キャスター。それは聖杯戦争における7つのクラスのうちの1つ。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、アサシン、バーサーカー。そしてキャスター。この7つのクラスに合わせて、それぞれ1騎ずつ英霊が召喚される。誰がどのクラスになるのか。それは基本的に逸話や伝承を元に決まっており、例外はバーサーカーだ。狂化させちゃえば誰だってバーサーカーになる。お手軽だね!
その中でもキャスターというのは、言うまでもなく魔術師がなるクラス。神話や逸話で魔術に長けていたとされる者がなるクラス。
「あらそちらの女性は? どんな手で洗脳したの?」
「まるで『お前にパートナーができるはずがない』みたいな言い方だな」
「ごめんなさいね。そう言ったのよ」
「はーん? 葛木先生に、キャスターさんがイカれた服を買ってたとでも言ってやろうか」
「宗一郎様があなたの戯言を真に受けるわけがないでしょう」
絶対的な信頼を葛木に置いているメディア相手に、脅迫まがいの言葉は通じない。精神的に優位に立っているメディアは、手料理がうまくいったとき並の笑みを浮かべている。
そんな小さな諍いを一通り見届けたモルガンは、話を切るためにも会話に割って入った。
「彼は私が
「……そう。これは失礼なことをしたわね」
夫って階段をすっ飛ばし過ぎじゃないだろうか。そんな事を思いはしたが、大和の相手がそう言ったのなら受け入れるしかない。どんな相手であれ、パートナーができることは喜ばしいことだから。葛木宗一郎という男に運命を感じたメディアが、それを否定するわけにもいかない。
互いに買い物の途中ということもあり、後腐れのないように何度か言葉を交して別れた。話していた場所も場所だったため、他の客や店員にとっても困ったものだっただろう。
「あの者に何も仕掛けぬのですか?」
「必要ないでしょ。おれもトネリコも、聖杯が欲しいわけじゃない。だろ?」
「ええまぁ。あれにかける願いなど、持ち合わせてはいませんから」
何か1つでも挙げるとするなら、
「だから放置でいいわけ。それに、真っ昼間からドンパチするのもね」
「夕方ですが?」
「……はい。あの……人が多い時にやるのはーってやつです」
フィーリングで話していたらツッコまれた。お笑いのようなツッコミではなく、冷静な間違いの指摘なので、指摘された大和は目を泳がせている。モルガンはそのことを気にも止めず、浮かんだ疑問を口にした。
「何時に目的地に着けばよいのでしょう?」
「うん? あー、遅くても19時頃には着いといてほしいって話だから、ざっとあと2時間半ぐらいかな。移動時間とか考えれば、6時半には向かいたいね」
「早めの到着を心掛ける文化でしたか。とても好ましいですね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。この文化がない国の人たちにとってこれは、拘束感があって窮屈らしいから」
「ふむ……」
傍から見る分には、外野の視点であれば、それは素晴らしいものとして映るのだろう。時間を守るということは、それだけ相手との時間を重要視しているのだから。奉仕の精神に近いものとして、見えることもあるかもしれない。
だがその輪に入ったとしたら、意見は変わるだろう。時間を重要視すると、時間に追われることになるのだから。『個人』を重視する文化圏の人たちにとって、それは異質だ。優先順位が狂っているのだから。
「人によって捉え方は変わるだろうけどね。トネリコならどう思う?」
「好ましいという評価は変わりません。時間という絶対的な概念。それによる統制の仕方は効率がよいですから」
「そっか」
統治する者にとって、分かりやすい基準というものは欲しくなるものだ。「何時から誰がどうする」という、この指示出しの仕方はスケジューリングにも役立つのだから。
もっとも、それはあくまで統治する立場であればの話。今のモルガンはサーヴァントであり、ブリテンの支配者ではないし、ましてやこの国の支配者でもない。やろうと思えば乗っ取ることなど容易いが、やるなら日本ではなくブリテンだ。
