1LDKの女王モルガン   作:粗茶Returnees

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9話目 モルガンと独占欲

 

 聖杯を2個得たのはいいものの、用途が特にない。ポップコーンを作るにしても、いったいどれほどの量を出してくるか不明だから中止。家で飾ろうかとも考えたが、置き場所に困るということで、結局聖杯はダンボールの中へ。

 箱の中は、衝撃を和らげるために、大量の新聞紙が敷き詰められていた。そのおかげで傷1つない。聖杯がちょっとした衝撃程度で傷つくわけもないが。

 その聖杯を1つ手に取って眺める。汚れだって1つもない。どこをどう見ても、金色に輝いており、そこに反射して映る自分の顔が、何やら不要物に思えてくる。聖杯には何も映させず、ただ鎮座させていたらいいのだと。無言の説得力があった。贋作ですら、そう思わせてくる。

 

「……聖杯って純金かな?」

 

「売ろうとしていませんか?」

 

「一番現実的な使い道だと思う」

 

 売ったらどれほどの金額になるのだろうか。その辺の質屋に入れてしまうと、本来の価値より低い値段で買い取られそうだ。一般人にとっては、聖杯などただの金の器。道理ではある。

 そうなると、売るのはやはり魔術師相手がいいか。時計塔にいるロードにでも押し売りすれば、良い値段で買い取られること間違いない。贋作だけど。

 

「聖堂教会、でしたか。ここにある教会に48個もあるのはおかしな話ですが、それがおかしくないのであれば、世界中に聖杯があるのでは?」

 

「マックじゃないんだから」

 

「ポップコーンかもしれません」

 

「食べたいのか?」

 

 モルガンは首を横に振った。そういうわけではないらしい。ポップコーンと言えば、映画館以外でなかなかお目にかかれない商品だ。味の好みは人それぞれ。ポップコーン自体の好みもそれぞれ。

 買うか買わないかも別れるが、大和は友人と映画を観に行くと割り勘で買う。ドリンクが二個セットでお得だから。そして友人が食べ尽くすというのが定番の流れである。

 

「今度映画を観に行くのもありか」

 

「現代の娯楽の1つでしたか。時期によってラインナップが変わるのでしたね」

 

「そう。今やってるやつは何かな……」

 

 パソコンを起動させる。大和は魔術師の家系だ。家名の変遷はあれど、本家の歴史も長い。そうなると時代遅れな家具や機器が多くなりがちなところを、大和はそうなっていない。最先端に興味津々である。本家にいた頃、幼いときの友人にロ○クマンをやらせてもらったことが原因だ。エア○マンは倒せなかった。

 そんなわけで、彼の家にはテレビもパソコンもある。ゲーム機もあるし、録画機器だってある。扱いだっていたって普通だ。赤い悪魔みたいに破壊したりなんてしない。

 

「ヤマトはどういうものが好みなのですか? やはりロボットですか?」

 

「置きにいってるようで当てにきたな?」

 

 見事に正解である。変形とかすると大興奮する。

 

「今やってるやつだと絶対観たいってやつはないんだよなー。あ、振り返り上映なんてしてるんだ」

 

「スクリーンが後ろにあるんですか?」

 

「物理じゃなくて。過去に放映されてたやつが、何個かピックアップされて上映されてるっぽい」

 

「なるほど。そちらにはヤマトの好みのものがありますか?」

 

「困ったことにない。モルガンが選んでくれていいよ」

 

「……考えておきます。この機械の使い方も教えてください」

 

「いいよ。でも壊すなよ」

 

「振りですか?」

 

「振りじゃないです!」

 

 パソコンまで壊されてしまうと洒落にならない。"家"から毎月お金の仕送りはあるが、まず食費が増えた。次に予定外の出費もあった。モルガンの私服や靴、その流れで大和の私服も増えたり。何より一定額を貯金に回したい。

 

「物は大切にってな」

 

 その心掛けも理解できる。モルガンはこの前、大和に家計簿を見させてもらった。毎月仕送りで送り込まれる金額。それに対する毎月の出費額。

 実は半分ほどは貯金に回しており、その影響で節約した日々を送っているのだ。モルガンは過去数ヶ月分を見てから、今月の出費額を見た。今は12月の半ばで、それなのに出費額はもう先月分に迫っている。

 

「あ、でも」

 

「?」

 

「モルガンに窮屈な思いはさせたくない。優先してるのはそっちだから」

 

