1LDKの女王モルガン   作:粗茶Returnees

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16話目 モルガン親子と年末年始

 

 年の終わり。大晦日。日本人が浮き足立つ日の1つ。

 この日を終えれば新年。それぞれの思いを胸に、落ち着きを無くす若者は少なくない。

 

「お年玉ってのがあるらしいわね」

 

「!?」

 

 カーペットが敷かれているリビングで寝転がっているスピネルが、テレビを眺めながら足をぱたぱたと動かしつつそれを口にした。いったいどこでそんな文化を覚えてきたのかと聞いてみたいところだが、おそらく間桐桜から聞いたのだろう。

 スピネルが召喚されてから約1週間。少女の貴重な女友達は彼女だけだから。

 

「あれってお小遣いとどう違うの?」

 

「あ、そっちか」

 

「そっちかって何よ」

 

「お年玉、お年玉な」

 

 寝転んだ状態で肘をついていたスピネルは、それを解いて軽く振り向いた。露骨に追及を避けた大和に目を細めるも、彼はそちらを見ずに考える。

 違いってたしかに何だろうなと唸る大和を横目に、スピネルの側に腰を下ろしたモルガンはそっと少女のスカートを直した。足を動かしていたせいか、太ももまで見えていた状態だったのだ。大和が視線を泳がせていたのもそのせいだ。

 

「なんだっけな。たしか新年の祝いとして渡すとかだったかな」

 

「……それだけ?」

 

「たぶんそれだけ。目上から目下に渡すってのと、今じゃ子どもに渡すのが風習になってるのが特徴ってとこかな。お小遣いとの違いとなると……金額?」

 

「え~、そんだけだとつまんねー」

 

「ばっか。日本全国の子どもたちはこれを楽しみにしてるんだからな!」

 

「ヤマトも?」

 

「おれは別に。うちの"家"はそんな風習ない」

 

「ふ~ん?」

 

 家柄は良い方だ。世間的に見ても、大和は一応良家の坊っちゃんということになる。冬木市ではその家の名は知られていないため、こちらでは一般人として過ごせている。

 良家なのに、日本の風習となっているお年玉を貰っていない。それは周りの人間が聞けば驚くことだろう。だがここには、日本の文化をよく知らないモルガンとスピネルしかいない。「そういう家もあるんだな。魔術師の家系だからかな」ぐらいにしか捉えていない。

 

「それなら私が貰ってあげるわ」

 

「おっと?」

 

「イブンカリカイってやつ? なんでもいいけど、ヤマトも正月気分ってやつを味わえるでしょ?」

 

「その流れにしてお年玉が欲しいだけだろ」

 

「違うからな! ヤマトに正月っぽいことさせるだけだからな!」

 

「えっ、優しいのなスピネル」

 

「は……はぁ!?」

 

「だって、おれに正月らしいことをさせてくれるんだろ? スピネルが優しい証拠じゃん」

 

「なっ……! ぅぅ……お母様ぁ!」

 

「はいはい」

 

 予想していなかった展開で褒められ、スピネルは顔を朱に染めてモルガンへと抱きつく。それをモルガンは、嬉しそうにして受け止めてスピネルの頭を撫でる。

 

「お年玉は用意しとくよ。それなりの靴が買える程度には」

 

「……!」

 

「いいのですかヤマト?」

 

「これぐらいならまぁ、なんとかなるだろ。親の役割だしな」

 

「親の……。では少し出掛けてきますね」

 

「宝くじ当てに行く気だろ。それはしなくていいからな?」

 

 先に制されたモルガンは、つまらなさそうに大和を見つめる。母親らしいことをしたいという欲求が、ここ一週間ほど続いているからだ。その実態は親バカも親バカで、学校では周りを振り回す大和がブレーキ役になっているほどだ。

 

「お年玉は明日。今日は大晦日だし、ゆっくりしようぜ」

 

「オオミソカですることって何かねーの?」

 

「うーん、大掃除とか。夜に年越しそば食べるとか」

 

「大掃除ねー」

 

 モルガンに腕を回されたままのスピネルが、部屋の中をきょろきょろ見渡してため息をついた。

 

「どこも掃除されてんだよな」

 

「モルガンのおかげでな」

 

「バーヴァン・シーが手伝ってくれるおかげです」

 

「それもあるな」

 

 誇らしげに言い切るモルガンに大和も同意し、そんな2人を見てからバーヴァン・シーは胸を張った。なんだかんだで大和も甘い。

 

「そういえば年越しそばって何? そばと何が違うわけ?」

 

「大晦日に食べるか食べないか」

 

「つまんねー。てかこの流れさっきやった!」

 

「そばはあとで作るけど、具材は家庭ごとに違うってな」

 

「へ~。……暇だし私が作るわ」

 

「料理できたのか」

 

「できるわよ。そばは知らないから、レシピは欲しいけど」

 