「さてと、トネリコが欲しがる服があればいいんだけど……。出発まで2時間しかないしな……」
「今日のところは、一着でも見繕っておけば十分です」
「え?」
「今日で何着も買う必要はありません。なにより、後日に回せば、またあなたとこうして出かけられるでしょう?」
「……」
ぽかんと口を開けて固まった大和に、モルガンは僅かに頬を緩めて手を伸ばす。男の子らしい硬めの手を握って、それを軽く引っ張れば、スイッチが入ったロボットのようにビクリと反応した。
硬直が解けようと、やっぱりまだ大和は呑み込めていない。なにせモルガンにとって、自分のサーヴァントであることは退屈だと思っていたから。
「認めましょうヤマト」
それに気づいてはいないモルガンだが、彼女は大和の靄をひと思いに払拭した。
「私は思いの外、あなたとの時間を楽しんでいます」
「ぇ……ぁ……。……っと……そ、それはよかった。……うん」
「ですからヤマト」
握った手を、両手で包み込んで胸の高さにまで引き上げる。それを、大切なものを扱うように抱えて。彼の目を見つめながら紡いでいく。
「どうかあなたも楽しんで。それとも」
言葉を区切って、ちょっと意地悪っぽくしかける。
「私とでは楽しめませんか?」
「いやそんなことは──!」
思わず大声を出してしまい、大和は慌てて口を閉じた。その声に反応した人たちも、すぐに目を逸らしていく。
「ふふっ、そこまで慌てずともよいものを」
「誰のせいだと……」
「あなたが油断しただけですよ。私は、魔女ですから」
どこか誇らしげに言う彼女に、ぶつけるような言葉は出てこなかった。彼女になら、騙されても嵌められてもいいと。不思議とそう思えたから。
そんな彼女が胸の内を明かしてくれたのだ。ならば自分も明かさないとフェアではない。
「正直に言うとさ」
「はい」
「戸惑いのほうが大きかったんだ。突然の出来事だし、予想外のことばっかりだし」
「はい」
「でも不快感はないんだ。おれも、トネリコといる時間が楽しいんだと思う。友達と遊ぶのとはまた違う感覚だけど。おれは……おれはこの時間も好きだ」
「……そうですか。では、これからもあなたの時間を私が支配しましょう」
包まれている手に軽く力を入れた。彼女の手を握り返すために。
内心の整理ができたことで、吹っ切れるものもあったのだろう。彼の方からこのように動くことは、今までになかった。「包丁の使い方を教えるため」といった具合に、何かしらの理由がある時に触れていた。
けれど今は理由がない。その事にモルガンは、慈しみを込めて微笑む。まるで成長を喜ぶ母親、あるいは姉のように。
「それでは服を見繕いましょうか」
「そうだな」
片手は放して。片手は繋いだままで、モルガンは大和の隣に並んだ。指を彼の指の間に割り込ませ、絡めて握る。
さすがにこれには応えたようで、大和はビクリと反応を示し、さらには耳まで赤く染めるのだった。
買い物を済ませたら2人は衛宮邸へ。何着かの試着を繰り返し、組み合わせも試し、モルガン自身が納得のいくものを無事に見つけることができた。
その最中、大和は毎回感想を求められ、初めてのシチュエーションに緊張しながら頭をフル回転。何度かやれば細かな部分も言えるようになり、そうなると初めの方に試した服装の再評価も求められた。
まだ16歳の少年にとってそれは試練で、なんとか乗り越えた頃には気疲れしていた。その疲れも、モルガンのささやかな喜び顔を見れば吹っ飛んだが。
長い年月、ただ恐怖で支配を保ち続けた彼女は、満面の笑みのやり方を思い出せない。その笑顔を、浮かべることができない。そもそも、感情の起伏だって乏しい。いわゆる負の感情。そちらばかりだ。
「相変わらずでっかい屋敷」
「この建築様式は、この国独自のものでしたか」
「そうそう。今じゃ珍しい方だよ」
神社や寺、京都や鎌倉の町並み。そういった「貴重だから残そう」と定められた場所以外では、この様式をほとんど見ない。指定地域以外であれば、「旧くて危ないから建て替えようね」といった流れで姿を消している。
そんな中でも、衛宮邸は立派に残っていた。綻びを見つける方が難しいほどに、柱や屋根もしっかりしている。単純にこの建物の歴が短いだけだが、いつからあるのかを知らない者には、「立派に形を保っているな」と思えるわけだ。
