1LDKの女王モルガン   作:粗茶Returnees

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12話目 モルガンと娘

 

 冬ともなれば朝は寒いものだ。夜の間に冷え込み、その冷気が朝にも残っている。地域によっては、日が昇っていようと関係ない。

 幸いにも冬木市は豪雪地帯ではない。雪かきの必要もない。とはいえ冬は寒い季節だ。寒さが苦手な大和も、週末となれば布団から出るのも億劫に感じる。モルガンが来てからは改善されているが、それでも布団から出るのに気合を入れていた。

 

「起きましたかヤマト」

 

「もるがんはいつもはやおきだな」

 

「眠そうですね」

 

「なんか、あたまがぼんやりする。かいみんだったんだけどな」

 

 なんでだろうなと、眠たげに首を傾げる大和にモルガンは「そういう日もあるでしょう」と返す。心当たりが大いにあるのだが、原因が自分だと分かっていても、後遺症が残る類ではないとも分かっているから有耶無耶にした。モルガン自身は無自覚だが、それを言うことに躊躇いがあるようだ。

 

「ちょっとまってな」

 

「はい」

 

「ん~~! よしっと!」

 

 グッと体を伸ばすのと同時に、自分の魔術回路に魔力を走らせた。魔術回路は魔術師にとって神経も同然。そこに魔力を走らせると、電気が走る感覚に似ている。それで大和は、強引に眠気を飛ばして意識をはっきりとさせた。

 

「ヤマト。貴方は私の(マスター)です」

 

「そうだな。どうした急に」

 

「逆に言えば、私は貴方の妻です」

 

「説明は抜きなのか」

 

「私たちの子どもができました」

 

「…………………ん?」

 

 だらだらと冷や汗を流しながら大和は記憶を掘り返し始める。モルガンとの夫婦関係は便宜上のはずだ。彼女がマスターのことを夫と呼ぶから、そういう関係と言うことに納得している。

 だが断じて手を出していない。彼女で卒業した覚えはないし、彼女の操をもらった覚えもない。それは分かりきっていること。それなのに汗が止まらないのは、衛宮家でのクリスマスパーティー以降の記憶がないから。しかも今日は妙に頭が重い。

 

(…………え? いやいやいやいや……まじで?)

 

 覚えていない。どうやって帰宅したのかも。いつ寝たのかも。このダルさの理由も分からない。

 

「ヤマト?」

 

「ひゃい!」

 

「……どうされたのですか? それだけ汗も流して。風邪ですか?」

 

「風邪……ではないぞ。うん。……え、確認させてほしいモルガン」

 

「? はい」

 

 頭の中はまだぐちゃぐちゃ。何も整理できない。けれどいくら考えたって真相は不明。これは彼女に聞くしかない。なにせサーヴァントは体調を崩さない。毒とかは話が別だが、風邪はひかない。食事も睡眠も、極論無くていい。それがサーヴァントだ。

 ならば、モルガンは絶対に覚えているはずだ。昨晩のことを。

 

「昨日の夜さ。先輩の家から帰ってから、何かした?」

 

 何個か言葉が抜けている気もしなくはないが、支離滅裂なことは言っていない。文章として成り立っている。

 モルガンはその内容に目をぱちくりさせ、

 

「……っ」

 

 口元を隠して頬を染めながら視線を逸した。

 

(……まじ、なのか……?)

 

 大和はベッドに背中から倒れて、天井を見つめた。何1つ覚えていないし、身に覚えがないことだ。何もなかったと信じたい。

 それなのにモルガンの反応はどうだ。大和と違って昨晩のことを覚えているはずの彼女が、これまで1ミリも見せたことのない反応をしている。普段の凛々しい様子からは想像もできない反応で、大変かわいらしい姿なのだが、そう思えるほど大和は落ち着いていなかった。混乱の渦に揉まれている。

 

「あの、ヤマト……」

 

「ごめんモルガン!」

 

「へ!?」

 

 大和なら、この胸の内にある「何か」が分かるだろうか。それを聞こうと思ったモルガンを、しかし大和が勢い良く起き上がって抱き締めた。急な展開にモルガンも困惑し、すっぽりと彼の腕の中にいる。身じろぎできず、視線はあちこちに飛ぶ。

