高校生のひとり暮らしで1LDKと聞けば、一般的には裕福な家庭だと思われるだろう。全国のひとり暮らし大学生の多くが、その事に羨ましがること間違いなし。
そのはずなのだが、大和はそう思わない。仲のいい先輩こと衛宮士郎は屋敷暮らし。学校で有名人である遠坂凛も、広い家でひとり暮らしをしている。そのどちらの共通点も、身内の不幸なのだから下手に触れられない。もう1つは、どちらも魔術師であるということ。
遠坂といえば冬木のセカンドオーナー。魔術師としても名を知られるほど。聖杯戦争においては御三家の1つだ。対して衛宮は有名ではない。知る人ぞ知る、くらいのものだ。
「魔術師殺し。それが衛宮先輩を引き取った人の異名」
「分かりやすい異名ですね」
「魔術を扱う者としては異端で、現代兵器を平然とバンバン使う。まぁ既に故人だから置いといて。そんな人だから資金の調達手段をいろいろ持ってたのかな。衛宮先輩にあの家と暮らしていけるお金を残せたくらいだし」
「その者がどうかされました?」
「その人は10年前の聖杯戦争に関わってる」
「ほう?」
「アインツベルンと関係を持ってたみたいで、アインツベルンは遠坂と並ぶ御三家の1つ。魔術師の戦いにジョーカーを送り込むってやり方、ありそうでしょ?」
「そうですね。本気で勝ちに行くのなら、その者を取り込んで送り込むのは有効な手です。ですが、アインツベルンとやらの狙いは叶わなかったと」
聖杯戦争は60年周期で行われていたとされる。だが、第四次聖杯戦争が10年前で、現在すでにサーヴァントは7騎召喚されている。その周期の乱れが示すことは。
「聖杯の不完全な顕現」
「10年前に起きた大災害も、それが原因だ」
「不完全な顕現による大災害ですか……。ヤマト、この土地の聖杯は真っ当なものではありませんね」
「やっぱり?」
「
「そうかもしれないけど……、その言い回しは好きじゃないや」
聖杯戦争で英霊が召喚されるのは7騎までだ。7つのクラスに合わせて1つずつ。例外はエクストラクラスと呼ばれるルーラーであったり、アインツベルンが過去に召喚したアヴェンジャーだったり、魔術師であるキャスターが召喚する英霊だったり受肉した英霊……例外が多い。
それはさておき、大和はモルガンの言葉に不満を感じた。彼女が言ったことは間違っていない。召喚されるはずのない異聞帯のサーヴァントで、そもそも異聞帯というものは世界の剪定によって消えていく幻想。どちらの意味でも、このモルガンの召喚はあり得ないのだ。
だが、それが起こっていることと、聖杯が真っ当ではないことが、イコールの関係になるのかは、まだ判断できない。
「聖杯というのは、もしも○ックスではありません」
「どっからその知識得てるの?」
「あれは膨大な魔力の塊。それを魔術師が用いることで、できることが格段に増える。そういう意味での、万能の願望機なのです。ですから、使用者が願ったのであれば、その大災害とやらは勝者が引き起こしたものです」
「……そうじゃないなら? というか、不完全な顕現でスパンも10年ってことを考えたら、誰かが願ったわけではないよね?」
「はい。さらに調べないことには断定できませんが、ここの聖杯戦争は7騎だけではないのやもしれません」
「それってどういう……」
「それについては今後次第です。それよりもヤマト。1人でここまで調べていたのですね」
憶測で話を進めすぎては身動きが取りづらくなる。それを避けたモルガンの考えに大和も遅れて乗っかり、逸れた話題についていく。
「ここの聖杯戦争について調べるのがおれの仕事だから。そのために"家"から派遣させられたんだよね」
「それは何のために?」
「そこは知らない。"家"の雰囲気は合わなくて居心地悪かったから、派遣されてよかったよ」
家。大和はそういう言い方をしているが、それは一家という括りではなく、一族という単位である。言うなれば実家は本家みたいなものだ。広大な敷地を持ち、基本的に一族が丸ごとそこに暮らしている。当然建物も大きい。豪邸である。
大和が豪邸のような家にあまり住みたがらないのは、その辺りが関係していたりする。ただし、差別的な扱いや迫害を受けていたわけではない。そういうのは一切なかった。
「あの"家"の魔術はおれが一番長けてるから、他の誰かが派遣されるわけがなかったけど」
「そういえば、ヤマトの魔術を私はまだ聞いていませんでしたね。汎用的で基礎的なものを扱えるのは知っていましたが。独自のものはまだ」
「まあ……人に見せられるものでもないし、使い勝手がいいわけでもないからね。使い道がピンポイントなんだよ」
「話さなくても構いませんよ?」
「……うーん、ざっくりとした言い方でいい?」
「はい。無理に聞きたいわけでもありませんし」
