をしている。両手を広げ、寸法される準備は万全だ。

 これはこれで少年にとってハードルが高い。鋼の心を持つと自負しているものの、彼女のスタイルは抜群だ。出るとこは出て、引き締まるところは引き締まっている。

 ありていに言えば、巨乳である。ボインである。その魅力と破壊力を理解してほしいと思いつつ、少年はそれをなんとか断った。

 

「メジャーがない。ひとまず、服は通販でどうにかしよう。1式を一通り揃えられたら、それで出かけられるようになるし」

 

「……いいでしょう。その提案を許可します」

 

「ありがたや~」

 

 少年は気づいていない。通販のやり方を教えることになることを。それはつまり、一緒に彼女の服を選ぶだけでなく、下着まで選ぶことになるということも。それに直面して赤面するのは、数時間後の話だ。

 

 

 ひとまず説得が終わり、少年は包丁を新調しに外出。それだけを買うのも味気ないなと思って、帰りにはコンビニによってデザートを購入。留守番をさせることのお詫びだ。そもそも、外出の原因を作ったのは相手方なのだが。

 

「ただいま~」

 

「おかえりなさいヤマト。てれびが壊れたのですが」

 

「ちょっと何言ってるのか分かりたくないな」

 

「ヤマトに教わったとおり、このりもこんの赤いボタンを押しました。これでてれびが点くのですよね?」

 

「そうなんだけど……。誰が陥没させるまで押せと?」

 

「押し込まないのですか?」

 

 間違ってはいない。押し込むと言えなくはないのだから。しかしそれは、力をこれでもかと篭める程じゃない。ましてや、赤いボタンに触れられないような陥没のさせ方は論外である。

 少年は頭を抱え、どう説明するか悩んだ。一度やり方を見せてはいたが、それだけでは駄目だったらしい。改めて説明するとして、それはリモコンを買ってからにしよう。

 

「新調したらまた教えるよ。とりあえず、リモコンがイカれたくらいなら問題ない。テレビ本体で点けたらいいだけだし」

 

「その手もあるのですね」

 

「……怖いからやるなよ。それはおれだけがやるから」

 

 やらかしたばかりだ。これには彼女も頷くしかない。

 気を取り直して、少年は新調した包丁を持って台所へ。彼女もエプロンを着けてその隣に並んだ。最後までやり切るために。

 

「包丁の使い方を教えます」

 

「威力は加減しますが?」

 

「威力って時点でアウトだ! ったく」

 

 少年は彼女に包丁を握らせ、後ろから手を重ねた。また折られたら今度は心も折れちゃうから。

 

「包丁は軽い力でも食材を切れるようになってるんだ。左手は猫の手にして」

 

「ねこ? ねこ、ですか?」

 

「…………もしかして」

 

「どういう生命なのですか? ねこというものは」

 

「……はい。それは後で見せてやるから。手を軽く丸めてくれ」

 

 どの程度かは、少年が実践して見せる。彼女もそれを真似て手を丸め、これでいいのかと振り返りながら聞いた。身長差はほとんどなく、振り返れば自然と目が合う。彼の視界に映るように、丸めた手を頬の横辺りでくいくいと動かす。

 

「これでいいのですか?」

 

「う、うん」

 

「? どうかされましたか?」

 

「なんでもないです」

 

 きょとんと純粋な表情をして、猫の手を作った彼女が可愛らしく見えた。美しいという言葉が似合う女性なのに、あどけなさを感じさせるそれはポイントが高い。

 

「それができたら、食材をこの手で抑える」

 

「こうですか?」

 

「そうそう。それで、包丁の腹を指に当てて安定させて、そのまま引きながら腕を下ろす」

 

「! 本当に簡単に切れるのですね」

 

「だろ? これぐらいの力でいいんだよ。それで、切るときの厚さも抑える手で調節していくんだ。今回は、今切った厚さにしていってくれ」

 

「わかりました。ありがとうございますヤマト」

 

「どういたしまして」

 

 やり方を教えたら、少年も少年で調理を再開。1人でやらせても本当に大丈夫なのか。その不安はまだあるから、チラチラと横目に様子を見守る。

 

「……綺麗に切るんだな。全部同じ厚さにできてるし」

 

「これぐらい当然では?」

 

「いやいや。器用だよこれは」

 

「そうですか」

 

 自分にとっては当然のこと。それを褒められてもあまり響かないが、多少なりとも嬉しさを感じなくはない。

 それよりも彼女の印象に残っているのは、先程まで感じていた少年の温度。背中越しに感じていた、リズムの早い彼の鼓動。鋼の心(笑)を持っていようとも、年頃の反応は示してしまうのだ。

 そのことに彼女は静かに微笑んだ。愛らしい少年だと。

 

 それが魔術師である少年こと京坂大和と、ひょんなことから住み着くことになったモルガン・ル・フェの同棲生活の一幕である。

 

 

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