冬木市にて行われる聖杯戦争。その御三家と呼ばれるうちの1つ。それがアインツベルンであり、彼らは遠坂や間桐と違って基本的に日本にいない。冬になれば辺り一面が真っ白になるような、そんな白銀の雪の世界に居城を構え、聖杯戦争の時期になれば代表を送り込む。
それが10年前であれば、雇われた正義の味方衛宮切嗣と、その妻でありホムンクルスでもあるアイリスフィール・フォン・アインツベルンだ。
その2人の間には1人の娘がおり、その名をイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。第五次聖杯戦争に参加する魔術師の中では、一線を画す存在。マスターとしても、誰よりも──黒桜は知りません──優れている。
「リズ、シロウをここに連れてきて」
「誘拐でいい?」
「んー。抵抗するなら許可するわ」
「許可しないでくださいイリヤ様! リーゼリット! あなたもそんなことすぐに口にしない!」
「「セラうるさーい」」
「うるさ……!? それはあなた達が──!」
そんなイリヤなのだが、ホムンクルスと人間のハーフだ。本家の者たちによって体も調整され、魔術師として優れている代わりに、体の成長は止まっている。本当なら衛宮士郎よりも年上なのだが、今の彼女の見た目は高く見積もって中学生。妥当なのが小学校高学年というもの。
その彼女の使用人なのが、こちらもホムンクルス。口煩い母親のような姉のような、そんな存在がセラ。対象的に軽い言動が目立つ方が、リーゼリットである。セラはイリヤの教育係であり、リーゼリットはイリヤの護衛役だ。どちらもイリヤが大好きである。
「じゃあセラがシロウを連れてきて」
「はい!? なぜ私がそのようなことを……!」
「穏便なやり方がいいなら、セラのやり方でやればいいでしょ? シロウなら絶対話し合いができるし」
「それは……そうなのでしょうが……」
「じゃあよろしくねセラ」
「……はい」
小悪魔の笑みと共に押し切られ、セラはがっくりと肩を落とす。そんなセラを一瞥したイリヤは、弾かれるように窓の外に視線を向けた。今いる城だけでなく、周囲の森さえも範囲にした結界。そこに反応があったからであり、セラとリーゼリットも意識を切り替える。
「……あぁ。セラ。外に出る時にバーサーカーも連れていきなさい」
「バーサーカーを、ですか?」
肩の力を抜いてやれやれと首を振った主人の言動に、セラは戸惑いを顕にする。イリヤのその反応は、「大したものでもない」と判断した時のもの。しかしそれなら、自身のサーヴァントであるバーサーカーを、ギリシャの大英雄たるヘラクレスを連れて行けとは言わない。
「そう。そっちの方がいいから。シロウを連れてくるのは違う日にしましょう」
「え?」
「イリヤ?」
「退屈な時間を潰せそうになったから、今日はいいの」
180度意見が変わったものの、イリヤは主人だ。セラとしても、衛宮士郎を迎えに行かなくていいのは万々歳である。ホムンクルスだからこそなのか、彼女は人間が好きじゃないから。
そう思っていたのに……。
「あなたですか……京坂大和……」
「歓迎されてないね」
「あなたを客人として扱うかどうか……。判断が難しいので」
「セラさんって、衛宮先輩と話す時より言葉柔らかいのに遠回しに失礼だよね」
「彼は今関係ないでしょう」
「これがツンデレというものですか」
「誰がツンデレですか誰が! っと失礼しました。私はイリヤ様に仕えるメイドのセラと申します。あなた様のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「ええ。私の名はトネリコ。今日はヤマトに頼んでこちらに来ました。事前の連絡もなく訪れたことにお詫びを」
メイドの宿命なのかセラの性質なのか。彼女は目の前にいる人物が、人の上に立つ者であることを直感的に理解した。そして礼節を弁えているということも。となれば、今回のもやはり大和が原因である。前回もふらふらっと音沙汰なく訪れた。
「今回は何の用なのですか京坂大和」
「名前の発音よくなってるな。練習でもした?」
「していません。衛宮士郎で慣れただけです」