「夢魔にほんの少し、似てる魔術だよ」
その単語にモルガンはピクリと反応したものの、瞳を閉じて一言「そうですか」と言うだけだった。大和が夢魔というわけではない。それは分かりきっていることだから。魔術がちょっぴり、夢魔に近いだけ。あの
「それが調査に役立つんだ。今回は……調べさせてくれたって表現が適してるけど」
「協力者ですか」
「協力者……って言っていいのかな。何か企んでそうなんだよなあの麻婆大好き神父さん」
「……もしその者が、ヤマトを利用して何かを成そうというのなら、その時は私が対処しましょう」
「ははは、うん。情けない話だけど、その時はよろしく」
「情けなくなどありませんよ。ヤマトはマスターで私はサーヴァント。当然の在り方です」
それが道理だと理解はしていても、任せきってしまうのも気が引けた。真っ当な魔術師であれば、そんなことはないのだろう。あっさりと割り切って、それがお前の仕事だと言って、前線に出させるのだろう。
それを躊躇う大和は、魔術師として未熟なのだ。たとえ一族で誰よりも長けていようとも。
「それよりもヤマト」
「ん?」
「マーボーというものは何ですか?」
「それか。麻婆っていうのは料理の1つだよ。麻婆茄子とか麻婆豆腐とか。他にも何個かある。しばらく食べてなかったし、明日の夕飯に麻婆豆腐でも作るかな。モルガンはそれでもいいか?」
「構いません。あなたと食べるものなら、なんだって」
それは言い過ぎだろと大和が苦笑するが、モルガンはわりと本気でそう思っている。
今食べているグラタンだってそう。そもそもサーヴァントは、食事を取る必要がないのだから。それでも食べるのは、大和が一緒だから。
「そういえば、この前衛宮先輩の家に行った時、セイバーさんと何か話してたみたいだけど何話してたんだ?」
「そのことですか。……大したことではありません。どういうわけか、彼女は私を正しく認知できていないのだなと、そう思っただけです」
「大したことでは?」
対面したというのに。異父とはいえ姉妹だ。顔を見ればわかる関係だ。認知した上で初対面だと振る舞う。それならまだ分かるが、正しく認知していないとはこれいかに。
モルガン自身が魔術で誤魔化したわけでもない。思い返せば、顔のよく似ているアルトリアとモルガンが同じ空間にいたのに、
考えるほどに疑問が湧いていく中、モルガンは一旦流す。調査はするとして、認知がズレるのならありがたい。面倒事を避けやすい。
「アルトリアのことで、気になったことがまだあるのですが」
「そうなの? もしかして、あの体のどこにあれだけの食べ物が入っていくのかって話?」
「いえそちらではなく。聖剣の効力で不老となった以上、あれはどれだけ食べようと変化が起きませんから」
「なるほど」
異次元の腹袋は、そんな便利な機能で守られていたらしい。不老でも太りはするんじゃねと思わなくはないが、そもそもがサーヴァントだ。宝具などによる体の変化があったとしても、食事1つで変化が起きることはない。その理論でいくと、モルガンも大食漢になれるわけなのだが、それをされると家計が厳しくなるので大和は言及を避けた。
「私が思ったのは、アルトリアのアホ毛についてです」
「どこ気にしてんだよ」
「ヤマトは気にならなかったのですか? あのアホ毛。アホ毛なのに器用に動いていましたよ」
「髪の毛を動かす術でも身につけたのかな。なんの役に立つのか知らんけど」
「私は思いました」
「アホ毛ほしいとか言わないでよ」
「言いませんが?」
違ったらしい。冷たい目をされた。
「あのアホ毛、着脱可能なのでは?」
「何言ってんの? え、何言ってんの?」
なぜさも確証があるような調子でそんな事を言うのか。
さっきまでの真面目な話と空気もどこへやら。されどモルガンは真剣だ。真剣に、アホ毛のことを考えている。実に
「私の配下には、
「いやモルガンの眼を疑ってるわけじゃないけどさ。セイバーは騎士王でしょ? アーサー王にそんな伝承なかったと思うんだけど」
「そうなのです。ですが、……それでは私が感じたものはいったい……」
「頭の片隅にでも入れておこう。さっきも言ったけど、モルガンの眼を疑ってるわけじゃないんだ。モルガンにしか見えないものがある。それが時には、おれにとって突拍子のないことに思えるだけ」
モルガンの持つスキルの1つが『妖精眼』だ。人には見えないもの、本音と建前だったり、そのさらに根幹部分が視えるもの。
それを持つモルガンが言うのだ。あのアホ毛に何かあるのだろう。アホ毛なのに。
「ええ。ヤマト、今度にでも、アルトリアのアホ毛を抜いてみます」
「アホ毛を片隅に入れようって話じゃないんだわー!」
モルガンをアホ毛の話から離れさせるのに、20分を要した。
アホ毛:アルトリウムの結晶。モルガンにはない。