商店街と言えば福引き。福引きと言えば温泉旅行券!
「なんか当たったけど、温泉ってなに?」
そんなこんなで、大和とモルガンとスピネルは温泉旅行に来ていた。電車でガタゴト揺られて移動し、最寄り駅からは送迎車。知識としてはあっても、体験するのは話が別。スピネルはそれを楽しみ、モルガンはそんな娘を見て目を細めていた。
「ご家族で旅行ですか?」
「まぁ、そうですね」
「カラフルな家族ですねぇ。多国籍ってやつですか?」
「そうですね」
2カ国だが。なんなら異世界だが。
「うーん……うん。深くは聞かないでおきます。家族旅行を満喫してください」
「ははは、ありがとうございます」
スピネルがモルガンをお母様と呼ぶから、モルガンが親だということは分かる。佇まいからしても、彼女は大人だ。運転手と会話をしている大和のことは、長男だと思ったらしい。つまり、シングルマザーだと判断したのだ。シングルマザーの苦労を運転手は理解できない。何が地雷になるかも分からない。それを避けたのは的確な判断だった。
旅館へと到着すると、スピネルが車から勢い良く出る。手を空に押し上げながらぐっと身体を伸ばし、後から降りてきたモルガンの手を引いて早速散歩へ。
旅館の位置は山の中腹辺りだ。周辺一帯が敷地のようで、車道とは別に、歩行者用の山道も整えられている。見晴らしもよく、そう遠くない場所に海も見える。冬の今では無理だが、夏には海水浴客が訪れるらしい。
「(チェックインは済ませとくから、ゆっくりしてきて)」
「(すみませんヤマト)」
取り残された大和は当然その手の手続きをするし、全員分の荷物持ちにもなる。荷物と言っても1泊分だけ。そう多くはないのである。
チェックインを済ませたら、女中に部屋へと案内される。夕飯や風呂、部屋のことを一通り説明を受ければ、鍵が渡されて女中は受付へと戻っていった。旅館なのだから当然和風である。部屋には畳が敷かれており、部屋の真ん中には座椅子と机。4人部屋なので、部屋もそれなりに広い。大和は荷物を置き、上着を脱いで暖房を入れた。
(これは周辺の簡易地図か)
周りの飲食店やコンビニなど、旅行客には嬉しい情報だけが記された地図。寄る場所があるだろうかとぼんやり考えながら、モルガンたちが部屋に来るまで大和はそれを眺めた。
「先に寛いでやがる……!」
「そりゃあな。2人のお茶も淹れるから、上着脱いで寛げー」
「部屋の確認が先だろ」
「わりと見ての通りだが?」
「狭いな!」
「大部屋だバカ!」
失礼なことを言うスピネルに、大和は煎餅を投げつけた。それをキャッチしたスピネルが、その場で開けてそれを食べる。欠片が床に落ちないようにちゃんと手を添えて。
この部屋は──当然だが──隠し部屋も無ければ仕掛けもない。部屋の玄関のすぐ近くにある扉を開ければ、トイレと洗面台。玄関には靴箱があり、部屋に上がってすぐ右にはハンガーラック。あとは襖があるくらいで、部屋の大部分は見てわかる大部屋。
日本人にとっては珍しくもない。大和にとっては、慣れ親しんだ空気感の部屋だ。しかしそれは日本人にとって。国外の人間にはカルチャーショックな空間だ。
「変な床ね」
「畳な」
「このスライド式のドアは……なんだ物入れか」
「そういうもんだよ」
「こちらの戸は、なるほど窓はこちらでしたか」
「トネリコもか」
親子2人で部屋の中を見て回った後、モルガンとスピネルは並んで座椅子に座る。これも体験したことがない椅子だ。2人とも座り方に戸惑う。大和は胡座をかいているが、そうするわけにもいかない。思考の末、2人はそれぞれの座り方で座った。スピネルは足を伸ばし、モルガンは正座だ。
大和が淹れたお茶を飲む。旅館側で用意されていたお茶だ。お湯を沸かし、茶葉を使って作られたもの。
「家のと違うのね」
「ここのは緑茶みたいだな。お茶にも種類があるんだよ。スーパーとかコンビニでもいろいろあるだろ?」
「あれって商品の名前の違いだと思ってた。味が結構変わるものなのね」
「葉の発酵や蒸す時間などで変わる、といったところですか」
「飲んだだけでそこまで分かるか? トネリコは時々鋭いよな」
分析等はお手の物である。ただし魔術が関わらない機械は無理だが。