「おれと先輩の名前似てないんだけどな……。用事らしい用事はないんだ。寄っただけ」
「軽い気持ちで寄るような場所ではないでしょ……。位置からしても」
それはそうだ。大和の家から近いわけでもなく、この周囲に道路が整備されているわけでもない。車で森の近くまで行けたとしても、そこからここまでは長い距離を歩かないといけない。明らかに寄り道の距離ではないのだ。
「■■■■■」
「お、バーサーカーさんだ」
「バーサーカーというわりに、理性があるようですね」
会話が成立するバーサーカーの発言である。
「■■■■■■■」
「寄り道だけど、イリヤさんは招く気なのかな」
「……その通りですが京坂大和。あなた今バーサーカーと会話していません?」
「ニュアンスが分かるぐらいだよ。イリヤさんほどは、バーサーカーのことは分からない」
「そうですか。いえそれでも十分おかしなことですが」
バーサーカーはいつも無言だ。マスターであるイリヤに対しても、短な声が漏れたり、行動で反応を示すことが多いというのに。今のはある種異常な現象だ。
呆れるセラをよそに、大和は持ってきた鞄の中をゴソゴソと漁る。はじめからここに寄るつもりだったのだから、手土産くらいは持参している。そのうちの1つを渡す相手が、巨岩のような肉体を持つ大英雄ヘラクレス。彼は狂化していることもあって、好きなものや嫌いなものがない。
そんな彼へのお土産とは。
「はいエネループ」
「は?」
「12本入りを買ってきたから、それでしばらくは持つでしょ」
「■■」
「は? ……え、あの……バーサーカー?」
男の友情と言わんばかりの拳の重ね合い。モルガンは何も知らないのだから成り行きを見守るだけで、存在は違えど共にイリヤに忠誠を誓う者同士であるセラは、何も呑み込めない。
「どうかしたセラさん? もしかしておれ何かやっちゃいました?」
「なぜでしょう。無性に腹が立ちます」
ぐっと堪えているセラの視界には、エネループを手に入れたことに喜んでいる──ように見える──ヘラクレスの姿も。
「ギュって握ってるけど、あれ握り潰されないかな……」
「大丈夫ですよヤマト。そうしない程度の理性はあるようですから」
「ならよかった」
「はぁ。そろそろご案内させていただきます。イリヤ様の下へ戻りますよバーサーカー」
仕事モードになれば何も恐れる必要がない。冷静に、粛々とやることをこなせばいい。
仕事人として見事に意識を切り替えたセラは、大和とモルガンを先導して城の中へ。バーサーカーもそれについて行き……入り口で体を引っ掛けた。デカ過ぎて通れないらしい。
「■■■■ーーー!!」
「あなたは霊体化しなさい!!」
「■■ー!!」
「壊しちゃダメよ、バーサーカー」
壁を殴り壊そうとするヘラクレスを、セラは慌てて止める。それを拒みそうだったヘラクレスも、自身のマスターたるイリヤが現れたことで大人しくなった。けれどもまだ霊体化はしない。イリヤにエネループを渡していないから。
「1週間ぶりかしら、ヤマト」
モルガンの視線が鋭利な刃と化す。それだけでなんとなく見当をつけたイリヤは、面倒臭そうに半眼になり、ひとまずヘラクレスの下へ。彼が右手だけを城内に伸ばしているから。
「余裕ないのね」
「……」
すれ違いざまにモルガンにだけ聞こえるように囁く。彼女の反応は待たずに、イリヤはヘラクレスの手の前まで歩いた。彼女がそこまで来ると、ヘラクレスも握っていたその手を開いていく。
その手の中にあるのは、当然ながら先程もらったエネループ。それはヘラクレスが、「はじめてのおつかい」で達成できなかった買い物。なお大和は後でセラに請求するつもりでいる。領収書もちゃんとアインツベルン名義である。
「……ふふっ、やっと達成できたのね。偉いわバーサーカー。ありがとう」
イリヤのその言葉を受け、バーサーカーもようやく霊体化した。
「なんで来たのかしら? しかもあなた達、
「ええ。ヤマトは浮遊ができないようなので、それならば空というものを味わってもらおうかと」
「それができるだけでもあなたの技量が覗えるわね。しかも転移まで」
「それをすべて把握しているあなたも、並の魔術師ではないようですが?」