 思ってたより力が強いんだなとか、ほどほどに硬さのある体なんだなとか、彼の匂いがするなとか、これ結構好きかもとか。いろんなことが同時に頭の中で踊り狂っている。

 

「やっちゃったのに全く覚えてないとか無責任なクズでごめん」

 

「い、いえヤマトは、そんなことないです」

 

「おれ、頼りない奴だと思うけど。できること少ないけど、でも必ず君を幸せにしてみせるから」

 

「ぇ……」

 

「約束させてほしい」

 

 背中に回された腕が、さらにぎゅっと力を込められた。苦しくない力加減なのに、胸が苦しい。何か言おうとしても、何もうまく発せられない。胸がいっぱいなのだ。

 それでも、何か返したい。それに答えたい。

 言葉にできないのなら、何か行動で──

 

 

「お母様私の着替えは~?」

 

 

 ──その声にモルガンと大和は体をビクッと跳ね上げて、反発する磁石の如く離れた。

 モルガンは混乱(大和)のせいですっかり忘れ、大和は何が何やらと再度混乱の深淵に叩き込まれた。

 

「あ? 何見てんだよ」

 

「ヤマト。この子が私たちの娘の……ヤマト?」

 

 バスタオル1枚で体を隠した少女が、娘なのだという。ピンクに近い赤い髪。恵まれた容姿。そして口の悪さ。

 

「そうはならんやろ……」

 

「何がだよ」

 

 一晩のうちに娘がここまで成長していました。という信じ難い現実に大和の頭はキャパオーバー。脳は処理を諦めてシャットダウンするのだった。

 

 

 

 

 意識を取り戻した大和は、ぼんやりと今の状態を把握する。寝ている状態だ。体が横になっている。首は少し高い位置だ。枕にしているものはとても柔らかい。こんな枕は知らないし、そんなクッションもなかったはず。

 

「意識が戻りましたかヤマト」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。視界に映るのは、天井ではなく豊かな胸もといモルガンの顔。それも視界に逆さに見えていて、大和は今の自分の状態を把握した。

 

「何してるんですかねモルガンさん」

 

「ヤマトの意識を失わせた責任を取っています」

 

「ベッドでもよかったのでは?」

 

「? 並んで横になっている方がよかったですか?」

 

「そういうことではなく! 膝枕の必要はないよなってこと!」

 

「どこか問題が?」

 

「恥ずかしい」

 

 正直に言って、大和は横に転がってモルガンの膝から離脱。ちょっと名残惜しいなとか思ったりしたが、頭を振ってその邪心を追い払った。

 

「そういえば、娘の幻覚を見た気がしたんだけど」

 

「誰が幻覚だ」

 

「ん? ……あれ?」

 

「お母様はなんでこんな奴を?」

 

「ヤマトが(マスター)で、私が(サーヴァント)。それに基づいているに過ぎない」

 

 自分の物言いに、胸中で靄が広がる。

 

「……お母様が認めてるなら。でも私はお前をお父様なんて呼ばないから!」

 

「なんだろうこの、再婚相手に子供がいたみたいな状況」

 

「仮にお母様に相手がいたとして、別れるなんてことがあったらそいつの目が腐ってるだけだからな」

 

「わかる。おれだったら手放さない」

 

「あは。案外分かってんじゃん」

 

 モルガンを最大限に評価している2人は、通じるものがあったらしい。もっとも、まだ互いにその一面しか知らないだけだから、とも言えるが。

 その話題に少し照れたモルガンは、咳払いをして誤魔化し、話の主導権を握った。自身の娘の説明がまだろくに行われていないからだ。

 

「この子には、妖精騎士トリスタンの名をギフトしています」

 

「じゃあトリスタンって呼べばいいのか?」

 

「いえ、その名は少々……」

 

「だよな。なんて呼べばいい?」

 

「スピネル。隠す必要があるなら、こっちの名前」

 

「なるほど。なんでうちにいるのかは分からんけど、よろしくなスピネル」

 

 大和が手を差し出し、少女はその手とモルガンの顔を往復した。モルガンがこくりと頷いたため、少女は渋々といった様子で大和の手を握った。

 

(こいつ、なんも疑わねぇのな)

 