「私はサーヴァントですよ?」

 

「関係ない。せっかく現代に来たんだし、しかも戦う必要もない。なら満喫してもらいたいじゃん?」

 

「あなたは……本当に魔術師ですか?」

 

「あはは。まぁ、おれも誰かさんに感化されたのかもね」

 

 その誰かなど、聞くまでもなかった。モルガンから見て異常だと感じる人間。人の形をした何か、とすら言えてしまう者。それに気づいている人間はほとんどいない。あの学校では、数年来の友人である間桐慎二くらいか。

 そのくせして人への影響力を持つ。

 

(いえ、だからこそですか)

 

 不気味なほどに真っ直ぐだから。1つのことに向かって突き進み続ける人間だから、その言葉は真摯なもので、周りに影響を与えることもあるのだろう。

 

──()()()()()()()()()

 

 自分の(マスター)が、自分以外の人間によって染められる。この事実は、モルガンが現界してから初めて「つまらない」と感じたものだ。

 背の低い丸テーブルを挟んで向かい側。そこに座っている少年は、押し黙るモルガンを見て首を傾げている。そんな彼に、テーブルに沿って近づいたモルガンは、彼の肩に指先を伸ばした。触れそうで、触れなくて。一度引っ込めた指を、再度伸ばして。

 

(……っ)

 

 意を決して触れる。彼の肩に。その袖を指で摘まんだ。

 

「モルガン……?」

 

 彼女の行動の意図が読めず、少年は緊張して体を強張らせた。1LDKという空間で毎日を共にしているとはいえ、出会ってからまだ10日も経っていない。親しみがあるのは、夢の中での交流があったから。けれどそれは曖昧なもので、目を醒ませばいつも彼女の顔も、交流の中身も朧気だった。

 そうであるからこそ、大和はまだ彼女に慣れない。慣れられるわけがない。ふとした仕草にドキッとするし、気を抜けば視線を彼女に奪われる。気を強く持たねば、会話の度に言葉を詰まらせることだろう。

 大和から見て、モルガンは魅力的な存在なのだ。凛々しく、美しい顔立ち。その堂々たる姿は大きく映り、時折見せる抜けた一面がかわいらしい。

 

「ヤマト」

 

 その彼女が、今のどれにも当てはまらない表情で。それなのに、普段より強く視線を釘付けにしてくる。

 軽く寄りかかられて、彼女の重み(存在)を触れられた肩に感じた。名前を呼んだその声は、何よりも綺麗な色で彼の耳をくすぐった。

 

「あなたは私のものです。あなたのすべてを、私は支配します」

 

「うん……? ……うん」

 

 言葉の意味を考え、大和なりに咀嚼して、頷く。

 

「私には、支配すること以外の手段がありません。持ち合わせていません」

 

 あったかもしれないが、2000年もの時を経て喪った。

 

「であれば、あなたは私の色に染めます」

 

 自分好みの人間にしたいわけじゃない。傀儡を作りたいなら、それこそホムンクルスを作ればいい。人形を作ればいい。

 そうではなく、大和には大和の軸を持ってもらって。それを保った上で……。

 

「ヤマト?」

 

 何も返さず、大和はモルガンの手をそっと放させて立ち上がる。

 

「っ……」

 

 離れていく少年にモルガンは手を伸ばしかけ、躊躇いの末にその手を下ろした。

 いつものことだ。何をどう転がしたとしても、自分の手には何も残らない。得られたものもこぼれ落ちていく。何を望んでいたのだろう。この時間だって──

 

「モルガン」

 

 ──少年の声に思考を遮られる。名前を呼ばれただけなのに、その声に意識を向けさせられる。

 戻ってきた彼の手には、1つのネックレスが乗っていた。青い宝石をあしらわれ、それがただの宝石ではないことを、モルガンは見抜いた。

 

「……君にとっては、無いも同然かもしれないけど、加護を込めてある。正直そっちは二の次で、単におれは、これをモルガンに贈りたい」

 

 その言葉に他意はなかった。本当に、プレゼントしたいだけ。そのことにモルガンは僅かに目を見開く。

 

「せっかく、こうして出会えたんだからさ。何かできたらなって思ってたんだ。ケーキとかでもよかったかもしれないけど、12月だしクリスマスあるし。残せるものにしようって思って」

 

「……いずれ私は、還るのですよ?」

 

