たった3センチの根性   作:ダブドラ

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試験など諸々で遅れましたが13話です。


第13話 宮田一郎の苦悩

─高い技術も結局は力にねじ伏せられてしまう─

 

 

 

たった一発のパンチが、父さんの顎を砕いた。

 

 

東洋太平洋フェザー級タイトルマッチ、父さんの7度目の防衛戦でのあの光景を、父さんの言葉を、俺は忘れられなかった。

 

相手のパンチが父さんの顎に入り、鈍い音と共に父さんはマットに沈んだ。俺はただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

 

自分が非力だったから負けたのだと父さんは現役を引退し、愛想を尽かした母さんは俺達の元を去った。父さんはそれから酒浸りになってしまった。

 

俺がボクシングを始めたことで父さんは立ち直ってくれたらしいが今でも俺は当時の事を思い出す。マットに沈む父さんの姿が頭から離れないんだ。

 

俺がボクシングをする理由は、父さんのファイトスタイルが間違っていないと証明する事だ。父さんが現役時代にたどり着けなかった世界王座に辿り着くことが、俺の最終目標なんだ。

 

 

ところが俺は父さんのネームバリューで高飛車になっていた。元東洋太平洋チャンピオンの父親がいる俺を、当然ジムの連中は持て囃した。

 

本心である筈がないと今ならはっきり言える。俺に何かしたら父さんが黙っていないとでも考えたんだろう。

父さんは俺にも厳しかったからそんな事は無いけどな。

 

今じゃ思い返すのも嫌だが当時の俺は褒められることが嬉しく、自分が強いのだと思い込んでいた。

鷹村さんや青木村さんだけは俺に忖度なしで思ったことを言ってくれたことがありがたかった。

 

そして先の木村さんとのスパー。俺は見事に鼻っ柱をへし折られた。自慢のカウンターをカウンターで返されKO負け。これ程の屈辱を味わったことは無かった。

 

それから俺は徹底的にカウンターを鍛えた。何者にも負けないカウンターを身に付けるために。父さんから受け継いだカウンターを馬鹿にされない為に。

 

3ヶ月前の幕之内とのスパーで俺はまたしても屈辱を味わった。経験などない入門希望者だった幕之内を舐めてかかったことが災いしクリーンヒットを受けてしまった。

 

結果は俺の勝ちだったが会長の申し出で再戦が決まった。内心嬉しかったさ。あのクリーンヒットの屈辱を晴らせるんだからな。

 

俺は拳を握り締め、途中だったロードワークを再開した。

 

 

 

side:宮田(父)

 

 

 

「全くどうしたものか・・・」

 

溜め息を吐きながら私は考えていた。一郎のここ最近の調子が思わしくないのだ。新人の幕之内とのスパーで顔に貰って以降、練習に身が入っていない時が見られたからだ。

 

おそらく幕之内に一発貰った事を未だに引きずっているのだろう。一郎のプライドの高さからすれば確かに引きずってしまうだろうな。

 

私は一郎がロードワークから帰ってくるまで、練習生達を見てやっていた。一応私も鴨川ジムのトレーナーなのだから。

 

ジムの扉が開き一郎が戻ってきた事を確認し、練習生の一人にリングへ上がるよう指示した。一郎にも同様に指示をすると不満そうな顔で一郎は言った。

 

「俺の相手にはならないと思うけど、良いのかい?父さん」

 

「まあ騙されたと思ってやってみろ。そうすればわかる」

 

納得のいっていないような態度でリングへ上がる一郎を見届けた後、私はゴングを鳴らした。

 

あえて幕之内と似たスタイルの練習生を選んだのだが、これで一郎の練習に身が入っていない理由がわかる筈だ。

 

一郎は普段通りオーソドックスな構えで足を使う機をうかがっている。インファイトに持ち込まれても多少は打ち合えるだろうが距離があるに越したことはない。

 

練習生が前進し攻めだした。だが一郎には当たらない。

かわしつつ的確にジャブを当て、隙を見てワンツー。良いコンビネーションだ。徐々に練習生をロープに追い込んでいる。

 

ロープギリギリで練習生が飛び出した。玉砕か・・・。と思ったが彼が右ストレートを打とうとした瞬間、一郎の動きが鈍った。怯えているな。

 

避けられた筈の右ストレートを一郎はガード、そのまま次のパンチにあわせてカウンターを放ちスパーを終えた。

 

「なあ、宮田は何であのストレート避けなかったんだ?」

 

「宮田なら軽く避けられそうなのに、何でだろうな」

 

一部の練習生の話し声がした。普通なら疑問に思うだろうな。あのスパーを見ていなければ。

 

「一郎、どうだった?」

 

「相手にならなかった。幕之内はこんなもんじゃない」

 

「そうか・・・。怯えていたな、一郎」

 

「怯えた?俺が?ハッ、あり得ないね。あんなヤツ相手に」

 

「彼にではない。お前は幕之内に怯えているのだ」

 

「幕之内に?何で・・・・・・あ!」

 

「気づいたか。お前は先の幕之内とのスパーで右ストレートを貰って以降、頭の中にその時の光景がよぎっている筈だ」

 

一郎の表情を見るに図星の様だ。おそらく自分自身でその事実を否定していたのだろう。不機嫌だがどこか怒りを感じる表情をして一郎はジムを飛び出した。

 

私は最後に一郎に声をかけた。

 

「幕之内の目を思い出せ、一郎」

 

 

side:一郎

 

気づいてた。俺自身分かってたさ。

 

幕之内のパンチに怯えてた事くらい、ずっと。

 

俺は河川敷に座り込んでいた。父さんに図星を突かれて動揺しちまった。幕之内の右を貰ってからシャドーをする度あいつの姿が頭から離れない。カウンターを合わせようにも体が動かなくなる。

 

震える拳を抑え立ち上がりシャドーを始める。幕之内をイメージしながらやっているが思うように手が出ない。右を極度に警戒してしまっている。

 

その場に立ち尽くした俺は自分への怒りで溢れていた。何で立ち向かえないんだ。何で!何でだよ!

