今後ともこの作品にお付き合いいただけると幸いです。
通販で買った服が届き、それを着たモルガンが部屋の中でくるりと1回転。軽く身体を動かし、その着心地を確かめる。
服装自体はいたってシンプルだ。サーヴァントとしての服装を参考に、足首まで丈のあるスカートは黒色。シャツは白色にして、その上からカーディガンを羽織っている。髪型はポニーテールにして、髪を束ねるのはおなじみ黒のリボン。
「悪くはないですね。実物を見ずに買うのはどうかと思いましたが、サイズも特に問題ないです」
「ならよかった。これでモルガンも外出できるな」
「そうですね。胸周りが少々……窮屈に感じますが、そういうものでしたね」
「え? …………っ、はい……そうです」
「? なぜ照れているのですか?」
「追及はしないでください」
言葉にするのも躊躇われる。ましてやそれを、自身の名義で買ったとなれば秘密にもしたい。できれば記憶から消したい。しかも、本人と一緒に買ったという事実が、少年の心にグサリと刺さっていた。刺激が強過ぎるどころじゃない。
「他にも服は買うつもりだけど、それは今度から直接店で買えるし、好きなの選んでいいよ。……予算は守ってほしいけど」
「資金が少ないのでしたね」
「うぐっ! ……はい」
「ご安心をヤマト。私に考えがあります」
「考え? 強盗はやめてよ?」
「なぜ私が賊の真似事をするのですか」
「ごめんなさい」
心底嫌だったようで、ガチトーンで言われた。冗談でもそれに近いことは言わないようにしようと、大和は固く誓う。
「資金のやりくりなら心得があります。為政者たる者、自分の懐事情は豊かにするのが最低限の仕事です」
「最低限が早速難しいような……」
「それができぬ者が上に立ってどうするのですか?」
「返す言葉もございません」
歴史を振り返れば、それができていなかったとされる諸侯や王がゴロゴロいたのだが、それを言っても彼女は鼻で笑って一蹴するのだろう。そういう者が治めるから滅ぶのだと。
大和の資金難の原因はモルガンなのだが。モルガンもまた、それを理解しているから打開策を打ち出す。
「働く気?」
「私はヒトを使う立場であって使われる立場ではないです」
「だよね」
「それをしなくても資金の増やし方はあるでしょう?」
「……ギャンブル……」
「いいのですか? 私がやるとすべて当ててしまいますよ?」
「絶対やらないで」
「はい」
そんなことが起きてしまうと、全国でのニュースで報道されてしまうし、警察が動いて不正がなかったかの調査も始まりかねない。いろんな意味で嫌だった。
モルガンはそんな賭け事に手を出さない。大和の意向を汲んで、騒がれずに済むやり方で安定的に収入を得るつもりだ。
「株をやります」
「株もギャンブル性あるよな!?」
「それは素人がやるからです。ご安心を、私なら外しません」
「……高校生って株買えたっけ?」
「え?」
戸籍上では存在しない。それがモルガンたちサーヴァントだ。買い物程度ならまだしも、契約を交わすようなやり取りではボロが出る。そうなると、やはり名義は大和のものを扱うしかない。だが、高校生で株に手を出せるのかを、大和もモルガンも把握していなかった。(高校生でも可能である)
話は一旦保留となり、気を取り直して外出。2人並んで町中を歩くのは、なんだかんだで初めてだ。なんとなくむず痒くて落ち着かない気持ちを、大和は考え事をすることで抑え込む。
たとえば、服を買って外出できるようにしたはいいが、1つ達成するとすぐにその次に出てくる問題とか。
「私のファッション……ですか?」
「うん。女性って鞄とか小物も含めてファッションらしいし。ほら、あそこの人とか」
大和が指を差した方向では、大学生くらいの女性が友人たちと集まっていた。見ればたしかにそれぞれ小物を持っているし、アクセサリーを付けている者もいる。
モルガンはそれを一瞥だけして、興味を示さなかったのかすぐに目を逸らした。
「私は気にしませんよヤマト。買い物程度なら、あなたが今持っているマイバッグがあれば十分ですし」
「いやでも財布とか」
