奇妙な気分だった。3人で出かけるのはいい。そこは何も問題ない。日本では大変珍しい、というか世界的にも珍しい部類の髪色の、「美」がつく女性2人と一緒にいる。その事実に、慣れてきていた大和の感覚が再度狂った。
しかも、スピネルがモルガンのことを「お母様」と呼ぶのだ。大和にとって追い打ちだった。スピネルがそう呼んで、モルガンは大和を「
事実とのこのギャップが、大和を奇妙な気分に陥れていた。
そんなことを露とも知らず──知っていても変わらないだろうが──スピネルが大和の隣へと駆け寄る。3人で広がって歩くのは迷惑だから、道を把握している大和が先頭、モルガンとスピネルがその後ろをついて歩いていた。
「ねぇ、この町本当に聖杯戦争してるの?」
「なんで?」
「お母様から聞いたけど、昨日パーティーをしたのでしょう? しかもそこに、セイバー、アーチャー、ライダー、バーサーカーがいたって。それで何も起きないなんて、頭が湧いてるか戦争してないかのどっちかじゃん」
「あー。今休戦状態らしいからな。監督役がそうしてる」
「なんだそれ」
呆れたスピネルが、あからさまにため息をついた。モルガン同様、彼女もイレギュラーだ。呼ばれるはずのない英霊。モルガンは聖杯に何も求めないために、聖杯戦争に興味を示していない。けれど、どうやらスピネルは興味があったらしい。
理由は違えど、大和もモルガンも参加させる気はサラサラない。
「神父さんが言うには『隠蔽のための資金が足りてないのに戦争されたらもう無理じゃん』だとか。あとは隠蔽理由によく使われてたガス会社が破産してたりとかな」
「だっせー。どうしようもなくだっせー」
そこは激しく同意である。聖杯戦争ともあらば、冬木にある教会に優先して資金を送り込みそうなものを、聖堂教会はそうしていない。
そもそも隠蔽先の会社が潰れたのだって、理由として使い過ぎたからだ。それだけ不祥事が起きれば、市民からの反感を買う。破産に追い込まれるのも当然だ。他のスケープゴートもあるはずだが、言峰神父は休戦させている。
「現代は神秘が遠のいてるからな。それの秘匿に躍起にならないといけないし、そうなると隠れ蓑が消えた時に困るってわけ」
「ふーん? それで魔術の使用をお母様にも控えさせてるの?」
「それもあるけど、面倒事を避けたくてな。幸い、聖杯戦争が休戦状態だから大半の心配事はないんだが」
「巻き込まれようと勝てばいいだけだし、お母様が負けるわけないだろ」
「そういう問題じゃないんだよ。冬木の聖杯は7体の英霊を選んだだけだ。各クラスに合わせてな。キャスターが英霊召喚したからズレてるけど、そこは大した問題じゃない」
「問題だろ」
「キャスターは魔術師の英霊だから、理論上可能でそれを実践しただけ。でも……」
「でもなんだよ。勿体ぶんな」
バシバシとスピネルから腕を叩かれるが、それを流しながら大和はモルガンに念話を送る。
「(スピネルの前でもトネリコでいいのか?)」
「(……あ)」
そう。スピネルにとってモルガンはモルガンだ。母親であり、その名はモルガン。救世主トネリコではない。
モルガンも、自分の娘が召喚されるとは思っていなかった。だからトネリコの名を使っていたのだが、現実はこれである。召喚されてしまった。
数秒悩んだ末に、仕方ないかとモルガンは頷いた。スピネル──バーヴァン・シー──が召喚されたが、それ以外に異聞帯の存在はいない。少なくともまだ観測されていない。特に、あの妖精たちがいない。それならば、事情を説明して納得してもらえばいいだろう。
「おい」
「悪い悪い。ほら、トネリコが召喚されただろう? 今はスピネルもだ」
「は? トネリコ?」
目が細くなったスピネルに、大和は声を小さくして説明した。聖杯戦争を警戒して、真名がバレないように偽名を使っているのだと。少女がスピネルと名乗っているのと近い理由だ。
