――ガラス窓に映る自分の姿を、まじまじと眺めている少女がいた。
腰まで伸びたストレートの金髪に、それと同じ色をした瞳。顔立ちは幼くも美しく整っているが、感情の読み取りづらい無表情。140センチほどの身長を、少しサイズの大きいローブでその身を包んでいて――
要するに金髪金眼萌え袖美少女。それが、今の
……そう、俺です。TSして異世界転生しました。
「女の子になってみたい!」と「異世界転生してみたい!」は誰もが一度は考えるであろう妄想の話だが、まさか現実になる日が来ようとは……。それも両方いっぺんに。
人生何が起こるか分からないとはよく言ったモノだよな、うん。
かくして、二度目の人生を金髪金眼美少女として送ることになった俺だが、一つ疑問がある。
転生したこの世界、建物や道路などはまさしく中世風といった様相を呈している。車はトカゲ風の生き物が引いていたり通りを歩く人々に亜人が混じっていたりする、異世界的要素の違いはあれども、文明レベルは元居た世界のそれとそう大差ないだろう。
――ならばどうして、あの少年は
背丈からして高校生くらい。短めの黒髪。三白眼の鋭い目付き。特徴らしき特徴はそんなもんで、元の世界であれば気にも留めないような存在。まるでコンビニ帰りそのままのようなその姿は、ことこの場所では強烈な違和感を発している。
まさかそんなことないと思いたいけど、彼ももしかして……。あ、今「異世界召喚ってヤツぅぅぅ!?」って叫んだ。うーん、なるほどね。
『異世界召喚主人公のヒロインポジ美少女ロールプレイ』って、聞いたことあります………?
とりあえず、しばらくその少年を観察することにした。
今は、八百屋のおじさんに指差しで果物の名前を聞いている様子。言葉は通じてるけど、文字が読めてない感じかな。その後、手にした硬貨をを見せ、追い払われてしまった。
俺は少年が去った後の八百屋を覗いてみる。『リンガ』に『レモム』に『ピーマル』……普通に読める。あれ、彼は読めてない風だったんだけどな、違ったか?おそらく同じタイミングでこの世界に呼ばれているから、俺と彼に違いがあるとは考えにくいが……
なんてぼうっと眺めていたら、八百屋のおっちゃんと目が合った。
「おう、嬢ちゃん。何にするかい?」
「あ、えーと……じゃあこのリンガを二つほど」
「あいよ!まったく、客ってのはこういうのをいうんだよな……」
ボソッと悪態をついたのはさっきの少年のことだろう。ちょっと聞いてみようか。
「さっきここにいた彼、何も買わずに追い払ってましたよね。何かあったんです?」
「あー、見てたのか。なに、売りモンの名前聞くだけ聞いて、結局無一文だったってだけだ。商売の邪魔するならとっとと帰れってな」
「なるほど、迷惑な奴もいたもんですね。これで足りますか?」
「おうよ、ぴったりだ。毎度あり!」
ローブのポケットに入っていた銅貨をいくつか渡し、リンガを受け取る。無意識でやってたけど、通貨の価値もリンガの値段もなぜか分かっていた。
ふーむ、やっぱり彼は文字が読めていなかったぽい。対して俺は、この世界の知識がある。というよりも、体が覚えている感じだろうか。
その辺りは要検証案件だとして、今は彼を見つけないと。
そう離されてはないだろうとぐるっと辺りを見回して……裏路地に入っていくジャージ姿の背中を見つけた。
なんともストーキングしづらい所へ入っていったな。どうするか……なんて考えていたら、彼の後をつけるようにしていかにもなチンピラ風の三人組が路地へ入っていった。
んー、主人公ピンチの予感?
――これは、終わった。
少年――ナツキ・スバルの胸中は、諦めに支配されていた。
ついさっき、コンビニ帰りに突如として異世界召喚されたばかりだった。最初は困惑したが、これから輝かしい異世界生活が始まるのだと思うと、期待に胸が躍った。
与えられたチート能力で無双し、自分を召喚したヒロインに惚れられ、世界を救う英雄になっっちゃったりして……なんて
ナツキ・スバルの主人公物語がこれから始まるのだと、そう思っていた。
しかし、現実は違った。
チート能力はおろか魔法すら使える気配もなく、召喚した美少女に出会うどころか話をした相手は八百屋の店主だけ。しまいにはチンピラ相手にすら歯が立たず、こうして命を脅かされる始末。
――何のための異世界召喚なんだよ。俺が、何をしたっていうんだ。
恨み節すら声に出ず、袋叩きにされる痛みが終わる気配はない。何もできず、ただ終わりを待つのみ。自分の無力感に、空虚な終わり方に、涙がこぼれそうになった。
「「――そこまでよ」」
聞こえた声は、二つ重なって。
表通りの雑踏も、男たちの喧しい罵声も、絶え絶えなスバルの荒い呼吸も。
すべてを置き去って、美しく響いた。