まずはアルトリアの弁明を聞こう。いくら彼女が腹ペコ王の名を持っているとしても、他人に渡す物を食べるなどそんな非常識なことはしない。ポンコツな部分が出始めているアルトリアでも、そこはさすがに一線を守っている。衛宮だって彼女を信じていた。
そんな彼女が、どうして渡しに行くケーキの生地を食べるに至ったのか。それはとても彼女らしい行動だ。優しさを見せただけだ。
──兄弟らしき子ども2人が買い物をしていた
──その2人はクリスマスケーキのおつかいの帰りだった
──2人でケーキの袋を持っていたら片方がコケてしまい、それにつられてもう1人も転倒
──その際にケーキもグッチャグチャ
「そこで私は、生地を渡すことにしました。帰ってから家族で飾り付けるのも楽しいと説いたのです」
「その流れからどうして生地を食べるにいたったのさ……」
今の流れでは、食べる要素がどこにもなかった。「本当は渡しただけで食べていない」という展開はない。もしそうなら、モルガンの妖精眼がそれを見抜いているから。けれど彼女の眼によると、食べたことは事実なのだ。
「彼らは家族でもケーキを作るつもりだったようです」
「渡した意味がなかったパターンだな」
「ですが1度渡してしまった手前、返してもらうのも気が引けます。相手は子供ですし」
「まぁ……。それで?」
「3人でいただきました」
「今過程が飛んでなかったか!?」
イリヤと藤村がこたつの中でぬくぬくと温まっている目の前で、「私はつまみ食いをしました」と書かれたプレートをセイバーが首から下げている。彼女は正座していて、目の前にはマスターである衛宮が、視線を合わせて話を聞いていた。
「生地だけを食べても美味しいのでは? という話が子どもたちの間で起こり、その真相を確かめるために食べる運びとなったのです」
「セイバーはその時に一緒に食べたと」
「分けてくれたので」
食べる子どもたちを見て、お腹を鳴らしたからである。
「こういう事情ですので、何卒……何卒ごはんを食べさせてください」
「せっかくのイブなんだし、セイバーちゃんを許してあげたら?」
「俺はともかく、被害を受けたのは京坂たちだからな……」
衛宮から話を振られ、大和は手を止めて振り返った。モルガンもそれに合わせている。
「おれはいいですよ。こうして作らせてもらえてますし。トネリコは?」
「私は……」
「ご飯食べたいぞトネリコ~」
「……この小娘……!」
クリームを塗るのに使っていたパレットナイフをモルガンが射出。精確に額へと向かって飛ばされたそれを、アルトリアは真剣白刃取りで受け止める。クリームは両手にべったりついた。
「危ないじゃないですか!」
「ヤマトあの者を排除する許可を! 反省の色が見えません!」
「反省はしています! 後悔はしていません! 美味しかったです!」
「この……!」
今にも飛びかかりそうなモルガンを、大和がその手を掴んで引き止めた。彼女たちの小競り合いがエスカレートすると、間違いなくこの屋敷が吹き飛んでしまう。迷惑をかけるし事件性があるとして警察が捜査を始めてしまう。「面倒事」への発展は避けたい。
とはいえ、アルトリアには相応の罰を与えなくてはならない。でないと、モルガンの気が済まない。
「セイバーさんはデザート抜きってとこで手を打とう。な?」
「……ヤマトがそう言うのでしたら」
「京坂。デザートが抜きということは、私はデザートが食べられないということですね?」
「え、うん。ご飯抜きよりマシでは?」
「むぅ、悩ましいですね」
「あ、ご飯かデザートかって2択じゃないですよ。何も食べられないか、デザート抜きかの2択です」
「デザート抜きで!」
「決まりましたよ衛宮先輩」
「お、おう」
