青木とのスパーの後、俺はロードワークを始めた。
何故なら減量中だからだ。今はジュニアライト級のリミットまで後1kgという所だが、このペースなら計量にも間に合うだろう。だが確かにキツい。水分を体が欲しているのが良く分かる。
俺の場合平常時から3kg程の減量だが、それでここまでキツいんだ。鷹村さんの常軌を逸した減量に比べれば大したことじゃないかもしれないが、十分キツい。まさに自分との戦いだ。水や食べ物を欲している自分を抑え、汗を流す。減量の厳しさを思い知りながら俺はロードワークを続けた。
「戻りました」
「おう木村ぁ、やっと戻って来やがったか」
「鷹村さん大丈夫ですか減量の方は?」
「心配いらん。俺様より自分の心配をしやがれ」
「でも、失敗しないでくださいよ?」
「俺様に任せておけ!」
ロードワークを終えてジムに戻ると、鷹村さんがサンドバッグを叩いていた。いつもより痩せている。ミドル級までもう少しといった所だろう。後一週間であれば間に合いそうだ。しかしすげぇな。この短期間でここまで体重を落とすなんて。
「相変わらず異常だな、鷹村さんの減量は」
「青木か。確かに異常だな」
「俺たちには想像もつかない世界にいるんだ。あんな減量普通の人間が出来る事じゃねえよ」
「けどよ、鷹村さん今のところ顔色も良いし調子良さそうに見えるけどな」
「でも計量まで一週間なんだろ?」
「ああ、そうだけど」
「木村は大丈夫でも鷹村さんが後一週間で落とし切れるもんかねえ」
確かに正直気がかりだ。俺も鷹村さんも計量まで後一週間。いつもはこの時期になるとナーバスになって俺たちと距離を置く筈なんだが、やけに調子が良さそうに見える。割と早い段階で減量始めてたし上手くいってるといいが・・・
「おい木村ぁ!スパーやろうぜ」
「鷹村さん、スパーは良いですけど今日やけに調子良さそうですね」
「へっへっへ。今の俺様は絶好調だぜ!今日こそ顔面を捉えてやらあ」
機嫌の良さそうな表情で鷹村さんがリングに上がる。
声色からはキツそうな様子はないが、心なしか声が小さかったような気がする。そんなことを考えながら俺もリングにあがる。
「んじゃいくぜ、木村」
「よろしくお願いします」
互いに挨拶を交わし、向き合う。今回は普段のオーソドックススタイルで構える。対して鷹村さんはオープンガードスタイルだ。
左でフェイントをかけ、右フックを打つ。
防がれた。すぐさま凄まじい勢いで左が飛んできた。咄嗟にガードを上げ、受け止める・・・・・・ん?何だ?思ったより軽いぞ?
違和感を感じつつ距離を取る。今のパンチの軽さはなんだ?減量の影響であることは間違いないが、今まで調子が良さそうに見えていたのは虚勢か?流石に弱っていない訳がないとは思っていたが、ここまでかよ・・・
鷹村さんの方を見ると、表情は余裕がありそうだが焦っているようにも見える。すぐに息を整えた鷹村さんが向かってくる。ガードを上げ、避ける体勢を俺がとると、左右をガムシャラに振り回してきた。闇雲な連打は読みにくいし避けづらいったらありゃしねえ。
パンチを避け続けていると、鷹村さんの動きが止まった。右を振り抜いた体勢のまま時間が止まったように。
警戒した俺は左を若干前に出して構える。以前鷹村さんは動かない。足を使い鷹村さんを軸に回転しながらジャブを打つ。
当たった?
