会長に一歩のスパーリングパートナーを務めるよう言われた次の日。
俺は一歩が来るまでシャドーをしていた。一歩のスパーリングパートナーとして醜態は晒せないからな。
体が暖まってきたとこでサンドバッグを叩く。そういや一歩は家の手伝いで遅れるらしい。まさに孝行息子だな。
・・・釣り船幕之内か。今度釣りに行ってみるかな、青木でも誘って。
サンドバッグにボディーブローを打ち込むと同時にジムの扉が開いた。息を切らせた一歩が駆け込んでくる。
「はあ・・・はあ・・・す、すいません!遅くなりました!」
「大丈夫か一歩?呼吸を整えたら着替えろよ」
一歩を着替えに行かせ扉を閉める。俺は青木と話していた。
「一歩のやつ遅刻とはどういう神経してやがる!」
「落ち着け青木、家の手伝いなんだとよ」
「理由はともかく今日からこの青木様がビシバシ鍛えてやろう」
「待て待て青木、一歩はな・・・」
昨日の事を言おうとした矢先、八木さんが戻ってきた。
俺達は向き直って挨拶する。
「あっ、八木さんお疲れ様です」
「木村君お疲れ。そういえばさっき一歩君が慌ててジムに入った気がするけど、大丈夫かい?」
「一歩なら着替えてますよ。家の手伝いで遅れたらしいっす」
「会長から聞いてはいたけど、それほど忙しかったのかな。それと、青木君どうしたんだい?木村君と揉めてたように見えたけど」
「いやあ、一歩を鍛えてやろうと思ったんすけど木村が食い下がってくるんで」
「えっ、一歩君なら・・・」
八木さんが何か言いかけた途端、ジムの扉が再度開いた。最悪の展開だ・・・
「おっす!戻ったぜ」
「鷹村さん、お帰りなさい」
「おう、ところで何話してやがるんだ?」
「いやあ、実は一歩を鍛えてやろうかと思って」
「何だと?」
鷹村さんの表情が険しくなった。青木め、どうなってももう知らねえぞ・・・
「一歩を鍛えるのは一歩を見つけてきたこの俺様に決まってるだろうが!」
「そんなん関係あるか!」
「ああ?文句でもあんのか?」
「文句どころか色々有りすぎるくらいだぜ、このゴリラ野ろグエッ!」
「誰がゴリラ野郎だ?!」
言わんこっちゃない。青木が首を掴まれ悶絶している。
そっとその場を離れようとすると、
「待て木村ァ!」
「ぐええっ!な、何で俺まで・・・」
「貴様も同罪だこの野郎!」
理不尽が過ぎるだろ・・・。
何も言えずにもがいていると、鷹村さんの背後に人影が見えた。
「この馬鹿者が!何しとるんじゃさっさと練習せんか!」
「チッ、ジジイが来たんじゃしょうがねえ」
「はあっ、はあっ、危うく死ぬとこだったぜ」
会長に怒鳴られ鷹村さんは手を離して渋々練習を再開し、青木と俺もそれに続いてサンドバッグを打ち始める。
しばらくして一歩が戻ってきた所を見た会長が俺の方を向いて声を掛けてきた。
「小僧と木村、リングに上がれ。スパーじゃ」
「何?何故木村なんだジジイ?」
「儂が木村に小僧のスパーリングパートナーとなるよう命じたんじゃ」
「何だと?俺様じゃなく木村ごときが選ばれるなんざ納得できるか!」
「ごちゃごちゃ言っとらんで練習せんか鷹村ぁ!
お前達もさっさとリングに上がらんか!」
会長と鷹村さんの言い合いに圧倒されている俺達も怒鳴られたのでリングに上がる。一歩はヘッドギアをつけている。俺もロープによりかかり会長の説明を聞く。
「スパーは4ラウンドじゃ。小僧は木村からしっかり教わるんじゃぞ」
「はい!木村さん、よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな」
互いに礼をして構えをとる。一歩は両手を胸の前で構えている。対する俺はオーソドックスなアップライトスタイルだ。
あのパンチを喰らうと考えると今から寒気がするぜ。宮田対策ならカウンターはやらないとだな。一歩も気合十分らしい。俺も学ばせて貰うぜ。
会長がゴングを鳴らした。それと同時に俺は足を使い出す。俺と一歩のスパーが始まった。
side:一歩
木村さんとのスパーリングが始まった。早速翻弄されてしまっている。木村さんは足を使って動き回っていて、しかも速い、速すぎる。僕なんかじゃとても追い付けない。
木村さんの方から近づいて打ってくる所に合わせてパンチを打とうとしてもあっさり避けられる。そして距離をとられる事の繰り返し。頼みの綱のアッパーすら打てる気がしない。
「何してんだ一歩!木村ごときに振り回されんな!」
鷹村さんの声がする。振り回されるななんてとても無理だ。レベルが違い過ぎる。でも諦めたくない。折角スパーをさせて貰えたのにこのままじゃ駄目だ。
どうやって木村さんの足を止めようか考える。ボディーブローは練習中だし、迂闊に手をだせば倒される事は目に見えている。木村さんが正面に立った時がチャンスだ。
木村さんの事を良く見ながら足に力を込める。ガードを固めて丸くなりながらタイミングを伺う。少しずつ前進しながら。
木村さんのジャブとフックがガードに当たる。正面と左右を素早く動きながらなので全部は捌けないがダメージは減らせている。
木村さんが正面から連打を始めた。凄い衝撃が手から伝わってくる。僕は覚悟を決めて、ジャブの戻り際を見て思い切り前に飛び出した。
・・・あれ?