アルトリアはすでにデザートを食べているような状態だ。そのことを加味すれば、デザート抜きで許されたことは温情のある措置である。
アルトリアからパレットナイフを回収し、ケーキ作りへと戻る。モルガンはもちろんだが、大和も初挑戦の作業だ。サポートとして、間桐が見守っている。
「間桐ってお菓子作りとかするのか?」
「時々するかな。試合の日に持っていくこともあるし、甘いもの食べたくなっちゃう時もあるし」
「へ~。でもケーキってそんな頻繁には作らないだろ?」
「練習してた時期があるから、そのおかげ」
「練習してた時期……あー。先輩のたん──」
「余計なことは言わなくていいんだよ? 京坂くん」
にっこりと笑いながら間桐が強い圧をかけてくる。ジャブ程度で遊ぼうとしたらこの返しだ。大和は顔を引きつらせてその話題をやめた。
「女心はわからん……」
大和と間桐がそんなやり取りをしている隣で、モルガンは黙々とケーキにクリームを塗っていた。大和かモルガン、どちらかが1人でやるのではなく、せっかくだから途中交代でやればいいと間桐が助言したのだ。大和が前半で、モルガンが後半。監修は間桐桜である。
「そういえばライダーさんは?」
「ライダーなら今ドライブしてるよ。イリヤさんの車を借りて」
「イリヤさん車あんの!? あぁいや、あの城にいるならそれぐらいあるか……」
自分の名前を出されたことにイリヤが反応し、みかんを5段まで積んだところで台所へと目を向けた。
「私の車の話?」
「そうですそうです。なんかイメージつかなくて意外だなと。衛宮先輩より年上なら、免許持っててもおかしくはないんですけど」
「そうね。免許は持ってるわ。ふふっ、あとで見せてあげてもいいわよ? 私の車強いんだから」
「強いって何」
「あれはたしかに、強い車ですね」
「でしょ?」
「だから強いって何? 車に使う表現じゃないよね!?」
ライダーが帰ってくればわかるとのことで、細かな説明は省かれた。
「ヤマト。形を整えられたと思うのですが、どうでしょうか?」
「うん? うぉっ! すげぇ!! 初めてだよな!?」
「トネリコさんお上手ですね……。自信無くしそうです」
「? 写真の通りにしただけですが」
「初めての方でそれができる人はいないんです! えぇ……トネリコさん姉さんタイプなんだ……」
間桐的にはあまりそのカテゴリには入ってほしくなかった。むしろ、ぽんこつエピソードを聞いていた分、自分よりの人間だと思っていた。
本人は自覚していないが、間桐の料理の成長率だって世間的に見れば異常である。ハイペースである。比べる相手が悪いだけ。といっても、彼女の姉に料理の腕はないが。悲惨なことになるが。
「クリームを整えることはできましたが、ここからクリームで飾り付けるのは難しそうですね」
「やってみるか?」
「向いているとは思いません」
「それで味が落ちるってわけでもないんだから」
「……では」
パレットナイフでクリームを整えるのはまだいい。やり直しが通用するから。だが、クリームでの飾り付けとなると、ほぼ一発勝負である。
「やはり難しいですね」
2人に見守られながら一通りやってみたモルガンが、小さく肩を落としながら呟いた。写真にあるものを真似ようとした。基本に忠実にするのが、料理の極意だと大和に言われているから。
それをやろうとしたのだが、うまくはいかなった。ケーキの横側で、波打つクリームを一周させようとしたが、それは途中で切れてしまっている。ツギハギの工程がまんま残り、ケーキの上で何ヶ所か盛ろうとしたクリームも、失敗して潰れている。イチゴ等でのカバーが、むしろ不格好に見えなくもない。
「おれは好きだぞ」
目を伏せたモルガンの横で、それでも大和は優しく笑った。
