聖杯を2個得たのはいいものの、用途が特にない。ポップコーンを作るにしても、いったいどれほどの量を出してくるか不明だから中止。家で飾ろうかとも考えたが、置き場所に困るということで、結局聖杯はダンボールの中へ。
箱の中は、衝撃を和らげるために、大量の新聞紙が敷き詰められていた。そのおかげで傷1つない。聖杯がちょっとした衝撃程度で傷つくわけもないが。
その聖杯を1つ手に取って眺める。汚れだって1つもない。どこをどう見ても、金色に輝いており、そこに反射して映る自分の顔が、何やら不要物に思えてくる。聖杯には何も映させず、ただ鎮座させていたらいいのだと。無言の説得力があった。贋作ですら、そう思わせてくる。
「……聖杯って純金かな?」
「売ろうとしていませんか?」
「一番現実的な使い道だと思う」
売ったらどれほどの金額になるのだろうか。その辺の質屋に入れてしまうと、本来の価値より低い値段で買い取られそうだ。一般人にとっては、聖杯などただの金の器。道理ではある。
そうなると、売るのはやはり魔術師相手がいいか。時計塔にいるロードにでも押し売りすれば、良い値段で買い取られること間違いない。贋作だけど。
「聖堂教会、でしたか。ここにある教会に48個もあるのはおかしな話ですが、それがおかしくないのであれば、世界中に聖杯があるのでは?」
「マックじゃないんだから」
「ポップコーンかもしれません」
「食べたいのか?」
モルガンは首を横に振った。そういうわけではないらしい。ポップコーンと言えば、映画館以外でなかなかお目にかかれない商品だ。味の好みは人それぞれ。ポップコーン自体の好みもそれぞれ。
買うか買わないかも別れるが、大和は友人と映画を観に行くと割り勘で買う。ドリンクが二個セットでお得だから。そして友人が食べ尽くすというのが定番の流れである。
「今度映画を観に行くのもありか」
「現代の娯楽の1つでしたか。時期によってラインナップが変わるのでしたね」
「そう。今やってるやつは何かな……」
パソコンを起動させる。大和は魔術師の家系だ。家名の変遷はあれど、本家の歴史も長い。そうなると時代遅れな家具や機器が多くなりがちなところを、大和はそうなっていない。最先端に興味津々である。本家にいた頃、幼いときの友人にロ○クマンをやらせてもらったことが原因だ。エア○マンは倒せなかった。
そんなわけで、彼の家にはテレビもパソコンもある。ゲーム機もあるし、録画機器だってある。扱いだっていたって普通だ。赤い悪魔みたいに破壊したりなんてしない。
「ヤマトはどういうものが好みなのですか? やはりロボットですか?」
「置きにいってるようで当てにきたな?」
見事に正解である。変形とかすると大興奮する。
「今やってるやつだと絶対観たいってやつはないんだよなー。あ、振り返り上映なんてしてるんだ」
「スクリーンが後ろにあるんですか?」
「物理じゃなくて。過去に放映されてたやつが、何個かピックアップされて上映されてるっぽい」
「なるほど。そちらにはヤマトの好みのものがありますか?」
「困ったことにない。モルガンが選んでくれていいよ」
「……考えておきます。この機械の使い方も教えてください」
「いいよ。でも壊すなよ」
「振りですか?」
「振りじゃないです!」
パソコンまで壊されてしまうと洒落にならない。"家"から毎月お金の仕送りはあるが、まず食費が増えた。次に予定外の出費もあった。モルガンの私服や靴、その流れで大和の私服も増えたり。何より一定額を貯金に回したい。
「物は大切にってな」
その心掛けも理解できる。モルガンはこの前、大和に家計簿を見させてもらった。毎月仕送りで送り込まれる金額。それに対する毎月の出費額。
実は半分ほどは貯金に回しており、その影響で節約した日々を送っているのだ。モルガンは過去数ヶ月分を見てから、今月の出費額を見た。今は12月の半ばで、それなのに出費額はもう先月分に迫っている。
