冬木市の冬は、雪が大量に積もったり池が凍ったりすることはない。北陸や北海道のような豪雪地帯ではないのだ。逆にまったく雪が降らないのかというと、そういうわけでもない。多少は雪が降るし、数cmだけ積もることもある。かき集めたら雪合戦できるね程度だ。
「去年は大量に降ったらしいんだけど、自然現象だからな。今年が例年通りならあんまり降らないかな」
「ヤマトは雪が降ってほしいのですか?」
「雪が降る方が体感的に暖かいって言うし。冬にしか見れないものだからな」
「あぁ、寒さが苦手なのでしたね」
「まぁね。だからこうして食材を大量に買ってるってわけ」
普段ならマイバッグ1つで済ませる買い物を、今日は両手に大きめなビニール袋がある。モルガンにはマイバッグを持ってもらっている状態。合計で3袋というわけだ。昨日も同じ量の買い物をしているため、これで冷蔵庫の中がいっぱいになる。
モルガンの術を使えば、買い物袋を家に先に送ることもできる。配達業者がいろんな意味で泣く手段だが、大和は当然それをさせない。周りから余計な疑いの目を持たれるのも面倒だから。
「先日からそうですが、普段より賑わっていますね。特に今日は皆浮足立っている」
「イブだからな」
「クリスマスの前日ということに何の意味が?」
「日本人はお祭りが好きだから。イブはそういうものだって認識だけして楽しんでる」
町中に視線を向ければ、イルミネーションをしていたり、店の中や外にクリスマスツリーを設置している。すれ違う子どもたちは、「サンタさんに何お願いした?」という話題で持ち切りだ。
「不思議なものですね」
「そうなるわな」
本来ならキリスト教の宗教的行事だ。日本はそれをガワだけ取り入れた。もちろん日本にだってキリスト教の信者はいるし、教会だって全国にある。聖堂教会だってそこの一端だ。それなのに、日本で主流なのは、クリスマスイブにケーキを食べたり家族や恋人と過ごしたりすること。以上である。
これ自体は、日本では珍しいことではない。ハロウィンもイースターもバレンタインもそうだ。「なんか名称のある日」をイベント日に変え、日本流を編み出す。それを不思議だと感じるのはおかしくない。
「ヤマトは何か予定を決めていましたか?」
「予定があるか」ではない。「予定があったのか」をモルガンは聞いた。自身が召喚される前に、もしかしたらヤマトは誰かと予定を話し合っていたかもしれない。家族はないとしても、例えば友人。衛宮の家に遊びに行くつもりだったのかもしれない。少なくともあの性格なら、大和に声をかけていそうだ。
「いや全然。衛宮先輩にはよかったらどうだって聞かれてたけど、それの断りの連絡は入れてある」
「やはり呼ばれていましたか」
「まぁね。でも、トネリコがいるから。あっちに混ざって賑やかなのも好きだけど、トネリコとゆったりしようかなって」
「……よい判断です」
大和と並んで歩いていたモルガンは、少年がいない方へと顔を逸した。その頬に、僅かな熱を帯びさせて。
帰宅後、買ったものを冷蔵庫に入れながら、中身を整理。今日使う予定のものは、なるべく手前に。昨日以前に買っていたものも前にした。夕飯はそれらを元に作る予定だが、できればクリスマスっぽさを出したい。
「ケーキ用意すればクリスマスだな」
「安直ですね」
「元々ケーキは食べる予定だったからセーフ!」
「私は構いませんが、ケーキは買っていませんよね? 予約もしていないはずです」
そうなのだ。クリスマスケーキを、当日にケーキ屋に買いに行くなど愚の骨頂。ケーキ屋からすれば「お帰りください」案件である。召喚されてこの方、ほぼずっと大和と行動を共にしているモルガンが、それを知らないわけがない。
それでもケーキを食べるということは、大和が取る行動は1つだけである。
「作るから問題なし!」
