今月中に後2、3話上げます
side:一歩
「···うっ···あ、あれ?」
目が覚めると、僕はベンチに横になっていた。頭に乗っているタオルを手にとって顔を拭く。
(気を失ってたのか...)
まだボーっとするけど、どうにか重い体を起こす。
腫れ上がった顔に手を触れると同時に、鷹村さんの声を思い出す。
一歩の勝ち───!
僕の......勝ち。
未だに信じられない。あの宮田くんに勝てたなんて···
スパーの事を考えていたら、急に頬がヒヤリとする。
驚いて見上げると、木村さんと青木さんが立っていた。
「よお一歩、お疲れさん」
「ほれ、水飲むか?」
「あ、ありがとうございます木村さん」
木村さんからペットボトルの水を受け取る。キャップを捻りながら僕は二人に話し掛けた。
「そういえば宮田君はどこにいるんですか?」
「宮田ならとっくに帰ったぞ」
「え!?」
「お前スパーが終わった後すぐに倒れたろ?
その後宮田はシャワー浴びてそのまま帰ったよ」
「そして俺と青木でお前をベンチに寝かせた後、宮田の親父さんが一歩にありがとうと伝えてくれって俺に言ったんだ」
「そうだったんですか···。木村さん、青木さんありがとうございます。ベンチに運んでもらって」
「良いってことよ!勝ったんだからもっと明るい顔しろってんだ」
「青木、スパーとはいえあれだけの打ち合いだったんだ。当然疲れてるだろ。明るい顔じゃなくてもしょうがないさ」
木村さん曰く藤井さんも気を失う程のダメージを負ってる僕にインタビューするのはダメだと会長に帰らされたみたいだ。もっと話を聞きたかったけど。
二人が話している間にキャップを開けたペットボトルの水を飲んだ。
(染みるなぁ···)
冷えた水が全身に染み渡っていく。疲れた体が少し癒えた気がした。
僕はよろめきながら立ち上がり、二人に頭を下げる。
「お二人共ありがとうございました!」
「どうしたんだよ、急に改まって」
「木村さんがスパーリングパートナーとして
僕を鍛えてくれて、青木さんにもスパーの相手をしてもらって、アドバイスも貰いました。
今日のスパーでも木村さんの応援に助けられました。お二人のお陰で宮田君に勝てたんです。だから、ありがとうございます!」
「なんか改めて言われると恥ずかしいぜ。なあ木村ぁ」
「確かにな。でも俺達だって一歩とのスパーで色々学んだんだ。礼を言うのは俺達もさ」
木村さんが続けて言おうとした瞬間、僕の肩が掴まれる。同時に二人がひどく動揺している。
嫌な予感がしながら振り向くと、そこには···
「一歩くぅ~ん?俺様には無いのかなぁ?」
鷹村さんだった。木村さんと青木さんも呆れている。
僕は大急ぎで鷹村さんに取り繕う。
「た、鷹村さんがいなかったらボクシングをやってなかったので勿論感謝してますよ!」
「それならよろしい!」
ドヤ顔で威張っている鷹村さんに解放された僕はベンチに座った。まだ立っているとふらつくからだ。
その直後、奥から会長が出てくる。
青木さんを絞めている鷹村さんに杖を振り下ろした。
「何すんだクソジジイ!」
「ふざけとるのはそっちじゃ鷹村ぁ!話があると言うとるのに何をやっとるんじゃ貴様!」
「あの会長、話ってなんですか?」
僕の質問におおそうじゃったと杖を持ち直し、会長は話し始めた。
僕も会長を怒らせないようにしなきゃ。
「まずは小僧、スパーご苦労じゃった。よくぞ宮田一郎に勝ってみせたな。」
言いながら会長は僕の肩に手を置く。改めて勝利を実感して、涙腺が熱くなる。涙を堪えながら僕は頭を下げた。
咳払いをしてから会長が続ける。同時に八木さんも来たことに気づいた。何だろう?