「あ、でも」
「?」
「モルガンに窮屈な思いはさせたくない。優先してるのはそっちだから」
「私はサーヴァントですよ?」
「関係ない。せっかく現代に来たんだし、しかも戦う必要もない。なら満喫してもらいたいじゃん?」
「あなたは……本当に魔術師ですか?」
「あはは。まぁ、おれも誰かさんに感化されたのかもね」
その誰かなど、聞くまでもなかった。モルガンから見て異常だと感じる人間。人の形をした何か、とすら言えてしまう者。それに気づいている人間はほとんどいない。あの学校では、数年来の友人である間桐慎二くらいか。
そのくせして人への影響力を持つ。
(いえ、だからこそですか)
不気味なほどに真っ直ぐだから。1つのことに向かって突き進み続ける人間だから、その言葉は真摯なもので、周りに影響を与えることもあるのだろう。
──
自分の
背の低い丸テーブルを挟んで向かい側。そこに座っている少年は、押し黙るモルガンを見て首を傾げている。そんな彼に、テーブルに沿って近づいたモルガンは、彼の肩に指先を伸ばした。触れそうで、触れなくて。一度引っ込めた指を、再度伸ばして。
(……っ)
意を決して触れる。彼の肩に。その袖を指で摘まんだ。
「モルガン……?」
彼女の行動の意図が読めず、少年は緊張して体を強張らせた。1LDKという空間で毎日を共にしているとはいえ、出会ってからまだ10日も経っていない。親しみがあるのは、夢の中での交流があったから。けれどそれは曖昧なもので、目を醒ませばいつも彼女の顔も、交流の中身も朧気だった。
そうであるからこそ、大和はまだ彼女に慣れない。慣れられるわけがない。ふとした仕草にドキッとするし、気を抜けば視線を彼女に奪われる。気を強く持たねば、会話の度に言葉を詰まらせることだろう。
大和から見て、モルガンは魅力的な存在なのだ。凛々しく、美しい顔立ち。その堂々たる姿は大きく映り、時折見せる抜けた一面がかわいらしい。
「ヤマト」
その彼女が、今のどれにも当てはまらない表情で。それなのに、普段より強く視線を釘付けにしてくる。
軽く寄りかかられて、彼女の
「あなたは私のものです。あなたのすべてを、私は支配します」
「うん……? ……うん」
言葉の意味を考え、大和なりに咀嚼して、頷く。
「私には、支配すること以外の手段がありません。持ち合わせていません」
あったかもしれないが、2000年もの時を経て喪った。
「であれば、あなたは私の色に染めます」
自分好みの人間にしたいわけじゃない。傀儡を作りたいなら、それこそホムンクルスを作ればいい。人形を作ればいい。
そうではなく、大和には大和の軸を持ってもらって。それを保った上で……。
「ヤマト?」
何も返さず、大和はモルガンの手をそっと放させて立ち上がる。
「っ……」
離れていく少年にモルガンは手を伸ばしかけ、躊躇いの末にその手を下ろした。
いつものことだ。何をどう転がしたとしても、自分の手には何も残らない。得られたものもこぼれ落ちていく。何を望んでいたのだろう。この時間だって──
「モルガン」
──少年の声に思考を遮られる。名前を呼ばれただけなのに、その声に意識を向けさせられる。
戻ってきた彼の手には、1つのネックレスが乗っていた。青い宝石をあしらわれ、それがただの宝石ではないことを、モルガンは見抜いた。
「……君にとっては、無いも同然かもしれないけど、加護を込めてある。正直そっちは二の次で、単におれは、これをモルガンに贈りたい」
その言葉に他意はなかった。本当に、プレゼントしたいだけ。そのことにモルガンは僅かに目を見開く。
「せっかく、こうして出会えたんだからさ。何かできたらなって思ってたんだ。ケーキとかでもよかったかもしれないけど、12月だしクリスマスあるし。残せるものにしようって思って」
「……いずれ私は、還るのですよ?」
