アルトリア・ペンドラゴン。それはかのアーサー王伝説にて登場するアーサーの名前だ。物語では男性として描かれているが、実は女性である。当時の世俗的にもアルトリアは男装して、アーサー王を名乗る他なかった。そういう事情だ。
アーサー王伝説は、それに登場する騎士や魔女の物語も編纂した物語である。アーサー王の最後が変わっていたり、マーリンのなんやかんや。ガウェインやトリスタンの物語に、モルガンだってその都度役回りが変わっている。その結果、モルガンは三重人格だとされたり、アーサー王が死んだりと色々である。
「セイバー。こっちは俺の後輩の京坂大和と、その遠い親戚のトネリコさんだ」
「よろしくお願いしますセイバーさん」
「ええ。よろしくお願いします。ヤマト」
アルトリアが大和の名前を呼んだ瞬間、モルガンがピクリと眉を動かした。それをアルトリアは見逃さなかったが、何がいけなかったのかは見当がつかないらしい。彼女は観察するようにモルガンを見つめ、モルガンはそれに悠々と言葉で返す。
「私がどうかしましたか?
呼ぶときに、妙に力が篭っていた。セイバーは困惑し、けれど何も返さないわけにはいかないと口を開く。
「いえ……。
「私とあなたは初対面のはずですが?」
そうだなと大和はモルガンの隣りで同意した。なにせこのモルガンは、
つまりはアルトリアが汎人類史の英霊で、モルガンが異聞帯の英霊ということ。そうであるからこそ、モルガンの言う通り初対面なのである。
「そう、ですね。世界にはよく似た人物が3人いるという話をシロウから聞きました。おそらくそれなのでしょう。失礼しました」
「構いません。あとで少々、話をしてみたいですが」
モルガンの放つ重たい空気に、大和と衛宮は顔を見合わせていた。この2人は、仲良くできないのかもしれないと。そしてそれ以上に、今の空気から逃げたかった。女の諍いに男の出番などないのだから。
「え、えーっと。一応紹介もできたことだし、夕飯にするか」
「しろーー」
「……藤ねえもあんな調子だし」
「はい。ところでタイガはなぜ元気がないのですか?」
「桜に負けたんだろ」
「?」
唯一事情を知らないアルトリアは首を傾げ、衛宮に続いてリビングへ。それを見届けながら、大和はモルガンの様子を伺う。機嫌が悪い彼女を見るのは初めてだから。
「やっぱりセイバーさんは嫌い?」
「……いえ。
「そのわりになんか機嫌悪くない?」
「それはセイバーが…………。いえ……。私たちもリビングに行きましょう。待たせると不審に思われますから」
「……そうだな」
露骨なまでの黙秘。それを追及するのはよくないのだと、大和は感覚的に察した。何より、物事をはっきりと言うモルガンが伏せたのだ。それは突かれたくないことだろう。
(……なぜ……)
大和の後ろに続いて歩く。その背中を見つめながら、モルガンは自分の中のつっかかりに戸惑っていた。
(なぜ私は…………、
それは京坂大和が自分の
「冬場は冷え込むからな。京坂が来るってのもあって、今日は鍋にすることにした」
「鍋ですか。みんなでつつきながら食べられるし有りですね」
「だろ?」
「先輩の料理ならなんだって美味いですけどね!」
「それは言い過ぎだって。俺もまだまだ半人前だ。今じゃ洋食は桜の方が上だからな」
「いえそんな。……先輩の教えが分かりやすいですから。私1人では上達なんて……」
「目標があると成長しやすいよなー」
間桐が衛宮から家事を教わり始めたのは、わりと近年である。その短な期間だけで成長し続け、洋食においては衛宮を抜いたのだ。元から向いていたのもあるかもしれないが、それだけの熱意がなければどのみち成長しなかったはずだ。
「目標か。たしかにそれがあるとないとでは違うな」
「そうそう──」
「食べさせたい相手がいるならなおさら」と続ける前に、間桐がにっこりと笑顔を浮かべて大和を見た。大和もそれで笑顔を固め、何事もなかったように口を閉じる。
そんな会話を見守りながら、アルトリアと藤村がまだかまだかとそわそわしていた。早く食べたいらしい。特にアルトリアの視線が鍋の具材から微動だにしていない。衛宮家のエンゲル係数は大きく変動していることだろう。
「もう待てないわ! セイバーちゃんとトネリコちゃんの来日を祝って~。かんぱ~~い!!」
慣れている衛宮、間桐、大和はそれに遅れることなくグラスを手に持ってコツンと当て合う。それに遅れたのがアルトリアとモルガンで、それぞれは隣にいる衛宮や大和と静かに乾杯した。
「ぷは~~! 麦茶が美味い!」
「あ、今晩のお酒も取られたんですね藤村さん」
大和が藤村を先生呼びしない時、代わりにさん付けである。
「誰かさんのせいでね~。でもいいのよ。私は麦茶でも酔える!」
「それもう狂人だよ」
「ヤマト」
「ん?」
「なべというものは、どういただくのですか?」
「ごめん説明が必要だったな」
モルガンの過ごした世界に、鍋の存在がなかったわけじゃない。同じような器はあったし、それを活用していた時もあった。けれどそれは主にシチューを作る時、あるいは魔術に纏わるもの。似て非なる文化なのだから、食べ方も違うかもしれない。
そこの確認を取るモルガンに、大和は鍋の説明をした。鍋の種類の話をすると長くなるので、今回は衛宮たちが用意したこれの食べ方だけ。といっても、難しいことは何らないのである。わいわい食べましょうというだけだ。
「そういうものですか」
「そういうものです。おれがトネリコの分も取るよ。どれがいい?」