「それもそこに入れればよいでしょう? たとえあなたが学校に行っていようと、そのバッグは家に置いていくのですから。……そうですね。強いて言えば、その時用の財布が1つあればよいですね」
「なるほど。モルガンのやり方は無駄がないよな。合理主義ってやつ?」
「ええ。ですが、私の統治下であろうと娯楽は認めますよ。私の支配が揺るがない程度なら」
揺らぐなら、それを徹底的に破壊するだろう。冷たい目で、薄っすらと笑いながらそれを言う彼女に、大和は静かに納得した。彼女の人となりを少し分かった気がするから。
そんな大和にモルガンは半歩近づき、覗き込むように顔を近づけて告げる。
「ですから、あなたも他の女性やサーヴァントに靡かないように。ヤマトは私の
「う、うん。それはもちろん」
顔を近づけられて照れた大和は、こくこくと頷きながら僅かに距離を開けた。それを勘違い──するわけがないが──したことにして、モルガンは少年の腕を掴んで引き寄せる。腕を絡ませれば、少年の腕に彼女の柔らかな体が触れる。少年はそれで顔を赤くし、身体を強張らせた。
「ふふっ、愛らしいですね」
「かんべんしてください」
少年の素直なギブアップ。そこが限度だと分かっているモルガンは、腕を離して少し距離を取った。それは最初よりも近い距離で、肩が触れるか触れないか程度。
大和はそれに気づけないほどテンパっていて、モルガンはそれを見越してこうしている。作戦通り。
「ヤマト。あなたに頼みたいことがあります」
「頼みたいこと?」
先程までの緊張も全て追いやり、大和はモルガンの話に耳を傾ける。その復帰の速さをモルガンは評価しているし、こういう時は面白くないとも思っている。
「外出中や他に人がいる時、私の名前は伏せておいてください」
「あーなるほど。それならなんて呼べばいい? ヴィヴィアン?」
「いえ、それでは隠しきれません」
クラス名を提案しないのは、大和がモルガンのことをそれで呼びたくないから。美しい女性だと思っていて、そんな人をバーサーカーなどどうして呼べようか。会話ができないレベルで狂っていたら、あるいはそう呼んだかもしれないが。
「トネリコとお呼びください」
「トネリコ?」
「はい。その名前なら真名にたどり着けません。もっとも、顔でバレることはあるかもしれませんが。顔バレというやつです」
「覚えたての言葉を使いたがるのかわいいな」
しかも軽くドヤ顔も入れているのだ。かわいいと思うのは仕方ない。普段の凛々しい姿とのギャップが強い。
かわいいと言われたモルガン本人は、きょとんと目を丸くしていた。そんな褒め方をされたのは、記憶にない。
「……ヤマトほどではありませんよ」
「うーんすごい複雑」
かわいいと言われるよりかっこいいと言われたい。そんな気持ちがあるのだが、モルガンにとってはその葛藤すらかわいらしく見える。まだまだ幼いと思えてくる。
「今日は買うものが多いのでしょう? 早く行きますよ」
先を歩いた。ほんのりと熱くなった頬は、大和には見えない。
「先に服屋でもいいけど」
「それは後日で構いません。荷物が増えては大変でしょうから」
魔術の使用を控えているのであればなおさらだ。
「……それなら尚更、服を先に買おう」
「ヤマト?」
「極力不便な思いはさせたくないから」
「……まったくあなたは……」
不便を感じたことはないし、不憫を感じさせているのは自分だ。召喚されるはずのない存在を召喚して、本来なら不要な警戒をさせている。そうだというのに、大和はその事に何も不満を示さない。文句を言わない。それよりも、モルガンの生活を優先して気を配っている。
その事に別の意図がないことは、モルガンの持つ『妖精眼』で分かっていた。他人に冗談を言ったとしても、モルガンにだけは誠実でいる。心の機微を隠そうとするのは、愛嬌として見逃すが。
本音と建前を乱立しまくる人間たちは、『妖精眼』を持つモルガンにとって「気持ち悪い存在」として映る。けれど、すぐにそういうものだと認知したから、期待値だって存在しない。ゼロはゼロだ。
「ヤマトがそうしたいのなら許しましょう。ですが夕飯はどうするのですか?」
大和は少し、特別だ。
「藤村先生が、時間ある時に遊びに来いって言ってたからそれで解決。いつでもいいって言ってたし」