「やだこの子レシピまで言及してる。予想以上にしっかり者!」

 

「私のことナメ過ぎじゃない?」

 

「バーヴァン・シー、包丁の扱いには気をつけなさい。振り下ろさないように」

 

「お母様まで!? てかそんなことするの牙の奴らみたいな野蛮人だけでしょ」

 

「野蛮……」

 

「あ~……スピネル。先輩から貰ったレシピを冷蔵庫に貼ってあるから、それを参考にしてくれ。欲しい食材があったらメモしといて。その時に買い物に行こう」

 

「ん、りょーかい」

 

 モルガンからぴょんと離れたバーヴァン・シーが台所に向かい、それを見守りながら大和はモルガンの側に行った。娘の放った何気ない一言が、深々と刺さっているようだ。

 

「わたしは……やばん……やばんな、ははおや……」

 

「そんなことはないだろ。失敗は誰にでもあるし。スピネルが言ったのは、ずっとそうやって料理する奴のこと。牙の奴らってのがどうかはおれは知らんけどな。それより、モルガンもスピネルと一緒に作ってみたらどうだ?」

 

「……そうですね。野蛮ではない証明をしてきます」

 

「根に持つタイプなんだな……」

 

 そうしてモルガンも台所に行き、バーヴァン・シーと具材の話を進める。食材自体は買い込んでいるため、その中から選んで組み合わせることにしたらしい。

 数時間後には、2人がエプロンをつけて並んで料理を始めた。

 

「(緊急事態ですヤマト)」

 

「(なにが?)」

 

「(バーヴァン・シーが私より料理上手です。母としての威厳が……)」

 

「(…………そっか~)」

 

 

 

 大晦日が終われば当然来るのはお正月。そしてお正月と言えば初詣だ。日の光が苦手なスピネルのことを考慮し、大和は日付の変更直後に家を出ることを提案。その時間からでもそれなりに人の数が多いものの、日が昇ってから神社に訪れるよりましである。何よりも、夜のほうがスピネルの機嫌がいい。

 夜道を3人で歩いていると、大和の袖をスピネルが引っ張った。気になったものがあるようだ。

 

「なにあの服」

 

「晴れ着だな。日本の民族衣装ってことになるのかな。昔からある伝統的な服だよ」

 

「ふーん? 悪くないじゃん」

 

「着たいのか?」

 

「無理なのは分かってる。家にそんな服はないし」

 

「先輩の家でも、2人のサイズに合うやつはないだろうしな……。この時間じゃレンタルもできない。ごめんな」

 

「今度で許してやる」

 

「ありがとう」

 

 お礼を言うと顔を逸らされた。純粋な感謝というものに、慣れていないらしい。

 そうやって歩き続ければ神社にも到着する。夜中でも一部の屋台はやっているようで、香ばしい匂いが右からも左からも漂ってくる。スピネルはそれらを見ながら歩き、大和とモルガンでその左右を固める。

 

「右側から行くかな」

 

「そうですね。人の流れもそうなっているようですし」

 

 人の流れに合わせた上で、右に寄って歩けばそちらの屋台を見て回れる。反対側は帰りに寄っていけばいい。その気遣いに気づいているのかいないのか。スピネルは1つ1つ見ながら進んでいく。

 

「気になるものがあれば買うからな」

 

「全部」

 

「勘弁してください」

 

「だと思ったぜ」

 

「店主これの中サイズを」

 

「お母様早い!」

 

「すごい別嬪さんだな。おまけしとくよ」

 

 モルガンが買ったのはベビーカステラだ。これなら3人で分けながら食べられる。そう判断したのだろう。中サイズで買ったのに、おまけのおかげで量は大と変わらない。

 

「柔らかくほんのりと甘い。これは美味ですね」

 

「気に入ったのなら何よりだよ」

 

 1つ食べたモルガンが、スピネルに袋を渡して感想を言う。ひょっとしたらこのお母様、残りすべてを娘に渡すつもりではなかろうか。そう思っている大和に、モルガンはふわりと頬を緩めた。

 

「ヤマトも1つどうですか?」

 

「ん。ああ、ありがとう。……トネリコさん?」

 

 モルガンがその手に持っているベビーカステラを受け取ろうとした大和だったが、差し出した手にモルガンは乗せてくれない。首を傾げる大和の口に、モルガンはその手を伸ばした。食べさせようとしているのだ。俗に言う「あーん」というやつである。外なのに。

 

「私では食べてくれませんか?」

 

「いただきます」

 

 眉を下げてそんなことを言われれば断れない。大和は自らベビーカステラを口に含めた。その際にモルガンの指も口に含めたが、傷つけないように噛まずにベビーカステラだけ回収する。

 モルガンは起きたことに目を丸めていた。予想外だった。思考が追いつかず、というよりも停止し、手をだらりと下げて大和の口元を見ていた。

 

「何してんだこいつ。バカなのか? バカだったな!」

 