 モルガンがいるから。彼女の娘だと言うのなら、初対面だろうと信用できると思っているのだろう。警戒なんて一切しないし、何も仕掛ける様子がない。それをバカだとは思うけれど、悪い印象は抱かなった。

 

「(この子の真名はバーヴァン・シーですが、少なくとも外でその名は呼ばないようにお願いします。ギフトを剥がさせるわけにはいかないので)」

 

「(わかった。おれはそのままスピネルって呼び続ける。それでいいだろ?)」

 

「(はい)」

 

「お母様の(マスター)みたいだけど、名前で呼んでいい?」

 

「おれもこの年齢で父親とは呼ばれたくないしな」

 

「え……」

 

「お母様?」

 

 戸惑いの声を上げたモルガンにスピネルは首を傾げた。どこか問題があっただろうかと。それは大和も同様で、2人の視線がモルガンに集まる。

 当の本人は絶賛大いに迷っている最中である。葛藤中である。なにせ相手が愛する娘なのだ。その娘相手に、大和のことを名前で呼ぶなとは言いづらい。その理由を聞かれたとしても、答えづらいものだ。

 けれども、たとえ愛娘が相手だとしても、呼んでほしくないという思いがあるのも事実。いったいどうすればいいのか、モルガンは表情を無にして脳内会議を繰り広げている。

 

(ファミリーネームで呼ばせれば……。ですがそれだと2人の間に距離を感じる。でも名前で呼ばせるのは……かと言ってマスターと呼ばせるのも……)

 

 脳内会議は白熱し、議論に議論を重ね、その末に1つの結論にたどり着いた。この間僅かに2秒。

 

「いや、なんでもない。好きにするといい」

 

「じゃあヤマトって呼ぶわね」

 

 ぴくりと頬が動く。自身の手を強く握った。

 そうなる自分にも、どこか嫌気が差していた。娘相手に、そう思ってしまう自分に。

 

「そういやその服モルガンのだよな?」

 

「そうなの! お母様が着させてくれて。どう?」

 

「綺麗だけど、……ちょっと違う気もするな」

 

「は?」

 

「スピネルは綺麗だぞ」

 

 ストレートな物言いに、少女は髪を指先でくるくる回す。大和がお世辞で言ったわけでもないから、照れくさいのだ。

 

「でも服はモルガンのやつだから、スピネルにはスピネルに合う服があると思うんだ」

 

「ふん。それがあればの話だけど」

 

「だから探しに行こうぜ。3人で」

 

「お母様と!?」

 

「今おれ弾いたな?」

 

 大和のツッコミは無視して、スピネルはモルガンの様子を窺った。本当に一緒に行けるのだろうかと。期待と不安を混ぜ合わせた目で見つめた。

 モルガンの答えは決まっている。返答はすぐだった。

 

「構わん。それぐらい付き合える程度に、こちらでは争うことがない」

 

「やった!! お母様いつ行く? 今からとかどう?」

 

「そう急くなスピネル。ヤマトの朝食が終わってからだ」

 

「早く食え!」

 

「わかりやすい関係だな」

 

 この2人の関係は良好だ。スピネルはモルガンのことが大好きだし、モルガンもスピネルのことが大好き。実にわかりやすい。

 それなのに、大和には引っかかるものがあった。それはモルガンの口調だ。大和と話す時と、スピネルと話す時で全く異なる。スピネルが相手の方が、固い口調なのだ。

 

「(なんでスピネルにはその口調なの?)」

 

 それを大和はモルガンに単刀直入に聞いた。聞かれるとは思っていたのか、モルガンは驚くことなく大和に視線を向けた。

 

「(どう接したらいいのかわからなくて……)」

 

「(不器用か)」

 

 けれどもそれは仕方のないことだ。異聞帯でのモルガンの苦悩と、その末に生まれた妖精騎士トリスタン。その経緯と関係、そして周囲の環境。それらを考えれば、モルガンの口調が固いものになるのは必然だ。

 許す気も救う気もなく、信用ならない妖精たちが周囲にいたのだから。そしてそれは、バーヴァン・シーを護るための措置でもあった。

 

「(肩の力を抜けばいいよ。こっちに妖精たちはいないんだし、おれもフォローするから)」

 

「(……はい)」

 

 わかりやすく良好で、わかりにくく不器用な親子関係。それが大和から見たこの親子の関係なのだった。

 

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