部屋に置いてあった簡易地図を取り出す。どう過ごすかを話し合って決めるためだ。スピネルは身を乗り出してそれに食いつき、モルガンは姿勢を変えずに見ている。
「2人はどう過ごしたい? ここでゆっくりするのもいいけど」
「夕飯と朝食は付いているのでしたね」
「そっ。先に風呂を済ませて、その間に夕飯の準備してくれるらしい」
「無駄がなくいいですね」
「じゃあどこかに食べに行くのって明日のお昼だけか」
「そうなるな」
商店街で当てたのは今日の午前中。乗り継ぎの途中でお昼は済ませているため、これからどこかで食べるという選択肢はなかった。なお腹ぺこ王は食べ歩きの最中である。
それならこれを見たって仕方ないなと、スピネルは座椅子の背もたれに体を預けた。何せどこか遊べそうな場所が、ほとんど無かったからだ。田舎の運命である。
「今日はここで過ごしましょう。明日の朝食後に散策で」
「異議なーし」
「了解。じゃあこれは一旦閉まっておくか」
「夕飯の時間は19時からですか。入浴を先に済ませるにしても、まだ時間は余りますね」
「この旅館に何か遊べそうなものあったっけな」
「あ! タッキューってのがあるって聞いたわ! ね、お母様!」
「そうですね。自由に遊びに興じていいのだとか」
思い出したらそれをやりたくなったようで、スピネルはお茶を一気飲みして立ち上がる。
「早く行きましょ! 他の人間に取られちゃう!」
「その場合は時間制だろうから急がなくても……」
「早く行きましょうヤマト。他の者が来ても勝負して蹴散らせばよいのです」
「なんでそんな好戦的なの? ていうか何時間やる気!?」
「あ~言えばこう言うんだから。あは、もしかしてヤマト。負けるから嫌なのかしら? 初心者に負けるのは、なけなしのプライド(笑)が傷つくものね~。でもこれ不戦敗になるわよね。負・け・犬♡」
「煽りがかわいいな~スピネルは」
「は? マゾなの?」
「とても可愛らしかったですよバーヴァン・シー。今の言葉と動きを映像に残したいのでもう1回」
「お母様!?」
押された結果、写真と動画の2つでの撮影会が開かれた。顔を真っ赤にしたスピネルが記録に残されたのは言うまでもない。
「はぁ~、温泉って気持ちいいわねお母様」
「そうですね」
「家と違って浴槽も広いし! 夜だから何も見えないけど、ロテンブロも良いアイディアだわ!」
「景色はそうでも、空を見上げれば星が見えますね」
「そうね」
入浴の時間になり、卓球でかいた汗を流して今は湯船に浸かっている。温泉には温泉のマナーというものがあり、脱衣所にそれが書かれていたが、その前に大和から説明も受けていた。郷に入っては郷に従え、ということで2人はそれを守り、髪もお湯に浸からないように髪ゴムで縛っている。なお髪ゴムは受付で借りられた。
「それにしても、初心者相手に本気で勝ちに来るなんて、ヤマトもがっつき過ぎだわ」
「手を抜いたら文句を言われるから、だそうですよ。それに接戦だったのだから良いではないですか。楽しめたのでしょう?」
「それはそうだけど……。負けるのは性に合わないわ。お母様は初めてなのに圧勝してたし」
「当然でしょう。勝負なら私は負けません」
言い切るその姿がかっこいい。実際にモルガンは負けていないのだから、その発言の説得力も強い。
憧れだ。バーヴァン・シーにとって、その姿は敬愛すべきものであり、憧れるものである。自分とは違うなと実感して、湯船の中に口元まで沈めた。
「次勝てばよいのです。生きていれば次がある。そうでしょう?」
その言葉に小さく、ゆっくりと頷いた。次とはいつだろう。明日だろうか。それとももっと先だろうか。そもそも、そんな機会は来るのだろうか。……来るのだろう。望めばくる。バーヴァン・シーはそれを理解できている。京坂大和は、自分の願いにも応えてくれる人間だと。
けれど、叶わないものだってあるのだ。母親を相手に敵わないものもある。
何1つ衰えを見せない綺麗な肌。ブリテンで1番の容姿。何よりも綺麗な髪も、瞳も。自分にはない魅力で、届かない魅力。
「まったく、どうしてお前はそう考えるのですか」
「お母様?」
考えを口にしていたのだろうか。それは分からず、考える暇もくれない。モルガンの濡れた手が頬を撫でた。
「お前にはお前の魅力があるでしょう? ウェーブの髪は私にない魅力。その心の温かさを映した髪も、私にない魅力。何より、お前の心はブリテンの誰よりも美しいものだと。私は知っています」