「そうですね……。せっかくですから1つ1つ食べてみたいですね」
「りょーかい。一気に取っても仕方ないし。……まずはこんなもんかな?」
「ありがとうございますヤマト」
「どういたしまして」
モルガンの分を取れば、今度は自分の分を取る。具材を取るために上げていた腰を下ろしたところで、大和は衛宮の視線に気づいて首を傾げた。
「どうしたんですかエミー先輩」
「誰がエミーだ。……いや。この前言語の問題がどうこうって言ってたからさ。思ってたより流暢に、というか完璧に話してるから驚いてな」
「ああ。おれも本人から不安だって聞いてたんですけど、何も問題なかったですね」
「お箸の使い方も様になってますね。セイバーさんもそうですけど、海外では流行ってたりするんですか?」
「私は貴方方のを見て修得しました」
「器用だなセイバー……」
「私はヤマトに教わって覚えましたね」
初めて使った時はやりにくそうだったのに、次の食事の時には完璧に使いこなしていた。大和も驚嘆したものである。
「トネリコちゃんはどこ出身なの?」
「オークニーという島です」
「オークニー……うーん。聞いたのにごめんね。全ッ然分かんない。士郎はわかる?」
「俺も心当たりがないな……セイバーは?」
「オークニーですか。……聞いたことがあるようなないような」
考え込む間も口に食べ物が運ばれていく。特徴的なアホ毛がぴょこぴょこと左右に揺れ、食べ物を飲み込むのと同時に萎れた。
「すみません。知っている気はするのですが、どうにも思い出せません」
「たしかイギリスにある島、でしたよね?」
ブリテン島出身のアルトリアでも分からないか、と話が終わりそうなところで、間桐が記憶を遡りながら繋いだ。予想外の人物が正解を言い当てたことに、大和と衛宮は目を丸くした。
「桜知ってるのか?」
「テレビで見たことがあるという程度なので、詳しくは知らないんですけど……。中世以外にも、先史時代の遺跡が多く残ってるとかなんとか……」
「よくご存知で。言ってしまえば田舎、ということになりますが、その分残っているものもあります。そういう島です」
「海もきれいっぽいから行ってみたいな」
「波は穏やかではないですよ。ですが、ヤマトと里帰りするのも悪くないですね」
仲いい人への地元紹介。衛宮とアルトリアにはそう見えたのだが、藤村と間桐には別の構図に見えた。
「桜ちゃん桜ちゃん。これもしかしてアレじゃない?」
「はい。京坂くんには失礼で意外ですけど、たぶんソレです」
「藤ねえと桜は何をコソコソしてるのさ」
「コソコソ何をしている!」
「コソコソお話をしてるのよ。ね~桜ちゃん」
「はい」
「うーん神経の図太い女ども」
「実は猫を被るのが苦手なのよね~」
猫を被るどころか、自由気ままな性格を鑑みれば猫そのものだ。相手をし続けると疲れることは目に見えていて、大和はそれ以上何も言わなかった。衛宮もアルトリアとの会話に逃げている。
だがそこで見逃すような藤村ではない。話していた相手がいきなり黙ると、ちょっかいをかけたくなる。間桐談によると、衛宮や大和相手には特にその傾向が見られるとか。
「大和も、トネリコちゃんの故郷に行くときには、シャキッとしきなさい」
「別に今だってネチネチしてませんが?」
「そういうことじゃなくて。ほら、ご挨拶もあるでしょ?」
「ご挨拶って……!」
ニヤァと笑う藤村に、間桐と衛宮はため息をついた。いくらなんでもそれは先走り過ぎだし、踏み込み過ぎている。やはりしばらく禁酒させるのは、正解なのかもしれない。
「藤村さんいいんですか?」
「なにが?」
そんな藤村に大和は反撃した。
「たしか相手いないでしょ」
どぎついストレートで。
「…………ふっ。ふふふっ。ふふふふふふ!」
殴られたようなリアクションを取った藤村は、顔を伏せた状態で壊れたように笑った。反撃の内容がクリティカルヒットしたからかもしれない。
なにせ弟分である衛宮士郎には、彼を密かに好いている間桐桜がいるし、何やら関係良さげなアルトリアもいる。気にかけている生徒である京坂大和にも、いつの間にかモルガンがいた。
どちらも付き合っているわけではないが、この場で関係性で区切っていくと独り身なのは藤村大河だけなのだ。
「京坂くんちょーっと先生とお話しようか~」
「学校外では先生じゃないとかいつも言ってなかったですかね!」
ゆらりと距離を詰めてきた藤村が大和の肩をがっしりと掴む。その力の強さに大和は引き笑い。
「あなたがトネリコちゃんのご家族にあった時に失礼を働かないように、みーっちり教えないといけないでしょ?」
「間桐と言い藤村さんと言い笑顔が怖いなぁ!」
「タイガ、でしたか。その必要はありません。私に家族はいないので」
「え……」
さらりと流れた重い情報に藤村は固まり、大和の肩を離してぎこちなく周囲を一周した。衛宮も間桐もアルトリアも、失言をした藤村をジーッと見つめている。このことを知っていた大和だけは、視線を逸らしていた。
きっちり5秒。
ぎこちない動きで視線をモルガンへと移した藤村は、それをもう実に鮮やかでキレのあるジャンピング土下座をした。
「大変失礼なことをいたしました!!」
「いえ……あの、ヤマト……。これは?」
初めて見る謝罪の仕方に困惑したモルガンは、隣にいる大和に説明を求めるのだった。
「セイバー」
「どうされましたかトネリコ」
「今後ヤマトのことを名前で呼ばないように」
「?」
「でないとあなたを、呪ってしまいます」
「えぇ……」
帰宅前にそんなやり取りがあったとか。