「それはそれ。これはこれ。おれがやりたいからそうしたんだよ。難しかったけどな。モルガンに気づかれることなく用意するとなると、他の人に買ってもらうしかない」

 

「なるほど。聖杯を入れていたダンボール」

 

「そう。神父さんがそこに紛れ込ませてくれてた。あの人こういうとこは、しっかりこなしてくれるんだよ」

 

 「性格破綻してそうなのに」と大変失礼なことを付け足しながら、大和はモルガンの前まで移動して目の高さを合わせた。

 サプライズとしての贈り物。それは見事に成功している。モルガンはこれが用意されていたことに、ついぞ気づけなかった。

 

「受け取ってくれる?」

 

 きっかり3秒。躊躇うのでもなく揶揄うのでもなく。言葉にできない感情を抱いた。それが何かはわからなくて(思い出せなくて)。けれどそこに気持ち悪さはなくて。

 それを優しく包み上げるように受け取った。汎人類史の自分の記憶も持つモルガンにとって、それは希少価値の高いものではない。大きさにしても、数にしても。それらのものに劣っている。

 それなのに、これはそのどれよりも輝きを放ち。どれよりも重く。どれよりも価値のあるものだ。

 

「……ヤマト」

 

「うん?」

 

「これを私に付けてくれますか?」

 

「……うん。いいよ」

 

 受け取ってもらえた。その事実が大和を笑顔にさせる。

 モルガンに渡したネックレスを預かり、彼女の後ろへ。モルガンも美しく長い髪をまとめ、それが邪魔にならないように横にずらす。

 

「っ!」

 

 息を呑んだ。彼女のうなじが、少年にとって刺激が強いものだったから。クラスメイトと話していた時は、その魅力が分からないと思っていたのに。いざその時が来ると、グッとくるものがあった。

 知らない気持ちだった。それが何かを大和は理解できず、胸の中でうずまく気持ちを、深呼吸1つで鎮めていく。

 冷静さを取り戻して、彼女の首へネックレスを回す。付ける事自体は簡単だ。クラスプを付ければいいだけなのだから。

 頭では分かっている。それだけだと。しかしそれがうまくいかない。緊張して、手が震えてしまう。下手に失敗し続けて、傷をつけたくもない。

 

「ヤマト」

 

 優しい声色だった。それと共にモルガンは、片手を大和の手にそっと触れる。ひんやりしていて、艶のある手。触れられた瞬間、大和はピクッと身震いしたが、そこからは不思議と落ち着けた。彼女のことで緊張しているのに、彼女によってそれが解けていく。

 

「よし……。できたよ、モルガン」

 

 手を放して、彼女から1歩離れた。モルガンは胸元にあるそれを見つめ、次に部屋にある鏡の前へ。そこで確認してから、大和の方へと振り返る。

 

「どうですか?」

 

「とても似合ってると……そう思います」

 

 贈ったものを付けてもらえている。それだけでも感慨深いもので、胸の底から込み上げてくるものがあった。

 それを感じながら大和はベッドに腰掛け、後ろに手をついて天井を見上げる。モルガン相手に送る言葉は、他にもあったのではないかと思ってしまう。素で綺麗なのだ。正直言って、アクセサリー類は余計なものになるんじゃないかと不安もあった。

 けれど彼女はつけてくれた。感情の起伏が乏しい彼女だが、反応を見る限り悪いものではない。そこで安心すると、さっきまでの距離を思い出して顔が熱くなる。

 

「顔が赤いですよ」

 

「うわっ!?」

 

 ひょっこりと視界いっぱいに映った彼女の顔に驚き、大和は素っ頓狂な声と共にベッドに沈む。その反応にムッとしたのか、モルガンが覆い被さるように大和の上へ。少年の顔の横に手を置き、ジッと見つめる。

 

「モ、モルガンさん……?」

 

「何を怯えているのですか」

 

「いや……えっと……」

 

 失礼な反応をしてしまった自覚もある。大和はぐるぐると視線を泳がせ、やがて彼女に贈ったネックレスにそれが止まる。

 

「……ありがとうモルガン」

 

「? なぜあなたが礼を?」

 

「受け取ってくれたから。それが嬉しくて」

 

「……」

 

「俺にとっては、大事だったから」

 

 大和には見えないように顔を伏せて、そのままこつんと胸に頭を乗せた。

 

──知らない(覚えてない)

 

(わたしは……)

 

 胸のうちに灯る温もりを、青いムーンストーンが輝いて代弁した。

 

 

 

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