「木村と青木は2ヶ月後、鷹村も同時期に試合を組めるよう調整しとる。鷹村はそれに勝てばタイトル挑戦になるじゃろう」
タイトル挑戦という言葉に皆が沸く。鷹村さんのタイトル挑戦がいよいよ目前に迫っているんだ。嬉しくない訳がない。僕は興奮を押さえきれず鷹村さんに声をかけた。
「頑張って下さい!鷹村さん!」
「心配いらん。日本タイトルなんぞ通過点に過ぎん。」
「フン、くれぐれも油断はするなよ?」
「へっ、ジジイに言われるまでもねえ!」
鷹村さんはそう言って不敵に笑う。
やっぱりすごいや、鷹村さんは。日本タイトルよりももっと先を見据えている。僕も頑張らないと。
顔を自分で叩いて気合いを入れ直し、会長に向き直る。
「それと小僧、そろそろ頃合いじゃ。来週プロテストを受けろ。」
「確かにそろそろ良い時期ですもんね。」
木村さんが僕をみてニヤリとする。
プロテスト···!いよいよだ、いよいよ僕もプロに···
握り締めた拳を見つめる。こんな僕にもやりたいことが見つかったんだ。
もっと強くなるぞ、と決意を込めて拳を強く握る。
「それで、小僧のプロテストの付き添いなんじゃが···」
「俺様だな、間違いない。」
「木村に頼もうと思う。」
うんうんと頷く鷹村さんが突然こけた。
木村さんが一緒に来てくれるなら気が楽になるな。恥ずかしい所を見せないようにしなきゃ。
「おい木村ぁ!一歩の付き添いを俺様に替われぇ!」
怒れる鷹村さんが木村さんを締めている。なんでそこまでこだわるんだろう···?
「一歩が華々しく散る所を見届けるのは俺様だぁ!」
「散りませんから!鷹村さんなに言ってるんですか!?」
やっぱりろくな理由じゃなかった。散る所って落ちる前提じゃないか···。鷹村さんを見返す為にも絶対受かってやる!
「では今日はこれで解散とする。小僧はそのダメージじゃ。しっかり休みをとるんじゃぞ。青木村も気を抜くなよ。」
「会長、今日はありがとうございました!」
「うむ、今日は宮田に勝てたとはいえ、毎試合これではボクサー生命に響くじゃろう。これからはもっと鍛えてやるから覚悟しろよ。」
「はい!よろしくお願いします!」
この後鷹村さんは不機嫌そうな顔をしてすぐに帰ってしまった。僕も帰る準備を整えて会長達にお礼をしてから
ジムを出ようとする途中で、木村さんが僕にこう言った。
「プロテストは俺も見てるんだ。思いっきり打てよ!」
「はい!」
結局その夜は、宮田君とのスパーを思い出してあまり眠れなかった。
side:宮田一郎
「一郎、スパーはどうだった?」
「負けたことは悔しいけどそれ以上に屈辱だ。あのカウンターですら幕之内を倒し切れなかった。」
俺はスパーが終わってすぐに挨拶を済ませ帰宅した。
幕之内は気を失っていたし、あの場に残る理由が無いからだ。
父さんにスパーの事を聞かれ改めて考え直す。今の俺じゃあのカウンターには到底届かない。もっと磨きをかけなければ。
アイツに負けたままじゃ俺のプライドが許さない。
その為の決断を、俺は父さんに告げた。
"俺は、鴨川ジムを辞める"
同門のままじゃプロのリングで試合が出来ない。プロのリングで決着をちゃんと着けたいんだ。
父さんに理由も含めて伝えると、少し考えてから了承してくれた。
「後で鴨川ジムには私から連絡しておく。幕之内には挨拶くらいしておけよ。」
「ああ、当然だ。父さん。」
俺の顔を見た父さんが、少し笑った気がした。
side:木村
スパーの後、俺は土手にいた。ロードワークついでに
ここでシャドーをしたり、筋トレをしたり、考え事をしたりするんだ。
ロードワークコースの近くだから訪れやすく、個人的にお気に入りの場所だ。転生してから何度ここへ来たか。
スパーの結果は一歩の勝ち。原作通りに行けば宮田はジムを去るだろうな。不満そうな顔してたし。
問題は一歩のプロテストだ。一歩は問題ないと思うが俺が付き添うことが問題なんだ。
本来鷹村さんがする筈の付き添いを俺がする。つまりプロテスト会場で必然的にヤツと顔を合わせる事になる。いずれ死神と呼ばれ、俺の前に立ちはだかる男に。
「どんな顔して行きゃいいんだよ···」
その事ばかりが気になって落ち着かない。気を紛らわせようとシャドーをする。シャドーの相手にすらヤツの顔がチラつきやがる。
額の汗を拭い、振り上げた拳を見つめる。あくまで俺は一歩の付き添い。何も戦いに行く訳じゃねえんだ。
弱気になるな!
その後再びシャドーをして、俺は汗だくのまま帰宅した。
いよいよ次回死神の登場です
次話で一章は終わり、二章に入ります。