その髪を先ほど洗ってあげた。愛おしい髪を、丁寧に、大切に。美しい髪だと心から思いながら。
それはきっと、バーヴァン・シーも思ったのだろう。モルガンの髪を洗った時に。だから、自分のことを下げてそう考えてしまったのだ。
「バーヴァン・シー。お前は私の娘なのですから、自信を持ちなさい。お前も悩殺ボディというやつなのですよ」
「お母様急に頭悪くならないで」
バーヴァン・シーの感動が消し飛んだ。
「……魅力ではあるのですが……、体目当ての低俗な者が近づきかねないですね。ヤマトも危惧していましたし。バーヴァン・シーやはりお前に男はまだ早いと思います。もしも、もしもですが。気になった男がいれば私とヤマトの前に連れてきなさい」
「お母様飛躍し過ぎよ」
そんな相手が、現れたらいいなと頭の片隅で思う。今の自分には思い当たる相手がいないけれど。違う何処かの自分なら、見つけられるかもしれない。
「……バーヴァン・シー」
「なぁにお母様」
「お前は今…………幸せですか?」
湯船の中にある段差に腰掛け、上腹部から上を湯の外に出したモルガンが聞いた。その問いに対する彼女の思いは、間で表れていることだろう。
そしてそれは、バーヴァン・シーでも掴めたものだった。
バーヴァン・シーは浴槽の縁に頭を乗せ、夜空を見上げながら振り返る。召喚されてから間もない。1週間と少ししか過ごしていない。その日々は、どうだっただろうか。曲がりなりにも、不幸などではない。友達だってできた。決して、虚しい日々などではない。
「……そうね。そう、なんだと思う。……正直、お母様といられたら十分。お母様と話ができて、一緒に何かできる。それだけでも、満たされていくの」
体を起こし、モルガンと同じように腰掛けて、視線の高さを合わせる。
「そこにね、ヤマトがいて桜もいる。得られなかったものが、自然と得られた。だからねお母様」
真っ直ぐに言える。笑顔と一緒に。
「私は今とっても幸せだわ」
目を見開き、すぐに優しく細めた。
その言葉が、少女の笑顔が、モルガンの胸を満たしていく。ずっと見たかったものだ。ずっと聞きたかったものだ。それが今、ようやく叶ったのだ。それは何にも言い表せられるものではなく、何にも代えがたいものだ。
「そうか」
ただ一言。それを言葉にするのが限界。
そんなモルガンに、バーヴァン・シーは笑みの意味を変えて言葉をかける。
「お母様、ヤマトはどうなの?」
ピクリと肩が震え、どういう意味なのかとその目が問うていた。バーヴァン・シーはそれを、意地悪そうに受け止める。
「ヤマトが好きなんでしょ?」
「ぇ…………な、何を言っているのですかバーヴァン・シー!? わ、わたしが……ャ、ヤマトのことを……?」
「うっそ自覚無かったのお母様……。あれだけ分かりやすかったのに!? 靴見てたときもヤマトがどう見るか気にしてたじゃない!」
「落ち着きなさい落ち着くのですバーヴァン・シー」
「お母様が落ち着いて!? 今話しかけてるそれ岩よ!?」
温泉で温まり火照っていた体が、さらに赤く染まっていく。特にその顔は顕著なもので、視線があちこちに動いていた。
(お母様かっっわ。さすがお母様だぜ!)
「あ、あのですねバーヴァン・シー。私とヤマトは」
「夫婦でしょ?」
「はぅっ!」
今までとの意味合いが違って聞こえてくる。モルガンは見事に翻弄されていた。とても汎人類史の自分の記憶と知識を受け取った人物とは思えない。
「お母様」
モルガンの目の前までザブザブと湯船を横切ったバーヴァン・シーが、彼女の手を掴んで真っ直ぐその目を見た。いつもは冷酷で凛々しい目。今は見る影もない。
「お母様のおかげで、私は生きられる土台を貰えたわ。今の幸せも、お母様がいてくれたから。私は、十分にお母様からいっぱいのものを貰ってる」
もっと愛されたいという気持ちはある。それは消えない。消えることがない。
だけど、今はそれ以上のものがあるから。
「だから今度は、お母様個人の幸せ。それが叶ってほしい」
「バーヴァン……シー……」
「幸せになって、お母様」
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