気づいたときには木村さんはロープギリギリに後退していて、僕はそれに迫っていた。
何がなんだかわからないけど、今なら当たると信じパンチを打った。
side:鷹村
「おおっ、何だ今のダッシュ!?」
青木が一歩を見て驚いていやがる。俺様も少しばかり驚いた。まさかここまで出来てるとはな。
「一歩のやつは元々、身体はある程度出来上がっていたからな。激しいトレーニングで自分じゃわからねえ程に身体が鍛えられたことに気づいたんだろ」
「なるほど・・・。あっという間に距離がなくなりましたけど、どうなると思います?」
「一歩もやるが、木村ももう学習してる。見てみろ、一歩が攻めだしたが全弾空振りだ。」
「あの近距離でよくあんなに避けられるな」
一歩のやつ動揺してるな。自分のダッシュ力に驚いただけじゃねえ。空振りさせられて精神的に来てやがる。それに比べて木村は落ち着いていやがるな。流石に多少はきてるだろうがそれを感じさせん動きだぜ。
面白ぇじゃねえか。宮田との再戦も面白くなりそうだな。
side:木村
予想外だった。一歩がもうあれだけのダッシュ力を備えていたなんてな。お陰で追い詰められちまった。勢いに乗った一歩が攻めてくる。
一発一発の重さがまるで違う。ズシリと芯に響く重厚な拳だ。俺は避けることに重点を置きロープ際からの脱出を試みる。だが手数を意識した一歩の連打がそれを許さない。
ジャブとフックを一心不乱に叩きつけてくる。正面かと思えば左右から、逆に左右かと思えば正面からと軌道が全く読めない連打に回避が追い付かずロープに思い切り後退した。
ロープの反動で一歩へ突進しカウンターを狙う。しかしそこには狙いを澄ました一歩が右を構えていた。咄嗟に右ストレートが来ると察知し両腕を交差させる。
交差した事で強固になったガードに一歩の右がめり込む。そのまま弾き飛ばされるがどうにか踏ん張った。俺の姿を見た鷹村さん達が驚いている。当然一歩もだ。
「・・・スパーは終わってねえぞ」
一歩にそう告げて再度構える。一歩もそれに応えるように攻めてきた。さっきよりキレが増している。神経を研ぎ澄ましパンチをかわしつつボディーを叩く。
効いてきた様で一歩の動きが鈍った。しかし一歩の目は諦めていなかった。力強く輝いている。玉砕を選んだのかもう一度踏み込んでストレートを打ってきた。俺は紙一重でそれをかわし顔面へカウンターを放った。
「そこまでじゃ。木村、小僧に水をかけてやれ」
「あ、はい!」
会長にスパーを止められる。カウンターが入り一歩は気を失ったのだ。スパーは俺の勝ちだが危ういところだった。一歩のパンチを何度も貰いそうになったぜ。
バケツに水を汲んでいると青木が話しかけてきた。
「すげえスパーだったぜ。全くよくもあんなにホイホイ避けられるよな」
「ホイホイ避けているように見えたか?」
「正直焦っているように見えたぜ。必死だったんだろ?」
「一歩とスパーしてみろ。俺があのパンチを避けるのにどれだけ精神をすり減らしているかわかるぜ」
「今度のスパー俺の番なんだけど・・・マジかよ」
想定以上に俺が参ってた様で青木は驚いている。今ならわかる気がする。WBC世界ミドル級チャンピオンであるデビッド=イーグルの気持ちが。
原作でイーグルが鷹村さんとやった時、イーグルは同じ事を言ってたからな。パンチを避ける度に走る戦慄もよくわかる。
バケツに汲んだ水を伸びている一歩にかけてやる。目を覚ました一歩に状況を説明した。すると一歩は悔しそうな顔をしていたがすぐに笑顔になった。
「木村さんは凄く強かったです。でも何故か楽しかったと今は思っています」
「あの木村にクロスアームブロックさせるんだから大したもんだぜ」
「クロスアームブロック?」
「腕を十字に交差させるガードだ。普通より強固な分手が出づらいのが弱点だな」
「なるほど・・・。あの、今日は勉強になりました!木村さん、スパーありがとうございました!」
クロスアームブロックの説明をした後、ジムを後にした一歩はスパーとはいえ負けた後だってのに、満面の笑顔を浮かべていた。
次回の後半から一歩対宮田になります。