「そう。素直に受け取っておくわ」
静かに牽制し合う2人から離れた位置で、それをハラハラしながらセラが見守る。戦闘が向いていないセラにも、モルガンの並外れた力量を感じ取れるのだ。その横で一緒に控えているリーゼリットは、手を羽に見立ててぴよぴよと飛ぶ真似をしている。セラに腹をグーパンされた。
「イリヤさんにお土産あるんだけど、いる?」
「お土産? 私欲しいもの特にないのだけど」
「藤村さんから預かってる昔の衛宮先輩のアルバムだけど、いらないなら返しとくか」
「いらないとは一言も言ってないでしょう?」
「反応早いよ」
そのアルバムは藤村大河が制作したものだ。彼女が撮った写真が多いが、彼女がまだ学生だった頃のものもある。藤村大河にとって、宝石のような時間。その内の1つ。
つまり衛宮切嗣の生前の写真も混ざっているのだが、中身を見ていない大和の知ったことではない。「イリヤちゃんに会いに行くの? これを貸すって話になってるから、ついでによろしく~」とか言って渡されたものだ。なお藤村も、衛宮切嗣とイリヤの関係を知らない。
「部屋に行きましょう! タイガから聞いてる話もあるんでしょう? 写真見ながら教えて!」
「イリヤさんって衛宮先輩ほんと好きだよなぁ」
「当然でしょう? シロウは私の最後の家族なんだから!」
アルバムを両手で抱き抱えたイリヤが、踊るように軽い足取りで階段を登っていく。それが本当に嬉しそうで、笑顔が心底から溢れているのは、それを見た誰にでも伝わる。
見た目通りの幼さを感じさせる、無邪気さ。純粋さ。そして残忍さだって併せ持っている。いや、一般的な善悪をつけられないほどに、彼女は純粋だとも言える。幼い子どもが、小さい虫を理由もなく殺すのと同じだ。
「トネリコ?」
イリヤの後ろに続いて歩いていると、モルガンに袖を摘まれた。それは止まれという合図ではない。大和の気を引くためのもの。
「(彼女には、少し警戒しておいてください)」
「(そうなの? 怖いとこはあるけど、純粋な人だし、読みやすいと思うけどな。衛宮先輩も、悪い人とは思ってないみたいだし)」
「(底無しのお人好しの意見は参考になりませんが?)」
「(それはたしかに)」
あの人が心から悪だと断定するものどういうものだろうか。悪人だと断定する人間は、どういう人間だろうか。まったく想像ができない。
そんな人間の言う「悪い子じゃないと思うんだ」を、どれだけ信用できると言うのか。
「(人間は成長し、変化できる。それは分かっているので『あくまで今の彼女は』という話ですが)」
どこまでも純粋な存在を知っている。
よく知っている。誰よりも理解している。
イリヤの生まれを知らずとも、その中身を見抜いて眉をひそめたとしても。それを連想させた。
「(少し、妖精に近い)」
モルガンが絶対に赦さないと決めた存在。そして大和がその危険性を理解できない存在。
大和はそれを思い浮かべているモルガンの手を取った。この世界には、彼女の知る妖精たちなどいない。地上からは姿を消し、星の内海に行ったと言われている。ならば、今はそんなことはいいのだと。知らぬが故に、そう動ける。
「(モルガンが言ったみたいに、人は変われる生き物だ。それに、衛宮先輩ってそこの影響力強いんだよ。だから大丈夫。モルガンは気にしなくていい)」
衛宮は理不尽も残忍も良しとしない。正義の味方になる男だから。
「(それに……、その……。おれも頑張るから)」
「(ヤマト……)」
恥ずかしそうに、視線を合わせることなく大和が言う。そこに頼もしさを感じるには、まだ彼の度胸が足りない。
「(なにを頑張るのですか?)」
「(うぇっ!? え…………っと……)」
ちょっと踏み込んだらテンパるこの少年に、何ができるのだろう。手を煩わされるだけかもしれない。
けれども今の彼なら、これはこれでありなのだ。可愛らしいから。そう思う気持ちを、モルガンは胸のうちにしまった。
イリヤ:なんか色々と気づいてる子。大和のことは「士郎の後輩」としてそこそこ友好的に見てる。
バーサーカー:実は大和と友情コンボができる。ランサーが死ぬ。
次回、あの男現る。