 

幕之内は俺に立ち向かってきた。どれだけ殴られようと決して引き下がらなかった。顎を狙って脳を揺らしても立ち上がり前に出てくる。立てるわけがないのに。

 

俺がジムを飛び出す直前の父さんの言葉を思い出す。

幕之内の目・・・か。あいつが右を打った時も、諦めずに向かってくる時も目だけは生きていて、俺を捉えてた。強い光を宿したような目で。

 

幕之内に比べて俺はどうだ?怯えてカウンターすら打てなくなったアウトボクサーだ。これじゃ到底敵わない。あいつは強くなっている筈だ。この3ヶ月で変わらないわけがない。

 

俺も立ち向かわなくちゃいけない。

拳を握り締め立ち上がる。決意を固め歩きだす。

もう、俺に迷いはなかった。

 

 

ジムに戻った俺はもう一度スパーを志願した。父さんは微笑みながら了承してくれた。俺はリングへ上がりグローブをはめた。相手はさっきと同じだ。

 

ヒットマンスタイルの構えをとるとジムの連中がどよめいた。普段は使わないからだろう。相手が向かってくる事を見て前に出る

 

ボディーを打って距離を取り、近づいてきたところにワンツー。そしてまた距離を取る。相手に攻撃の隙を与えない。

 

ヒットアンドアウェイを繰り返し相手の足を止め前に出る。相手は焦って連打してくる。これをかわしつつジャブを当てていく。ロープに追い込んだ直後相手が右を振りかぶる。俺はそれに合わせて踏み込んだ。

 

俺にはもう恐れる物なんかない。あいつに立ち向かうために、俺は止まっていられない!

 

踏み込みながら右ストレートに右を被せて相手をマットに叩き伏せた。

 

振り返ると父さんが笑っていた。

 

「見事だ。良い目をしていたぞ」

 

「父さんには敵わないな。俺はまだ」

 

「幕之内との再戦まで時間は残り少ない。気を引き締めていけよ」

 

「ああ、もちろんさ。父さん」

 

俺は負けない。幕之内一歩、お前には絶対に。

 

 

 

 

 

side:一歩

 

木村さん達と特訓して3ヶ月が経った。いよいよ明後日が宮田君とのスパーだ。会長に教わったアッパーも大分物に出来たし3ヶ月で色々と変わった。

 

前より強くなっているらしいけど、実感沸かないな。今は練習しないと。もう時間も限られてるし。

 

サンドバッグを叩いていると会長が戻ってきた。鷹村さんのマッチメイクが上手くいかないらしい。確かに相手見つからなさそうだもんなあ・・・

 

 

「おうジジイ、どうだった?」

 

「また駄目じゃ。そう簡単にお主の相手は見つからんわい」

 

「チッ、腰抜けばっかじゃねえか」

 

「それよりどうじゃ、小僧の調子は」

 

「良いと思うぜ。パンチもキレてるし気合いも乗ってるしな」

 

「そうか。小僧、明日は休め」

 

「えっ、良いんですか?」

 

「練習漬けじゃったろう。ロクに休めとらん筈じゃ。一日くらい体を休めんとコンディションも良くならん」

 

「わ、分かりました」

 

言われるがまま僕は一日休み、当日を迎えた。体が鈍るといけないと軽い筋トレはしていたのでコンディションはバッチリだ。

 

この3ヶ月、僕はひたすら練習し、スパーをした。宮田君に勝つために出来ることをやってきた。正直どこまで通用するか分からないけど自分を信じるんだ。

 

ジムに行くと知らない男の人がいた。八木さんと鷹村さんと話している。

 

 

「月刊ボクシングファンの藤井です。八木さん、宮田君の取材なんですが・・・」

 

「手短にお願いしますよ、この後宮田君は用事があるので」

 

「分かってますって。ありがとうございます」

 

「藤井ちゃんじゃねえか。今丁度スパーをやるんだよ」

 

「鷹村か、誰のスパーだい?」

 

「宮田さ。俺様がレフェリーなんだが、すげえ事になる気がするんでな」

 

「だからその格好なのか。宮田君のスパーとは丁度良い。八木さん、良いですよね?」

 

「ノーライセンス同士のスパーなので、あまり口外しな

いでくださいよ?」

 

「よし!」

 

何やら雑誌の記者の人みたいだ。宮田君に取材かあ、凄いなあ宮田君。

 

リングの側に木村さんがいる。何だろう?

 

「木村さん、おはようございます」

 

「おう一歩、今日は俺もセコンドにつくからな」

 

「良いんですか?」

 

「当たり前だろ、スパーリングパートナーだからな」

 

「ありがとうございます!」

 

木村さんがセコンドだなんて心強い。体が暖まった所で宮田君がやってきた。僕を睨んでいる。僕だって負けないぞ。

 

リングに上がりゴングを待つ。会長と木村さんが見てくれている。頑張らないと、そして勝つんだ。

鷹村さんの説明を聞き思考を巡らせる。4ラウンド2ノックダウン。前と同じルールだ。カウンターに気をつけて、練習してきたことを出すんだ。

 

宮田君と互いに向き合って構えを取る。

 

僕と宮田君の再戦のゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 




次回とその次までスパーは続きます。
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