「それはそれ。これはこれ。おれがやりたいからそうしたんだよ。難しかったけどな。モルガンに気づかれることなく用意するとなると、他の人に買ってもらうしかない」
「なるほど。聖杯を入れていたダンボール」
「そう。神父さんがそこに紛れ込ませてくれてた。あの人こういうとこは、しっかりこなしてくれるんだよ」
「性格破綻してそうなのに」と大変失礼なことを付け足しながら、大和はモルガンの前まで移動して目の高さを合わせた。
サプライズとしての贈り物。それは見事に成功している。モルガンはこれが用意されていたことに、ついぞ気づけなかった。
「受け取ってくれる?」
きっかり3秒。躊躇うのでもなく揶揄うのでもなく。言葉にできない感情を抱いた。それが何かは
それを優しく包み上げるように受け取った。汎人類史の自分の記憶も持つモルガンにとって、それは希少価値の高いものではない。大きさにしても、数にしても。それらのものに劣っている。
それなのに、これはそのどれよりも輝きを放ち。どれよりも重く。どれよりも価値のあるものだ。
「……ヤマト」
「うん?」
「これを私に付けてくれますか?」
「……うん。いいよ」
受け取ってもらえた。その事実が大和を笑顔にさせる。
モルガンに渡したネックレスを預かり、彼女の後ろへ。モルガンも美しく長い髪をまとめ、それが邪魔にならないように横にずらす。
「っ!」
息を呑んだ。彼女のうなじが、少年にとって刺激が強いものだったから。クラスメイトと話していた時は、その魅力が分からないと思っていたのに。いざその時が来ると、グッとくるものがあった。
知らない気持ちだった。それが何かを大和は理解できず、胸の中でうずまく気持ちを、深呼吸1つで鎮めていく。
冷静さを取り戻して、彼女の首へネックレスを回す。付ける事自体は簡単だ。クラスプを付ければいいだけなのだから。
頭では分かっている。それだけだと。しかしそれがうまくいかない。緊張して、手が震えてしまう。下手に失敗し続けて、傷をつけたくもない。
「ヤマト」
優しい声色だった。それと共にモルガンは、片手を大和の手にそっと触れる。ひんやりしていて、艶のある手。触れられた瞬間、大和はピクッと身震いしたが、そこからは不思議と落ち着けた。彼女のことで緊張しているのに、彼女によってそれが解けていく。
「よし……。できたよ、モルガン」
手を放して、彼女から1歩離れた。モルガンは胸元にあるそれを見つめ、次に部屋にある鏡の前へ。そこで確認してから、大和の方へと振り返る。
「どうですか?」
「とても似合ってると……そう思います」
贈ったものを付けてもらえている。それだけでも感慨深いもので、胸の底から込み上げてくるものがあった。
それを感じながら大和はベッドに腰掛け、後ろに手をついて天井を見上げる。モルガン相手に送る言葉は、他にもあったのではないかと思ってしまう。素で綺麗なのだ。正直言って、アクセサリー類は余計なものになるんじゃないかと不安もあった。
けれど彼女はつけてくれた。感情の起伏が乏しい彼女だが、反応を見る限り悪いものではない。そこで安心すると、さっきまでの距離を思い出して顔が熱くなる。
「顔が赤いですよ」
「うわっ!?」
ひょっこりと視界いっぱいに映った彼女の顔に驚き、大和は素っ頓狂な声と共にベッドに沈む。その反応にムッとしたのか、モルガンが覆い被さるように大和の上へ。少年の顔の横に手を置き、ジッと見つめる。
「モ、モルガンさん……?」
「何を怯えているのですか」
「いや……えっと……」
失礼な反応をしてしまった自覚もある。大和はぐるぐると視線を泳がせ、やがて彼女に贈ったネックレスにそれが止まる。
「……ありがとうモルガン」
「? なぜあなたが礼を?」
「受け取ってくれたから。それが嬉しくて」
「……」
「俺にとっては、大事だったから」
大和には見えないように顔を伏せて、そのままこつんと胸に頭を乗せた。
──
(わたしは……)
胸のうちに灯る温もりを、青いムーンストーンが輝いて代弁した。