「こういうのって、作った人の頑張りが見えやすいからな」
「はい。というか、私が初めて作った時より上手なんですから自信を持ってください」
モルガンは大和と間桐に視線を向けて驚いた。そこには嘘も気遣いもなかったから。大和の気持ちは本物で、モルガンが作ったことに喜んでいる。間桐にあるのも、純粋な嫉妬と喜びだ。モルガンのセンスへの嫉妬と、教える相手の潜在能力への喜び。
モルガンにとっての失敗を、この2人は本気で失敗だとは捉えていない。
「やってくれてありがとう、トネリコ」
「いえ……」
『■■■■■ー!!』
「ちょうどライダーたちも帰ってきたね」
「バーサーカーさんとドライブ行ってたのか。……バーサーカーさんが乗れる車あるのか?」
「ううん、違うよ京坂くん。バーサーカーとドライブじゃなくて、
「頭大丈夫か間桐?」
「こらバーサーカー! 何時だと思ってるの! 静かにしなさい!」
大和が間桐に腹パンされている傍らで、イリヤが縁側からヘラクレスを叱る。そのヘラクレスの代わりに、搭乗者であるライダーことメドゥーサがイリヤに謝罪した。楽しいドライブになったから、ついテンションがハイになったのだと。
「どうやらあのバーサーカーは、変形機能を持っているようですよヤマト」
「トネリコまで何言って……変形しとる!!」
「ふふん。すごいでしょ? あれが私の車。バーサーカー号よ!」
「かっけぇぇ!! 名前以外はかっけぇ!」
大興奮している大和は、イリヤにスネを蹴られた。モルガンが防御を張ったことで、蹴った本人が涙目である。
「みんなこっちにいらっしゃーい! ライダーさんも帰ってきたんだから、クリスマスパーティー始めるわよ~! ほら、セイバーちゃんもこのサンタ帽子被って」
「あの、大河。このプレートは……」
「それは外しちゃ駄目」
「はい……」
バーサーカーは霊体化し、メドゥーサは靴を脱いで家に上がる。広い衛宮家の食卓はいつも少人数で広々と使われていたのだが、今日のこの人数だとぴったりだ。長方形の机で、長い左右に3人ずつ。藤村と衛宮が、短い辺にそれぞれ座っている。なお大和は、モルガンとイリヤに挟まれている。
「それじゃあみんなコップ持って~。乾杯するわよ~!」
音頭を取るのは決まって藤村だ。便宜上彼女が最年長であることと、その手のことが向いているから自然とそうなる。
今度はモルガンもアルトリアも遅れない。藤村の声に合わせて乾杯した。離れている相手もいるため全員とはできないが、それはそれ。楽しければ何でもいいのだ。
「じゃんじゃん食べちゃいましょ! セイバーちゃんも遠慮はしなくていいからね~」
「ありがとうございます大河!」
「でもデザートは食べちゃ駄目よ~」
「あぅ。……士郎! デザートは食後に食べるものだと聞きました! つまり今あるケーキはデザートでは──」
「駄目だぞ」
「かはっ!」
屁理屈も途中でぶった切られた。それに見かねた衛宮は、自分の分のケーキを分けることに。甘い男である。
「ヤマトはケーキから食べるのですか?」
「トネリコと作ったやつだからな。ひとまず一口だけ」
生地を作ったのは衛宮と間桐だ。言うなれば、みんなで作ったケーキ。ケーキは大まかに分ければ、生地とクリームである。当然種類によって変わるが、今回のケーキはそういうものだ。ショートケーキだ。
生地だけが良くても駄目。クリームだけが良くても駄目。どちらもが支え合って、1つの品になる。その片翼を、大和とモルガンで担った。
モルガンは大和がケーキを食べるのをじっと見つめていた。人知れず息を呑み、左手でスカートをぎゅっと掴む。
「美味しい」
「……! 本当、ですか?」
疑う余地はない。それの真偽なんて自身の"眼"で視えている。それなのに、言葉を自然とか溢れでていた。