「……作れるのですか?」
「うん。作るって言っても、デコレーションだけなんだけどな」
なにせそれ用の調理器具がない。贋作聖杯を代用するのもいいが、あの器を生地製造機やらクリーム製造機やらにするつもりはないのだ。変な事象が起きても困る。ダンボールで眠ってもらうしかない。
そんなわけで、やることはデコレーションだけである。衛宮が桜とケーキ作りをする予定らしく、その流れで生地も製作。そのうちの1つを、もうじき届けてもらう予定だ。ライダーあたりがそれをやってくれるだろう。
「そんなわけで、おれたちがやるのは、生地にクリームを塗りつけたり、飾り付けをすること」
「クリームも出来上がっているものを?」
「そのつもりだったけど、クリーム作りってそこまで手間がかからないらしい。保険として買ってるんだが、作るのに挑戦するのも有りだ」
「ヤマトは作りたいわけですね」
「見事に言い当てられた」
「材料を買ったのなら、それ以外ないでしょう」
「ははは、それもそうか」
料理には、微塵も興味がなかった。そんな大和ではあるが、ひとり暮らしを始めてから興味を持った。ずっと何かを買っての生活では飽きてくるから。料理の奥深さを、衛宮によって教えられたから。
「それじゃあ準備するか」
「はい」
揃ってエプロンを付ける。はじめは1人分しかなかったそれも、モルガンが来てからは2人分ある。エプロンだけではない。食器類だって増えた。それ以外にも、家の中にある生活用品の種類が変わったり、無かったものが増えていた。
モルガンにとっても、料理は関心があるものだ。今はまだ大和の補助が必要だが、その成長もまた著しい。任される範囲が増え、いずれは1人での料理も可能になるのだろう。そんな彼女は、この時間を漠然と好きだと感じている。
誰かと一緒に何かをする。相手が笑顔になってくれる。それだけでも、彼女にはこの上なく
「モルガンもいることだし、クリーム作りに並行してイチゴも切っていくぞ」
「ケーキに添えるのですね」
「そういうこと」
順番に手も洗って、冷蔵庫からイチゴとクリーム作りに必要なものを大和が取り出す。その間にモルガンはまな板や包丁、ボウルといった調理器具を用意した。
「大きい方に氷水を用意して、その上に小さいボウルを置いてほしい」
大和の指揮の下、今日も2人での料理作りが始まった。どっちが何をするのか。その分担も済ませた。クリームの方を大和が担当し、イチゴをモルガンが。そのうち来るであろう生地の受け取りも、モルガンの担当となった。
──ピンポーン
そうやって決まった矢先。噂をすれば何とやらだ。
いざ始めようとしたところに水を差された形となり、モルガンは眉をぴくりと動かした。だが無視するわけもなく、大和に頼まれたともあって玄関へ。
「セイバーですか。ライダーが来るかとヤマトと予想していましたが」
「手持ち無沙汰だったので。エプロンがとても似合っていますねトネリコ」
「当然です。私が着こなせぬものはありません。して、その袋に入っているものが生地ですね」
「はい。生地
「………………は?」
あまりにも堂々と言われたために、モルガンはその言葉の理解が遅れた。「だったもの」とはどういうことか。生地とやらは溶けることがあるのだろうか。
そんなことを考えていたら、アルトリアのお腹からかわいく音が鳴った。空腹を鳴らすその音に、アルトリアは恥ずかしげに笑い、モルガンはそれですべてを理解した。
「
「……はい。大変美味でした」
「誰が感想を言えと? まったく……セイバーあなたはどうしてそうなのですか!」
セイバーの顔を掴む。このまま消し飛ばしてやりたいが、それでは諸々と問題が出てくるから耐えた。だがその代わりに、手にはこれでもかと力を込めている。魔術による身体強化も入れてだ。