「あの指導者の家ですか」
モルガンは僅かに警戒心を生み、
「いや衛宮先輩の家」
自覚する前にそれを霧散させた。
「あの者の家に? 呼んだのはフジムラですよね? まさか同じ家で生活を?」
「先生は先生の家があるよ。細かいことは知らないけど、衛宮先輩が弟分なんだってさ。独り身になった先輩の後見人って立ち位置らしいよ」
「そういうことですか」
最低限の情報を得たモルガンは、それならいいと賛同を示した。先に連絡を済ませておこうという話になり、大和は携帯電話で衛宮に連絡を済ませる。
「先輩も歓迎だってさ。なんか居候ができて、その人の紹介もしときたかったとかなんとか」
「居候?」
「衛宮先輩の家でかいしな。部屋ならわりと余ってるだろうし。……そのうちホームステイ先とかになりそう」
「ヤマトは広い家に憧れでも?」
「ずっとそこに住みたいかと言われると微妙だけど、ちょっとくらいは住んでみたいかな」
「そうですか」
ふむと唸ってモルガンが思慮にふける。その様子に何かを察した大和が、今の生活でも満足していると慌てて付け加えた。
「今度城を建てます」
「建てなくていい!」
「一晩で建てられます」
「人の話聞いてる!?」
「……すごいの建てますよ?」
「うっ……、せめて高校卒業してからでお願いします」
「卒業……あと2年半ほどですか。すぐですね」
体感がバグっていると思ったが、彼女の生きた年齢を思い出せば、そんな感覚にもなろうと想像がつく。
大和にとっては長い期間で。モルガンにとっては瞬きの間。
その感覚の違いは、けれど何かに支障をきたすわけでもない。その違いを少し寂しく思うくらいだ。
それを隠すように大和は話題を服に変えた。これから買うのだから、その選択も自然なものに見える。
「トネリコはどういう服装が好み?」
それを隠せるわけもなく、けれど知らないフリをしてモルガンもその話題に乗る。
「特に好みはありませんが、そうですね。あまり派手過ぎないものが好ましいですね」
「ってなると、今の服もわりと良さげ?」
「はい。なにせ自分で選んだ服ですからね」
「言われてみればたしかに!」
女性用のを買ってしまったという衝撃ばかり気にして、そのことがすっかり抜け落ちていたらしい。数ある中から、本人が選んで決めた服なのだ。そりゃ好みの服装にもなる。
「ドレス調のものもいいですが、それはヤマトが困るのでしょう?」
「それを着て参加するパーティーがあればいいけどね。そういうのないし」
「コスプレに見えてくると。遺憾です」
「そうなっちゃってるんで」
そうこう話していれば、目的地に到着した。
モルガンは当然ながら初見であり、大和も慣れないなりに誘導してレディースコーナーへ。どういうものがあるのか、一通り見てから考えることとなり、モルガンと共に店内を回っていく。男1人で残るなど、大和には耐えられない。鋼の意志はこの手のことに無力なようだ。
「柔らかな色合いのものが多いですね」
「色合いで女性らしさってのも出るからね」
「言わんとすることは分かりますが……こうまで色の近いものばかりあると呆れてしまいます」
「幅広い色というより、極端だもんな。店は他にもあるから、ここじゃなくてもいいぞ」
「では他の店も見ましょうか」
そう言って店を出ようとすると、ちょうどレディースコーナーの端で大和は知り合いと顔を突き合わせてしまった。
それが知り合いだと認識した瞬間笑顔が固まり、ぎこちない動きになる。
「あらあなたこの前の」
「これはどうも寺と結婚された方」
「そんなものとはしてないわよ! 宗一郎様ともまだだけど! あなたこそ、とうとう女装癖に目覚めたのかしら」
「目覚めてねぇよ! 悪趣味キャスターさん!」
「誰が悪趣味ですって! 客観的に見れば否定はできないけれど」
この女。真名はメディア。ギリシャ神話に登場する魔女の1人であり、大魔術師としても魔術界隈で名高い。クラスはキャスターである。
当然ながら、モルガンにも分かることがある。
「(ヤマトこの女、サーヴァントですよ)」
「(え? いやこの人はキャスターさんで………………キャスターなのか)」