1人で作ったわけじゃない。生地はそもそも関わっていないし、クリーム作りだって大和との共同作業だ。何1つ、1人だけで作ったものはない。それなのに、その言葉が胸に染み込んでいく。その笑顔に、ぐっと心を掴まれる。
「改めて、一緒に作ってくれてありがとう」
「士郎入るわよー」
空気を一切読まない声が聞こえてきた。玄関が開けられる音も、人が上がってくる音も聞こえてくる。その音は2つで、1人は声からして女性だ。そしてそんな行動を取る衛宮の知り合いは、1人しか浮上してこない。
「遠坂?」
「アーチャーが妙にケーキ作るのを張り切っちゃったから、どうせ人が集まってるだろうなって思ってお裾分け」
「あ、ああ……」
ピシッとその場の空気が凍る音がした。藤村ですら箸を止めて固まり、間桐は黒い笑みを浮かべてその女性の肩を掴む。
「さ、桜? どうしたの、なんか怖いわよ……?」
「ふふ、ふふふふ。姉さん。少し、あちらでお話しましょう?」
姉さんもとい遠坂凛が間桐に連行され、その様子に大和とモルガンは首を傾げた。この2人だけは、アーチャーの料理の腕を知らないから。
「何かまずかったかね?」
連行されるマスターを
そんなアーチャーもといエミヤに、アルトリアがため息をつきながら冷めた視線を向けた。それをエミヤは、これ幸いとアルトリアに説明を求める。
「アーチャー。あなたに人の心はないんですか?」
「まさか君にそんなことを言われる日が来るとは思わなかったよ。セイバー」
宴もたけなわ。途中で不穏な空気が流れなくもなかったが、その元凶たる1品をモルガンと大和の知らぬところで、アルトリアとヘラクレスが食すことで解決。大いに愉快な時間は流れ行き、モルガンは眠っている大和を連れて帰宅した。
夜遅くではない。藤村の入れ知恵の結果、大和は眠らされてモルガンにお持ち帰りされているのだ。なおその先は大和の家だが。
『イブってね、大切な人と過ごしたいって人もいるのよ。今の日本だと結構主流なんだけど』
大和には聞こえない声量で、藤村がモルガンに言ったのはそういうことだ。大和は、「泊まっていってもいいぞ」という衛宮の誘いを断った。その最大の理由は、モルガンのことだ。今は周りに、アルトリアにすら正しく認識されていないが、いつそれが解けるとも分からない。面倒事は避けたいと思うのは、大和らしい行動だ。
だが藤村がそんな理由を理解しているわけがない。パーティーに参加するだけして、結局帰るのなら、
『大和にとってトネリコちゃんは、それだけ大切なんじゃないかしら』
混乱の渦に叩き込まれた。考えが纏まらなくなった。だからモルガンは、誰にも気づかれないように、イリヤすら気づけないほど慎重に大和に眠気をかけていった。
眠る前に帰ろうと促し、2人で帰路につく。途中で大和は眠りにつき、誰の目にも映っていないことを確認したモルガンは、大和を連れて家へ転移。靴と上着を脱がせたら、大和をベッドに寝かせた。
そうして今にいたる。
すやすやと眠る彼を見つめながら、彼女は思考をぐるぐると回していた。どれだけ考えても、一向に手がかりがない。陸地が見当たらない。
「ヤマト……」
眠る彼の頬に触れた。
それだけで、胸にある「何か」が揺れた気がした。数時間前までは普通だったのに、今は名前を呼ぶだけで胸が、少し苦しい。締め付けられる。
『トネリコちゃんにとって、大和ってどんな子?』
暗がりの中、彼の顔に魅入る。
その唇に触れたいと過ぎり、それを脳が正しく認知して、その先まで考えそうになった途端、ボンッと顔が一気に熱くなった。
──
彼を
──
──ヤマトは……
本当に? 本当にそれだけだろうか?
──わたしにとって、ヤマトは……