「いたたた! いえ、私も大変申し訳なく思っています! 代わりにお小遣いを使って別の生地を買ってきますから!」
「なぜ先にそうしなかったのです!」
「そのためには一旦帰る必要がありまして……。そうしたらシロウにバレてしまいますから……」
「何を小さいことを気にしているのですか! 最優のサーヴァントともあろうものが!」
「いたい、いたいいたい! 顔がパチパチします止めてくださいトネリコ……!」
これが本当に騎士王なのだろうか。こんな小娘相手に、汎人類史の自分は負けたというのだろうか。そのことを思うと、こちら側の自分が不憫でしかない。その思いも混ぜると、ちょっとした魔術の行使も許される気がしてきた。というかもう使っている。
もちろんこれだけ騒いでいたら、キッチンにいる大和にも聞こえている。事情も把握した大和は、携帯電話を片手に衛宮へと電話しながら玄関へ。モルガンの肩にぽんと手を置いて止めさせた。
モルガンの手が離れても、アルトリアの頬がパチパチしていた。電気ネズミ状態だ。
「ヤマトは甘いです。この愚か者を相応に罰しないでどうするのです」
「結構怒ってるのな。……あー、なら先輩。それはおれたちにやらせてもらっていいですか?」
モルガンと話しながら、衛宮とも電話で交渉。そちらは予想通り快諾されたので、大和は通話中の携帯電話をアルトリアに渡した。彼女がそれを耳に近づけた瞬間バチッと音が響いたが、通話できているのなら生きているのだろう。
「トネリコも楽しみにしてた?」
「……いえ」
人の家の玄関の前で正座し始めたアルトリアが、携帯電話を片手に眉を下げている。その様子を見るだけで、衛宮が本気で説教をしていることが伝わってくる。
「ヤマトが楽しみにしていたことなので」
「……」
間違いなく楽しみにしていた。材料をわざわざ買ったのだ。生地を自分で作るなり、自分で買うなりと他の方法も取れたが。そこは先輩の好意に甘えただけ。人格からして、まさか届かないだなんて思いもしなかった。衛宮本人も困惑していたぐらいだ。
その衝撃はもちろんあった。ただ、京坂大和という人間はそこからの復帰が早い。切り替えが早い。それ故に「じゃあどう対処しようかな」とすぐに考える。結果、ショックの度合いは周りが思う以上に軽度となる。
それでも響くものがあるとすれば、これなのだろう。
「まぁ、トネリコと2人でって予定とは崩れたしな」
彼女と何かをするのは、ここ最近の楽しみだ。
「……同じですね」
「ぇ?」
「私も……ヤマトと料理することが楽しみですから」
その気持ちは同じだった。モルガンも抱いていることだった。
少し恥じらって、それでも言い切った彼女の姿が。その声が。大和の頭をガツンと殴った。衝撃は、こっちの方が強かった。
「どうしました?」
「なんでもないです……」
顔が赤くなって顔を逸した大和をモルガンが追撃する。変わらずかわいらしい反応だ。その原因が自分にあるということが、モルガンの胸を少しずつ満たしていく。
「そ、そうだトネリコ」
「はい?」
頬をつつこうかなと近づいていたモルガンが、だいぶ大和と距離を詰めていた。顔がほぼ真ん前にあり、その美しき双眸や柔らかな唇に意識が向く。再度大和は顔を赤く染め、それに感化されたモルガンも半歩下がりながら視線を逸した。
「…………何を言いかけていたのですか?」
「あ、ああ……。その、衛宮先輩がまだケーキ作ってないらしくて、それをやらせてもらえることになったんだ」
「そうですか。では、そちらにこれから向かうという話ですね」
「そう。準備ができたら行こうか」
「はい」
目の前で起きていたことには目もくれず、正座を続けているアルトリアは衛宮からの罰を言い渡されているのだった。
「ごはんだけは抜かないでくださいシロぉぉぉ!!!」
涙目の大絶叫である。
アルトリア「やむを得ない事情があったのです。説明の場を求めます!」