「痛い!」

 

 頬を染めるモルガンの横でスピネルが大和のスネを蹴り、その光景を目の前で見せられた店主は缶ビールをひと缶開けた。

 

 参拝するときにベビーカステラを持ちながらというのは、日本人としては気が引ける。そのため大和は食べ切ってから参拝することを提案し、モルガンとスピネルがそれを承諾。腰を掛けられる場所まで移動し、大和とスピネルが並んで座った。モルガンはおしるこが気になったようで、それを買いに行っている。

 

「お母様1人にしていいのかよ」

 

「スピネルを1人にさせる方が心配だとさ」

 

「……そ。ねぇ」

 

「ん?」

 

「スピネルって言葉……石なんだってね」

 

 ベビーカステラが入っている袋を見下ろしながら、スピネルがぽつぽつと言葉を溢していく。

 

「ルビーっていう宝石の偽物。紛い物。どう頑張ったって、キラキラした宝石にはなれないもの。……滑稽ね。私、そんな名前を喜んで使ってたなんて。……ヤマト、知ってたんでしょ? 意地悪よね」

 

「それはその側面にしか過ぎないぞ」

 

 大和は立ち上がり、少女の隣から正面に移った。赤く、愛らしい髪を撫でると、少女が反発するように顔を上げる。睨まれるも、大和は普段と変わらない様子で笑う。

 それは、少女からしたら嘲笑っているように見えるだろうか。そうではないと、頭では思っていても。

 

「スピネルはたしかに宝石じゃない。クリスタルだ。人々が勘違いして、宝石として扱ってたから、発覚した時には大混乱だっただろうな。イギリス王室の冠に使われてたの、実はルビーじゃなくてスピネルだったし」

 

 ただあるだけで問題を生んだ。周りの勘違いのせいで。

 

「宝石を求めてた人からしたら、スピネルは無価値になるんだろう。でもスピネルって、人気があるんだぞ?」

 

「嘘よ。偽物なんか誰が求めるの?」

 

「スピネルもパワーストーンなんだよ。効果は何個かあるけどな」

 

 『目標に向かって頑張る人をサポートする』、『思考を明晰にさせる』、『勝利と成功の護符』、『向上心を養う』などなど。

 それらを挙げながら、大和はその場に屈んでスピネルの頬に手を伸ばした。心優しいスピネル。自己評価が低いスピネル。それでも努力ができるスピネルに。少女を肯定するため、大和は言葉を紡いでいく。

 

「ぴったりだとおれは思うぞ。だってお前は、自分の夢のために頑張れる存在なんだから。研究だって欠かさない。熱心に取り組んでる。スピネルそのものじゃないか」

 

「でも私は大成できない。どれだけ磨いたって、スピネルは宝石になれないのよ!」

 

「本当に宝石になりたいのか?」

 

「当たり前でしょ!」

 

「誰にでも認められる存在になりたいのか? それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ!」

 

「その答えは、もう出てるだろ?」

 

 紙袋を、くしゃりと握った。

 

「トネリコにとってスピネルは間違いなく宝石だ。ルビーやダイヤモンドでは足元にも及ばないほどに、価値のあるものだ」

 

「……そうかな。ううん、お母様は愛してくれてるのだものね。……ねぇ、ヤマトも?」

 

「家族だからな」

 

「……カッコつけようとして、恥ずかしがってんのバレバレなんだけど?」

 

「言うなよ! 余計に恥ずかしくなってきたじゃねぇか!」

 

「……くっ、キャハハハ! 似合わないことするからよ! でもありがとう

 

 調子を取り戻したようなので、大和は立ち上がって頭を掻きながらよしとした。スピネルが追撃して煽ってくるのを、頭を少し荒く撫でることで黙らせる。乱れはすぐに直せる程度だ。

 そうして時間を潰していると、モルガンが無事に帰ってきた。何もなければ念話も来ないわけだが、それはそれで不安になるというもの。大和はほっと息をつく。

 

「おしるこを買ってきました」

 

「食べてきたの間違いだろ。口の横についてるぞ」

 

「……取ってください」

 

「あのな……」

 

 ポケットティッシュを取り出して、ついていた汚れを取る。それができたところで、モルガンがぽすんと大和の胸に軽く体を預けた。それが見えていないスピネルは、残っているベビーカステラを食べながら「ヤマトなんかやらかしたかな」とか決めつけて見ている。

 そのスピネルに聞こえない程度の声量で、モルガンは大和に話しかけた。

 

「最近、貴方といると調子が狂うことがあります」

 

「え、それはごめん」

 

「悪い意味ではありません。むしろ……ええ。とても気持ちの良いものです」

 

 大和は言葉が詰まり、モルガンはその目を見つめて微笑んだ。

 

「ですから、これからも私の隣にいてください。我が(マスター)

 

 

 




スピネルの石言葉は「内面の充実」「安全」です。
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