僅かに鷹村さんがガードを上げていた為狙いが逸れはしたが確かに俺のジャブは鷹村さんの顔面を捉えた。あの鷹村さんに俺のパンチが入ったことで確信した。鷹村さんはスタミナ切れだ。
「これで思い知ったじゃろう。鷹村」
スパーが続行される前に会長が現れた。鷹村さんが途端に不機嫌な顔をする。
「おいクソジジイ!理由を言え!俺様に木村とスパーさせた理由を!」
「えっ鷹村さん、スパーは会長の指示で?」
「そうだ。ジジイが木村とやれって言ってきやがったんだ。ジジイが言ったって事は内緒でな」
「自分からバラしてどうするんですか!」
「知るか!俺様は虫の居所が悪いんだ。とっとと説明しろこのジジイ!」
鷹村さんが今にも暴れだしそうな勢いで会長に近づく。俺は青木とアイコンタクトをとりつつ鷹村さんの後ろにつく。もし鷹村さんが会長に殴りかかった場合、力ずくで止める為だ。
「今回の試合、決まったタイミングが以前より遅かった。その為鷹村にはより過酷な減量をしてもらわねばならん。急ピッチの減量をお前はよう耐えた。しかしそのせいでお前の体は以前より弱っておる。それを気づかせる為の木村とのスパーでもそのザマじゃ」
「俺様に不可能はねえって言ったろ。弱った体ぐれえ何とかしてみせるぜ」
「フン・・・今はスタミナをつけつつ体重を落とせ。明日はロードワークとサンドバッグのみ、終わり次第すぐに休め。良いな」
「言われるまでもねえ。当日には完璧に仕上げてやるぜ」
鷹村さんはそう言うと幾分か機嫌が良くなったような顔でロードワークに行った。穏便にすんだ事に安堵した俺たちもそれぞれ練習を再開する。俺も減量間に合わせないとな。それにスタミナもつけなくてはいけない。俺は残った時間で徹底的に仕上げてやろうと誓った。
俺はそれからロードワークや筋トレなどで汗を流し、体を絞っていった。
──それから一週間後、計量当日──
あれから一週間経過し、いよいよ計量だ。俺は試合をする事になる後楽園ホールに来ている。計量室には既に何人か選手がいる。俺も計量室に入り用意をする。荷物を下ろして服を脱ぐ。この一週間自分を追い込み続けた結果、俺の体は転生前じゃ見ることがないであろう程に仕上がっている。
体重計と向き合い。深呼吸をする。ジュニアライト級のリミットは130ポンド、およそ58.9kgだ。初めての計量に緊張しながら俺は体重計に乗る。天秤式の体重計が動き、体重を計測する。すぐに計測員が口を開く。
「129ポンド丁度。木村選手、計量OKです」
「よしっ!」
計量OKという言葉を聞いた途端、俺は無意識にガッツポーズしていた。減量をやり遂げた達成感に包まれながら荷物を取りに行くと、先に来ていた選手の一人が話しかけてくる。対戦相手である須山だ。
「君が木村君だね?僕は須山、よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「一つ聞きたいんだが、君の適正階級はジュニアライトじゃないよな?」
「ええ。本来はライト級なんすけど、深い事情がありまして」
「そうか。凄いな君は。今までの5試合も減量しているんだろう?僕はジュニアライトが適正だからね。頭が下がるよ」
「そんなことないですよ。俺自身で選んだ事ですから」
「それでも凄いよ。明日はいい試合をしよう」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします」
須山と会話の後に握手をし、計量室を後にする。須山は俺より小柄だが鍛え上げられている。パンチ力もありそうだった。須山の印象を考えていると、鷹村さんがいた。
「木村は計量通ったんだろ?俺様も行ってくらあ」
「お願いしますよ、鷹村さん」
「この俺様に任せておけ!」
言葉を交わし鷹村さんは計量室に入る。俺は計量室の前で待つ。篠田さんと会話し計量を待っていると、計量室から大きな声がした。よっしゃとか言ってたような・・・もしかして鷹村さんじゃないかと考え計量室に入ると
「ようやった鷹村、でかしたぞ!」
「見たかジジイ!俺様に不可能はねえことを!」
鷹村さんが会長と喜びあっていた。どうやら計量をパスしたらしい。全く心配させやがって・・・
安堵した俺は鷹村さん達と会場を後にした。
「今日は2人とも計量パスおめでとう。明日に備えてしっかり休むんだよ」
「わかりました。八木さん、会長、篠田さんありがとうございます」
「言われなくても俺様は問題ないぜ。んじゃジジイ、また明日な」
俺と鷹村さんは会長達に礼を告げて帰宅した。緊張から一時解放された俺は水分をとって自室で休んでいる。明日はいよいよ公式な試合だ。勝ちにいくぞと気合いを入れ直し、睡眠をとる。いよいよ明日、転生した俺の初めての試合だ。鷹村さんに殺されない為にもKOするぞ!
───試合当日、後楽園ホール───
いよいよ試合当日だ。俺は今控え室にいる。今セミセミファイナルが終わるところのようだ。会場の熱気も高まっているのが分かる。この空気に呑まれないようにと深呼吸していると、鷹村さんが控え室に入ってきた。
「よう木村ぁ、どうだ調子は?」
「バッチリですよ、しっかり休めましたし」
「それは頼もしいなぁ。しっかりKOしてくれるんだろうなぁ」
「やってみせますよ、見ててください」
「そうかよ、楽しみにしてるぜ」
鷹村さんに余計な圧をかけられていると、続けてスタッフが入ってきた。
「木村選手、時間ですので準備をお願いします」
「よし、行くぞ木村、気合いいれていけ」
「篠田さん、よろしくお願いします」
「勝てよ木村ぁ、鷹村さんのリングをしらけさせんなよ?」
「青木、もちろんだぜ」
時間を告げられ、青木に声をかけて控え室のドアを開けようとすると、強い衝撃が背中に走った。鷹村さんの張り手だ。確か精神注入だったはず。しかし痛え!
「鷹村さん、痛いっすよ」
「気合いを入れてやったんだ。ありがたく思え!」
「ありがとうございます!」
鷹村さんに気合いを入れてもらった俺は控え室を出てリングへ歩みだした。いよいよだ。いよいよ始まる、俺にとっての初めての試合が。
今のところ凄く不定期ですが週1は少なくとも更新します。