「この敷地面積も珍しいのですか?」
「まぁね。これぐらいの大きさでこの辺りで知られてるのは、遠坂邸と間桐邸ぐらい。森を進んでいった所にある城は例外」
「城……ですか?」
「そう城。次の週末にでも見に行こうか」
予定を立てたところで、大和はインターホンを押した。
『どうぞ~』
機械越しにでも伝わる元気さ。その明るさと声に、大和はくすりと笑って敷地の中に入る。敷地内に入るための門。それを抜ければ広い庭と広い屋敷。離れには蔵もある。
「いらっしゃ~い! ちょうどそろそろ来るんじゃないかなーって話してたところなのよー! ってあれ? その人は? ……ははーん?」
「何1人で勝手に納得してるんですか
「べっつに~? っていうか、学校の外じゃ先生じゃないの。オフだから先生って呼ばないでって言ったじゃない」
「間桐は先生付きで呼んでますよね?」
「桜ちゃんはいいのよ。そういう呼び分けに戸惑う子だから」
「贔屓だ」
細かいことは気にするなと高らかに言う藤村を見て、妙にテンション高いなと思った大和はその理由に察しがついた。
この女性。すでに酒を飲んでいる。
衛宮なら止める気もするが、「1缶だけ」と言って押し切る姿も想像がつく。それでコレなのだろう。
「それでー。大和はいつの間に綺麗なガールフレンドを作っちゃったのかしら~ん?」
「かしらんって……ん? ガールフレンド?」
「違うとは言わせないわよー。だって、
「…………っ!?!?」
「真っ赤になっちゃってかっわいい~」
慌てて手を離そうとするも、モルガンがそれを許容しない。むしろさらに力を込めている。大和は驚愕してモルガンに視線を向け、離してほしいと目で訴えかける。
「恋人というのは違いますが、手を離す理由もないでしょう?」
「ぅぅぇ……」
「おおー。堂々としててかっこいいわね。大和も見習いなさい」
「……なんか釈然としない……」
「藤ねえいつまで玄関で話してるのさ。上がってもらわないと」
「そうだったそうだった! ごめんね私ってば盛り上がっちゃって」
「一週間禁酒で手を打ちます」
「あははそれは釣り合わないで──」
「おっいいなそれ」
「冷蔵庫にあるお酒処分しときますね」
「──ちょっ!?」
間桐がリビングへと引っ込み、藤村が慌ててそれを追いかける。仕事後の楽しみを奪われるのは、何がなんでもやめさせたいようだ。
「はぁ。悪いな来てそうそう騒がしくて」
「藤村先生のノリには慣れました」
「ははっ。そう言ってもらえると助かるよ。で、ええっと……」
衛宮が言葉を詰まらせ、困った様子で頬をぽりぽりと掻いた。その理由にすぐに思い当たった大和は、モルガンを紹介しようとして未だに手を繋がれていることを思い出す。
衛宮が困ったのは、こちらも理由だったようだ。
「あの……」
捨てられた子犬の如き目で見られ、モルガンもようやく手を離した。それが叶ったことはひとまず嬉しいけども、大和はどこか引っかかりも覚えた。繋ぎ続ける理由もないはずだから。
けれどそこは今は考えない。衛宮に紹介しないといけないのだから。もちろん自分ともう1人来ること自体は、先の電話で話している。
「電話で言ったうちのめっちゃ遠い親戚。トネリコさんです」
「ご紹介にあずかりましたトネリコです。此度は夕飯にご招待いただき感謝します」
「ああいやこれはご丁寧に。衛宮士郎です」
すっと衛宮は手を伸ばした。握手のためのそれを、モルガンは少し考えてから手を伸ばす。大和と繋いでいたのとは反対の手で。
衛宮はそれに疑問を抱かない。「こっちが利き手だったか」ぐらいにしか思わない。そっち方面には相変わらず鈍い男である。
「客人ですかシロウ」
玄関から家に上がってもらい、リビングへと案内しようとしたところで、ちょうどその人物と鉢合わせした。
凛々しい顔立ち。美しい金髪。エメラルドの双眸は真っ直ぐと衛宮たちを見ていた。
「ちょうどよかった。こちらは電話で話した、しばらくうちに住むことになった──」
彼女こそ、滅びに向かうブリテンの最後の栄光を守り続けた王。
モルガンの異父姉妹──
「──セイバーだ。仲良くしてくれると助かる」
──アルトリア・ペンドラゴンである。