「あー、そういう」
隠さなくたっていいのに。お母様なら真名が知られたところで負けるわけないのに。そんな思いをアリアリと目で語っているスピネルに大和は苦笑した。本当に大好きなのだと、会って半日すら経っていないのにそれが伝わってくるから。
「親子でお揃いになっていいじゃん」
「お母様と……! それもそうね!」
「(チョロくね?)」
「(ですから心配になるのです)」
困った様子のモルガンだったが、その口調は穏やかなものだった。今の理由で喜んでくれることが、嬉しいらしい。親というものは、子供の笑顔が好きというのもあるのだろう。スピネルは明らかに機嫌が良くなっているのだから。
「ヤマト! 早く服を買いに行きましょ! あと靴もな!」
服を買いに行く予定だったのだが、靴も買いたいというスピネルの発言で行く先が変更。一同は、より多くの店があるデパートメントストアまで足を運んだ。そこに行くと当然人も多くなるのだが、今日はまだマシな方だ。
「お母様が服を買った店は?」
「違う建物だけど?」
「同じ店に案内しろっての!」
「でもあっちに行くと、靴屋が全然ないぞ」
「……ちっ。なら靴を先に買って、それからまた移動な!」
「そう急くなよ。こっちにはトネリコと全然来てなかったし、スピネルも一緒に見て回るのもいいんじゃないか?」
「……お母様は?」
「今日はこちらで見てみるのもよいな。こちらの方が家から遠い。私たちはともかく、ヤマトの疲れが溜まるのだから」
「そこまで体力ないわけじゃないからな?」
さっきの今で、スピネル相手にモルガンの口調が変わるわけがない。そう簡単にできるのであれば、とっくにそうしているだろう。これは時間がかかるだろうなと認識を改め、大和は自分の立ち位置を決めた。
いや、それは元から決まってはいた。モルガンに対してのスタンスは変わらない。だから、決めたのはスピネルとの関係だ。距離感だ。
大和は自分の役割を片時も忘れたことなんてない。自分で決めたことは、最後まで全うするのだ。
「スピネルはどういう靴が好きなんだ?」
「ヒールのあるやつ。あれ考えた奴天才だろ。賞賛されるべき偉人だろ」
「ははっ、なるほどな」
「てか、むしろなんでお母様にヤマトがそれを買ってないの? 本当にお母様のこと想ってんの?」
「……ごめんなさい」
「スピネル。あまりヤマトを責めないように。私も納得してのことだ」
「……なにそれ」
スピネルはつまらなさそうに呟いて、足早に店の中に入っていった。
「申し訳ありませんヤマト……」
「いや、スピネルの言うことも尤もだ。この際だし、モルガンも靴を選んでみたらどうだ?」
「ですが……それでは……」
「ははっ。スピネルが増えたことでもうパーだよ。家計の方は計算し直すから、ひとまずは気にせずにスピネルと選んでみてくれ」
スピネルは経済事情を知らない。だから、モルガンがスニーカーを履いていることが気に食わなかった。もっと相応しい靴があるから。もっと魅力を引き出せる靴があるからだ。それを知っているはずなのに、大和がそうしなかった。モルガンも大和を庇った。それがスピネルの機嫌を損ねる。今日はアップダウンが激しくなりそうだ。
大和は決断した。貯蓄に回す資金を使わないといけなくなったのなら、一旦そのことを忘れてしまおうと。スピネルの言い分は尤もなのだから。かわいい子も、綺麗な人も、着飾ったほうが絶対に良い。
なるほどスピネルは、とても女の子らしい子のようだ。
「スピネル。何か目を引くものはあったか?」
「お母様。ううん、まだ見始めたばかりだし」
「そうか。では…………共に回るか」
「……ぇ?」
ぴたっと体の動きを止めたスピネルが、目を丸くしてモルガンの方を見る。彼女は一瞬だけ視線を逸らしたが、すぐにそれを戻した。真っ直ぐにスピネルを見るために。
「私とでは不服か?」
「そんなことない! ……そんなことないわ。……いいの? 私がお母様の時間奪っちゃってもいいの? きっと長くなる。これだけ多いのだし、靴に夢中になっちゃうかもしれないわ」
「それでいい。私の時間を、お前にやると言ったのだ」
「……!!」
はっきりと、そう告げた。誰でもないモルガン自身の口で。それは彼女からの歩み寄り。異聞帯でも、合わせ鏡を渡されたり、魔術を教わったり、娘として引き取られたが、こういう時間はなかった。向こうでのことが不服だったわけじゃない。不満なんてない。けれども、立場の都合もあって、親子らしい時間なんてなかったから。
「ぁ……ぇっ……」
言葉がうまく出ない。どうしたらいいのか分からない。スピネルは目を泳がせて、モルガンの手を取ろうかと悩んで、自分の手を僅かに動かしては戻すのを繰り返す。
それはモルガンも同じで、言ったはいいがこの後どうしようと悩んでいた。はっきりとは言われていないが、スピネルの反応から拒まれてはいないことが分かる。大和に言われた通り、一緒に靴を見ることができそうだ。けれど、手を取ってもいいのだろうか。どうにも確証が得られない。こういう時間を、スピネルと過ごせたことがないから。
「何してんだか」
「「あっ」」
その沈黙を、様子を見守っていた大和が破る。両手を使って、モルガンとスピネルの手を掴んで2人の手を触れさせる。
そうなってしまえば後は簡単で、2人は互いにたぐり合うように手を動かして、ようやく重ねあった。
どこか感慨深く、それでいて照れくさそうな反応をどちらもが浮かべて。
「おれはちゃっとお金卸してくるから、戻ってくるまでに靴を選べたら念話してくれ」
「わかりました」
「そんなすぐ決まるわけないじゃん。靴選びは本気なんだから」
「うん。いくらでも時間をかけていい。店はここ以外にもあるから、この店で決める必要もないぞ」
「うっそ、他にも同じ規模の店があんの?」
「あるんだなーこれが。だからこそ、こっちにまで来たわけだし。ついでにここのパンフも取ってくるわ」
「ええ。お願いしますヤマト」
「それじゃあまた後で」
親子2人の時間を作ってやりとか、邪魔したくないとか、そういう傲慢な考えはない。2人には2人の時間が必要だなとは思っているが、即それを実行するのは荒療治もいいところだ。下手したら逆効果である。
モルガンならよっぽどのことはないだろうと、信じられるところがある。……そう、信じ切れないのだ。不安があるのだ。なにせ彼女が、スピネルを相手にした途端不器用になるのだから。
(スピネルがだいぶ靴好きみたいだし、それに合わせて教えてもらったりしとけば、それで大丈夫だと思うけど)
その考えを、大和はモルガンに言わなかった。アドバイスに似たそれを。
なにせこれは、2人の問題だから。大和は事情をほとんど把握していないのだ。関係を良い方向に持っていけそうなことは思いついても、それが本当に正しいのかは不明。家庭の事情というやつは、外から見て分かるほど簡単ではない。
(おれも、2人と話をしておいた方が良さそうだな)
もし、仮に。起き得るのかは不明だが。あのモルガンから相談を受けることがあった時に、的外れなことは言いたくない。そのためにも、2人のことをより知る必要がある。逆もまた然りだ。スピネルと話す時も同様である。助けになりたい。
それと、一番考えたくないことで、そうなってほしくないことだが。自分の居場所が無くなるのは避けたい。
(一応家主だしな)
不安材料が増えた気もしなくはないが、それに合わせて楽しみも増えた。解消するほどに、楽しめる時間が増えていくだろう。
そんなことを考えながら、お金を引き出すためにATMがある場所に到着し、
「(ヤマト……スピネルが消えました……)」
「(なんでや……)」
ショックを受けているモルガンから届いた念話に愕然とした。